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サイエン

作者: 天川 榎

 白に包まれて生きている。ここに存在してからどれくらいになるだろうか。

 半固体の球体に包まれ、一日中寝て過ごす。


 いつも白い箱に色々なモノが映し出される。ありとあらゆるモノが目に映るが、それを表す言葉を、私は知らない。

 どこか違う世界の絵空事。そんな風に思っている。


 時々、映像の中に群衆が沸き立つ何か儀式的なモノが映る。

 笑顔を浮かべ、汗と涙を流し、体を寄せ合い何か象徴的なものの周りで踊り続ける。

 この人達は、一体何の為に集まってこんなことをしているのだろうか?考えたところで答えは出ない。その現象を表す言葉を知らないのだから。


 時間にして30分、外出が許されている。

 外に出ると、楕円状の通路が見える。中心部は吹き抜けになっていて、そこから外を眺める事が出来る。

 光が天井から差し、建物全体を照らす。

 部屋の中で見る映像では外の光は青かった。ここでは白い光だ。

 特に何か変わる訳ではない。ただ青い光の方が、どうもしっくり来るのだ。


 外出する30分は、ただ廊下を歩くだけだ。グルグルこの円環を歩く。歩くだけで心が落ち着く。歩く度に、床が光る。青白く光るのだ。ゆっくりと、残光を漂わせながら消えていく。


 この建物は一体何なのだろうか。自分は何故ここで暮らしているのだろうか。

 産まれたときからここで過ごしているが、一度もその理由については聞いたことが無い。

 聞いたことは一つだけで、命令に違反すると死ぬ、ということだ。

 命令違反をして死んだ人は何人も今までに見てきた。


 そんな理不尽な世界に生きている。



 *


 ある日、外出した際に奇妙な現象に見舞われた。

 建物の吹き抜けの空間の中心が黒く染まった。その人々が吸い寄せられている。

 体が持ち上がり、足から根こそぎ引っ張られていく。

 地面の位置が変わった。ここではないどこかへ行かされる。そんな予感がした。

 産まれてこのかた、建物の外側へ出たことは無かった。出る必要も無かったのだが。

 もしかしたら、何の起伏も無い生活に終止符が打たれ、刺激的な毎日が待っているのではないか。

 そんな予感に満ちあふれていた。


 黒い点に体が吸い込まれ、全ての私の視ている世界は黒に染まった。

 光すら無い、何も存在しない空間。

 意識というものは、そんな空間でも保てるのであろうか。いや、なかった。


 次に目覚めた時は、全く見知らぬ場所に突っ伏していた。

 部屋の中で視ていた映像に近い。足下には緑の毛のようなものがビッシリと生えており、体には何か見えない力で歩むことを阻まれている。時折頬にもその力が加わりこそばゆい。


 目の前には塔のようなものがあり、電飾で彩られていた。塔の周りには人だかりが出来ており、規則的な動きをしながら塔を囲んで少しずつ歩み続けいる。

 普通の歩行とは全く違うメカニズムである。手足を一定の時間毎に同じ動きを繰り返し続けるのだ。

 それと同時に何か奇妙な音楽も流れ続けている。どうやらその音楽に合わせて全員がその規則的パターンで動き続けているのだ。


 一体この集会に何の意味があるのだろうか?

 良く見れば、みんな笑顔を浮かべながら動き続けている。

 まるで私達のようだ。何者かに操作を受けて生活しているようだ。

 しかし、彼らは幸せそうだ。見えない拘束を受けているにも拘わらず。私達となんら変わらないはずなのに。


 何が違うというのだ。

 何も違わないではないか。


 それ程拘束されていて苦痛しか感じなかった私に、その快楽が分かるというのだろうか。


 輪の中に入ってみよう。

 見よう見まねで手足を動かしてみる。特に何も感じない。

 後ろで同様に動いている人に、手取り足取り動作を教わる。

 音の周期的な鼓動に合わせて、手足を動かすと良いという。

 確かに、鼓動に合わせて動くと、音と体が一体化しているようだ。

 これこそが、皆が集まって動き続ける理由なのか。


 やがて音は止み、人々は散り散りにどこかへと消えていった。

 塔の周りには何か小さい囲いがあり、そこでは何かを料理したり、何かを掴んだり、はたまた打ったり捕まえたりと、全く統一感のない物事が一緒くたに集結していた。

 人だかりはむしろそちらの方が多いくらいだ。集団で動くより、個別に動いていた方が楽しいのだろうか。

 一体囲いが寄って集って何をしているのか、意義が全く理解できない。

 わざわざこんなところで何かしなくても、家に居れば何でも手に入るし、何でも体験が出来る。

 ここに来なければ体験出来ない、何かがあるのだろう。


 囲いの一つに出向いてみた。

 その囲いでは何か無数の茶色に着色された紐状の物を熱して、平らな金属片で弄んでいた。

 金属片がその紐状の物を動かす度に、不思議と食事がしたくなるのだ。

 今までそんな気分になったことはない。何かを食す時は、決まった時間に決まった物を食べる。それは食べることを定められているからだ。能動的なものでは決して無い。

 しかしながら、これについては自ら進んでこの紐状の不思議な物体を食そうとしている。何が私をそうさせるのだろうか。

 それこそ、生きようとする欲求そのものではないだろうか?


 紐状の物を初めて食した。口に入れた途端、体が震えた。

 夢中になって口に放り込み、あっという間に快楽の時間は過ぎた。

 これはクセになる。


 他にも色々あるが、もはやどれを選んでも夢中になってしまうだろう。

 ここは一体どんな世界なのだろうか?自分が居た世界と比べて、制限が全く無い。

 決まった事以外をしても、ここでは殺されることはない。


 どうも監視はないようだ。既にあの建物の外に出て、全く違う世界にいるようだ。

 もう拘束はない。


 あの黒い点を通って、他にもこの世界に来ている人は居るだろうか。

 私と同じような格好をしている者が居れば・・・・・・ちらほら見かける。

 その人達は、あの動きをこの世界の人達と共にして楽しんでいる。囲いに群がり、時折笑顔を浮かべている。


 ここが理想郷と言っても過言では無いだろう。


 *


 この世界に降り立ってから暫く経った。

 毎日朝から晩まで動き狂い、中にはこの世界の人間と仲良くなり、終いには分身が増えていた。


 私というと、この世界に打ち解けずにいた。あまりあの動きが自分の好みではなかったので、特にこの世界の人と何かあるわけもなく、ひたすら紐状の物を食べ続ける日々であった。


 そんなある日、空から白い物体が草原に降り立った。

 これには見覚えがあった。私達が暮らしていた「世界」だ。


 こんなタイミングに何故?という疑問を押し殺すかのように、その白い物体の一部が動き、中がのぞけるようになった。


 そこから無数の人間が出て来て、私達の仲間達を捕まえていく。網を投げられ、地面に引きずられながら白い物体に帰っていく。

 この楽園にもいよいよ終わりの時が来たのだ。

 私もあの白い箱に帰り、また無味無臭の生活を送るのだろう。


 特に抵抗するわけでも無く、私も網に捕らえられ、白い「世界」に帰っていった。


 *


 結局生活は元に戻ってしまった。楽しみは奪われてしまったが、特に生活で困ることは無かった。感じたのは、寂しい、くらいか。


 いつも通り30分の自由時間が訪れ外に出ると、他の人達はあの世界の動きで同調していた。

 あの世界の音楽に、あの世界の動き。もはや戻ることは出来なかった。

 その動きをした者は、皆例外なく殺された。

 しかしながら、対象者は日を追う毎に増え、それに耐えかねた管理者側は、ついに外出すら禁止するようなった。


 今度は皆がドアをあの世界の音楽に同調するように叩いた。ここで「生きている」ことを証明するかのように。


 空間が音楽に囲まれた。何も意味を持たなかった空間が、同調という意味を持った。

 ここは既に私達が支配している空間だ。

 

 施設に囚われた全ての人が、同じ動きを繰り返す。

 あの世界のような周期的な動きだ。


 建物全体が揺れている。動きの御陰でこの建物が震え始めているのだ。

 監視の者も周期的に人を殺す。しかし数が多すぎるので収まる気配が無い。


 遂に囚われている人達が扉を壊し、外へ逃げ出し始めた。

 建物が揺れて扉が歪み、外れやすくなったのだ。

 次々と蹴破る音が建物内に響く。


 そこら中で音の花が開く。美しく咲く同調の数々。

 私といえば、そこで何も出来ずジッとしていた。

 やはり死ぬのは怖い。叛逆すれば全員もれなく殺される。


 音の波が収まるのを待った。

 しかし数は減っても収まる気配は見えない。

 それ程までに音の虜になっているということだ。


 人々が音に囚われている。

 音に踊らされ、自らの命を散らしている。

 一時の快楽に身を委ね、人生の幕を閉じている。

 

 しかし、今何もしていない自分に生きている意味はあるのだろうか?

 それはもはや死んでいることと同義ではないのか?

 そのまま変わりの無い日常を送っていて、私は果たしてどう思うのだろうか。

 あの世界で私は、確かに快楽を知った。

 毎日非連続的な出来事が起き、刺激的な日々だった。


 ここに戻った途端、そのようなものは一切無い。

 一度楽しさを知ってしまった私にとっては、耐えがたい苦痛である。

 連続的で何の出来事も無いこの建物の「世界」はもうウンザリだ。


 勇気を振り絞り、私はドアを叩き始めた。

 ドアはいとも簡単に開き、外に出られた。

 

 外に出てみると、監視員が囚われている人に襲われていた。

 囚われ人が5人程度の塊になって、監視員を捕らえ銃を奪い、引き金を引いていたのだ。

 あっという間に建物を支配していた秩序は、文字通り音を立てて崩れたのだった。


 *


 建物を起点に、人々の生活が始まった。

 とはいえ建物の中で閉じこもり、昔通りの生活を送っている人も居る。

 その生活に慣れてしまい、外に出ることが億劫になってしまっているのだろう。


 外に出ることを厭わない者達は、建物の外に広がる大地で以前行った世界で教わった通り、空が明るくなる間は作物を育て、暗くなる時間はみんなで音を立てて騒ぎ立てる。

 夜ごと行われるその集まりを人々は、それを『祭』と呼び始めた。


 今日も『祭』が開かれ、思い思いの楽しい時間が流れていく。

 これこそが私が求めていた時間だった。

 一歩を踏み出して良かった。閉じこもっていても何も変わらなかっただろう。

 

 立ち止まっていては何も起こらないし何も変わらない。

 とはいえ歩けば傷つくこともあるだろう。

 でも歩かなければ新しいモノに出会えないし、楽しいコトも起こらない。

 傷つくことは、傷ついた分だけ避けられるようになる。

 時には傷つくことを心配して声をかけてくれる人も居るだろう。


 もう一度、自分の人生を演じてみよう。

 ただ野垂れ死ぬより、擦った揉んだしてから死んだ方が楽しいでしょ?


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