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リクオルが出かけたので、今日は誰にも邪魔されずに調香ができる。

わたしはほくほくと道具を並べると早速仕事を始めた。


調合はほんのちょっとしたさじ加減や、合わせるタイミング、熱を入れる時間の具合でがらりと変わってしまう。

息をするのも忘れるくらいに没頭していて、はっと気づくと、目の前にお客がひとり立っていた。


「あ、あれ?アーク?いつからそこにいたの?」


彼はアークトゥルス。

わたしとは教場の同級生で、今は実家の牧場で働いている。

牛みたいに大きなからだをして、牛みたいに力が強く、牛みたいにのんびりしていて、牛みたいに優しい。

とにかく牛そっくりな牛飼いだ。


アークは小さな目をにっこりさせて、ふふふ、と笑った。


「ジェルバが~、あんまり集中してるから~。

 邪魔しちゃ~、悪いと思って~。」


うーん、この語尾ののんびりした感じ、アークだなあ、と思う。


アークはよっこいしょ、と肩にかけた鞄から牛乳の入った瓶を取り出してカウンターに並べた。


「あ。後で匂い消し届けるついでにもらいに行こうと思ってたのに。悪いね。」


「いいんだ~。オレもついでだったから~。」


アークはにこにこしたまま、鞄から玉子も取り出した。


「今朝~産みたて~だよ~?」


「わ。有難う。リクオルが喜ぶよ。」


「今日は~、リクオルは~?」


アークはきょろきょろと小屋のなかを見渡す。


「配達に行ってる。」


「へえ~、このお店~、繁盛してるんだねえ?」


うーん、まあ、ちょっと目指してた方向とは違うほうへだけどね。


「ちょっと待ってて。

 牛小屋の匂い消し、取ってくる。」


アークには毎週一回牛乳と玉子をもらう代わりに、家畜小屋の匂い消しを作っている。


「ジェルバの〜匂い消し~、うちの牛たちの〜お気に入りでさ~。

 あれするように〜なってから~、ミルクの出が〜いいんだよね~。」


「それはよかった。

 うちもアークんとこから牛乳と玉子もらえて助かってるよ。」


香水店としては全然儲かってないけど。

こうやって助けてくれる人たちのおかげで、なんとかやっていける。


作り置きの棚から匂い消しを取って戻ってくると、アークはなにやら植木鉢を手に持ってもじもじしていた。


「ん?なに?その花?」


「っこ、これ!」


アークはいつもとはちょっと違って焦ったように言うと、がばっ、と腰を90度に折って、頭の上に植木鉢を持ち上げるようにして差し出した。

でも、それがわたしのいるのとは全然違う方向。


ん?まさかそっちにまた何か、見えないモノがいる、とか?

とりあえず植木鉢は受け取られる様子もなく、アークは腰を90度に折ったまま微動だにしない。


どうしたもんだかちょっと迷って、とりあえず、様子を見守る。


すると、アークは恐る恐る目を上げて、ああっ、と突然叫んだ。


「ご、ごめんっ。これっ!」


あ、それ、やっぱ、わたしに、だったんだ?

アークはあわててこっちを向いて、もう一度、がばっ、と植木鉢を差し出してくる。

よく見ると、目をぎゅっとつぶっていた。


「え?もらっちゃっていいの?

 って、これっ!!!」


花を見たわたしは目を剥いた。


「スズリンドウ!すごいっ!これってさ、この花んとこの鈴がリンリン鳴るせいで、すぐにウサギとかに地上部分食べられちゃうから、滅多に見つからないんだよね。」


「へ・・・へえ・・・?」


アークは曖昧にうなずく。

多分、この植物の貴重さをアークはそんなに知らないんだろう。


「よく見つけたね、これ?どこにあったの?採集場所、教えてほしい。」


「え、えっと・・・どこ、だっけ?

 森、だった、かな?」


いや、そりゃ、森でしょうけども。


「この鈴のとこにタネができててさ。地上部分をウサギに食べられることで、タネを広げてもらってるんだよね。でも、スズリンドウは生育条件、けっこう難しくてさ、タネが落ちてもなかなか芽吹かないし、芽吹いても育たないんだ。ここまで立派に花を咲かせてるのなんて、本当に珍しいんだよ。」


わたしはほれぼれと植木鉢の花を眺めてから、むんず、と茎をつかんで引き抜いた。


「スズリンドウの根っこはさ、乾燥させて粉にすると、いい香りを放つんだ。 おまけに胃腸の不調を治す効果もあるし。いいことずくめなんだよね。」


植木鉢から現れた根っこは、それはそれは立派なもので、思わずうっとりしてしまう。


「うん。花がいいからちょっと期待したけど、期待以上の根っこだ。スズリンドウはタネだけじゃなくて、この根っこでも増えるんだよ。というか、タネより根っこで増えるほうが多いんだ。この根っこって、生命力がすごい強くてさ。ほんのちょっとの欠片からでも、芽を出すんだよね。」


と。そこでようやく我に返った。

嬉しすぎてちょっと忘れてたけど、さっきからアークは何も言わない。


「あ、あれ?」


アークのほうへ目を上げると、アークは、ちっちゃな目を見開いて、まるで、ぼうぜん、と書いてあるみたいな顔をしていた。


「あ。」


アークの視線を追って、わたしはしまったとようやく気づいた。

植木鉢にはなんだかひょろひょろした紐が巻いてあったんだけど、これって、よく見たら、リボン結びじゃない?

アークはこれ、根っこじゃなくて、お花をプレゼントしてくれたんだ。

それをわたしってば、いきなり引っこ抜いてしまった・・・


「ご、ごめん、アーク・・・」


「いや、いいん、だ、ジェルバ、が、そんなに、喜んで、くれて、よかった・・・」


いやいやいや。

いつもにこにこしてるばっかりでそれ以外の表情のよく分からないアークだけど、その顔はあきらかに、がっかりしてるよね?


わたしは植木鉢をなんとか戻そうとしたけど、細い茎はもう折れてしまっている。

あっちゃー・・・

仕方がないので花のとこだけ摘んで、水の入ってたフラスコに挿したけど。

スズリンドウの可憐な花は、フラスコの首のところにくったりともたれかかる。

とどめに、小さな鈴が、ちりん、とひとつ淋し気に鳴った。


「う、うん・・・これは、これで、綺麗、じゃない?」


うへへへ、と妙な笑いを浮かべて見上げたら、アークも困ったように、うへへ、と笑った。


う。こういうとこだろうな。リクオルに艶がないとか言われるのは。


わたしはなんとか気を取り直してもらう方法はないかと、きょろきょろと辺りを見回した。


「あ。そうだ。アーク、お茶、飲まない?

 ちょうどいい具合にお湯も沸いてるし・・・」


わたしはちょうど湧いてたビーカーにお茶用にブレンドしたハーブを放り込んだ。


「え?」


その声に振り向いてアークを見ると、アークはちっちゃな目を真ん丸にして今ハーブを入れたビーカーを凝視していた。


「あ。これ、ちゃんと洗ってあるやつだから。

 それに、毒物を扱うのは、別に分けてあるから。」


アークの視線に気づいて、言い訳するように言ってみるけど、アークは、へへへ~、と奇妙な愛想笑いだけ浮かべている。


「あの、この、お茶・・・」


出したもんだかと迷って、伺うように指さしたら、アークはにこっと笑ってゆっくり首を横に振った。


「あ。いや、オレ、今はのど、乾いてない、かな?」


「・・・そっか。」


まあ、無理強いはできないよね。


「あ~、じゃあ、オレ~、そろそろ帰るよ~。」


そう言って向こうを向いたアークの背中を必死に引き留める。

このまま帰すのは、なんだか非常に申し訳ない。


「あの、じゃあ、せめて、そこの香水持って行って?

 どれでも、アークの好きなの。」


「え~、でも~、これ~、売り物だろ~?」


「構わないよ。どうせ全然売れてないし。

 というか、売れてないのに押し付けて、かえって迷惑かもしれないけど。」


「迷惑ってことは~、ないけど~・・・」


アークは迷うように香水のビンとわたしの顔を見比べる。

それから、ちょっとにこっとして、ビンを一本手に取った。


「分かった~。うん。有難う~。これ~、もらう~。」


わたしはアークの手に取ったビンを見る。


「それは、夜よく眠れる香水、だね。

 何か小さな布にでも浸み込ませて枕の下に入れるといいよ。」


「へえ~、早速~、今晩~、試してみるよ~。」


アークは香水のビンを手に持って、にこにこと帰って行った。

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