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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
3章 踊る亡霊

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013 帰る場所


 樹海を半日ほど歩き、大樹に寄り添う里へ戻ってきた。エルフが住む里の一つ、ハイセレスだ。そう長い間離れていたわけではないのに、懐かしく感じてしまう。


「みんなにとっては一週間ぶりぐらいの再会になるのか」

「精霊の道の中では、時間の流れが曖昧ですからね。でも一週間で済んで良かったですよ。百年後だったら助けられません」

「絶妙なタイミングで来てくれて感謝してるよ。反撃方法は考えてたけど、やりたくなかったから」

「へぇ。あの状況で? どんな方法ですか?」

「……噛みちぎってやろうと思ってた」


 何を、とは言わなかった。やはり東雲には通じなかったようで、怪訝な顔をされただけだ。


「程々にして下さいね。逆上した相手は行動が読めませんから」

「そうならないように結界が補強できないか試してみるよ。時間がある時に練習に付き合ってくれ」

「構いませんけど、今日は無理でしょうねぇ」

「何で?」


 由利の疑問はすぐに解決した。

 エルフの里で待っていたのは、まず涙目になったモニカの抱擁から始まった。樹海に移動した時に、東雲がおおよその到着時間を連絡していたらしい。


「無事で、本当に良かったです……由利さんが嵐に巻き込まれたって聞いて、私……」

「心配かけてごめん。みんなが捜索してくれてたって聞いたよ。お礼を言いに行かないとな……」


 嵐に巻き込まれた者の捜索は、精霊達の機嫌をとりつつ行う。出口が開く予兆が見えるまで交代しながら休まず行われるため、それなりの人数が投入されているはずだ。

 モニカの背中を軽く撫でながら、経済活動に損失を与えてしまったことを悔いていると、次々にエルフ達が集まってきた。


「ほら、そんな入り口にいないで、早く里の中へおいで」

「ユリさん、こちらへ来て下さい」


 すっかり笑顔になったモニカに手を引かれ、連れて行かれたのは一軒の家だった。民家のようだが、他の家との違いが分からない。ただ慌ただしくエルフ達が出入りしている。


「ここは?」

「モニカ、あとはよろしくね」

「お任せください」


 意味深な笑みを残して東雲が離れていく。


「モニカ?」

「中へ入りましょう、ユリさん」


 訳が分からないまま民家に近づくと、ちょうど中から出てきた女のエルフと目が合った。彼女は由利の顔を見るなり、目を輝かせる。


「あら、思ったより早かったわね。さぁ、中へ入って。ティア! 由利さんが来たわよ!」


 家の中へ向かってエルフが呼びかけた途端、勢いよく子供が走ってきた。眩しいほどの笑顔で、まっすぐ由利へと走ってくる。次の動きを予測していた由利は、エルフの少女が胸に飛び込んできても、危なげなく受け止めることができた。


「お姉ちゃん、いらっしゃい!」


 心を鷲掴みにされるところだった。上目遣いで見上げてくるところが、あざとくて可愛い。子供がいたらこんな感じだろうかと、由利は独り身の寂しさを実感した。


 少女に案内されて家に入った由利は、中にいたエルフ達から盛大に歓迎された。何事かと戸惑う由利のことなどお構いなしに、事態が進んでゆく。

 一通り声をかけられてから、由利はようやく少女のことを思い出した。精霊嵐から逃げる時に、魔獣からかばった子供だ。表情がまるで違うために、すぐには分からなかった。


「由利さん。娘を助けていただいて、ありがとうございました」


 少女――ハイレンティアの両親という、一組のエルフが挨拶をしに来た。彼らは由利の捜索にも積極的に加わってくれたのだと、モニカが補足する。


「なんでも大陸の端まで飛ばされたようで。他の里からも問い合わせがありました」


 あの荒野にいたエルフだろう。あのエルフが何者なのか尋ねてみれば、あの場所でしか栽培できない薬草を育てながら、人間と交易をしているそうだ。エルフの食生活が豊かなのは、精霊の道を使い各地に拠点を構えているからだった。


「お姉ちゃんはここに座って! 遠くに飛ばされて疲れたでしょ? 今日はうちに泊まっていってね」


 どうやら歓待を受けることは決定らしい。出入りをしているエルフ達は、台所で何かを作っている。


 ――これ、絶対に断れないやつだ。


 彼らの好意を無碍に断ることなどできない。何より屈託のない笑顔を向けてくるハイレンティアに負けた由利は、言われるがままに柔らかな長椅子に座った。


 至れり尽くせりの接待は居心地が良かったが、同時に怖くもあった。ここは人間が滅多に来ない場所だ。彼らのほとんどは初めて人間と会話した者ばかりで、由利の言動が人間全体の評価になるのだと思うと、羽目を外せない。幸い、接待をする側の経験はあったため、これはビジネスだと割り切って楽しむことにした。


 モニカが側にいてくれたので、幼いハイレンティアとの話題に困ることもなかった。お陰でハイレンティアを退屈にさせずに済み、彼女の両親とも良好な関係のまま時間が過ぎてゆく。頼りになる聖女だ。由利が消えている間に、たくましさが身についているように思う。


「そういや東雲はどこに行ったんだ」

「ユーグさんなら、今は家へ戻っていると思いますよ。最近では工房と森を往復されていましたから」

「ああ、ウィランサールの呪品工房か。森ってことは刀への付与は終わったのかな?」


 試し斬りをするなら、森は絶好の場所だ。

 招待してくれた家族が由利を宿泊させるつもりで準備していたので、そのまま由利だけ残ることになった。ハイレンティアには随分と懐かれ、一緒に寝ると言って両親を困らせている。


「私は構いませんよ」

「ほら、いいって言ってくれたよ!」

「そうですか……ご迷惑でないなら、よろしくお願いします」


 両親はしきりに恐縮していたものの、思いがけない親子体験は新鮮で居心地が良かった。子育ての上澄みだと分かっていても羨ましくなる。

 安心して眠っているハイレンティアを見ているうちに由利の意識も落ち、朝まで夢も見ずに熟睡していた。


 *


 由利がハイレンティアの家を出たのは、朝食を済ませた後だった。寂しそうにしていたが、聞き分けがいい少女は由利を見送ろうと、早起きをして玄関まで出てきてくれた。


「また来てね?」

「うん、またね。すごく楽しかったよ」

「またいつでも来て下さいね」

「ありがとうございます。昨日は本当にお世話になりました」


 朝の里は静かだった。家々からは朝のひと時を楽しむ音が、少しづつ聞こえてくる。賑やかなのは森の鳥ぐらいで、ゆっくりと一日が始まっていくのを感じていた。

 すっかり馴染みになった通路を進み、シュクリエルの家が見えてきた。家主は朝が早いので、由利が帰っても起こしてしまう心配はない。


 家の前には東雲がいた。安全柵にもたれて立ち、瑠璃色の翼をした黒い鳥に餌をやっている。鳥は満足に餌を食べた後、喉を撫でられてうっとりとしていた。


 ――相変わらず絵になるんだよなぁ。


 朝日が当たる金髪が風にふわりとなびき、物憂げな表情が光と影を作り出している。声を出せば壊れてしまいそうな空気に飲まれていると、新緑を写しとったような瞳が由利を見た。


「あぁ。由利さん、お帰りなさい」

「ただいま。今日は歌いながら剣振ってないんだな」

「それはもう終わりました」

「やったのかよ」


 見惚れていたと知られなくない由利は、平静を装って近寄った。黒い鳥が目を知的に輝かせて首を傾げる。東雲はそんな鳥に囁きかけ、空へ向かって解放した。


「あの鳥は?」

「情報収集用に手懐けた鳥です。長距離を飛行できる上に賢いので、何かと使える子ですよ」

「さらっと重要事項を言わないでくれ。俺には一週間分の情報が抜けてるんだよ」

「……情報を集めたのはいいんですけど、精査に時間がかかってて。由利さんの事務能力で助けて下さい」

「普段から仕事を抱え込み過ぎなんだよ。お前は七割ぐらいに抑えておかないと、不測事項があった時に手に負えなくなるって教えただろ」

「耳が痛いですねぇ」


 聞きたくないと耳を塞いだ東雲が横を向いた。この子供っぽい仕草が懐かしくて、自然と笑いがこみ上げる。どんなに恵まれた能力を授かったとしても、東雲の本質は変わっていないらしい。


「それで、何から手をつければいい? さっさと割り振ってくれないと、弓の練習に行くからな」

「そう言ってくれると思って、大体の資料は用意してるんですよ。まずは由利さんがいなかった間のことですけど……」


 由利は東雲の説明を聞きながら、意識を休暇から仕事へと切り替えていった。

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