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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
5章 享楽の帝都

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003 プロファイリング


 窓から飛び込んできたノマ鳥が、止まり木で由利の名前を呼ぶ。黒い体に瑠璃色の翼をしている鳥は、スズメやカラスのように街中でよく見られる生き物だ。東雲が使役しているうちの一羽が、また伝言を持って帰ってきたらしい。


 鳥の脚に結び付けられた紙を取り、いくつか小皿を乗せた盆を見せる。


「お前はどれがいい?」


 由利が尋ねると、鳥は考えるように首を傾げ、果物と鳴いた。


「クダモノ、ハヤク!」

「これか?」

「コレ! チョーダイ」


 皿から木苺を選び、鳥に食べさせる。うっとりと目を細めて味わっていた鳥は、名残惜しそうに皿を見つめた。


「……秘密だぞ」

「ユリ、スキ」


 耐えられなくなって木苺をもう一つ差し出すと、翼を広げて愛情表現をされる。喉のあたりを撫でてやると満足したのか、鳥は木苺をくわえて窓から出て行った。


 被害に遭った酒屋を出たあと、情報収集は東雲が行い、由利は拠点でまとめるという役割分担になった。本来なら由利も聞き込みをした方が時間の短縮になりそうだが、慣れない帝都で単独行動をしてはいけないという東雲の意見で却下されたのだ。


 木箱の上に板を置いただけの作業台には、帝都の地図が広げられている。二日にわたって集められた情報は、紙面に三色に分けて記入してあった。


 新たに鳥が運んできた手紙の内容を地図に書き込んでいると、暖かい風が吹いた。紙袋を抱えた東雲が部屋に戻ってくるなり、ソファーに深く腰掛ける。


「とりあえず目ぼしい店には聞いてきました。昼休憩にしてもいいですか」

「ご苦労様。もうそんな時間か」


 作業台を離れ、東雲が待つソファーへ移動した。紙袋の中身は、屋台で売っていたという焼き魚を挟んだバゲットだった。トルコ名物のサバサンドに味が似ている。


「帝都は内陸だけど、屋台に出すほど魚が調達できるんだな」

「近くに大きな運河が流れてますから、下流の港町から届くらしいですよ。そちらも帝国内では主要な貿易港だったはずです」


 早々に食べ終わった東雲が、地図を空中に浮かべて集めた成果を眺めている。茶を淹れて戻ってきた由利は、隣に座って同じように眺めた。転移を使ったとはいえ、よく一人で聞き込みをしたなと感心する。


「食料品店と酒屋、いくつか同日に起きてますね」

「菓子屋と酒屋も重なってるぞ。距離もあるし、単独犯とは言えないかもな」

「食料品店は犯行日に法則性がありますね。それと盗まれた品は肉類と穀物の一部でした。長期保存できる乾燥豆とか塩漬けのものは手をつけられていなかったとか」


 最初に酒を根こそぎ持って行ったと聞いていたためか、食料品も同様だと思っていた。


「菓子は更に少なくて、予約が入っていた贈答用のものだったから発覚したみたいですよ。計り売りのものを少し盗まれただけなら、気がつかなかったでしょうね」

「食料は火を通せば食えるものばかりか。金が無くて泥棒に入ったって印象だな」


 由利は作業台に置かれていた紙を取ってきた。丸められた紙には、丸と線だけが何本も描かれている。


「鳥が持ってきたうちの一つなんだが、これは何だ?」

「それは地下水路の地図ですよ。実態は下水道なんですが。丸が出入り口、線が水路を表してます」


 帝都の地下には古い時代に作られた下水道があるそうだ。泥棒被害について話してくれた店主の一人が、冗談混じりに犯罪者が地下に潜んでいると言っていたらしい。


「これを帝都の地図に重ねると……」


 地図から線だけが浮かび、由利が書き込んできた地図の上に重なった。


「ものの見事に被害に遭った店が重なってるな」

「……ですねぇ。あまりにあからさま過ぎて、ちょっと混乱してくるんですが」


 特に酒屋が顕著だ。手当たり次第に在庫を持って行くため、少しでも距離が近い方が都合が良いのだろう。


「この地下水路の先は?」

「運河へ流れ込む設計になってます」

「まさか汚水はそのまま垂れ流し?」

「驚いたことに、ちゃんと処理施設があるんですよ。数代前の皇帝が悪臭に耐えられなくて、水を浄化するよう命令したとか。一ヶ月以内に作らないと、お前の家族を消すぞと脅されて、急いで各所に魔法式を構築したと歴史書に残されてます」

「恩恵を受けている身で言いたくないんだが、怖すぎるわその皇帝」

「流血帝とか血塗れの皇帝とか言われるほど、過激な皇帝なんですよ。領土を急速に拡張したのも、その皇帝の代で――って、今はその話は止めましょう」


 話が脱線しかけた。


「何となくの印象だけど、酒とそれ以外は別の犯人のような気がするんだよな。一晩で在庫を全部運ばないといけないから、単独だと難しいんじゃないか?」

「一回で盗まれる食料は、成人男性の一日分に該当しますね」


 酒の窃盗犯が食べるために盗んだにしては、量が少なすぎる。転売のためなら、定期的に日数が開いているのが気になった。


「このスパンで考えると、酒と食料品はまだ来ないな。次は菓子屋か」

「そうだ。犯人は犬を飼っていない店を狙っているみたいですよ」


 東雲が地図へ向かって手を動かすと、犬の絵が次々と追加された。


「菓子店のうち、犬を飼っていなくて水路の近くにあるのが、この店。一度入った店には入らないと仮定すると、こうなります」


 該当する店の色が赤くなった。だいぶ数が減ったものの、まだ多い。


「盗まれた菓子は贈答用だっけ。庶民向けの菓子屋を除外すると、どこが残る?」

「それだと、この二店舗ですね」


 二つの店舗は距離が離れているため、同時に見張ることは難しいだろう。


「どの店に入るか分かればなー……」

「じゃあ偵察に行きますか? 侵入経路の割り出しと、気分転換に」

「俺はいいけど、菓子は嫌いだったよな?」

「食べろと言われたら食べますけど。男が一人で買いに行くよりも、リリィちゃんがいる方が店員に警戒されずに調査できるかと。泥棒が来るのかは、まだ推測です。余計なことを言って警備を厳重にされたら、犯人が来なくなりますから」


 囮になれと言いたいようだ。これは責任重大かもしれないと由利は思った。


「上手く店員の気を引けるかな」

「いえ。余計なことは考えずに、普通に商品を選んでる方がいいです」

「え。でも」

「普通に選んでて下さい。お菓子を前に、真剣に悩んでる由利さんの方が人目を引きますから」


 釈然としないものを感じつつ、さっそく菓子店の偵察へ行くことになった。東雲と連れ立って歩いていると、どこからか高笑いが聞こえてくる。


「どこの馬鹿だよ」

「由利さん、屋根の上です」


 指差す方向を見上げると、先日見かけた怪しい人物がいた。鳥の頭を被ったココ仮面だ。ひらひらした衣装を風になびかせ、笑いながら民家の屋根を走ってゆく。身体能力が高い人物なのだろう。足場が不安定な屋根なのに、まるで舗装された道のように速い。


「ご機嫌だな」

「ご機嫌ですね」


 ココ仮面は見上げている由利達を見つけると、気障ったらしく挨拶をして走り去って行った。彼の頭は年中お祭り騒ぎなのだろうかと由利は訝しんだ。羨ましい限りだ。


 愉快な仮面が去ってしばらくすると、今度は複数の人間が後方から走ってきた。彼らは歩道を走っていたが、通行人にぶつからないよう最大限に気を遣っている。先頭にいた一人が集団を止め、東雲に話しかけた。


「君、この辺りで怪しい人物を見かけなかったかね?」

「怪しい人物」

「その……最近、巷を騒がせているのだが」

「ココ仮面とかいう変態なら、屋根伝いに走っていきましたよ」

「変態だと!?」

「昼間からあんなもの被って高笑いしてる奴は、僕の国では変態って呼ばれるんだよ。向こうへ行けば聞こえてくるんじゃないかなぁ」

「ぬ……外国人だったか。協力に感謝する」


 先頭の男は変態と聞いて顔を引き攣らせたが、それ以上は言及しなかった。後ろの集団を率いて、東雲が示した方向へと走り去ってゆく。


「何だったんだ、あれ」

「制服こそ着てませんでしたけど、あれ騎士と親衛隊の混成でしたね」

「親衛隊って皇帝の警護が主任務だろ? 何で混ざってるんだ」

「……さぁ?」


 興味なさそうに集団を見送った東雲は、菓子屋へ行きましょうかと由利を促した。

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