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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
4章 蘇る光

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007 追撃


 向けられる短槍の穂先を見て、モニカが後退った。由利はぶつかりそうになった彼女の肩を抱き止める。


「デュラン卿、体に不調はございます?」


 集まった僧兵達へ聞かせるために尋ねると、無いと簡潔な答えが返ってきた。


「俺を悪魔と見立てるのは結構だが、お前達が用意した小細工など通用せん。核を持たぬ人間に、あの薬は効かないのだろう?」


 アウグストの口元が動き、何らかの魔法が使われた。耳障りな金属音がした後に、厳格な枢機卿は憎たらしげに勇者を睨む。


「あれをどこへ消した?」

「さて、何のことやら。具体的に言ってもらわないと」


 小馬鹿にした言い方に苛立ちを隠せないアウグストは、戸惑う僧兵達へ命令を下した。


「こやつらを捕らえよ! 恐れ多くも聖女と勇者を詐称する不届き者である!」


 反応はこちらが速かった。由利はモニカと共にソファーの前にしゃがんで結界で身を守る。


 金色の影が僧兵の一人へ肉薄し、短槍を持つ手を押さえる。突進した勢いを殺す事なく、肘を顎に打ち込んで短槍を奪い、残りの僧兵に襲いかかった。魔法で身体能力を強化して、相手が反応するよりも早く意識を奪ってゆく。一分も経たないうちに、僧兵達は床に倒されていた。


 せっかく張った結界は無駄になったようだ。


「なんと不甲斐ない……」


 アウグストは僧兵を案じる事なく身を翻し、廊下へと走り出る。


「待て!」

「モニカ、俺達も行こう」

「はい!」


 由利はスカートに隠していたバットを引っ張り出した。元は廃材だったはずの角材は、更に東雲に手を加えられた結果、理想的な形のバットとして仕上がった。エルフ文字が追加されているのが不安になるが、使えるならそれでいい。


 後を追って部屋を出ると、回廊の端に騒ぎを聞きつけた僧兵が見えた。由利を発見すると即座に走ってくる。


 ――とりあえず脅すか。


 牽制のつもりでバットを向けると、僧兵の足元に落とす予定だった光弾は床に当たる直前に急上昇して胸に直撃した。


「あれっ!?」


 当てるつもりはなかった。気がついたら当たっていた――まるで犯罪者のような言い訳が頭に浮かぶ。魔力はほとんど込めていないから、死んでいないはずだ。


「ユリさん、こちらです!」


 困惑する由利の腕をモニカが引いた。先に部屋を出た二人の背中が回廊から見えなくなる。


 まとわりつくスカートに苦労しながら追いかけ、後ろから迫ってくる僧兵には光弾を放つ。どうしたことか、適当な方向へ向けたはずなのに、急旋回をして僧兵へ当たっているようだ。便利になったのはいいが、何の説明もされていなかったので少し怖い。


 回廊から出る間際になって、モニカが庭の草木へ杖を向けた。


「みんな、お願いね」


 花の白い光が強くなり、土が盛り上がる。


「な、何だ――うわあああっ!」


 まず木が化けた。穴から足を引き抜くように土から根を出し、近くにいた僧兵へ太い枝を振り回す。草花はそれぞれ集まってオオカミに似た獣へ変貌して、身軽な動きで僧兵を追いかけだした。


「あれは?」

「庭に精霊がいたので少しだけ助けてもらいました」

「少し?」


 全力でお願いしたら、聖典派の敷地が緑に沈むのかもしれない。由利は自然そのものである精霊の力を思い知った。エルフが気軽に使っていたせいで、感覚が麻痺しているようだ。


 回廊を脱出した由利達は、厚い絨毯が敷かれた廊下を進む。枢機卿の姿は見えなかったが、目印のように倒れている僧兵のお陰で迷うことはない。


 途中で出くわした僧兵には、顔が見えたと同時に光弾を叩き込んだ。可哀想ではあるものの、こちらも捕まるわけにはいかない。


 角を曲がると階段があるホールに出た。追いかけていたうちの一人が辺りを見回している。


「枢機卿は?」

「……逃げられた」


 そう悔しそうに言うと、持っていた短槍を投げ捨てた。既に穂先が無くなっている。僧兵と戦っているうちに壊れたらしい。


「どうしましょうか。このまま外へ逃げますか?」

「それでもいいけど、さっきから大量の魔力が消費されるような『流れ』を感じる」

「流れ? それって……転送とか?」


 由利はアウレリオ神父から聞いた事を二人に伝えた。


「種類の特定までは……でも似てるな。確かめてくるから、二人は逃げて――」

「大勢に囲まれたら、俺とモニカでは逃げきれない。転移の魔法は使えるんだろ? このまま三人で行動した方が良くないか?」


 敵の気配を感じられるなら、言われた通りに逃げていただろう。地の利は相手にあるし、結界を使えば動けなくなる。それに由利の結界は一度破られているのだ。

 モニカの意見も聞こうと振り返ると、彼女は小さな紙を見ていた。


「モニカ?」

「気になる事があるなら調べに行きませんか? 逃げるにせよ調べるにせよ、聖典派との衝突は避けられません」

「……二人がそう言うなら」


 意見が一致したところで、僧兵に見つからないうちに先を急ぐことにした。不審な流れがあるという方角へ進んでみると、堅牢そうな両開きの扉がある。黒い金属製だ。警報の類は仕掛けられていなかったが、中から鍵がかけられていた。


「隙間があれば精霊を送り込んで解錠してもらえますが……」


 木の葉を手にしたモニカが言った。


「いや、物理的な鍵ではないらしい。下がって」


 由利とモニカが離れると、ふわりと風が吹いて長剣が現れた。刀身に刻まれたエルフ文字が仄かに発光している。



「偶像降ろし――ウーラガン」



 長剣が肩に担いだ姿勢から横薙ぎに振われる。叩きつけるような荒々しい一撃で扉が轟音と共に凹み、室内へとゆっくり倒れた。


 扉の先は広間になっていた。大人数が集まることを目的として設計されていたのか、天井も高い。だが床の大部分を埋めているのは、廃坑に封印されていたような石棺の群れだった。


「来たか。何と忌々しい」


 広間の奥、石棺に守られるようにアウグスト枢機卿が立っていた。隣にはジョフロワが控え、無表情でこちらを見ている。


「私に辿り着いたと言うことは、これの中身も判るであろう」

「まさか、ユーグさんが見たという器……?」


 口元を押さえたモニカが呟いた。


「こんなに作って、何をしようとしている?」


 由利が問いただすと、枢機卿は薄らと笑みを浮かべる。


「何、だと? 考えたことは無いかね? 寿命で失われる技能を保存することが出来たら。身体的な理由のために、知識の半分も活かせない者を救う事が出来たら、と」

「あんた……まさか」

「能力が高い者を探し出して育成するよりも、崇高な魂に優れた肉体を与えることこそ、聖典派の使徒として輝くことができる」


 さも他人のためという言い方だが、己の手駒として使うという魂胆が透けて見える。人が道具にしか見えていない相手に、嫌悪感が湧き起こる。


「じゃあ歴代の聖典派の聖女は……」

「そう、私が与えた。彼女達は実によくやってくれた」


 厳格だった枢機卿としての顔が崩れ、好奇心を抑えきれない研究者としての感情が覗く。


 ――ああ、こいつは研究成果を自慢したいんだ。


 長い年月をかけて作り上げた作品を、ようやく世に出せると喜んでいるだけ。すべての成果は己の努力によって達成されたものであり、他人は道具や実験動物としてしか見ていない。


「ジョフロワ、手筈は?」

「全て整っております」


 ジョフロワが恭しく頭を垂れると、聖職者としての仮面を被り直したアウグストは青い石がついた指輪を取り出した。


「一部の使用を許す。勇者を――否、魔王を討伐せよ」

「仰せのままに」


 指輪を受け取ったジョフロワは、胸元に下がる聖印を軽く押さえて一礼した。


「逃げる気か」

「未だ大願は成されておらぬ故に。世の瑣末な雑音は絶たねばならん。ジョフロワ」

「展開せよ」


 ジョフロワが指輪をつけた手を石棺へ向けると、半数近くの蓋が霧散して眠っていた者が目を覚ました。器を与えられたという聖職者達は、突然の覚醒にも戸惑うことなく、武器を手に石棺から出てくる。


「聖戦だ。敵を排除せよ」


 与えられた命令をこなすべく、由利達へ一斉に武器が向けられた。

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