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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
4章 蘇る光

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006 聖典派の重鎮


 ジョフロワと名乗る神父に招待され、由利達は聖典派の敷地へ乗り込む形になった。


 遠巻きに探るような視線を感じつつ、似たような建物が並ぶ通りを歩く。変わり映えのしない光景が続き、由利は自分がどこを歩いているのか分からなくなりそうだった。


「さあ、こちらです」


 聖典派の中心地なのだろうか。開けっ放しになった扉から中を覗くと、広いホールが見える。出入りする聖職者達は極力、音を立てないよう静かに歩き、部外者である由利達には穏やかな表情で一礼してゆく。


「ここでは武器の携行を許されておりません。お持ちでしたら、入口にいる者にお預け下さいますよう」


 ジョフロワがそう言うと、二人の神父が近づいてきた。彼らが保管してくれるようだ。


「見ての通り丸腰だ」

「私も持っておりません。疑うならスカートの中まで改めますか?」


 由利がからかうと、神父達は目に見えて動揺した。そこまではと呟くように言い、勢いよく首を振る。異性に対して免疫が無く、反応が面白い。


「お戯れはその辺りで。聖女様の杖は?」


 もう少し遊んでやろうとしたところを、苦笑したジョフロワに止められた。

 神父達はあからさまに助かったという態度でモニカに向き直る。モニカは彼らを見上げ、やんわりと首を振った。


「この杖は所有者以外が持つと障りがございます。それに私を心配した同門の方々が、何かあったのではないかと察して捜索を始めるでしょう。そうなれば招待して下さった皆様にご迷惑をお掛けしてしまいます。どうかご容赦を」

「……仕方ありませんな。聖女様はザイン教にとって必要な方。クリモンテ派が守りを固めるのも道理か」


 ジョフロワは神父達を下がらせた。再び前に立って案内を始めた彼の背後で、モニカがそっと息を吐いたのが見えた。


 開放的なホールを抜け、中庭を囲む回廊に出た。水の豊かさを示すかのように、中央の庭には水路が引き込まれている。植えられている草花は何かの模様を描いていたが、回廊からは全体が見渡せない。ただ白い燐光を放つ花は、強く印象に残った。孤島の修道院でも見かけたが、教会的に意味を持つ植物だろうか。


「淑女のお二人は、こちらで少々お待ちいただけますか。部屋の奥には水瓶がございます故、汚れを落としていただけるかと」

「案内、ありがとうございます」


 モニカが礼を言うと、ジョフロワは扉を開けて去っていった。


 通された部屋は華美とは縁遠い装飾だった。だが故郷で近代建築に慣れていた由利は、質素なのは見た目だけだと感じ取る。塗り直したばかりのようなシミ一つない壁や天井。上質な布をふんだんに使ったカーテンやソファー。柔らかい絨毯などが財力を物語っていた。


 部屋の右手にある扉が、洗面所への入り口のようだ。


「二人は座って待っていて下さい。洗い流してきます」

「分かった」


 由利が適当なソファーに座ると、迷ったモニカは由利の隣を選んだ。敵陣とも言える場所で落ち着かないらしい。


「モニカは強くなったな。他人にあそこまで言い返すとは思わなかったよ」

「いえ……強くなければ生き残れないと、ようやく分かりました。私は今まで多くの方に守られて生きていたんです。教会の外に出るまで、それがどんなに恵まれていることなのか気付いていませんでした」


 そう言ったモニカの頬が赤い。


「もっと皆さんのように堂々と出来たらいいんですけど……今の私には、これが精一杯のようです」

「いやいや、杖を死守したんだから上出来だよ。あれ、どこまで本当?」


 由利が小声で尋ねると、モニカは恥ずかしそうに笑っただけだった。どうやら全てが偽りだったようだ。誠実な印象の彼女が堂々と嘘を言うとは、応対した神父達には夢にも思わなかったに違いない。


 成功した悪戯を褒めてほしい子供のように微笑むモニカを見て、由利も笑いが込み上げてきた。由利達の悪い影響を受けて欲しくないと思う反面、世渡りが上手くなるように大人の狡猾さを教えたいとも思ってしまう。


「楽しそうですね」


 二人で笑い合っていると、背後から洗面所への扉が開閉する音がした。


「女子会の最中に無粋なこと言うなよ」

「……女子?」


 うっかり口から出た失言に、生ぬるい目線が返ってくる。お前がそれを言うのかとでも言いたげだ。


「それより、いつでも結界を使えるようにしていて下さい」

「う……分かった」


 廊下にさっと鋭い視線を向けたのを見て、由利も気持ちを切り替えた。


 それぞれが別の思惑で沈黙した頃、重々しいノックが響く。見習い服を着た少年が扉を開け、後ろにいた老人に道を譲るように、脇に控えて首を垂れる。


 まるで貴族のように入ってきたのは、巌のように険しい顔をした老人だった。青い僧服に包まれた痩身は、他者を圧倒する覇気に満ちている。


「アウグスト・マリウス・ギーセンと申す。我が聖典派の聖職者がデュラン卿に無礼を働いたと聞いた。彼女にはよく言い含めておく故、平に容赦願いたい」

「初めましてアウグスト枢機卿。貴方の噂はかねがね」


 液体を掛けられた本人は、ソファーから立ち上がり優雅に一礼した。


 由利も無言で、形だけの挨拶をする。自己採点でよく出来たと心の中で自賛していると、ベール越しにアウグストの眉間が険しくなる様子が見えた。訝しげな表情で、貴女はと尋ねてくる。


「私は彼の付き添いですから、どうかお気になさらず」

「……そうか」


 先手を打って会話をする気が無い事を伝えると、アウグストは話の糸口を掴めずに引き下がった。単に話したくなかったこともあるが、勇者を主に招待されたのだ。由利は会話の中心から離れるべきだろう。


 アウグストは扉を開けた少年に何事かを告げた。少年が了承したように頷き、扉を閉めて出ていく。


「こうしてお会いするのは初めてですな」


 アウグストが席につき、改めて切り出した。由利のことは既に眼中にない。


「そうですね。お見かけしたのは、聖女様と共に帰還した時ですか」

「タルブ帝国は若い頃に赴任したことがあるが、良い国であると記憶している。民はよく規律を守り、法の下で繁栄している。やや頭部が華やかであることを除けば、聖典派とよく似ているようだ」

「ありがとうございます。しかし上から着飾らねば、足元まで目は行き届かない。それが帝国の顔なれば、特に。暖かな家に住むことだけが繁栄への道ではないと、我が帝国では身分を問わず啓蒙しております」


 薄ら寒い会話だ。


 枢機卿が帝国貴族は国民のことを考えろと遠回しに言えば、上が金を使うから経済が回って下が潤うのだと返す。更に人々の喜捨で潤って豪華な教会を作っておいて勝手な事を言うなと追撃する。


 ――最初にあんたらで勝手にやってくれと言っといて良かった。この会話に混ざるとか、死んでも嫌だ。


 隣のモニカを見ると、会話にはさして興味を持っていない様子で杖に触れている。


「人々が冬を越すにあたり、心身共に休める囲いは欠かせないとはいえ。冬のための食料を必要以上に建物へと変えるのは、愚か者のすることかと」

「然り。されど潤う事を知らぬ者は、時に他者を害し奪おうとする」

「癒しは一つだけではありません」


 ――宗教が財を奪うな、に対して、宗教は道徳的な面がある、か。お互いの立場なら、そう言うしかないよな。


 表面だけは友好的な応酬がそこそこ続いたのち、アウグストはモニカにも話しかけた。


「聖女様におかれましては、消息が絶えたと聞き、御身を案じておりました」


 モニカは慈愛に満ちた微笑でアウグストの言葉を受け止め、口を開いた。


「ご心配をおかけいたしました。少々、不幸なことが重なりまして、法国に戻ることが叶いませんでした」

「ほう、不幸と」

「はい。私もデュラン卿も、同じ聖職に身を置く方々から執拗な襲撃を受けるとは夢にも思わず」

「なんと」


 アウグストが痛ましげに顔を歪めた時、視界の端から飛来した氷の矢が彼の肩を襲った。氷はアウグストが生み出した結界にぶつかり、銀色の煙を撒き散らす。


「何のつもりだね。デュラン卿」

「枢機卿、茶番は終わりにしようか」


 室内に風が巻き起こる。魔力で生み出された風には、わずかに怒りが込められている気がした。


「由利さん!」


 息苦しさを増した風の中心から名を呼ばれる。

 由利が結界を展開させると同時に、光の鎌が襲いかかってきた。

 乱暴に扉が開かれ、武装した僧兵達が由利達を取り囲む。


「不都合な事実は即消去か?」

「何を言って――」

「白を切るな。こちらの令嬢の顔に反応しただろう。お前が賢者エッカーレルク・フィレリオーノだ」


 ああ、やはりと由利は確信した。由利の体が封印されていた器だと一目で見抜き、あの少年に人を集めるよう言付けていたのだろう。


「……勇者殿は錯乱しておられるようだ。それとも先ほどの薬が効いてきたのか。あれは魔石を持つ魔獣にしか効果がないはずだが。恐ろしい事よ」


 アウグストの言葉で僧兵達の間に動揺が走る。


「やはり噂は本当だったのか……」

「勇者が魔王に魅入られたと……?」


 勇者は聖剣の力で魔王へと変えられる。クリモンテ派ではそう分析していた。体内に擬似的な魔石を作ることで、人体を改造しているのだと。


 ――あのシスターが掛けた液体は、こいつらが用意してたのか。


 心に傷を負った同僚を利用して、わざとけしかけたのだろう。


「皆の者、彼は既に人にあらず。聖女様をお守りしなさい」


 嘲るようなアウグストの命令で、僧兵達は手にした短槍を構えた。

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