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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
3章 踊る亡霊

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010 怒りの使者が現れた!


 天井で何かが光った。由利の耳にはっきりと声が聞こえる。


「――来い、天雷」


 轟音と共に雷が一つ落ち、クァンドラを拘束している液体が動いた。更に二つ三つと部屋に落ちると、銀色の液体がイナゴに変わって飛び立つ。魔力の気配を察して天井へと集まるが、発生した雷に焼かれて消滅してゆく。


「なん、今度は何だ!?」


 唐突に始まった虐殺で、動揺したギルベンの手が緩む。急に入ってきた空気で由利が咳き込んでも気付く余裕はない。由利は近くに落とした角材を手繰り寄せ、不安そうに辺りを見回すギルベンの横顔を思いっきり殴った。


「ぐ……貴様ぁ」


 怒りで顔を赤くしたギルベンが由利の胸ぐらを掴む。


「ユーリ!」


 感情に任せて爪を振り上げたギルベンに、自由になったクァンドラが体当たりをした。跳ね飛ばされたギルベンは床を滑り、震えている弟の近くに追いやられる。


「ユーリ、大丈夫?」

「だ、大丈夫」


 強く圧迫された喉が痛い。

 由利を優しく助け起こしたクァンドラが広間の入り口を見て顔を引きつらせ、そっと離れていく。どうしたと尋ねる前に、由利の肩にそっと誰かの手が置かれた。


「由利さん。早く迎えに来いと言っておきながら、何でこんなところにいるんですか」


 見なくても分かる。東雲だ。それも相当お怒りらしい。戦闘狂の魔族を追い払うほどの覇気に満ちていらっしゃる。


「な、なんでって、ほら、洞窟には魔獣がいたし?」

「そこは結界を張って引きこもってて下さいよ。何のためのユニークスキルですか」


 言い訳をしながら振り返ると、やはり不機嫌な東雲がいた。


「由利さん、正座」

「えっ」

「正、座、しましょうね」

「……ハイ」


 従うべきだと本能が告げている。座り直して両手を膝の上に置くと、東雲は立ったまま話を続けた。


「由利さんのことですから、不安を解消するために行動したんでしょうけど。それならエルフの家付近とか、魔獣が来ない場所で待機する方法もありましたよね?」

「いや……連れの魔族とは仲が悪かったみたいで」

「だったら魔族は外で待機させて、由利さんだけエルフと交渉して滞在許可を得るとかできるでしょ。今もよその村の問題に首突っ込んでるし。この世界に来た時に、何て言ったか覚えてます? 余計なトラブルを呼び込まないようにしようって言ったの、由利さんですよ。なのに自分からトラブルに突っ込んでどうする」


 本当にその通りだ。冷静に行動しようと心がけていたつもりだったが、改めて考えると矛盾している。


 東雲は由利の前に膝をつき、目線を合わせる。


「本当にこの人は……子供を庇って嵐に巻き込まれたのはいいとして、変質者に襲われるとか何やってるんですか。あんたはヒロインか!」

「うっ……冷静じゃなかったことは認めるけど、好きでこんな展開になってるわけじゃないからな」

「うるさいなぁ! 悲劇のヒロインって呼びますよ! いっそ姫でいいですか! 異世界転移の姫!」

「人の精神を確実にえぐるの止めて!」

「あんな光景を見せられた、こっちの身にもなって下さい!」


 由利の首に視線を移した東雲が、強い力で抱き寄せる。


「あなたが無事で良かった……」


 消え入りそうな本音で何も言えなくなった。

 触れている場所から伝わる温かさに安堵して、体の力が抜ける。ずっと張り詰めていた心が東雲に会っただけで解されていくのを感じた。依存していたのは由利の方だったらしい。


「東雲、ごめん。ありがとな」

「二度目はありませんよ?」


 目を見て話すのが恥ずかしくて、由利は東雲の背中に手を回して言った。そんな由利の髪を撫でた東雲は、ふと顔をしかめて離れる。


「どうした?」

「いえ、ちょっとノイズが……」

「ノイズ?」

「何でもありません。それで、向こうで寝ているゴミは処分してもいいですか?」


 ギルベンの肩を揺すって起こそうとしていた弟は、東雲の感情がこもっていない声に、びくりと体を震わせる。


「こんな辺境で死ぬわけにはいかないんだ……」


 男はギルベンの両手から爪型の武器を外して装着すると、残っていたイナゴを呼び寄せた。周囲に散らばって魔力を貪っていたらしいイナゴは、ギチギチと耳障りな音をたてて男の周囲で渦を巻く。


「吾輩の野望のために犠牲となれ!」


 男の両目が怪しく光った。


「性格変わってないか?」

「あの爪が原因でしょうね。多分」


 面白くなさそうに吐き捨てた東雲の手には、一匹のイナゴが暴れている。羽を摘んで観察していたようだが、手を払う仕草と共に消滅させた。その行動がきっかけとなったのか、男の側にいたイナゴが羽ばたきを止め、一斉に床へと落ちる。


「な、なん……」


 銀色の水たまりから逃げた男は、爪をかざして床を蹴った。


「何者なんだよ貴様は! 吾輩の――我々の邪魔だぁ!」

「由利さんは下がってて」


 長剣を取り出した東雲は鞘から引き抜いて男へ向かって構える。人にはあり得ない速度で走ってくる男に対し、一言だけ呪文を唱えた。


疾風(ラファール)


 声が二重に聞こえ、後ろ姿が霞んだ。

 男が振り下ろした爪を易々と斬り飛ばし、鳩尾を蹴って大人しくさせると、残っていた爪を引き剥がす。武器を取られた男は蹲ってさめざめと泣き出した。


「計画が……我々の華麗なる計画が……」

「盗んだ富で豪遊か? 準備運動にもならないとは」


 東雲がそう言うと、男は顔を上げて憎しみを口にした。


「き、貴様のような恵まれた奴に何が分かる! その身なり、どうせどこかの金持ちだろ? 生まれた時から貧乏で、見てくれだって良くない我々が、成功する夢を見て何が悪い! ほっといても女が寄ってくるような貴様に、我々の惨めさなんて分からないだろうな!」

「夢を見るのは勝手だけど、手順を間違えれば誰だって落ちぶれるよ。君達は他人を傷つけて叶える方法を選んで、返り討ちにあった」


「盗まなきゃ生きていけないんだ! まともな仕事にありつけるなら、とっくにやってる! 働いてもメシすら食えないのに、まだ努力が足りないって言うのか!?」

「君達の過去は知らないけどね、村人を傷つけて無茶な要求をした時点で終わってたんだよ。彼らは君達を討伐しようとしたでしょ? 盗みで生きていくなら、定住なんてすべきじゃない。手順を間違えたっていうのは、そういうことだよ」


 男は呆けたように脱力して黙り込んだ。東雲が縄で拘束しても、もう抵抗しない。完全に心が折れてしまったようだ。

 気絶しているギルベンも同じように縛り、東雲は様子を伺っていたクァンドラを呼んだ。


「ひゃっ。な、何か用?」

「由利さんと一緒に、こいつらを外へ運んでくれる? 外に村人が来てるはずだから」

「う……分かった。外だな!」

「あの物騒なイナゴを片付けてから行きます」

「そっちは任せた」


 由利に縄の端を渡し、東雲は銀色の水たまりへと去っていった。縄は男の腰に繋がっている。行くぞと声をかけると、顔を歪ませて立ち上がり、外へ向かって歩き始めた。気絶しているギルベンはクァンドラが肩に担ぎ、狭い階段を上る。


「ユーリ。お前の恋人、ちょっと怖いな」


 上の貯蔵庫に入ってからクァンドラが言う。


「恋人じゃないから」

「えっ。でもわざわざ探しに来てくれたんだよ? 家族か?」

「じゃあそれでいいや」


 もう説明するのも面倒になった。一度気が緩んだことで、心は休憩を求めている。

 地下から出ると、山頂に集まっていた村人が見えた。全員が若い男で、護身用なのか短い槍を持っている。縄で拘束している男がいると分かると、みな歓声をあげて近づいて来た。


「やるなあ、あんたら」

「拘束したのは、あたし達じゃないよ」

「ああ、あの男か。結界があるって教えたら、壊して入って行くから驚いたよ。あんたの身内らしいね」


 吸血鬼と名乗っていた男達を引き渡していると、下から東雲が上がってきた。


「盗られた食料は下にあったよ。村まで運ぶ?」

「そうだな、日が暮れる前にやってしまおう。行くぞ」

「おう」


 東雲は案内を兼ねて再び降りてゆく。由利とクァンドラの二人は先に村へ帰るよう言われ、拘束した男を連れて行く組と共に岩山を下山した。


 村では面会した老爺だけでなく、隠れていた女や子供も家の外に出て待っていた。老爺が労いの言葉をかけている最中に東雲が合流し、改めて礼を言われる。


「本当になんと礼を申し上げればいいか」

「礼は彼女達に言って下さい。それより彼らの扱いについてですが」

「ふむ。儂らは魔法使いについて詳しくなくてな。彼らが魔法を使えば手に負えん」


 東雲は拘束している男達に銀色の首輪を取り付けた。繋ぎ目が無く首に張り付いているが、呼吸は問題なく行えるようだ。


「これで彼らは魔法を使えません。皆さんは彼らに命令して、労働力に使うことも出来ますよ。危害を加えようとしたり、村から脱走しようとすれば、首輪が勝手に締まります。被害者の皆さんが顔も見たくなければ……まぁ、そんな感じで」


 近くに子供がいるため、東雲は言葉を濁す。


「ここまでしてもらっても、何も返せないのだが……」

「難しく考えなくてもいいんじゃないのか?」


 不思議そうにクァンドラが言った。ギルベンを担いでいた肩を回している。


「あたし達は食べ物が欲しくてここに来たんだ。ただで貰っちゃいけないことは子供でも知ってるからね。だから働いてきたんだよ」

「彼女の言う通りですよ」


 由利も老爺が納得しやすいよう言葉を選ぶ。被害を受けたのは彼らだ。第三者が引っ掻き回すことは避けたいし、捕まえた男達を押し付けられるのは困る。


「一晩、安全な場所で休みたいんです。それと貴重な食料を分けてもらう代金、と言うことになりませんか?」


 老爺はそれならと頷き、村人の一人に家へ案内するよう申し付けた。


「すぐに食事を準備させよう。ここは辺鄙な村だが、商人が乳製品をわざわざ買い付けに来るほどでな。口に合うかは分からんが、乳から作った酒を出すとしようか」



 *



 老爺が言う通り、夕食として提供された料理は家畜の乳を使ったものが多かった。交易で手に入れたという香辛料を使っているため、味が薄いということもない。老爺が自慢する酒はヨーグルトに似た風味で、アルコール度数が低いせいか飲みやすかった。


 村人が料理を持ち寄って宴会のようになり、賑やかに時間が過ぎていった。いつの間にか東雲の肩にもたれて眠りかけていた由利は、子供達がそれぞれの家へ帰っていく時に合わせて寝室で休むことにした。


 久しぶりの酒で足元がふらついたところを東雲に助けられ、そのまま部屋へと連行される。ふわふわと漂う照明の魔法が、緩やかに眠気を誘っているようだ。


「あとは大丈夫ですね? 緊張から解き放たれたとはいえ、ちょっと飲み過ぎじゃないんですか?」

「あー……せっかく出してくれたから、飲まないと失礼かなと思って。お前は全然酔ってないな」

「人前で寝落ちしそうな、手がかかる先輩がいるのに呑気に酔えるとでも?」

「その件については誠に申し訳ございませんでした」


 ほろ酔いだったところに現実を叩き込まれて、由利は謝罪した。


「……まぁ、嵐から放り出されて、ずっとサバイバルしてたみたいですし。疲れてたのは仕方ないですけど」

「いや。かなり気が緩んでたみたいだ。東雲の顔を見たら安心してさ」


 靴を脱ぎ捨てて東雲を見上げると、頭痛でもするのか片手で顔の半分を覆っていた。呆れているのだろうか。行方不明になった挙句、平和ボケしたことを言われたのだから無理もないと由利は思った。


「――この酔っ払い」

「えっ」


 照明が消えた。

 一瞬だけ東雲の顔が赤くなっていたように見えたが、真っ暗になった今では確かめようがない。


「この状況でそれを言うとか、誘惑してるんですか」

「何が?」


 東雲が言う通り、少し飲み過ぎたようだ。脳が考えたくないと理解を拒否している。必要なのは睡眠だと。


「早く寝ろよ、酔っ払いめ」


 言葉の荒さとは真逆に毛布を掛けられ、由利は素直に横になった。寝ていることを確かめるように頭が撫でられると、いつもより早く睡魔が襲ってくる。


「あなたは危機感が無さすぎる」


 意識が夢に旅立つ直前、後輩の寂しそうな声が聞こえた気がした。

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