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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
4章 蘇る光

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001 修道院の棺


 何もない部屋に魔法陣が浮かび上がる。人工的に発生した燐光は無機質で、冷たく泳いで空気を掻き混ぜる。魔力の動きに不快感を呼び起こされるのは、この陣を使う集団に良い印象を持っていないからだろう。


 東雲は隣に立つイノライを見た。慣れない魔法陣を苦労して展開した反動で、魔力が枯渇しかかっているようだ。肩で荒い息をしつつも、成功したことに安堵している。


「この魔法陣はローズターク近郊のサン・ニコラス修道院への道です。荷物を搬入するための部屋へ繋がっているんです。これなら修道院内部へと侵入できるはず」

「僕としては助かるけど、ここまでして良かったのかな? 魔法陣を発生させた呪具、勝手に持ち出してきたんでしょ?」


 構いませんとイノライは言った。


「むしろ、このような事しか出来ないことを申し訳なく思います。現在の地位で手に入れられる情報は無い上に、聖職者ではない貴方に危険な役目を押し付けているのですから」


 イノライが使ったのは、どこかで保管されている転移用の水晶柱だ。修道院のことで何か知っていることはあるかと聞いたところ、意図を察して侵入経路を見つけ出してきた。


 彼は思っていた以上に貢献してくれている。深夜に法国へ入った東雲は、聖典派が使う建物でイノライと接触するだけで、目的地へと楽に忍び込めるのだ。


「さあ、行って下さい。僕の魔力では長く維持出来ません。この方法で潜入できるのも、一度きりでしょう」

「ありがとう。気を付けて」


 魔法陣の魔力が弱くなりつつある。

 東雲が魔法陣の中へ入ると、蜂の羽音に似た不快な音と共に視界が揺らいだ。時間にして一秒にも満たない間に、体が遠くへ飛ばされる。部屋の様相が変わり、魔法陣が粒子となって空中へ飛び散った。人間を転送したことで、イノライの魔力が完全に尽きたのだろう。


 荷物の搬入のために設けられたというだけあって、室内の装飾は一切なかった。漆喰が剥がれ落ちて、石壁が剥き出しになっている。細長い窓には重い鎧戸が落とされ、そのまま開けられずに錆び付いていた。


 見えない隙間からは風が入り込み、湿った土の臭いが運ばれてくる。最低限、風雨が凌げれば良いという考えなのだろう。

 窓の反対側には両開きの大きな扉が設けられていた。こちらは最近になって取り付けられたのか、しっかりとした作りだ。


 部屋の外から鍵がかけられているようだが、魔法による鍵や罠は一切使われていない。荷物が転送されてくる時間が決まっているか、前もって連絡しているのだろう。普段は室内に何もないため、物理的な鍵のみでも十分ということだ。


 扉の外に人の気配はない。東雲は人型に折った紙を取り出し、扉の下にある隙間から外へ出した。


「夢は幻――胡蝶の夢」


 短い呪文の後に、体の位置が紙の人型と入れ替わった。廊下に放り出された東雲は床に手をつき、慣れない感覚に首を振る。


 ――要改善だね。入れ替わる度に目眩がするなんて使えない。


 部屋に残った人型へ向けて少々の魔力を流すと、内部で紙が焼け崩れた。これで証拠は残らないはずだ。


 東雲はしゃがんだ姿勢のまま周囲を見回した。特に変わった様子もない廊下だ。ここから修道院内へ荷物が分配されるのか、三方に通路が伸びている。ここに研究施設があるなら、深夜でも魔力を消費している区域があるに違いない。


 小さな魔石を三つの廊下の先に投げ、捜索するための足がかりに利用することにした。魔石からわずかな魔力を流すと、中央の廊下だけ反射されて返ってくる。こちらに魔力がこぼれ出る部屋があるらしい。


 警備の僧兵は見当たらない。荒野で出会った双子が言っていた通り、警備の数が極端に少ない。外から鳥に偵察させても、武装した僧兵は門の周辺にしか確認できなかった。修道院と名乗っているものの、内部の人間はもう少数の僧兵と研究員しかいないようだ。


 通路の先は聖堂に通じていた。だが祈りの場であるはずの空間には、奇妙な装置と石棺が埋め尽くしている。装置の近くには僧服を着た研究者達が集まり、何かを議論している最中だった。


 人工的な明かりの下で、魔力が脈を刻んでいる。


「何だこれ。気持ち悪いリズム」


 不規則な波に調子が狂う。装置から石棺へと供給されている魔力が、少しだけ漏れていることが原因のようだ。一つだけなら気にならない程度の力なのに、数が集まることで不協和音へと変わっている。


 東雲は石棺に隠れながら移動し、研究者の声が聞こえる位置を探す。議論に夢中とはいえ、用心を怠っていい理由にはならない。


「――これらの――は――へ移送し――」

「一度に――無理――」

「では優先順位を――に決めてもらおう」


 この場に集められた石棺は、どこかへ輸送されるようだ。彼らの言葉を繋ぎ合わせると、送り先は全て同じ場所だろうと推測できた。

 東雲は研究者から離れ、死角になっている石棺の中身を覗いてみた。


「……人間?」


 若い女が眠っている。明るい茶髪の平凡な顔立ちだ。質素な白い服を着て、両手を胸で組んでいる。


 ――否定、生者に似て生者にあらず。器と判断する。


 唐突に機械的な声が脳裏に響く。


「これ、全部か」


 石棺にかけられている魔法は、イノライが読み解いたという、魂がない肉体を長期保存するものだった。賢者は時間をかけて器を量産していたことになる。


 ふと荒野で出会った双子を思い出し、糸を移し替えた人形を取り出した。糸の先はローズタークへ向いていたが、急速に別の方角へと動く。


 ――推定、観測者の移動。

「なるほどね」


 魂の動向を観察しているのは、やはり一個人だ。研究室のような場所で観測しているなら、大きな移動はできない。


「輸送の時間が決まったぞ! すぐに準備に取り掛かれ!」


 石棺の近くにあった扉が開き、研究員が駆け込んできた。東雲はとっさに身構えるが、報せを持ってきた研究員は東雲に気付くことなく、装置付近にいた者へと走ってゆく。


「ひとまず十、運んでくれ。順序は関係ないそうだ」

「今から?」

「勘弁してくれよ……」


 研究者達は文句を言いながらも、東雲が入ってきた扉に近い石棺へと移動してゆく。


 ――推奨、離脱。

「そうなんだけど、行き先は気になるね。これ全部に魂を入れるなら、どこから調達する?」


 彼らの注意が石棺へ向いているのをいいことに、東雲は石棺の群れを見回す。賢者が作らせたらしい器は、体内に保有している魔力が多い。この場にある器全てに魔法を使わせたなら、一国の軍隊にも匹敵する戦力になるだろう。


 だが、よく観察してみれば、魔力量は全て同じというわけではないようだ。技術的な問題なのか、わざと均一にしていないのかは、彼らに聞いてみないと分からない。


 ――推奨、離脱。複数人の接近を確認。


 もう一度、警告が響く。

 作業を手伝う研究員だろうか。人が集まってくる気配がする。


 東雲は特に魔力量が多い石棺を見つけた。触れた体は温かい。眠っているようにしか見えないが、これは魂を待つ器だ。


 生者ではない。

 死者でもない。


 ――これらの器を使用不可能にするなら、現状での作業は危険である。潜入が露呈することは好ましくない。

「そうだね。脱出(あと)は任せた。時間なら、まだ作れる」

 ――了承。


 目の前が歪む。

 器の姿が見えなくなり、東雲の視界は高い天井へ変わった。


 ――イノライは無事かな?


 東雲は快適になった空間で、助けてくれた神父のことを思い出した。見つからずに水晶柱を返せただろうか。

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