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その三日後。
朝一番に訪れたのは、アークの牧場で働く牧童のお兄さんだった。
「あの~、よく眠れる香水ってのは、どれかな?」
ああ、はいはい、と商品を手渡す。
この人、アークの知り合いだし、もしかして、アークが勧めてくれたのかな、とちょっと思う。
なにより、知り合い以外にうちの香水が売れたのは初めてのことだった。
これが皮切りだった。
よく眠れる香水はその日のうちにあと2つ売れて、これは最高記録更新だね、とリクオルと手を叩いて喜び合った。
そしたら、また翌日、今度はまとめて5個売れた。棚にあった在庫はあと1つになる。あわてて追加で調香した。
その翌日。
新しく追加した分も含めて、在庫は全部なくなった。
いったいどうしたことだろう?こんなに急に売れるようになるなんて。
けど、嬉しいことには違いない。
その後も、他のはさっぱり売れないんだけど、眠れる香水だけは毎日飛ぶように売れて行く。
作っても作っても追いつかなくて、明日や明後日の分の予約も埋まっているくらいだった。
一週間して、アークがまた牛乳と玉子を持ってきてくれた。
「もしかして、アーク、うちの香水の宣伝とか、してくれた?」
それ以外にこんなふうに突然売れるようになった理由は思いつかない。
思えば、あのときスズリンドウのお礼にとアークに半分無理やり香水を押し付けたのが、すべての始まりだった気がする。
アークは、ちょっと、えっ、と引いてから、ああ、うん、と認めた。
「少しだけ。うちで働いてる人とか、友だちとかに。」
「そっか。いったいなんて言ってくれたの?
ここのところすっごい売れ行きで正直びっくりしてるんだけど。」
アークは、あ、ああ・・・とちょっと目を逸らせてから、妙に赤くなって口ごもった。
「その。よく、眠れるよ?って~。」
「アークはよく眠れた?」
何気なく尋ねたら、アークは、ぎょっとした顔をして、それから、あ、ああ、うん、と焦ったように何回もうなずいた。
「ジェ、ジェルバは、あれ、使ったことないの?」
「あるよ?
けど、わたしは元々夜はよく眠れるほうだし。
香水の効能かどうかは、イマイチよく・・・」
それでよく売り物にしたな、と言われると困るんだけど。
「ゆ、夢、とかは?
見なかった?」
「夢?
・・・そういや、見なかったなあ・・・」
むしろぐっすり眠って夢も見なかった、って感じだった。
アークは、へえ、そっかあ、とちょっと気の抜けた相槌を返した。
「それって、どんな夢だったの?」
何気なくそう尋ねたら、アークは思い切りぎょっとした顔になった。
「へ?あ、いや、あの、ごめんなさい。」
「え?なんで謝るの?」
「え?あ。い、いやいや。それは、その。
えっと・・・オレ、もう帰るよ。」
何に動揺しているのかもまったく分からないんだけど。
ただ、アークは妙にそわそわと落ち着きのない様子で、逃げるように帰ってしまった。
向こうでそんなわたしたちのやりとりを眺めていたリクオルは、アークが帰るのを見送ってから、へえ~、とちょっと含みのある顔をした。
「どうしたの?リクオル。」
「いや、べつに。」
あっさり誤魔化すけど、その目は話を聞いてほしそうにこっちを見ている。
「もしかして、リクオルがなんかした?」
ふいに思いついてそう尋ねたら、リクオルはちょっと得意そうな顔になって笑った。
「なんかもなにも。ジェルバちゃんの作った香水に、オレ、いつも魔法かけてますけど?」
「よく眠れる魔法、だよね?」
「ちょっと違うかな。
いい夢を見て、よく眠れる魔法、だよ。」
ああ、そうだった。
けど、それってどう違うんだ?
「あとさ、あれに魔法をかけたときって、オレ、飛粉の時期だったんだよね。
そういうときって、いつもより少しばかり魔法が効き過ぎることがあってさ。」
「いい夢を見る魔法が効き過ぎた、ってこと?」
そんなの効き過ぎてもそんなに害はないと思うんだけど。
「まあ、そうだろうねえ・・・」
リクオルはまたなにか含みのある笑い方をした。