表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
4章 蘇る光

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/137

009 砂糖菓子のように


 ザイン神聖法国へ続く街道上にリンブルクという宿場町がある。国境から最も近く、宿が無い法国を訪れる者が必ずと言っていいほど利用する場所だ。


 宿を利用する巡礼者の身分は貴族から庶民まで幅広い。法国内では建前として平等に扱われる彼らだが、一歩国を出たなら身分の差は明確に現れる。当然ながら求められる宿の品位も彼らに合わせて増えてゆき、宿場町とは思えないほど種類を増やす結果となった。


 法国を脱出した由利達は、リンブルクにある貴族向けの宿をとることにした。二つの寝室にリビングルームとダイニングルームが揃い、各部屋に浴室も備え付けてある。日本の基準ならスイートルームだろう。


 警備上の問題から男女別に部屋をとることが難しく、人数分のベッドと衝立が置かれた大部屋は異世界の二人が難色を示した。未婚の男女が同室で寝泊まりするわけにはいかないと主張するフェリクスの後ろで、頬を赤らめたモニカが強く同意したとあっては、無理に押し通す理由も無い。結局、宿の手続きをしたのも金を出したのもフェリクスなので、由利と東雲は快く従うのみだった。


 リビングの一角、ティータイムのために設けられた席にフェリクスとモニカが座っている。由利は久しぶりに社会人生活で磨いたお茶汲みスキルを活用して、二人のために茶席を設けてみたのだが、手をつけている様子は一切無い。お互いに言いたいことは山ほどあるくせに、会話の糸口を探しているようだ。


「その……お久しぶりですデュラン卿」

「ああ。魔王の城以来か」


 傍目には目の保養になる二人だ。容姿に恵まれたフェリクスは当然ながら、清楚な空気を纏うモニカもまた存在が際立っている。滅多に見られない美男美女の組み合わせは、後世に語り継ぐ英雄として相応しくも思えた。


 由利は離れた場所にあるソファーから様子を眺めていたが、ついに我慢できなくなって東雲の袖を引いた。


「テレパシーでもカンペでも何でもいいから、今すぐフェリクスに伝えろ。お前が話題を切り出せ、男らしく気持ちをぶちまけてこいって」

「了解です」


 隣に座って出涸らしの茶でくつろいでいた東雲は、指先を空中で動かした。文字を書いているようだ。東雲の手が止まるとフェリクスの口角が下がり、伝言が通じたことが分かった。


 フェリクスはわずかな間だけ瞑目し、やがて決意した様子で呼びかけた。


「モニカ」

「はい」

「貴女には多大な迷惑をかけた。特に黒い意思に乗っ取られて手にかけようとしたこと、どう詫びればいいか」

「そんな、謝罪すべきは私の方です! 迂闊にも禁呪に手を出したせいで、長い苦痛を与えることになってしまいました」

「いや、この程度は苦痛ではない。そもそも俺があの局面で負けたことが原因だ。助けようとしてくれたことに感謝の意はあれど、恨みは無い。だから……もう自責の念にかられる必要はないんだ」

「デュラン卿……ありがとうございます」


 由利は二人から目を離した。後は放っておいても大丈夫だろう。これ以上は単なる盗み聞きだ。東雲に合図をして、声が聞こえるように使っていた魔法を打ち消してもらった。


「リモートでお見合いの手助けをしてるみたいですねぇ」


 東雲は二人に出した茶菓子の残りを、由利の皿に全て移して言った。この赤い木苺を使ったクッキーは、東雲がどこかから調達してきた品だ。口に入れるとバターの香りが広がる。甘い生地と酸味がある木苺が程よく調和していた。


「美味いな、これ。どこかの商品か?」

「同じ宿に泊まってる令嬢に手品を見せたら、メイドさんを通じてプレゼントしてくれたんですよ」

「モテ自慢する奴はタンスの角に足をぶつけて悶絶すればいいのに」

「ストレートに死ねと言わない辺り、由利さんの優しさが溢れてますね!」

「はいはい」


 あまりにも前向きな受け取り方をされて、由利は言葉が出てこなかった。

 隣には姿が変わってしまった後輩がいる。聖典派が作った器へ移動したことで、肩の荷が降りたのだろう。ゆったりと暇を楽しんでいる様子に見えた。


 ――無理もないか。


 他人の体にいるだけで魂が壊れてゆくのだ。己とフェリクスの治療をしながら、混ざってしまった部分を切り離さなければいけない。自動化できるようプログラムを組んだと本人は言うが、楽な作業では無かっただろう。更に体を返した時に備えて、全ての行動をフェリクスが傍観していた。仕事をこなしつつ私生活まで監視されている状態では、到底リラックスできない。


「それ、聖典派が作った……器、だよな?」


 窓の外を眺めていた東雲は、そうですよと返事をした。こちらを向いた瞳は、澄んだ藤紫色だ。窓から吹き込む風が薄灰色の髪を乱すと、東雲は鬱陶しそうに長い後ろ髪を一つにまとめる。細い革紐から逃れた髪が顔の輪郭を覆い、光に透けて輝いているようだった。


 器は整った顔の方が作りやすいのだろうか。ジョフロワが目覚めさせた器は、どれも平均以上の容姿だった。今の東雲も例に漏れず、やや中性的で端生な顔をしている。特に白い肌と色素が薄い髪や瞳は、色彩を拒んでいるかのように透明感があった。


 長いまつ毛に縁取られた瞳で見つめられ、由利の心の奥にざわめきが灯る。


 由利がフェリクスに気がついたのは、本当に些細な違いだった。全体的に見ると、よく似ていたと思う。認識を妨害する魔法も使っていたかもしれないが、親しい人間でも見分けるのは難しかったはずだ。


 ふと柔らかく微笑む東雲を見て、この表情が違うなと由利は確信した。本人には気付かないほどの表情の変化が、両者の差を分けていたのだ。近くで見ると見惚れるほどだったフェリクスの外見も、人格が違うためか、今では見つめ続けるほどの魅力は感じなくなっている。もっともこれは由利に限定した話であって、世間にとっては相変わらず美形であることに変わりはないようだ。


「モニカが魂を送還したとき、よく巻き込まれなかったな」


 由利は動揺した心を鎮めながら言った。


「石棺に入っている間は暇だったんですよ。器の能力を調べてたら、体の脆弱性を発見したんで修正しました。その中に魂の剥離しやすさが含まれてたみたいですね」

「修正って、そんなこと出来るのか」

「これが未完成の器だったからですよ」


 東雲は己の胸元を指した。


「修道院の研究所が担当していたのは、細かい調整と魂の転移でした。調整して、器に干渉できないようロックした後に、魂を転移させる。本来ならそう手順を踏むところを、魂が入っていないって理由で私が盗んだわけです。いやぁ……調整してない器って存在が曖昧だから、気を抜くと魂が弾き出されそうになるんですよねぇ。自分が消滅するか器を手懐けるかの白熱した勝負でしたよ……」

「お、おう。お疲れ様」


 遠い目で語る東雲は、きっと由利には想像もつかない苦労をしてきたのだろう。


「そんなわけで魂が定着したころに私も出荷されて、あとは由利さんも知ってる展開になったわけです。大量に出荷が決まったせいで、研究者達が私に気付かなかったのは良かったんですけどね。蓋が溶けて覚醒させられなければ、賢者の懐に潜り込めたんですが」

「お前のことだから目印は付けたんだろ?」

「残念ながら賢者がワープした時に切られました」


 すいませんと謝る東雲が、怒られた子犬のようだった。外見が変わっても表情が全く同じだ。帰ってきたことに安堵する思いと、構ってやりたくなる気持ちが混ざって、つい東雲の柔らかそうな髪に手が伸びる。だが途中で自分が何をしようとしているのか気付き、照れくさくなって乱暴に東雲の頭を撫でた。


「……あの。常々思っていたんですけど、由利さんは私を犬扱いしてませんか? この撫で方とか特に」

「気のせいだろ。犬扱いなら、もっと、こう、ほら、ボール投げたり……?」

「嘘をつくなら、もっと上手に隠してもらえませんかね。目が完全に泳いでますよ」


 上体を逸らして逃げられた。止めるきっかけができて良かったが、なぜか寂しさが残る。


「また男の体だけど、いいのか?」

「性別にこだわりはありません」


 東雲は迷いなく答えた。


「魂が入っていない器はいくつかありましたが、先のことを考えて魔力量の多さ重視で選んでます。それに女性は苦労しそうで、ちょっと」


 人の顔を見ながら、しみじみ言うのは止めてほしかった。


「もしかして……性別が変わってショックを受けてたのは俺だけ?」

「そうなりますねぇ。由利さんの反応が正常だと思いますよ」


 髪を直した東雲は、由利の掌に小さな砂糖菓子を乗せた。赤い花の形に整形されている。一口かじると舌の上で溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ