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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
4章 蘇る光

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008 聖戦という名の乱闘


 後方から複数人の足音が聞こえてくる。回廊で由利達を捕縛しようとした僧兵達が追いついてきたのだろう。由利はモニカを連れて壁際まで後退した。


「モニカ。棺から出てきた奴らは、器から追い出すことは出来るのか?」


 結界を張ると同時に氷の矢が襲いかかってきた。砕けた欠片が石の床に散って溶ける。


「あの器は……ユリさんとは違うようですね。転生を繰り返すために、器への定着は緩くなっているようです」

「肉体を捨てた時点で、あいつらは死者になったと思うんだが。可哀想に。賢者のせいで人形に閉じ込められて、まだ現世に留まってるとはな」


 由利がそう言うと、モニカは杖を構えた。


「では、空へ還してあげるのが巫女の務めでしょう。お二人に護衛をお任せしてもよろしいですか?」

「任せとけ。囮は頼んでいいか?」

「任された」


 由利の指示に応えるように風が吹き荒れた。長剣で聖職者達の武器を叩き壊し、一人づつ着実に気絶させてゆく。派手に動いてくれているお陰で、こちらには魔法しか飛んでこない。


 援護になればと結界を解除して光弾で撹乱し、また結界内に引きこもっていると、僧兵の一団が到着した。半数がこちらへ殺到してくる。


「勇者を重点的に狙え!」


 増援が来たことで、由利への攻撃が増えた。仕方なく反撃を諦めて結界でモニカを守る。彼女が石棺から出てきた器を葬送すれば、こちらが有利になるはずだ。


「ジョフロワ。ここは任せた」

「かしこまりました」


 事態を見守っていたアウグスト枢機卿が動いた。石棺の間を縫って、部屋の奥へと向かう。行き先には小さな魔法陣が描かれている。


「逃げる気か、エッカーレルク!」

「今代の勇者よ、お前は確かに強かった。だが、剣のみで追い詰めようとしたことは、誤りであったな」


 魔法を放つ聖職者達に守られるように、アウグストは魔法陣へ急ぐ。そのうちの一人が放った魔法が、由利の結界を揺らす。


「枢機卿、お待ち下さい!」


 魔法陣まであと数歩まで迫った時、ジョフロワが叫んだ。枢機卿を守っていたはずの聖職者が、曲刀で彼を斬りつけた。ジョフロワが止めなければ致命傷となったはずの斬撃は、アウグストの左腕を切り落とす。どす黒い血が撒き散らされるが、切断された腕が床に落ちる頃には、淡い光が腕を包んで止血をする。


「貴様、使徒ではないな!」


 裏切り者――薄灰色の髪をした男がアウグストへ斬りつける。見えない盾で弾いたアウグストが問い質すが、男は薄く笑って刀に力を込めた。


「よそ見してる暇、あるの?」


 石棺を踏み台にして僧兵を振り切った影が、飛び上がって長剣を振り下ろす。直前までアウグストを足留めした男は、床に転がって攻撃を譲り、接近していた僧兵を魔法で弾き飛ばす。


 アウグストを狙った連携は、確実に彼を仕留めたように見えた。右手側から飛来した水晶が長剣に当たり、魔法陣を展開する。


「くっ……」


 魔法陣と連携するように白い網が二人の前に広がった。東雲は風の力で押し返すことに成功したが、もう一人は足に網が絡みつく。動けなくなったところを僧兵が襲いかかり、脱出できないまま戦うことになった。


 攻撃をしていた二人がアウグストから離れると、発動した魔法陣が光を放つ。光はアウグストと蓋が閉まったままの石棺を包み、どこかへ連れ去ってゆく。


「転移……ジョフロワの仕業か」


 東雲がジョフロワへと距離を詰める。接近戦では不利と見てとったジョフロワは、石棺の聖職者達へモニカを狙うよう命じた。彼女を助けるために動くと予測していたようだが、由利が結界で守っていることを確認した東雲達は誘導されなかった。


「偽りの生。偽りの時間。終焉の門は、すぐそこに」


 モニカが杖を掲げて宣言する。死者を葬送する準備が整った。

 室内に光の粒子が集まり、巨大な魔法陣が描かれてゆく。アウグストが使おうとしていた小さな魔法陣は簡単に吹き飛ばされ、魔力の流れに飲み込まれていった。


 由利の結界にヒビが入った。モニカがやろうとしていることに気付き、聖職者達が一斉に攻撃を始めたのだ。僧兵は突如として始まった聖女への攻撃に戸惑っていたが、モニカが偽物だと吹き込まれて短槍を向ける。


 結界が削り取られる度に、銀色の煙が魔法陣へと吸収されてゆく。


「ここは生者の領域。それぞれの場所へと還りましょう」


 魔法陣が完成し、耳が痛くなるほどの静寂が訪れた。


 全ての動きが止まる。


 コツと床に杖が打ち付けられ、石棺の聖職者達は一斉に崩れた。


「な……」


 味方が倒れる有様を目撃した僧兵が、由利の結界を攻撃することを忘れてたたずんでいる。由利はこっそり結界を消し、バットを構えた。


 ――ごめんよ。


 目の前にいた僧兵へバットを振ると、光の帯となって数人まとめて吹き飛ばされた。一人づつ確実にという計画は崩され、一気に視界が開ける。


 ――何ということでしょう。朽ち果てるのを待つだけだった廃材が、(しののめ)の手によって変幻自在な凶器へと変貌を遂げているではありませんか。


「うわあっ!?」


 由利の頭の中に無駄なナレーションが流れる。どこかで聞いたことがあるピアノ演奏まで聞こえてきたため、恐怖を感じて投げ捨てた。これはもはやバットではない。呪いのアイテムだ。


 由利はモニカの隣で大人しく結界を張った。出力が調節できない武器は危険だ。後で東雲を尋問しなければいけない。


 大量の魂を送還したモニカは、力を使い果たして座り込んでいた。もう脅威になりそうな石棺の聖職者はいない。僧兵達はジョフロワの指示で態勢を立て直し、剣を持って暴れている二人を取り押さえるよう動き出した。


「使徒の棺に隠れていたか。何者だ?」


 ジョフロワが薄灰色の髪をした男に問いかける。


「死者。又は異物。もしくは、その両方」


 小馬鹿にした物言いに、ジョフロワの表情が険しくなった。


「どこから入ったかは知らぬが、無傷のまま出られると思うな。皆の者――何だ?」


 部屋の外が騒がしい。剣戟の音と大勢が押し寄せる音がする。目立たないようにモニカにくっついて結界を小さくしていると、新たな僧兵の一団が乱入してきた。由利達を攻撃してきた僧兵とは、少し服装が違う。


「双方、その場を収められよ」


 現れた僧兵の間から鋭利な声が響く。悠然と姿を表したのは、先ほど別れたばかりのアウレリオ神父だった。


「クリモンテ派の研究者が何の用だ」

「これを見ても分からぬとは、耄碌したなジョフロワ神父。本来ならば、このような場所で身分を明かすことはないのだがね」


 そう言うとアウレリオは白いケープを指し、同じ色のベレー帽を被った。


「モニカ、あれはどういう意味?」

「あれは、行政府の使徒を表す服装です。まさかアウレリオ神父が来るなんて……」


 由利が小声で尋ねると、同じく声をひそめてモニカが返す。


「もしかしてアウレリオ神父の正体を知ってた?」

「い、いえ。そちらも驚きましたが、近くまでクリモンテ派の僧兵が来ていることは分かっていたので」


 モニカはポケットに入れていた小さな紙を取り出した。枢機卿を見失った後、彼女が見ていたものだ。回廊で騒ぎが起きた時に、外から飛んで来ていたらしい。聖典派に招待されたと知ったアウレリオからで、介入するきっかけを探ってほしいと書いている。


「杖を通じてこちらの会話を送っていましたから、アウレリオ神父には好都合だったようですね」

「聖女の杖にそんな機能があったのか」

「あっ……常に使っているわけじゃなくて、今回初めてで、その……すいません」


 由利の微妙な反応に気付いたモニカが慌てて弁解をした。彼女の性格なら悪用はしていないだろう。恐らくアウレリオの入れ知恵で、招待されたあたりから使っていたはずだ。


 連絡を取るように言ったのは由利だ。モニカに非はない。


「法王猊下は現状を憂慮しておられる。帝国の特使と聖女に対する暴行、及び監禁容疑で拘束する」


 アウレリオが右手を上げると、彼に従う僧兵達が動いた。慣れた様子で包囲し、聖典派を次々と拘束してゆく。歯向かう者がいないのは、行政府の使徒に逆らって心象を悪くしたくないのだろう。


 捕縛の手がジョフロワへ及ぼうとしたとき、僧兵の足元に雷が落ちた。ジョフロワを捕まえようとした僧兵が身を引くと、小さな魔法陣が現れて人影が躍り出る。


「ジョフロワ様!」


 冷徹な女の声――ザイラだ。


 近くにいた僧兵に短剣を突き刺し、ジョフロワの腕を掴むと再び魔法陣を展開した。僧兵達がザイラを取り押さえようと動くが、噴出した濃い水蒸気に視界を阻まれる。誰かが発生させた風で蒸気を散らすものの、既にジョフロワとザイラの姿はなかった。


「……逃げられたか」

「申し訳ございません」

「良い。あれは影の行動に優れている故。僧兵とは相性が悪かろう」


 僧兵の統率者がアウレリオへ詫びる。冷静な神父は咎めることなく静かに言い、周囲の僧兵へ捕縛した者を連れて行くよう指示をした。


 由利は結界を解いてバットを拾った。話し込んでいる東雲達は、由利が向かっていることに気付いていない。


「逃したな」

「ジョフロワに目印は付けたんだから、いいでしょ。君こそ賢者を逃したくせに」

「あのまま寝ていれば、敵の本拠地へ潜り込めただろうが」

「僕だって蓋が溶けなきゃ隠れてたよ。蓋が開いたのに出てこなかったら、怪しまれるでしょ」


 由利は東雲へ向かって光弾を撃った。弾は()()()()()をかすめ、シャボン玉のように弾けて消える。


「ゆ、由利さん!? なんで」

「やっぱりお前が東雲だったか」


 バットを肩に担いで見上げると、石棺から出てきた男は露骨に目を逸らした。


「何ノ事デショウカ」

「白状しないと鉛弾ぶち込むぞ。それともバットでケツ殴られる方が好みか?」

「どっちも嫌です。可愛い顔でそんな事言わないで下さい。人の性癖でも開拓する気ですか」


 さらっととんでもない事を言いつつ、東雲は認めた。研究施設へ潜入した際に、空いている器を見つけて転移することを思いついたそうだ。


「よく分かりましたね。彼の演技もそれなりだったと思うんですが」

「確かに振る舞いは似てたと思うけど、一目見て違和感があったからな。そっちは……フェリクス?」

「なぜ疑問系なんだ」


 今ひとつ自信が持てなかったせいだ。金髪の勇者は少し不満そうだったが、偽っていたのだから仕方ない。


「消えたんじゃなかったのかよ」

「他人の人生を乗っ取るのが嫌だったんで、強引に魔王と分離したんです。そのせいで表に出てこられるまで時間がかかりましたけど」

「まあ、その点については感謝している」

「だったら最初から言ってくれれば良かったのに」

「いくつか理由があるんですけどね」


 東雲はモニカがいる方角を見た。僧兵の一人に介抱されて休んでいる。


「いきなりフェリクスと遭遇したら、動揺して面会に支障をきたすんじゃないかという親切心です。由利さんの事ですから、ほとんどの事情は隠したままアウレリオ神父と会ってきたんでしょ?」

「うん、確かにモニカは表情に出そうだよな」


 演技や嘘とは無縁の聖女に、隠し事は難しいだろう。二人の判断は適切だと由利は思った。


「デュラン卿、そちらの二人もご苦労だった」


 僧兵への指示を出し終わったアウレリオが来た。由利は東雲と共に一歩下り、フェリクスに応対を任せる。


「撤収には時間がかかる。私は残るが、このまま出国するかね?」

「それがいいでしょう。我々がいても邪魔になる」

「表に車を待たせてある。しばらく法国は慌ただしくなるだろう。聖女を連れて避難するといい」


 動きがあれば連絡をすると言い残し、アウレリオは去って行った。せっかく逃げ道を用意してくれたのだから、遠慮なく活用すべきだろう。


「あれこれ言いたいことはあるんだけど、巻き込まれないうちに逃げるか。東雲、後で体育館裏に集合な」

「あれ? 嫌な予感がする。助けて勇者様」

「知らん。自分で撒いた種だろうが」


 由利は帰りたくないと言い出した東雲をバットで脅し、モニカと合流して外へ急いだ。

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