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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
4章 蘇る光

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004 営業職と聖職者


 国境で法国へ入国するための手続きを終えた由利達は、クリモンテ派が用意した馬車に乗って目的地まで移動することになった。由利はアウレリオの計らいで偽造した身分証を使い、残り二人はそれぞれ勇者と聖女として入国している。


 二人の後ろにはクリモンテ派がいると知らしめる行為になるが、タルブ帝国内での聖典派の勢力を削る目的があるのだという。帝国とクリモンテ派双方の思惑が合致した結果だ。


 短い距離とはいえ、馬車の旅は苦行の一言だった。貴人の送迎用に使うという馬車は、体への負担を減らすために座席に厚いクッションを使うなど工夫が施されている。だが残念ながらサスペンションに相当する設備がないため、揺れが直接伝わってくるのだ。


「揺れを軽減させる装置は開発されていますが、まだまだ普及してません。王族や法王が使うものなら取り付けてあるかもしれませんね。貴族が己の優越感のために民衆が使うことを禁じている国もあるほどです」


 正面に座る勇者様が、馬車という名の荷車にも動じず解説した。その太々しさが羨ましい。隣にいる聖女様も、由利と同じく慣れない乗り物のせいで完全に黙ってしまった。


 会話がないまま目的の建物に到着し、馬車の扉が開けられた。従者の手を借りて降りたモニカがふらつく。


「……すいません。初めて乗ったので……」


 従者は何も言わず頷いただけだったが、同情的な顔で手を離した。


 続いて差し出された手を、由利は貴婦人らしく支えにして降りる。足元は気合で動かし、転倒する災難からは逃れた。少々、顔が険しくなったと思うが、ベールで隠れているので見えなかっただろう。東雲の差金で用意された衣装だけあって、由利の欠点をよく隠してくれている。


「ようこそお越しくださいました。中へお入り下さい」


 馬車の到着と同時に中から出てきた聖職者が言った。両開きの扉が開かれ、微かに甘い香りがした。ミサの時に使う香炉の残り香だろうか。


 応接室まで誰にもすれ違うことなく進む。よく人払いがされている。


「お連れしました」

「入ってもらいなさい」


 ノックの後のやりとりは短いものだった。聞いていた通り、無駄を嫌う人物のようだ。


 部屋の中にいたのは、小柄な神父だった。細く弱々しい印象を受ける体躯とは真逆に、鋭く力強い視線が来訪者を見ている。


 東雲が苦手だと言った理由がよく分かる。この手の人間は、興味を無くせばどんな言葉も受け入れない。気まぐれな職人か研究者と称されるタイプだ。


 由利にとっては人間の中身だけを見るアウレリオの方が接しやすい。こちらを懐柔しようとしたり、優位に立つために高圧的な態度を取ることもないのだ。余計なことに気を回さず、交渉に専念できる。ベールのお陰で表情が読まれにくいのも、気持ちを楽にしていた。


「初めまして。リリィ・ロシニョールと申します」


 軽く膝を折り、東雲に教わった通りに礼をする。


「アウレリオ・ストラーニだ。急に呼び立てて申し訳ないが、そちらの都合に問題は無かっただろうか」

「ええ、用事を片付けたところに手紙を頂きましたので。どうかお構いなく」

「ならば本題に入るとしよう」


 由利はアウレリオに促されてソファーに座った。隣に座ったモニカが居心地悪そうにしている。アウレリオの硬い雰囲気が苦手なようだ。


「貴女の目的をお聞かせ願いたい。何故、そちらのデュラン卿に協力しておられるのか」


 アウレリオの視線の先を見上げると、無感情な新緑色の瞳が見下ろしている。護衛と言わんばかりに後方に立ち、話し合いに参加する気はないようだ。


 ――好きに答えろってことか。


 相手が望んでいるのは、明確な敵味方の線引きだ。現時点では由利の素性は知られておらず、勇者の生国である帝国の意図なのか、それ以外の思惑なのかが明らかになっていない。


 由利としてはこのまま裏に隠れていたいが、存在を知られてしまった以上は仕方ない。目の前の神父とその背後にとっては、これ以上勢力図を複雑にしたくないのだろう。敵ではないと理解してもらえれば、解放してくれるはずだ。


「平穏な暮らしのため、という願いは理由になりませんか?」

「……ほう?」

「魔王による被害は教会だけのものではありません。当然、人間だけのものでもない。勇者は――デュラン卿は聖剣リジルによって擬似的な魔石を埋め込まれ、危うく狂わされるところだった。魔石を持つ生き物は、魔獣だけではないでしょう?」

「然り」

「魔獣による被害でさえ、人間は防ぐことが困難です。これが魔獣ではなく、魔族や竜人族なら? 彼らが内に秘める力を使い切るまで、どれほどの時間がかかるでしょうか」

「国の一つや二つは滅びるであろうな」


 特に感慨もなくアウレリオは言う。そんなことは予測の範囲内だと態度が物語っている。


「魔王の城には、集まった魔力に狂わされた魔族がいたと聞きました。この度はデュラン卿によって討伐されましたが、同じように防げるとは言い切れませんね。もはや人間だけの問題ではなくなりつつあるのです」

「他種族への影響は、装置を止めたことで防いだが」

「似たようなことが繰り返されないとは限りません。魔王という歪んだ存在を生み出した者が、また別の問題を起こす可能性があります。あなた方もそう考えているからこそ、こうして私を呼んだのでしょう?」


 アウレリオの意識がこちらへ向いた。沈黙したまま続きを催促している。


「今まで、決定的な証拠が見つからなかったのでは? 貴方のことですから、隠れている者の正体には気付いている。けれど追い詰めて白状させるには、足りないことが多すぎる。私達が見つけた廃坑の光景は、証拠として突きつけるには弱い。発言力がある者の前で、誰にでも分かる物証が必要だった」


 由利が喋り終えると、アウレリオは小さくため息をついた。魔法式について由利達が気付いたことを、この研究者が見逃すはずがない。むしろ辿り着くかどうか、様子を見ていた可能性がある。


 アウレリオは確認するようにモニカを見た後、二人きりで話せないかと告げる。


「ええ、その方がよろしいでしょうね」

「えっ?」


 由利はモニカの手に、そっと触れた。


「二人は外で待ってて」

「でも……分かりました」


 モニカは心配そうに立ち上がる。


「頼んだ」

「当然」


 背後に声をかけると、頼もしい返事が返ってくる。

 二人が外へ出てから、由利は続けた。


「やはり聖女の発言だけでは足りないとお考えなんですね?」

「聖女という存在は教会内でも枢機卿に相当する。時期が来れば法王を選抜する会議への出席を求められただろう。だがシスター・モニカについては、巫女の一人に過ぎない。政治的な基盤も何もない状態で、迂闊な発言をさせるわけにはいかない」

「だから、聖典派が聖女の周囲に手出しすることを分かっていながら、何も対策していませんでしたね? そして聖女の恩師が襲われると、聖女へ手紙を出した」


 モニカ宛の手紙は紙を変化させて作った伝書鳩だった。彼女の居場所と魔力の波長を知らなければ届かない仕組みの手紙を出せるのは、内部の者しかいない。


「あの報せで、デュラン卿が来ることは予測していた。我々が内密に手紙を出したという事実が必要であり、内容は問題ではなかった。転移の魔法を感知して、新たな刺客が送り込まれると予測していたのだが……誤解の無いように言うが、最低限の対策はしていたさ。デュラン卿も納得して、帰ってもらったのだが」

「……彼も、貴方と同じ合理的な判断をしますからね。必要ないと思ったら、私にすら何も話しません」


 感情を切り捨てたやり方には賛否あるだろう。これは聖女に対して冷たいと言うより、彼もまた別の目的で動いているためだ。優先順位の差でもある。


「アウレリオ神父は一介の研究者とお聞きしましたが、その権限が及ぶ範囲は広いようですね?」

「研究のためには越えねばならん壁は多い故に」

「聖剣を預かったのも、そのためであると? その機能が人の命を弄ぶようなものであるなら、なおさら一つの宗派で所蔵していても良いものではありません」

「聖剣ならば現在は行政府の預かりとなっている。然るべき封印を施し、人目につかぬ場所で保管することが決定した」

「なぜ、研究者にすぎない神父がそれを知っているのです? 貴方の存在を、私は不思議に思っていた。しの――デュラン卿は気付いておられないようですが、貴方も誰かの意思でここにいる。そうでしょう?」

「ご名答」


 感情が欠けている声に、小さな熱が宿った。

 冷徹な神父が、ようやくこちらに興味を持ったらしい。


「聖剣を回収する立場にあり、クリモンテを隠れ蓑にして聖典派を注視していた貴方は、行政府の使徒で間違いありませんか?」

「して、私は誰の意図で動いていると?」

「行政府は教会運営の要。直接か間接かは存じ上げませんが、法王猊下の命では?」


 見事――アウレリオが拍手をして言った。


「少ない情報で私の立場を言い当てた手腕。ますますそちらの素性が気になる。人であって人ではない空気を纏っておられるようだが」

「私はエルフの里から来ましたから。デュラン卿の背後を探っても、私は出て来ませんよ」

「人と交易していることは知っていたが、人も住んでいたとはな」

「誰でも受け入れているわけではございません。私は縁あって拾われた身です。魔王について、エルフにも被害が及んだことで協力しただけです。要件が終われば、私はまた人里を離れますから」


 真実を混ぜながら、由利は堂々と嘘をついた。人間が滅多に来られない場所から来たと言っておけば、過去を聞かれても適当に答えられる。ついでに行方不明になってもエルフの里へ帰ったと誤解してもらえるだろう。


「教会に釘を刺しに来ただけと?」

「私は人の政治に興味はありませんので。ここへ来たのは、デュラン卿に要請されただけ」

「……良かろう。ならば我々も、これ以上は貴女へ追求しない」


 どのような計算が働いたのか、アウレリオは引き下がった。


「話は変わるが、連日にわたって聖典派が外部から荷物を搬入している。それも正門からの正規の道ではなく、魔法を用いているようだ。心当たりはあるかね?」

「そうですね……」


 東雲が発見した棺だろうか。大きさを聞いてみると、大人用の棺ほどだという。


「長い歴史をもつ町の近郊にある修道院を改装して、研究施設を作っていると聞いたことがあります。情報源についてはご容赦を。そこでは魔力を持つ者を集めて、人道に背く実験をしているとか。つい最近では生きているような死体をどこかへ運んだという噂がありますね。門を開いた形跡は無いようですから、恐らく魔法を使ったのでしょう」

「ローズタークか。あそこは古い都市故に、悪い空気が留まっているようだ。優秀な情報源をお持ちのようだ。我らでは内情までは知り得なかった」


 小さな鈴の音が聞こえた。アウレリオは窓の外を見ると、時間かと呟く。


「最後に聞いておきたいことはあるかね?」

「では、今後の聖女の扱いについて聞かせて頂けますか?」

「巫女を導く立場となるのが理想だろう。派閥の違いはあるが、仕事に違いは無い。それぞれの宗派の差を、聖女という特殊な立場から変えることを望む声は多い」

「声、だけですか」

「要求と貢献は同一ではない故に」


 教会へ戻れば、自分に出来ないことを押し付ける声ばかりが届くようになるらしい。穏やかで真面目なモニカには荷が重いだろう。彼女自身が強かな性格なら、由利は何も心配することはなかった。


「還俗しろという意見は無いのですね?」

「あるにはあるが、彼女は教会以外の生き方を知らない。下手に世間へ放り出して、問題を起こされると困る」

「歴代の聖女と同じ境遇でないことを不満に思う声は?」

()()聞いていない」


 ――直接、声に出す奴はいないけど、そう願う不届き者がいるんだろうな。


 生還したことは喜ばしいことなのに、扱いに困るから殉職してくれなど、勝手な人間はどこでもいるようだ。


「教会の勢力争いとは無縁の場所で、本人が望む生き方が出来るなら良いが」


 最後のアウレリオの言葉は、後悔が滲んでいるように聞こえた。

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