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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
閑話 2

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来訪者がもたらすもの 後編


 階段をいくつも上り、時には蔦に隠された通路を通って案内されたのは、大樹の一部に見えるよう細工された家だった。外壁に木の皮を貼り付け、上空からも発見できないよう、出入り口には偽装網が張ってある。


「何この軍隊ばりに隠された家は」


 ワカメを貼り付けたような網に触れて由利が呟くと、テランシアが素晴らしいでしょと自慢をした。


「ここは私達の秘密の場所よ。里の中でも限られた者しか知らないわ」

「達ってことは、他にも話題を寄越せと思ってるエルフがいるのか」

「もちろんよ。さあ、入って。本当は男子禁制だけど、貴方がいないと逃げ出しそうだから特別に許可するわ。しっかり捕まえててね」

「任せて。鱗分の情報を言うまでは逃さないから」

「ドヤ顔で言うな」


 何かしらの話題を提供しないと、家から出られないとは恐ろしい。

 由利が諦めて中に入れば、小さな蛍が目の前を通り過ぎた。蛍は壁についている照明の一つへ飛び、同化して大きな光になる。暖色の照明がわずかに明るさを増し、別の蛍が惹かれて光へ飛び込んだ。光は部屋のあちこちに配置され、幻想的な明るさを提供している。


「やだ、本当に来てくれたの?」

「本物よね?」


 わらわらと中にいたエルフ達が寄ってきた。いずれもエルフの名に相応しい美人揃いだったが、残念ながら今の由利は女性に囲まれても何も興奮しない。どうやら身体的な変化のせいで、精神にも影響が出ているようだ。


 ――それに、獲物を狙う肉食獣の目だからなぁ。


 彼女達は必死だ。流行の中心になりたいという欲望が、少しギラついた目に現れている。物理的に食われることはないと分かっていても、捕食対象になったような錯覚に陥る。東雲がいなければ逃げていたことは容易に想像できた。テランシアの判断が的確すぎて、退路など存在しない。


 由利を逃すまいとするエルフ達は、すぐに東雲が逃走防止のために連れてこられたことを悟ったようだ。邪険にすることなく二人まとめて奥の席へと案内し、更に周囲を固めて逃げる隙を無くす。

 一言も発することなく、完璧な布陣が敷かれている。これが樹海の狩人かと由利は戦慄した。


「ぼったくりバーってこんな感じなんですかね。逃さないって執念が凄い」

「俺に聞くな。行ったことないし」


 手際の良さに感心した東雲がぼやく。

 いつの間にか、目の前のローテーブルには飲み物と茶菓子まで置いてある。至れり尽くせりの態度が、本当に怖い。期待値が高すぎる。


 最後に入ってきたテランシアが、重々しく口を開く。


「プロレスは選ばれし者のみが肉体美を誇る聖域と聞いたわ」

「待て。俺も初めて聞いたぞ」


 どう解釈して改造したのかシラリースを問い質したいが、残念ながら彼女は樹海のどこかへ旅立ってしまった。由利が滞在している間に帰って来ることはないだろう。


 困惑した由利など眼中にないテランシアの演説は続く。


「私達は特権なんて求めてないの。皆が楽しめるものが知りたい。私達は! 一人一人が! 主役になりたいの!」


 周囲からは次々と賛同する声が上がった。その中の一人から、由利を先生と呼ぶ声があった。


「どうか知恵を貸して下さい。このままでは一部の筋肉派エルフが里の方向性を決めてしまいます! 私達は狩人の心を忘れてしまってはいけないのです。もちろんシラリースが皆を退屈させないためにしたとは理解してますが、一部の熱狂的なエルフが暴走しそうになっているんです」

「責任重大ですねぇ」


 東雲は完全に他人事として傍観することに決めたようだ。差し出された茶菓子を由利の皿へ移し、呑気に茶のおかわりを催促している。


「えー……プロレス並みに熱狂できて、かつ自分達も気軽に参加できる娯楽が知りたいってことだよな?」

「その通りです先生」

「先生は止めて」


 娯楽が知りたいと言われても、急に出てくるものは無い。まず種族の違いがよく分かっていない。人間向けの娯楽でも満足できるのかと悩んでいると、蛍を捕まえて遊んでいた東雲が囁いてきた。


「大人数で参加するスポーツとかどうですか? チーム戦なら誰でも参加できるっていう条件は満たしてますけど」

「スポーツか。道具が用意できるならいいんだが……あっ」

「何か良い案が!?」


 ふわりとしたアイデアが思い浮かんだ途端、テランシアが迫ってきた。顔が近い。他のエルフも一斉にこちらを見ている。光の加減のせいで目のハイライトが消えている。無言で見つめてくる様は、大嫌いなホラー映画の一幕に似ていた。


 由利は本気で帰りたくなってきたが、隣の後輩が優しく、駄目ですよと首を横に振った。味方は一人もいない。


「近いから。ちょっと離れて」


 そわそわと落ち着きがないテランシアを座らせ、由利は久しぶりに幻を作り出す。全員が注目する先に浮かんだのは丸い二色の球――サッカーボールだった。回転させながら大きさを調節し、使う道具はこれだけだと話始める。


 基本的なルールを説明している間、エルフ達は真剣だったが狩人としての心には今一つ響かないようだった。だがそれは由利も想定している。説明している間に思いついたルールを追加することにした。


「本来なら、これは広い芝生の上で行う競技だ。でもそれだけじゃ面白くない。樹海の木はそのまま残してコートを作ろう」

「木を残したままだと、競技の障害になるんじゃ……」


 若いエルフが心配そうに言う隣で、テランシアが何かに気付いて顔を上げた。他にも何人かが確信を得た表情で由利を見る。


「障害があった方がいいんだよ。狩人の心を忘れたくないんだろ? 障害物に隠れた敵を察知して、仲間と連携してゴールまでボールを運ぶんだ。逆に敵側にボールがある時は、障害物を利用して獲物を奪いに行く」

「どうせなら魔法を全面的に禁止してもいいね。特に探知系」


 東雲が口を挟んだことを切っ掛けに、部屋中でルールに関する議論が巻き起こった。ようやく一息つけると安堵した由利は、用意してくれた茶菓子に手をつける。


 ――ここから先は彼女達に任せよう。


 例え面白くないと却下されても、話題を提供するという役目は果たしたのだ。後は自分達に合わせて改変してしてほしい。


 話題がボールの材質やユニフォームに移った辺りで、由利は寛いでいる東雲の袖を引っ張った。


「東雲。そろそろ逃げるぞ」

「あれ? もういいんですか?」

「女子会に男が参加してたら変だろ」

「由利さんは大丈夫じゃないかなぁ」


 からかうように微笑んだ東雲が由利の手をそっと握り、一言だけ呪文を唱えた。幻想的な光が歪み、明るい木漏れ日へと変化する。突然の浮遊感に悲鳴が出そうになるのを堪えた由利は、東雲に横抱きにされていることに気付いて、別の意味で声が出そうになった。


「おい。東雲」

「すいません。ちょっと座標の設定が甘かったようです」


 降ろされたのは巨大な葉の上だった。里の中心にある大樹から生えている。樹海が遥か下に見えることから、あの隠れ家から真上に移動してきたようだ。地平線の彼方まで広がる樹海には、思わずため息が出た。


「由利さん。今日の予定はどうしますか?」

「そうだな……」


 家に戻っても他のエルフが押しかけてくるだろう。そろそろ精神的な休養が欲しい。


「静かな場所へ避難したい。いや、音はあってもいいんだけど、エルフが押しかけてこない場所」

「つまり樹海デートを御所望ですか。玄人ですね」

「最近ちょっと思考がアクロバットすぎませんか東雲さん」


 差し出された手に自分の右手を重ねると、参りましょうかお嬢様と余計な一言が付け加えられた。不快ではないが東雲に女性扱いされると、心に何かが疼く。


「この葉っぱから突き落としてもいい?」

「空を飛ぶ技を開発しろってことですね? まだ準備中なんで遠慮します」


 空いている左手で東雲の背中を押すが、力で勝てるわけがない。いつも通り簡単に抑え込まれた。

 短い言葉で発動された魔法が、由利の視界を絶景から深い森の中へと変える。生命力が溢れている樹海の中で、由利はようやく休めそうだった。



 *



 気が済むまで樹海で遊んできた由利達を待っていたのは、にわかに忙しくなった里だった。特に職人達の様子がおかしい。ある者は深い思考にはまって階段に座り込み、ある者は素材を手に他の職人と議論をしている。


 邪魔をしてはいけない空気を読んで歩いていると、上の階層からベリーショートのエルフが飛び降りてきた。


「先生!」

「うわっ! 何で上から!?」

「こっちの方が速いのよ」

「お、おう。そうか」


 由利を発見するなり参上したのは、丸い物を持ったテランシアだった。驚く由利に構うことなく、手にした球を見せる。


「先生。ボォルの試作品よ。どう?」

「先生は止めてくれ。ん、大きさは丁度いいな。ただ弾力が足りない気がする。素材は何を使ったんだ?」

「魔獣の膀胱に、縫い合わせた革を被せたの。先生の故郷で作られていたという製法を再現したんだけど」

「やっぱりゴムじゃないと跳ね方は悪いか」


 産業革命でゴムの加工技術が飛躍的に進歩するまで、現在のようなよく弾むボールを作ることは難しかったのだ。エルフの技術は人間よりも進んでいるとはいえ、材料が無い上に技術体系も違う世界では、同じ物を作るのは難しい。


「でも試作品にしてはよく出来てると思うよ。筋力があるなら。これでも跳ねるだろうし」

「やはり先生が仰られた素材を手に入れなきゃいけないようね……戦士達よ、聞きましたね!?」

 テランシアが周囲へ叫ぶと、途端に歓声が沸き起こった。

「アルサウレスの討伐は必至! サッカーが普及するかどうかは、あなた方のような屈強な戦士達にかかっているのです!」

「勝利を我らに!」

「精霊の加護を!」


 状況が読めないままに事態は進み、武装したエルフ達が次々と里から旅立ってゆく。里中が彼らを盛大に見送り、上の層からは桃色の花びらが降ってきた。


「これぞ樹海の狩人、エルフとしての正しい姿よ。待っていて、先生。彼らは必ずや素材を手に入れて帰ってくるわ!」

「い……いやいや! 何でネームドモンスターの討伐みたいなことになってんの!? どの地雷を踏んだら、ここまで大仰になるんだよ!」

「ゴムボールとして使えそうなのが、その魔獣しかいないってことじゃないんですか?」


 戦士に手を振って見送っていた東雲が、由利の疑問に答えた。


「ええ、そうなの。狂獣アルサウレスは地を這う獣の中では最強と言われていて、吐く息は触れただけで凍り付かせるほど冷たく――」

「あっ。詳しい解説は結構です」


 由利は長くなりそうだと判断して無理やり終わらせた。その魔獣がいればエルフにとって理想のサッカーボールが作れるようだが、命を賭けてまで採取しなければいけないのだろうか。


「もちろん戦士だけに任せているわけじゃないわ!」


 テランシアが勝手に始めた説明によれば、ボールの空気入れも開発中だという。試作品は箱型のふいごを応用して入れたが、注入が難しく二人がかりで使わなければいけないほど面倒だ。最終的には子供が一人で持ち運んで使えるように改良する予定だと語る。


 更に敵味方を見分けるために、ユニフォームの制作にも取り掛かっている。こちらは染色と機織りで、チームの勝利を祈願する模様を入れるそうだ。


「呪品工房には、精霊の加護を服に付与してもらうわ。これで魔法の使用を制限して、己の身体能力で試合をすることが出来るのよ」

「そう言えば呪品工房の方から、大掛かりな術の気配がしますねぇ……」

「サッカーってこんな大層な球技だったっけ? 俺のイメージは発展途上国の子供達だったんだけど」


 ボール一つあれば出来るという手軽さに目を付けて売り込んだはずが、エルフの技術を結晶させた球技へと魔改造されている。どうしてこうなったと後悔しても、もう遅い。


「もちろんサッカーの練習も始めたわよ。子供達に教えたら、みんな夢中になってね」


 ほら、と示された先では、子供達が革のボールを追いかけていた。細かいルールなど気にしない様子で、心から楽しんでいることが見て取れる。


「俺が想定した光景は、こっちなんだよなぁ……」

「教えた相手が悪かったみたいですね」

「あいつらの思考がファンタジーすぎるんだよ」

「だって異世界ですから」


 まだ仕事があると忙しそうに去ってゆくテランシアと別れて、滞在先の家へ帰ることにした。里の大人達は持ち込まれた娯楽に困惑しつつも、停滞しがちだった生活に変化が起きることを歓迎しているようだ。


 賑やかになった里の中を歩いていると、子供達の歓喜の声に合わせるかのように、桃色の花びらが風に乗って舞い降りてきた。



 *



 その後、エルフの技術を集結させたサッカーは、誰でも気軽に参加できるという触れ込みで他の里へも広がった。里対抗のリーグ戦が行われるようになると、どこからか噂を聞きつけた魔族が隠れて観戦しに来るようになる。


 最初は大人しく観戦していた魔族だったが、目の前で行われる勝負に我慢できなくなり、己の領地でも普及し始めた。見様見真似で始めた魔族を嘲笑と共に侮っていたエルフは、彼らの身体能力を生かした、空中のみで行われる球技に興味を惹かれることになる。


 人間にとっては長い年月をかけて広まった球技は、いがみ合っていた二つの種族を急接近させ、やがて選抜チームで交流戦を行うまでに良好なものへと変化してゆく。


 己が教えた球技が長年の争いに変化をもたらすことになるとは、由利には予測し得ないことであった。

次から新章に入ります

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