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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
5章 享楽の帝都

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001 課題のごほうび


 大小様々な国の中で、文化が特に発展している国がある。


 フェリクスの出身国だというタルブ帝国は、現皇帝が帝位を継ぐと同時に、他国への侵略を停止して国内情勢の安定化を重要視した。多少の反発はあったものの、皇帝の強権を遺憾なく発揮して、これを抑え込むことに成功。以降は諸外国からの侵略を防ぎつつ、平和な治世を続けていた。


「遠くから見ると映画のセットみたいだけど、街を歩くと人が生活してるってよく分かるな」

「小道具なんかでは表現できない空気ってやつですか。特に匂いの影響が大きいですよね」


 娯楽施設や飲食店が多く並ぶという商業区への道すがら、由利と東雲は二人にしか分からない感想を言い合っていた。


 帝国の首都ワーズは世界で最も栄えている都だと言われている。戦乱が起きていないというのが最大の理由だ。安定した生活は庶民による文化の発展を促し、目をつけた貴族階級が投資をして更に加速する。そうした動きの余波が地方にも及び、富を求めて人や物が集まってくる。


 人が集まれば治安の悪化が懸念されるが、侵略のために編成していた騎士団を警備へ回したこともあり、一定の秩序が保たれていた。


 街を歩く人々は魔王の脅威が去った反動か、どこもうるさいほどの活気に満ちていた。二十年もの長い間、いつ来るか分からない襲撃に怯えながら暮らしていたのだ。そこへ同じ帝国人が魔王を倒したのだから、無理もない。


 フェリクスについては『療養中のため本人の許可なく接触することを禁ず』と皇帝直々に触れが出された影響で、無粋な訪問者が来る心配は無用だった。何せ貴族であれば爵位の剥奪と領地の没収、庶民なら三十年の強制労働という異例の厳罰だ。勇者を政治利用しないという皇帝の意向が強く表れている。


 その代わり、庶民が勇者の偉業を称えることには寛容で、目に余る行為を取り締まること以外は好きに騒がせている。恐らく滞った経済を回復させたいのだろう。あちこちで催し物が行われ、貨幣が飛び交っている。


 為政者にとっては、魔王が去った後の方が厳しいようで、国によっては崩壊寸前になっているところもあるという。世界が元通りになるには、長い年月がかかりそうだ。


「この辺りはレンガ造りの建物が多いんだな」

「ええ。皇帝の居城や貴族街は石や漆喰、富裕層から下へいくほどレンガの割合が増えてきます。貧民まで落ちると廃棄された建具なんかを使ってますね。だから建物を見れば治安の想像もつくかと」

「貴族街と貧民街には近付くな、だったな。何をされても文句は言えないからって」

「怖いですねぇ。リリィちゃんは特に気を付けて下さいね」

「大丈夫だ。一人で外出する気ないから」


 頼むから一人にするなよと念を押すと、頼もしい後輩は任せて下さいと微笑んだ。帝都内であれば由利の居場所は分かると東雲は言うが、この国を離れている最中に事件に巻き込まれる可能性も否定できない。どうせ自力で解決できないのだから、安全地帯で大人しくしておくべきだろう。


 帝都ではフェリクスが所有している屋敷に居候することになった。騎士団へ入ってから余暇を過ごすために購入したそうだ。住む世界の違いを考えさせられたが、東雲の情報によれば、これでも質素な方だという。むしろ懐具合を心配される水準だというから、貴族社会というものは大変そうだ。


 本人の外見に反して慎ましい屋敷には、当然ながら最低限の使用人しかいなかった。料理と掃除を担当している老婆に、彼女を支える下男が二人。そのうちの一人は元聖典派の神父、イノライだった。


 成り行きで法国から逃げ出した後、フェリクスの計らいでデュラン侯爵に保護されたと本人は語っていた。今回のフェリクスの帰郷に合わせて屋敷で雇うことが決まり、主に庭の手入れをしているそうだ。どこで縁があるか分からないものだ。


「由利さん。ぼんやりして歩いていると、馬のアレを踏みますよ?」

「ひゃあっ」


 突然の警告に驚いた由利は、思わず東雲の腕に縋りついた。

 路上には点々とアレが落ちている。馬車が主流の世界故の光景だ。馬車の持ち主には清掃する義務があるそうだが、貴族街ならともかく庶民が暮らす地区では目が届いていないらしい。


 近くを通った肉体労働者らしき少年に舌打ちされ、由利は東雲から離れた。そんなに踏んでほしかったのだろうか。


「危ねーな。せめて端に寄せといてくれてもいいのに。って、何で東雲は勝ち誇ったような顔してんだよ」

「由利さんは知らなくてもいい勝負です」

「えっ」


 通り過ぎた少年を見送り、東雲は答える。全く意味が分からない。異世界で流行っているゲームだろうかと由利は結論づけた。


「……フェリクスとモニカは今ごろ皇帝と会ってるんだよな。大丈夫かな」

「由利さん心配しすぎ。モニカだって成長してるんですよ? 信じて待っててあげないと」

「そうは言っても相手は大国の主だぞ? 騙されて不利な契約を結ばされないかな。それ以前にちゃんと挨拶できるか? 初対面の人間には極度のあがり症だろ?」

「初めてのお使いに行く幼児じゃないんですから……フェリクスが同行してますし、メインで会話するのはアウレリオ神父ですよ?」

「こんなことなら俺もついていけば良かった」

「駄目だこの人。発想が完全に保護者だ」


 由利さん――東雲が由利の手を握って止めた。


「今日は何も考えずに遊ぶ日じゃなかったんですか?」

「そう、だけど……」

「じゃあ気持ちを切り替えて下さい。せっかくアウレリオ神父から合格をもらったんですから、今日だけは休んでおかないと。また明日から訓練漬けですよね?」

「ああ……そうだよな。久しぶりに受験の気分を味わったんだから、開放感も堪能していいんだよな?」

「そのために外へ出てきたんでしょ。今になって何を言ってるんですか」


 苦笑する東雲に手を引かれ、由利は再び歩き出した。



 *



 話は二週間前に遡る。


 屋敷について間もなく、アウレリオ神父から短時間でいいから会えないかと連絡があった。皇帝への謁見のついでに立ち寄るという。特に予定もない由利が承諾すると、屋敷の一室を借りて面会することになったのだ。


「あの、アウレリオ神父。これは?」


 由利はテーブルに積まれてゆく本を見つめて尋ねた。

 東雲の送迎で現れたアウレリオは、同行していた侍従に全て本を置かせると、部屋の隅に下がっているよう伝える。


「回復魔法に関する文献だ。失礼かと思ったが、部下に貴女のことを診せた結果、適性があることが判明している。どこまで伸びるか未知数ではあるが、覚えていて損はないだろう」

「左様でございますか」


 あの法国での面会に、そこまで意味が込められていたのかと由利は内心で慄いた。一つの行動に複数の結果を求め、着実に欲しい情報を得ている。由利に文献を渡すことも、この先に得られる利益に繋がっているに違いない。


「これ、全てが回復に関する本なのでしょうか?」


 由利は顔がひきつりそうになるところを、営業のプライドでねじ伏せた。一つ一つの本が分厚く、読破するだけで時間がかかることは間違いない。


「正確には、これらは魔法に関する本だ。回復魔法の項目は、それぞれの本の一部に記載されている。興味があれば他の項目も読んでみるといい」

「私は聖職者ではございませんが、閲覧してもよろしかったのでしょうか?」

「回復魔法の魔法式はここ百年ほど変わっておらぬ。今更、流出したとしても騒ぐような内容ではない。それに適性がなければ使うことはできないのだ。私としては適性がある者に聖職の道を選んでもらいたいと思っているが、強制はしないでおこう」


 東雲が気を利かせて入れた茶を味わっていたアウレリオは、静かにカップを置いた。


「本はまた後日に回収する。それまで研鑽するといい。良き成果を見せてくれることを期待している」


 明らかに由利が習得することを前提とした言葉だ。悔しいが、目の前に置かれた知識を覗いてみたい気持ちはある。


 アウレリオは城へ行くと言って、東雲を伴って去って行った。非公式の謁見のため、内密に城まで行ける手段が必要なのだという。帝国では長年にわたり聖典派が大多数を占めていたため、どこに監視の目があるか分からないのだ。


 積まれた本を開いて目を通していると、すぐに東雲が戻ってきた。由利の隣に座り、小さなベルを弄ぶ。


「まさか馬車馬のように働かされる日が来るとは思いませんでした。終わったら呼ぶからって、こんなベルを渡されましたよ」

「このベル、ちょっと高い店で店員とか給仕を呼ぶやつに似てるな」

「たまに出てくる由利さんの雑な知識、嫌いじゃないです」


 呆れられているのか、本気で言っているのか判断が難しい。由利は早々に話題を変えた。


「魔力量が増えて、転移できる範囲が広がったんだっけ? そりゃ法国と帝国間を自由に行き来できるんだから、こき使われるよ。俺だってそうする」

「他に適任がいないことは自覚してますけどね。アウレリオ神父はあれで気遣ってくれますけど、帝国側が完全に道具として接してくるのが腹立たしいんです。お前の召使いじゃないって、何度言おうと思ったか」

「言ってもいいんじゃね? 奉仕する義理はないだろ。魔力が尽きましたーって言って、帝都の郊外から歩かせるとか」

「いいですねぇ、それ。次はその作戦で嫌がらせしてきます」


 ――次ってことは、こいつ既に色々と仕掛けてんな。


 由利は礼儀正しく黙っていることにした。加減が分からない歳ではないし、協力関係にある間は、大人しくしているだろう。


「由利さんはどうですか? 念願の魔法ですよ」

「残念ながら一行目から訳が分からん」


 由利は開いた本を東雲に見せた。


「魔法式を知ってる前提で書かれてるんだよ」

「じゃあ、こっちの本から読まないと」


 引き抜かれた本は、由利が持っているものの二倍近くある。装丁の厚みや羊皮紙であることを考慮しても、読むべき内容の多さに目眩がしそうだ。


「何コレ凶器?」

「頑張って下さいねー」


 由利は立ち上がろうとした東雲の袖を掴んだ。この際、年上のプライドなどどうでもいい。相手は魔法を自分で作り出すほどの才能を持っているのだ。


「東雲、助けて」


 動きが止まった。これは畳み掛けるチャンスだ。


「覚えるのは自分でやるしかないんだけどさ、せめて回復魔法が載ってる場所だけでも抜粋してくれたら……」

「し、仕方ないですね」


 東雲は顔を手で覆って葛藤していたようだが、やがて苦しそうに言った。


「抜粋するだけですよ?」

「うん」

「まあ、でも、分からないところは、いつでも聞きに来てくれてもいいですよ」

「本当に? 頼りになるな」

「由利さんは初心者ですから、この本のコレとコレだけは絶対に覚えて下さい。あとこの魔法式は回復系に欠かせない記述なんで、最初に目を通しておくと後が楽です」


 持つべきものは優秀な後輩だ。次々と貼られる付箋のお陰で、かなりの時間を短縮できそうだ。


「回復魔法というのは種類が少ないんです。大雑把に、怪我の治療とそれ以外と思ってもらって構いません。アウレリオ神父がテストを出すとしたら、やはり基礎でもある治療でしょうね。殺菌しつつ傷口を塞ぐやつです。魔力量を増やせば重症患者にも使えますから、各地で重宝されるんですよ」

「ああ、それで教会に勧誘されかけてたのか」


 こうして受験対策のような解説を聞きながら、由利の挑戦が始まった。東雲(せんせい)の腕が良かったようで、二週間後には浅い切り傷が治る程度の回復魔法が使えるようになり、訪れたアウレリオをわずかながら驚かせることに成功した。


 追加として新たな本を積まれてしまったが、ひとまず合格をもらったことへの褒美として、東雲の提案で帝都を散策することを決めたのだった。

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