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夢中になって調合をしていると、ふと、すりすり、と掌に心地よい手触りを感じた。


「あ。いらっしゃい。」


わたしの掌にすりすりと頭を擦り付けていた小さなネズミを見つけてわたしは声をかける。

彼は山ネズミに似た姿を持つフェアリー族、クリスタルイーターだ。


クリスタルイーターの一族はあまり厳密な個体識別をしないらしく、ひとりひとりに名前がない。

けど、それだとこちらには不便なので、わたしは彼のことを勝手にクリスと呼んでいた。


クリスは以前クリスタルの谷で虫に襲われたとき、とっさに懐に入れて逃げたのが縁で、わたしのことをいたく気に入ってくれているらしかった。

あれ以降、クリスタルイーターたちからは定期的に虫よけの注文を受けているのだけど、その連絡係のようなものを引き受けてくれている。


虫よけの代金は、彼らの作るクリスタルの小瓶だ。

その意匠は誰にも真似のできない繊細かつ精緻なもので、正直、わたしの作った香水なんかを入れるのにはもったいなさすぎる代物だ。

きっとそのうち、この小瓶目当てのお客さんだって現れるに違いない。


「この間の虫よけ、すっごくよかったです。

 あれがあると、クリスタルの谷に行っても虫、よってきません。

 みんな谷に行きたがるので、虫よけ、すぐになくなります。

 なのでまた買いにきました。」


クリスはにこにこと嬉しいことを言ってくれる。


「また少し改良したから、試してほしいなって思ってたとこだったんだ。」


調香したばかりのを取ってきて、わたしはクリスに差し出した。


「香りの成分を濃縮して、効果時間を上げてみたんだけど、どうかな?」


「ふゎお。

 これあると、もっと長くクリスタルの谷にいられるですか?」


クリスの目がくるくるして生き生きと輝く。

うん。フェアリー族にはもうひとつ共通点があった。

とにかく、みんな可愛い。

あのリクオルですら、見た目だけは、うっかり騙されそうになるくらい可愛い。


クリスはこう見えて、実はわたしよりもずっと長く生きているらしい。

フェアリー族には寿命というものがなくて、生まれてからある程度大きくなると、そこからは変化が止まってしまうそうだ。

生きている年数ならずっと年上の一人前の異種族つかまえて、可愛いを連発するのも失礼なんだろうけど、クリスを見ていると、どうしてもそれを止められない。


クリスもそれを分かっているのかいないのか、わたしに思う存分愛でさせてくれる。

手を差し伸べると、そこにぴょいとのっかって、掌にすりすりとからだを摺り寄せる。

その手触りに、思わず、ほゎお、と叫んでしまう。

ほんのりあたたかくて、ふわふわの毛玉。

もう、たまらなくなって、ほっぺにすりすり・・・


「ちょっと、そこ!なにいちゃいちゃしてんの?

 ジェルバちゃんはオレのなんだかんね?」


ちょうどそこへ戻ってきたリクオルが、ぷりぷりと怒って文句を言った。

いや、わたしは、あんたのじゃないから。


「まったく。クリスってちょっとあざといよね?」


あんたが、言うか?それ?


クリスはぴょいとわたしの掌から飛び降りて、リクオルにも丁寧に挨拶した。


「リクオルさんこんにちは。

 また、虫よけ、買いにきました。」


「ああ、はいはい。」


リクオルはちょっと不機嫌になる。

また虫よけを配達させられるから。


虫よけをより効果的に使うために、クリスタルイーターたちはそれをバスタブに溜めて、そこへどぼんと全身浸かる、という方法を編み出した。

なるほど、それならまんべんなく全身に匂いがつきそうだ。

びしょびしょのままバスタブから出て、後は自然乾燥させれば出来上がり。

しかしこの方法だと大量に虫よけが必要になる。


そこで、我らがリクオルの登場だ。

ものを大きくしたり小さくしたりするのは、妖精魔法の得意とするところ。

普通サイズのビンに入れた虫よけも、リクオルの魔法を使って大きくすれば、バスタブに溜めるのにもじゅうぶんな量になる。

ここはそれをもうひとひねりして、持って行くときには普通サイズの十分の一にして、向こうでそれを元のサイズに戻し、それからさらに十倍にする。

小柄なクリスタルイーターと非力な妖精さんでも、この方法なら、十分な量の虫よけを運ぶことができた。


ただ、この方法には難点がひとつある。

リクオル本人が行かないとできないことだ。

かくして、肉体労働なるべくしたくない、なリクオルとの微妙なバトルが、今日も勃発する。


「だいたいさ、なんなの、その虫よけって?

 うちは香水屋なんだけど。」


いやいやいや、そもそも香水屋らしからぬことをする羽目になってるのはあなたが原因なんですけど。


「ジェルバちゃんの香水って、よく眠れるとかすっきり目が覚めるとか、なーんか、実用的っていうか、華がないよね?

 香水ってのは、もっとこう、艶っていうか、色気っていうか、そういうのがあるもんなんじゃないの?」


確かに、うちの香水が実用的過ぎる、というのは、わたしも思わないでもない。

とはいえ、人間、向き不向きというものはどうしようもないじゃないか。


「リクオルはわたしに、艶とか色気とか、出せると思うの?」


思わずそう返したら、リクオルは真顔になって、無理だね、と即答した。


うーん、そう断言されると、それはそれで、複雑なものを感じるよ・・・


しかし、とりあえず、配達には行ってもらわないと困るので、わたしはなだめにかかる。


「リクオル先生のお目に敵うものを作るためにも、わたしは新しい香りの開発を頑張ろうと思いますよ。」


「ジェルバちゃんは、一緒に行かないの?」


一緒に行く必要はないでしょう。

小さくすればリクオルにも運べるんだし。

今日はわたしも森で採集の予定じゃない。


「お店、なるべく開けときたいじゃない?

 滅多に来ないお客さんが、もしかして今日、来るかもしれないよ?」


大義名分を掲げると、リクオルは、むう、と唸った。


「ネズミの国に行けばまたきっと歓迎してくれるよ。

 珍しいご馳走、たっぷり食べられるじゃない。」


このへんでリクオルの胃袋にも訴える。

食いしん坊のリクオルは、美味しいものにはめっぽう弱い。


「荷物ならクリスも半分持ってくれるよ。

 ああ、帰りはできてるビン、もらってきてくれると助かる。」


そっちもリクオルの魔法があれば小さくして運べるはずだ。


「分かった。行ってくる。」


ふ。勝った。


こんなこともあろうかと作っておいた小さなリュックに、ありったけの虫よけ香水をつめこむと、それを持ってリクオルはクリスと出かけていった。


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