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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
3章 踊る亡霊

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009 吸血鬼?が現れた!


 地下への階段はすぐに見つかった。もとは跳ね上げ式の扉がついていたのか、入り口の穴に沿って溝が刻まれている。入り口から階段までは瓦礫が取り除かれ、明らかに人の手が加わっていることを示していた。


「吸血鬼っているんだな」

「ユーリは見たことないの?」


 下へ降りる一歩が踏み出せない由利の顔をクァンドラが覗き込む。


「色々な言い伝えなら聞いたことがある。クァンドラは会ったことあるか?」

「あるよ! えっとね……見た目はあたし達とか人間と変わらないんだけど、長い爪が生えてるの」


 クァンドラは指折りに数えながら、吸血鬼の特徴を挙げていく。


「日光と銀製品が嫌いで、コウモリに変身して空を飛べるよ。あとは夜中に部屋に入ってきて血を吸おうとするの」

「それで吸われた人も吸血鬼になるとか?」

「ならないよ? 血を使った魔法で操ったりできるらしいけど、短い時間しか効果がないんだって」

「倒し方は?」

「あたしの部屋に入ってきた時は、殴ったら泣きながら出て行ったよ」

「殴ったんだ……」


 戦闘種族らしい撃退方法だ。逃げないように牽制しつつ、気絶するまで殴る作戦が魔族には向いているかもしれない。

 由利はもう一つ気になっていたことを尋ねてみた。


「吸血鬼が吸う血は人間や魔族だけか?」

「ほとんどは魔獣とか動物だよ。たまに春になるとおかしくなる吸血鬼がいて、あたし達に近付いて来るぐらいかな。あのね、吸血鬼ってそんなに強くないの。たぶんユーリでも素手で倒せるんじゃないかな? だから洞窟にいたネズミみたいな、弱い魔獣を襲うんだ」


 由利については過大評価されている気もするが、クァンドラなら余裕で勝てるのだろう。


「どうしたの?」


 急に黙った由利を心配したのか、クァンドラの表情が暗くなる。


「ここにいるらしい吸血鬼が、偽物なんじゃないかと思ってさ」

「ニセモノ?」


 クァンドラが語ることが正しいなら、不意を突かれたとはいえ村人が負け続けるものだろうか。その上、食料や生贄を要求したりと、やっていることが盗賊と変わらない。


「夜中にネズミの血を吸って生きるような種族が、こんなロクに日影がない荒野で、大型の魔獣から逃げながら獲物を探すか?」

「何でだろうね? たまたま強い個体が来ちゃったとか?」

「それなら尚更おかしい。強いなら元の生息地で他の個体を追い出せるだろ。わざわざ遠出しなくても獲物を独り占めできるんだから。気まぐれにここへ来たと仮定しても、村人に要求しなくても村を直接襲えばいいだろ?」

「それもそうだね!」


 エルフを襲って言うことを聞かせようとした魔族には、分かりやすい理論だったようだ。クァンドラだけを見て魔族を判断するのはいけないと思いつつ、彼らがどう社会生活を営んでいるのか気になった。


「だからな、まずは吸血鬼だってことは忘れて、人間が感知できない速度で動ける敵がいると思っててくれ」

「どっちにしろ敵なんだよね。生捕りにするのは何で?」

「もし下にいるのが人間なら、そいつは人間の法で裁かなきゃいけないからだよ。被害を受けた村人は、犯人に何らかの罰を与えないと、事件を忘れることができない」

「むー?」

「簡単に言うと、殴られたから殴り返したいってことだよ」

「なんだ、あたし達と一緒だね!」


 きっと似て非なるものだろうが、由利は空気を読んで黙っていた。彼女には生捕りにするということを理解してもらえればいい。


 クァンドラが出した光を先行させ、階段を降りてゆく。魔法が苦手と言いつつ、由利よりも光量が安定している。


 下は村の貯蔵庫として使われていたようだった。天井は二メートルもないだろう。槍や盾が壁際に並べられ、中身が詰まった革袋が積んである。魔獣や別の勢力に村が襲われることを想定して、避難場所にしているのかもしれない。無残な姿になったとはいえ、地下室はまだしっかり残っているのだ。


「誰もいないな」

「下から気配がするよ」


 二人で手分けをして探してみると、皮袋に隠れるようにして下へ降りる階段があった。一人がやっと通れる幅しかない。砦が攻められたときに、敵が一気に入って来られないための工夫だろうか。


 クァンドラを先頭にして降りると、上とは対照的に広い空間が広がっていた。魔法で作り出された光が、長方形の形をした広間を照らす。由利達がいる階段から最も遠く離れた場所には乱雑に石が積まれ、黒い外套を羽織った男が偉そうに座っていた。


「ようやく贄が来たか」


 本人は恐ろしい声のつもりなのだろう。無理をして低い声を出しているために、かすれて聞き取りにくい。


「何をしている? 早くこっちへ来い」


 男は立ち上がると、外套の裾をなびかせて石の上から降りてくる。その姿が光に照らし出されると、想像していたよりも丸々とした血色がいい若者が現れた。村に一人はいそうな、気取った外套よりもオーバーオールの作業着が似合いそうな顔だ。


「弱そう……」

「完全に名前負けした顔してんな。吸血鬼に謝れ」


 クァンドラは残念そうに、由利は憤慨を込めてそれぞれ言い放つ。


「人の顔を見るなり残念そうな顔をするな! あとそっちの女! 謝れとはどういう意味だ!」

「いや、だって吸血鬼って美形に描かれることが多いから……ちょっと期待してたのに」


 由利は誰が何と言おうと、耽美な吸血鬼が好みだ。嫌いなホラーも外見の美しさで誤魔化してくれる。それなのに、ごく普通の若者に出てこられたら、日常に潜んでいた悪夢が噴出してきたようで恐ろしい。だから恐怖の存在である吸血鬼には、生活感など出して欲しくないのだ。


「こ、これだから女は……」


 男は怒りで顔が赤くなった。小刻みに体を震わせ、小さな声で何かを呟いている。


「じゃあクァンドラ、さっさと終わらせるか」

「はーい!」


 真っ直ぐに突っ込んだクァンドラの拳は、簡単に避けられた。村人が言っていた通り、人間にしては動きが速い。何らかの魔法で強化していると思われる。


「お前たち贄じゃないな!?」


 魔族の攻撃を軽々とかわしながら男が叫ぶ。いちいち気取ったポーズをとりながら、こちらを見てくるのが鬱陶しい。


「ああ。安全な宿と飯のために犠牲になれ。行け、クァンドラ!」

「あたしも野宿はもうヤダー!」


 クァンドラが速度を上げて男に肉薄するものの、攻撃は一向にかすりもしない。珍しくフェイントを織り混ぜていても、紙一重で避けていくのだ。男が戦闘慣れしていないことは、フェイントにもいちいち反応していることで明白だった。やはり魔法で反射神経を上げているのだろう。


「ふっ。回避に特化した吾輩に勝てるとへぶぅ!」


 キメ顔で止まった男に、由利が投げた石が命中した。続いて撃った光弾は避けられ、再び立ち止まった男に投石が決まる。


「き、君! 決め台詞の時に攻撃するんじゃない!」

「うるせぇな。食糧がかかってるんだから、さっさと死ね」

「ユーリ、生捕りじゃなかったの?」

「そいつ魔力に反応して避けてるぞ!」

「ふぉっ!?」


 由利がそう叫ぶと、男はあからさまに動揺した。


「体に魔力を使わなきゃいいんだね!」


 戦うことに関してクァンドラの理解は早い。照明の光を一つ呼び寄せ、男が光に反応した隙に横腹を蹴り上げる。男は体を折り曲げてその場に倒れ込んだ。

 声も出ないほどの衝撃で青白い顔をしている男に、由利はわずかながら同情した。自業自得ではあるが、強さが全ての魔族の蹴りは並大抵の威力ではないだろう。


「でもこれで依頼は終わったな。あとはコイツを縛って――」

「ユーリ逃げて!」


 緊迫したクァンドラの声が聞こえた瞬間、由利は結界を展開した。何か重量があるものが結界に衝突し、続けて炎に包まれる。押し寄せる熱気に口元を袖で覆うが、肌を刺すような痛みに膝をついた。

 あらゆる攻撃を防いでくれた結界だが、気温までは遮断してくれないようだ。何もこんな時に明らかにならなくてもと、己の運の悪さを呪いたくなる。


「ユーリ!」

「そいつから離れるな!」


 炎の間から駆け寄るクァンドラに叫ぶが、全く聞こえていない。片手を振って放出された大量の水が、結界の周囲に渦巻いていた炎を消し去ってゆく。

 不得手の魔法を使う魔族と入れ替わりで、倒れている男へと似たような格好をした人物が側に立った。


「随分とナメた真似してくれたな」


 驚いたことに、倒した男と全く同じ顔をしていた。羽織っている外套に細かい違いはあるものの、髪型や体型まで似ている。双子らしき男はキザったらしい立ち姿で由利達を指差し、少し高い声で糾弾してきた。


「よくも弟を倒したな! ここからは宵闇の死徒と呼ばれた、このギルベンがお相手しヘぶぁっ!?」

「ほらな、ただの石だと当たるだろ?」

「すごいな! 鼻に当たったぞ!」


 どこかの変身系ヒーローのように、口上を最後まで聞いてやる義理はない。

 由利が心を込めて投げた石は、ギルベンの顔面に吸い込まれるように当たって砕けた。男は上半身をのけぞらせて倒れ込むかと思えたが、どうにか持ち堪えて再びポーズを決める。


「ふ……こういった名乗りは初めてかね、お嬢さん?」

「ユーリ、あたしも投げていいか?」

「やっておしまいなさい、クァンドラさん」

「ちょ、聞いてよ!」


 涙声で石を避ける男へ、クァンドラは手当たり次第に物を投げつける。由利よりも辛辣なのは、有り余る力にものを言わせてひと抱えもある岩まで投擲していることだ。


 弟思いらしいギルベンは、倒れている方を肩に担いで逃げ回っている。辛うじて当たらずに済んでいるのは、クァンドラが投げる石には微量ながらも魔力がこもっているせいだろう。


「こいつら頭おかしい! こうなったら……」


 ギルベンが懐から金属の筒を取り出した。面白がって追い詰めていたクァンドラへ注意を促す間も無く、乱暴に蓋が開けられ、中に入っていた銀色の液体が撒き散らされる。


「ふはっ! 枯渇してしまえ!」


 液体を見たクァンドラが空へと逃げ、液体はイナゴの大群へと姿を変えて後を追った。クァンドラは空中で電撃を放つが、イナゴは落ちるどころか数を増やして迫る。一匹だけなら彼女は余裕で逃げられただろう。イナゴは速さで追いつけない代わりに数の多さを生かして、四方から回り込む。


「にゃあっ! 力が……」


 イナゴの一匹がクァンドラの羽に触れると、高度が急激に落ちた。瞬く間に黒い羽が銀色の虫に覆われ、床に落とされる。イナゴは元の液体に戻り、クァンドラの手足に纏わり付いた。


「まずは一人。運は我に味方した!」


 クァンドラを助けようと策を練っている間に、ギルベンが由利を狙う。弟を床に降ろすと、両手に長い爪に似た金具をつけ真っ直ぐに走ってくる。攻撃する暇さえない速さに、動けなくなると分かっていても結界を使うしかなかった。


「防御など無駄ぁ!」


 爪に魔力が吸い取られ、結界が斬り裂かれた。角材から光弾を撃ち出すが、外套の襟をかすめて壁に当たる。ギルベンがニヤリと笑うと同時に姿が消え、背中を蹴られて硬い床に押し倒された。


 うつ伏せになった衝撃で、肺の中の空気が押し出される。馬乗りにされた由利は、髪を掴まれて無理矢理顔を上げられ、右手を背中に回された。


「よくも馬鹿にしてくれたな。おい、弟よ。いつまで寝てんだ?」


 ギルベンが倒れている男に呼びかけると、渋々といった様子で立ち上がる姿が見える。


「あ、兄貴」

「手間取ったが、成功は成功だ」


 視界がぼやけてきたのは、きっと痛みのせいだ。


「お前はそっちの女を縛れ。さて、お嬢さん。我々の城へ来たということは、こちらが望む通りに接待してくれるということだね?」


 持って回った言い方でギルベンは言うと、由利の背中を上から下へと撫でた。

 湧き上がる不快感に鳥肌が立つ。抵抗しても声を出しても喜ばれるだけだ。由利は口を強く閉じて、男が言う接待のことを考えないようにした。


 ――お前は男だろ? いつ隙ができるかなんて、よく分かるはずだ。


 由利は己を叱咤して、次の展開を待つ。


「吾輩としては、もう少しふくよかな方が好みだが仕方あるまい。さてさて、その強い瞳も嫌いではないが、少々眠っていてもらおうか」


 髪と手の拘束が解けた。乱暴に仰向けにされ、細い首にギルベンの汚い両手がかかる。

 失神させられるのはまずい。

 男の手や腕を引っ掻いて抵抗するものの、痛覚でも遮断しているのか全く動じなかった。


 ――まずい。


 息ができない苦しさで思考力が落ちていく。

 暗くなってゆく視界の中で、由利は天井に光る点を見つけた。

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