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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
1章 歪む世界と魔王の影
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008 怪しい二人を調査せよ



「おい、レイモンはいるか!」


 乱暴に扉を開け放ち、トマは部下を呼んだ。


 中にいた数人の男は、さっと部屋の奥へと視線を移し、嵐のような上司の目的が自分ではないことに安堵した。


「レイモン、仕事だ!」


 視線に導かれて窓際へと進んだトマは、だらしなく椅子に座る部下の前に立った。


 赤みがかった茶髪にアンバーの瞳の、どこにでもいるような男だ。顔立ちも平凡そのもので特に印象もなく、街ですれ違ってもすぐに忘れてしまうほど目立つものがない。


 レイモンは気怠そうに、仕事っすかと呟いてトマを見上げた。


「ユーグ・ルナール、リリィ・ロシニョールの素性を探れ。男はタルブ帝国剣術を習っていたと思われる。女は結界魔法を使う」


 その他にも二人の外見的特徴を伝えると、レイモンはこめかみの辺りを指で軽く叩いた。


「……該当者はいないっすね。偽名かなぁ……面倒くせぇ」


 レイモンは不満を隠そうともせずに顔を顰めた。


「そいつら、まだ隣にいるんですよね? いっぺん顔拝んどくか」

「なるべく早く報告しろ」

「へいへい」


 レイモンはヒラヒラと手を振って立ち上がり、あくびをしながら部屋を出ていった。


 本来ならレイモンの態度は咎められるものだったが、誰も彼を矯正しようとしなかった。レイモンの態度が悪くても解雇されない理由は、彼の能力によるところが大きい。


 冒険者ギルドという名前の国営魔石回収組織では、貴重な魔石が国外へ流出しないよう監視している。外国との交流がある大都市では、魔石が絡む犯罪を取り締まり、事前に防止することも仕事の一つだ。


 試験官と名乗っていたトマは、犯罪者の調査と捕縛を担当する部隊の長だ。大雑把な性格の彼は、実力があれば多少の素行の悪さは気にしていない。酒に酔って暴れたり市民に因縁をつけたりしないぶん、配属以来常に成果を出し続けているレイモンなど、口と態度が悪いだけの優等生だった。


 レイモンが控え室となっている部屋を出ると、調査対象が職員から説明を聞き終わったところだった。資料を探しに来たフリをして顔を盗み見てみると、すぐに該当しそうな人物の名前が複数思い浮かんだ。


 ――タルブ帝国剣術なんて習えるのは、帝国騎士団の関係者しかいないはず。しかもあの隊長が押し負ける強さなら、騎士団でも幹部クラスか親衛隊か。


 二人がギルドを出て行くのを見て、レイモンも外に出た。


 帝国騎士の上層部で鮮やかな金髪の若造といえば、第二皇子かデュラン侯爵の息子たちがいる。レイモンの記憶ではもう一人いるが、その男は庶子の成り上がりとして有名だが美形という話は聞かない。


 もし彼らだとしても、偽名を使って他国のギルドに所属する理由がない。間者として活動するなら、レイモンのように目立たず市井に溶け込める者を使うはずだ。


 騎士団の脱走兵だろうか。いや隊長は騎士と断言しなかった。


 レイモンは前を歩く二人を眺めた。


 完全に素人の歩き方だ。キョロキョロと周りを見て、まるで田舎から出てきたばかりの出稼ぎ労働者のようだ。本当に隊長よりも強いのだろうか。


 ふと男の方が何かを見上げた。


 釣られてレイモンも見てみると、階段の上に教会の敷地がある。そこはミサなどを行う大聖堂の反対側――教会で働く神父達が寝泊まりする建物が見える。そこの開いた窓には下を見下ろす聖職者がいた。


 調査対象へと視線を戻すと、男は女の背中に手を添えて、教会の窓から見えない方へ誘導している。教会に見つかるとまずいのだろうか。


 ――いや、それよりも。


 あの男は明らかに視線に気付いていた。レイモンがいる通りから聖職者がいる窓まで、かなりの距離がある。ただの田舎者にそんな事が可能なのか。


 より慎重に後をつけると、二人は一軒の宿屋へ入っていった。残念ながら宿の中までは追跡できない。彼らの違法性が確認できない以上、宿に協力を求めることもできないのだ。


 しばらく出入り口を見張っていると、男だけが宿から出てきた。レイモンが隠れている場所とは反対側へと歩いてゆく。


 大通りを横切り、入り組んだ裏道を躊躇うことなく進む。見失いそうになりながらついて行くうちに、港へ抜ける最短距離を歩いているということに気付いた。


 初めて訪れる者は必ず迷う、地元の人間しか使わない道。


 女と一緒にいたときに見せていた姿は演技だったのか。


 珍しく焦っていたレイモンは、男との距離を詰めすぎていたことに気付いていなかった。角を曲がった男に追いつこうと走りだした途端、肩を掴まれて壁に押し付けられる。かふっと肺から間抜けな音が漏れ、しくじったと後悔する頃にはナイフの先が左の眼球すぐ近くにあった。


 呼吸すら満足にできず浅く息をするレイモンは、何の感情も浮かんでいない新緑色の瞳を見た。


「聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


 人にナイフを突きつけておいて、道でも尋ねるような呑気さで男が言った。


「レイモン・アンペール魔石犯罪捜査官か。凄い肩書きだね。それで、何が分かった?」

「何が、とは?」

「僕達のことを調べてたんでしょ?」

「……何も」


 素直に分からないと答えることはレイモンにとって屈辱的だった。捜査を始めたばかりなのに、新人のようなミスをしたせいで何も掴んでいない。


「見当すらついてない?」


 ナイフが遠ざかると同時に体が硬直して動かなくなる。捕縛の魔法をかけられたようだ。


 男はどうしようかなぁと考えていたが、ふと思いついたようにレイモンに向き直った。


「実は僕達、記憶がないんだよ」

「……は?」


 ――何の冗談だ、それは。


「自分がどこの誰か忘れちゃってね。知ってるなら教えてほしいな、と」


 レイモンは迷っていた。


 嘘と真、どちらを言っても解放される保証はない。


 この男はどこまで本気なのだろうか。少し読みにくいが、表情からは嘘を言っている様子はない。しかしレイモンの名前と肩書きを調べられるような男が、自分のことを知らないなんてことがあり得るのだろうか。


「何か気付いたから監視されてるんだと思ったんだけど、違ったかな。言いたくないなら、仕方ないけど魔法で――」

「ま、待て! 教えないなんて言ってねえだろ!」


 伸ばされた手を遮るために、レイモンは慌てて叫んだ。


 男が使おうとしている魔法は捕虜の尋問に使うようなものだ。術者が望んだ情報を引き出せるだけでなく、相手を廃人にすることもできる。ただ習得が難しいために自在に使える術者は少ない。大多数は喋りやすくなる程度の効果しか引き出せないが、まともに尋問するよりも効率的なために習得者は重宝されている。


 レイモンが男について知っていることなど微々たるものだ。それ以外の捜査情報――特に潜入捜査を行なっている者の情報が部外者に知られるのはまずい。


「あんたを付け回したことは謝るよ。登録者は素行に問題がないか、一通り調べることになってるんだ」

「それは僕が外国人だから?」

「そうだよ」

「警戒されるほどの何かがないと、監視なんて付かないよね。今まで登録した外国人全てを見張れるほど、人材が豊富じゃないみたいだし?」


 嫉妬すらわかないほど整った顔がすぐ近くにある。


 澄んでいるくせに、どこか(くら)い瞳が見つめている。


 その深さに肌が粟立つ。


 触れてはいけないものがそこにあった。


「あんたは目立つから」


 一刻も早く解放されたくて、レイモンは口を開いた。


「仕方ないだろ。あんたが敵の――タルブ帝国剣術なんて使うから」


 言われたことが意外だったのか、男はわずかに目を見開く。


「ああ、そういうことか……それは気付かなかったなぁ。タルブ、か。君達は該当者の名前も知ってるの?」


 レイモンがいくつか名前を告げると、男は痛みを堪えるような顔になった。だがすぐに元の無表情に戻ってしまう。


 ふとレイモンの拘束が解けた。


「さて、君達の目的も分かったことだし、本題に入ろうか」


 ナイフを仕舞い、男は好青年の顔で言った。


「新鮮な魚介を扱っている店を知らない? 出来れば安い値段で」

「は? 魚介?」


 何を言われたのかすぐに理解できず、優秀な捜査官と評判のレイモンは間抜けな声で聞き返した。

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