014 黒幕
不在にしていた間のことを聞いてから、由利は東雲とモニカの三人で集まっていた。
家主のシュクリエルは妻であるシラリースと共に、別の里へ旅立ったそうだ。今まで知ろうともしなかったが、生物学者として樹海の生き物を研究しているらしい。そこで得た知識を他の里と共有するためだという。
植物から作った紙に、鳥が収集したという情報が箇条書きにされている。その一つ一つに目を通して重要度ごとに分けていく。特に伝書鳩から写しとった情報は最優先で確認しなければいけない。
「木の実が美味しいって、何だコレ?」
「あー……賢いとはいえ、所詮は鳥か……そういうのは省いて下さい」
「時々混ざっていて可愛いですね。雛が巣立ったことも書いてありましたよ」
「鳥類学者が羨むだろうな。研究が捗りそう」
モニカの言動にも癒されながら進めていくと、ウィンダルム王国のローズタークにある教会と修道院とのやりとりが多い。情報を横取りされた時のことを警戒して、文章自体は当たり障りがないものになっている。だがわざわざ伝書鳩を使ってまで伝える内容ではないことから、かえって怪しいということになった。
「せめて何のことを指しているのか分ればな……」
「すいません。私が解読できれば良かったんですが、全て聖典派の手紙のようです」
「ローズタークは聖典派の拠点の一つですからねぇ。そういえば、あの双子がいた研究施設が近くの修道院内にあったはずです」
東雲が壁に貼った地図に印を付けた。地球のような正確な地図ではなく、それぞれの都市からの距離や大まかな地形が描かれているだけだ。とはいえ市場に流出すれば、軍事や物流に多大な影響を与えるだろうと容易に想像できる。
「ここを調べに行く事は決定かな。人形の糸も、大体この地方に向いてるし。由利さんも来ますか?」
「義理で聞くな。魔力を吸うイナゴなんて開発してる所に、防御全振りの俺が行けるわけないだろ」
一般人に英国スパイ映画の主人公のような能力などあるわけない。あえて誰も口にしないが、東雲の単独潜入は決定だ。
「モニカ、教会内で開発された道具はどうやって管理してるんだ?」
「試作品でしたら、研究施設内で厳重に保管されているはずです。完成した物の大半は使用者を限定しておりますので、末端の聖職者が触れても発動しません。ですので、試作品の方が警備が厳重になる傾向があります」
制限なく使えるのは照明や水を汲み上げる道具ぐらいだという。高級な宿でも、魔石を入れて使うものは見ている。
攻撃に使うものはどうなのかと聞いてみると、それこそ高位の聖職者でないと存在すら知らないという。モニカも聖女に指定されるまでは、聖女の杖のことを知らなかったそうだ。
「そういった道具には、追跡の魔法とか組み込まれてるのか?」
「推測になりますが、入っていると思います。私が使っている杖にも組み込まれております。強力な道具はとても貴重ですから。お二人が回収した道具は、放置していて良い性質のものではないようですが……」
東雲が回収した双子の武器には、追跡の魔法は仕込まれていなかった。
「組み込む前に盗まれたのでしょうか?」
「その可能性もあるけど、自分たちの命すら危うくなる物を、盗めるような杜撰な管理をするかなぁ」
「いらない物だから、わざと市場に流して処分させたってのは? 銀のイナゴなら、無力化できる方法を知っていたら脅威じゃない」
「ですが、ユリさん。刻まれた魔法式を解析されてしまったら、それが教会内で使われているものだと知られてしまいます」
「聖典派と対立している宗派の手引きとか」
「私たち聖職者であれば、どの宗派か見分けられますが……教会の魔法に精通しておられる方は、そう多くないかと」
「一度悪評が出回ったら、なかなか消せませんからねぇ。政教分離を目指す、どこかの帝国なんかは利用するかもしれませんが……まだ全面的に教会と対立する基盤は出来上がっていないはず。噂を流したところで、民衆は信じないでしょう。下手なことをすれば貴族側の立場が危うくなる」
窓の外を眺めながら、ペンで遊んでいた東雲が言った。
「あの道具は厄介な性質でしたけど、特に強力な武器ってわけでもないんですよねぇ。やっぱり廃棄予定のものを双子が拾った――いらない物? そっか、いらないんだ」
「東雲?」
「アレにとって必要なのは物じゃない。転生は観測に必要だった。でもザインは必ずしも要るものじゃない。都合が良かっただけなんだ」
「一人で納得するなよ」
「ええと……」
東雲は机の上に魔法に関する本を何冊か置いた。自動でページが開き、どれも魔法式が載っている場所だ。
「この反魂の魔法、これが確認できる中で最も古いものです。それから、こっちは黎明期に作られたと言われている魔法式の一部。いずれも同じ人物によって編纂されています。あと、これが聖剣リジルに刻まれていた魔法式と、魔王城の地下で見つけた装置の魔法式。これらの魔法式に使われている、魔力を循環させる式の記述が同じです」
東雲の説明によれば、集めた魔力を無駄なく使うために、循環式というものを魔法式の一部に入れているという。そして黎明期の循環式は、術者によって記述が異なるのが特徴だ。魔法は時代を経るにつれ、多くの人が使えるように改良されてゆく。その結果、循環式の記述で魔法が作られた年代を推測することが可能だった。
「じゃあ、この魔法式は同じ時代に作られたものか。それがどう関係するんだ?」
「循環式の記述の違いは、開発者で違う。これは開発者の魔力の特徴を表していると言えるんです。開発者が魔法を作って、実験をしなきゃいけないわけですから。自分の力を最大に発揮して、成功率を高めるんです。だから己の魔力も計算して魔法式を組み立てる。結果として昔の魔法ほど、誰が作ったのか特定できるわけです」
「じゃあ、ここにある循環式が全部同じってことは、こいつがイドを騙して魔王を利用していたってことか。誰なんだ?」
「……エッカーレルク・フィレリオーノ。ハイデリオン王国に仕え、魔法で繁栄をもたらした賢者です」
答えたのはモニカだった。反魂の魔法式が出た時から分かっていたようだ。
「そう、賢者エッカーレルク。彼はエルフの里へ来たんですよね?」
――肉体が死んだら、魂はどこへ行くのか。生まれ変わるなら、これまでの生で蓄えた知識はどこへ行くのか。生まれ変わる種族は変わらないのか。
「知識欲を満たすためにエルフの里へ来たものの、思うような回答は得られなかった。だから己で答えを探しているとしたら?」
「寿命がきても、イドが作った体がある。賢者にとって時間は関係ないのか」
東雲は端切れで作った人形を机に置いた。
「あの双子はローズターク近郊の実験施設で、魂に目印を付けられたそうです」
人形から出ている糸は、じっと観察していると見えなくなる。少し焦点をずらした時に、ぼんやりとしたものが外へと伸びている。
「彼は魂の動きを観測して、答えに辿り着こうとしている。今までは勇者が観察対象だった。世界中から集まった負の想念で装飾された魂なら、遠くへ行っても目立つから」
「だが装置は壊した。お前が言ったような理路整然とした人物なら、別の方法で研究を続けるということか」
「そうです。次の方法はこれ、魂に目印をつけて行方を探している。これがいくつも集まれば? 行き着く先が同じなら、目的地への道になる。アレが目指しているのは全ての根源でしょう」
それはザイン教の信者が、最終的に到達すると言われている場所だ。本当にあるのか生きている間は知ることができない。
「誰が到達するのか分からない。けれどいつかたどり着く場所なら、その魂は輪廻の輪から外れて留まっているはずだと? で、早く循環させるためにザイン教に不信感を持たせて争いを起こそうとしているのか」
「わざと解析できるように道具をばら撒き、ザイン教へ非難が集まるようにしていますからね。杜撰な道具の管理で流出しやすくしたり。次は何だろうな。聖職者の犯罪を明るみに出す? 汚職とか賄賂とか。礼拝堂や部屋の装飾を見るかぎり、いくらでも出てきそうですねぇ」
「賢者エッカーレルクがそのようなことを考えて転生しているなら、彼は今……誰なのでしょうか?」
モニカの問いは当然だ。過去の偉人が、世界を混乱させている亡霊なのかもしれないのだから。もしかしたらそれは彼女の知り合いである可能性もある。
「この魔法式からエッカーレルクの魔力の特徴が分かるなら、そこから探し出せないのか? ザイン教に影響力があるみたいだし、恐らく高位の聖職者とか王族だろ」
「人前で次々と魔法を使う人ならいいんですけどねぇ」
「高位の聖職者ほど、人前で使う機会は少なくなります。あの、別の体に転生しても魔力の特徴は変わらないのでしょうか?」
「由利さんの例だと、モニカに憑依してた時と今では、魔力の特徴が変わってるね。魔力の量や質は肉体に依存するらしい」
「エッカーレルクが転生用の体を用意して延命しているなら、この体と似てるんじゃないか?」
由利は自分の体を指した。
「イドが直接作った体か、イドが作った魔法を利用しているんだから、共通している部分があると思うんだよ」
「由利さんの魔力の特徴はもう知ってるから、それを元に調査しろと。やっぱり怪しいのはローズタークと近郊の修道院ですね。ただ、ローズタークかぁ……」
東雲の反応が怪しい。これは何かをやらかしているに違いない。
「何かしただろ」
「由利さんが誘拐された時に、ちょっと不法侵入して暴れただけですよ。面は割れてないはずですけど、魔法の残滓ぐらいは解析されてそうだなぁ」
「……つまり、ローズタークに入った時点で逮捕される可能性があると?」
「いきなり拘束はされないと思いますけど……勇者って教会に魔力の特徴を知られてるのかな?」
話を振られたモニカは、申し訳なさそうに口を開く。
「表立って調査はされませんが、人前で魔法を使う機会が多いなら、ある程度の解析はされていると思われます」
「じゃあ知られてるね。離島の修道院とか魔王の山で使ってるし」
魔法を使わなければ勇者だと気付かれる事はなさそうだが、怪盗でもないのに魔法を使わない調査など可能だろうか。
「ローズタークはともかく、狙うなら修道院の研究施設だな。あの双子が言っていることが本当なら、意図的に流出させるために警備を緩くしているはずだ。まだ流すべき道具があるならな」
「じゃあ散歩がてら、ローズターク方面へ行ってきますね。侵入するなら下見しておかないと……由利さん?」
ふと自分の思考に陥っていた由利は、魔法式から目を離した。
「東雲、ローズタークへ行くなら気を付けろよ。侵入者への対策をしてると思うんだが、人間の感情を持たない奴は他人を簡単に処分するぞ」
エッカーレルクにとって世界は『観測する対象』でしかない。だから周囲のものに情などなく、全ては観察対象であり知識欲を満たすための踏み台だった。
「分かりました。逃走経路を確保してから探りますね」
「追い詰められたからって、教会を壊して出てくるなよ?」
本を片付けていた東雲は、同じ事は繰り返しませんよと涼しげに言う。
由利は激しく心配になった。




