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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
5章 享楽の帝都

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007 治療と酒


 セルスラが拾い上げたネズミは胸元が小さく動いていた。薄茶色の毛皮は煤けて汚れ、血の塊が付いている。目は閉じられたままだったが、セルスラの声に反応して丸い耳が動いた。


 生きている。


「由利さん。少しだけ回復魔法を」

「分かった」


 由利がセルスラの前にしゃがむと、セルスラが不安そうに聞いてきた。


「回復は制御が難しいが、お主は使いこなせるのかの?」

「大丈夫だ。果物以外は爆発させてないから」

「爆発!? お主、殺す気か!」


 セルスラはイヤイヤと首を横に振って獣人を胸に抱いた。


「魔法に関して妥協しない人から合格もらったから平気平気」


 いくら由利でも生き物を爆発させるような失敗はしないと断言したい。練習台となった果実は無残な姿になったが、魚では成功しているのだ。アウレリオ神父の合格は貰えたのだから、今回も成功するはずだと信じている。


「大丈夫だよ。ちゃんと僕が監視してるから」


 軽薄な態度で東雲が割って入った。きっと良からぬことを思いついたに違いないと由利には分かったが、今回は便乗することにした。


「お主の言葉が一番信用できんのじゃ! 我の直感では、お主のような輩は目的のために簡単に裏切ると告げておる!」

「おや。そう明け透けに言われると、今すぐ裏切りたくなっちゃうなぁ。誘惑上手だね!」

「誘ってなどおらんわ!」


 東雲がセルスラの気を引いているうちに、ネズミの体に触れた。魔力を流して第一段階の診察をしてみると、後ろ足に流れを阻害するものがある。ここが怪我の箇所だ。傷口へ向けて力の向きを変え、淡く光ったところで魔力の供給を止めた。


「ラスボスの前で刺してくるタイプと、大事な道具を持ち逃げするタイプ。君はどっちが好み? 僕としてはどっちも小物臭がして好きじゃないんだよねぇ。どうせ自分が演じるなら黒幕がいいなぁ」

「演技の好みなど聞いておらぬ。どうせそれも『好み』ではあるまい」

「終わったぞ」

「お主の心は本当に中心が見えんのぅ――何? 終わった?」


 セルスラの腕の中でネズミが薄く目を開いた。何かを訴えるようにヒゲを動かし、また目を閉じる。


「ど、どうしたのじゃ。まだどこか具合が悪いのか?」

「お腹が空いてるんだよ」


 東雲はクッキーの残りをセルスラに持たせた。甘い匂いに反応してネズミの鼻が動く。セルスラが口元にクッキーを近づけると、ネズミは目を開けて勢いよく食べ始めた。かなり飢えていたと思われる。


 ひとまずネズミは大丈夫だろうと判断して、由利は通路を調べている東雲に近寄った。


「何か見つけたのか?」

「あの獣人が来た、大体の方向ぐらいですね。このまま他の獣人も見つけられたら良かったんですけど」

「道ならこの子が知っておる」


 クッキーを食べさせ終わったセルスラが合流した。満足そうにうっとりとしているネズミの口に、クッキーの欠片が付いている。由利はハンカチで口元を拭いてやった。


「これが一番小さい故に要領を得ないところはあるが、他の子らは人間に捕まったと言っておるの。兄弟が隙を見て逃してくれたようじゃ」

「……遅かったか」


 東雲の呟きは由利にだけ聞こえた。


 ネズミは黒く丸い瞳で由利達を見上げ、懇願するように鳴き声をあげた。東雲とセルスラが相槌を打ちながら、ネズミの声に何やら納得して話を進める。


「その経路なら、部屋として使えそうな空間があるね」

「他の子らはそこに捕らえられておるのか」

「細かい作戦は現地に行ってから考えよう。セルスラは先走らないようにね。全員そこに閉じ込められているとは限らないし、逃げられると厄介だから」

「ぬぅ……仕方ないの。従うと誓った以上は大人しくしよう」

「ちょっと待って。俺には何言ってるのか分からないんだが」


 翻訳してくれるはずのネックレスは沈黙したままだ。由利には動物の鳴き声としか認識できない。


「翻訳機能の限界かな? やっぱりコピー品じゃ不具合が出るんだなぁ」

「コピーって……オリジナルを解析して東雲が作った海賊版ってことか? どこでオリジナルを見つけたんだよ」

「外交が必要な場所とだけ」


 秘密ですよと艶っぽく笑う東雲に目眩がした。腹黒さを隠そうともしなくなった後輩は、こういう心を惑わせる表情が上手い。


「ここは獣人の長である我の出番かのぅ!」


 セルスラが腰に手を添えて威張っている。小さい体を大きく見せようとしているようだが、残念ながら幼い子供が精一杯ふんぞり返っているようで微笑ましい。モニカが子供を相手にしている時の気持ちが分かった。


「我ら竜人族は千の種族の上に立つ者。我に理解出来ぬ言葉などないわ!」


 威張る竜人様を尊敬の眼差しで見ているのはネズミだけだ。由利はやる気になったセルスラに通訳を頼むことにした。褒めて伸ばすのは得意だ。


「セルスラがいて良かったよ。子供達の通訳は任せたからな。それで、これからの行動は?」

「うふふ。我の凄さを思い知ったかの? この子が捕らえられていた場所を覚えておるそうでな。道を聞いて他の子らを助けに行くぞ!」


 早く行こうと急かすセルスラを抑えつつ、ネズミが逃げてきた方角へ向かう。


 自信満々に案内をしてくれる竜人の後ろで、東雲が小さな声で言った。


「由利さんが本気を出したら、凄腕の詐欺師かジゴロになれそうですねぇ」

「嫌だよそんなの。どうせ人を騙すなら手品師を選ぶわ」

「この世界の人に手品を見せても、どうせ魔法を使ったんでしょって言われそうですよね」

「夢がないな」


 前からネズミの鳴き声が聞こえてくる。セルスラの通訳によると、嵐に飛ばされて早々に人間に捕まったそうだ。下の兄弟は人質になり、残りは人間の犯罪行為に加担させられているようだった。食料品店の被害は、人間が監視しつつ獣人の兄弟が行ったことだ。


「抵抗する手段を奪って、飢えない程度に働かせる。隷属させる常套手段だね。店舗の偵察と、構造次第では内側から鍵を開けさせてたのかな」

「まるで見てきたように言うのぅ。よもや経験者ではあるまいな?」

「僕なら一人で全部やるよ。人が多くなるほど捕まるリスクが上がるからね」

「……ユリ。此奴の手綱はしかと握っておくのじゃぞ」


 セルスラは何かを諦め、透明な笑顔で言った。


 そもそも東雲に手綱があるのか、存在していたとして制御できるのかといった疑問が浮かぶ。だが彼女(セルスラ)が望んでいる返答は同意であって、約束の履行ではなかった。由利が分かったと殊勝に答えると、幾分かほっとした様子で先へ進む。


 獣人と人間がいるという空間が近くなってくると、東雲は紙人形を飛ばして偵察に行かせた。水が多い場所では使い所が難しいため、短距離のみの稼働だ。


 紙人形は天井に沿って移動し、由利達からは死角になっている空間へと入って行った。


 こうした空間は水路の至る所に造られている。大雨などで水路の水が増水した際に、一時的な逃げ場として設計されたものだ。排水機能が追いつかなくなった時は、空間へと溜めて地上に溢れるのを防ぐ。水位が下がれば空間に溜まった水は水路へ排水される仕組みだ。由利達が食事を摂った小部屋も、その一つだった。


 帰ってきた紙人形には見取り図が描かれていた。人質の獣人と人間の位置と武装まで載っている。


「人間の位置は目安だと思っていて下さい」

「獣人一人に人間は二人か。この武器は?」

「大振りのナイフと手斧です。値段が手頃で、室内や水路で扱うなら最適な選択でしょう」

「何を持っていようと、我の敵ではないの」


 セルスラは既にやる気に満ちている。危険な兆候だ。勢い余って水路を壊しかねない。


「……由利さん」


 東雲は由利の肩に手を置いた。説得は任せたと言いたいらしい。


「セルスラ。お前には最も重要な役があるんだが」

「む? 捕まっておる獣人の子らを助けることであろう?」

「それも大事なんだけどさ、その抱っこしてる子はセルスラしか守れないだろ?」

「……んん?」

「俺じゃ獣人の言葉は分からないしなー。やっぱりセルスラの側にいた方が安心すると思うんだよ。千の種族の長なんだろ? 人間を倒すのは俺達でも出来るけど、その獣人を保護するのはセルスラしか出来ないし?」

「そっ……そんなに言うなら仕方ないの! ほれ、ここは我が守るゆえに、さっさと行ってまいれ」


 由利は竜人の誘導に成功した。これで水路が崩落する未来は回避できた。由利はまだ生き埋めになりたくない。


 何かあれば手を貸すと器の広さを見せつけるセルスラに見送られ、静かに近づいていった。打ち合わせは既に済ませてある。


 渡されたバットを握り直し、東雲に合図をする。二人で同時に駆け出して空間へ突入すると、中にいた人間を発見するなり光弾を浴びせた。


「――疾風」


 魔法で加速した東雲が残った一人を刀の柄で殴り倒す。顎に当てた一撃は呻きすら漏らさず意識を刈り取った。


「初めての制圧にしては上手くいったんじゃね?」

「由利さん強くなりましたねぇ」

「九割九分ぐらいバットのお陰だけどな……」


 実力だと言える日は来るのだろうか。


 犯罪者らしき人間は東雲に任せ、待機していたセルスラを呼んだ。捕まっている獣人は頑丈そうな鳥籠に入れられていたが、セルスラがこじ開けて入り口を作る。見た目は子供でも力は竜だ。


 助け出された獣人もネズミだった。兄弟だと聞いていたから予想はしていたが、耳の形が少し違うだけでよく似ている。二匹は喜ぶようにじゃれあい、すぐにどちらが最初に助けた個体か分からなくなった。


「ここはお主だけか。他の子らは別の場所におると? よしよし、泣くでない。他の子も助けてやろうぞ」


 周囲には大きな樽がいくつも置いてある。それも乱雑ではなく、一目で数が分かるように整頓されていた。


 匂いで判断すると、中身は酒のようだ。


「これは……もう商品価値はありませんね」


 樽を調べていた東雲が残念そうに言った。


「保存状態が悪かったか?」

「いいえ。タマナスという植物を覚えてますか?」


 その名前を聞いたのは、温泉郷の土産屋だったはずだ。


「温泉地でお前が知り合いに送りつけようとしてたやつか」

「あれは少量ならお酒に酔った程度の高揚感しかないんですけどね。あの植物の成分を凝縮したものと、依存性を高める別の植物が混ぜられています」

「じゃあこれは……」

「私達の基準で言うなら、違法薬物入りの酒、でしょうか。恐らく彼らは盗んだ酒に混ぜて、売り捌いていたのではないかと」


 どこへと聞こうとして、由利は酒を大量に消費する場所を思いつく。


「酒場?」

「ここ最近は昼間から屋台でも売っていました。水や果汁でかさ増しするので手を出さなかったんですが……一体、どれだけの量が流れたのやら」


 帝都で陽気に騒ぐ人の中には、知らず知らずのうちに依存度が高い酒を飲んだ者がいるかもしれない。由利と東雲も行動次第では被害者の一人になっていただろう。


 再開を喜ぶ獣人達を前に、由利は言い知れない不安を感じていた。

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