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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
3章 踊る亡霊

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008 依頼を受けた!


 精霊の道から出た先は、岩に囲まれて周囲から見えない場所だった。あの男が村と交流するために使っている道なのかもしれない。


 岩の間からそっと覗くと、岩山の麓に藁葺き屋根の家がいくつか見える。壁は周囲の土と同じ色だ。水を含ませ泥にしてから、表面に塗っているのだろう。村人は乾燥した日差しから肌を守るためか、ゆったりとした服で全身を覆っている。


「ふわぁ……まだクラクラする……」


 クァンドラは精霊の道で散々振り回されたらしい。あのエルフの反応を考えると、五体満足に出してもらえただけでも好待遇だ。二人まとめて僻地へ送られても不思議ではなかった。


「クァンドラはこのまま隠れておくか? いきなり羽が生えた魔族が来たら驚くだろうし」

「羽? これは収納できるんだよ。みんな魔族としての誇りがーとかウルサイから、出しっぱなしにしてるだけ! 収納できないと寝るとき邪魔だもん」

「収納可能な羽か。いいなぁ」


 黒い粒子を残して消えた羽を見て、由利は心から羨んだ。空を飛べるだけでなく、日常生活に支障が出ない体の構造になっている。


「寝ぼけてると勝手に出てくるよ。勢いあるから、どこかにぶつけると痛いんだ」

「バネ式の羽か? 不便だな」


 他種族には知りようのない欠点だ。由利はクァンドラが羽を収納している間は、背後に立たないようにしようと密かに誓った。魔族の基準で痛いと評価するほどだ。人間の由利なら骨が折れるほどの衝撃と思っていていいはず。

 クァンドラの不調も治り、岩陰から出て村へ向かった。


「村の中では俺が交渉するから、喋らなくてもいいぞ。むしろ黙っててくれ」

「んむ? 難しいこと考えなくてもいいの?」

「ああ。人間同士の契約だからな。たまに騙そうとしてくる奴がいるから、しっかり見分けないとな」

「そっか。じゃあ、あたしは見学だね!」


 クァンドラが素直で助かる。今後は人間と契約しないよう言い含めておくべきだろう。東雲と合流できたら、追加報酬として伝えてあげようと由利は思った。


 ――後は、村人が攻撃してきたら交渉は諦めて逃げよう。


 由利はエルフが気になることを言っていたことを思い出した。まともに補給しないまま活動しているせいで、休憩しても疲労が取れない。この状態で誰かと交渉すれば、不利な条件でも飲んでしまいそうだ。


 疲れきって良くない方向へと思考を転がしていると、由利達を見つけた村人が手を振っている。他の村人にも呼びかけ、家から出てきた者が集まりつつあった。


「なんか歓迎されているよ?」

「石投げられるのも嫌だけど、この展開も嫌な予感がするな……」


 見なかったことにして逃げるわけにもいかず、招かれるままに村へ入ると、代表者らしき壮年の男が二人を出迎えた。


「よく来てくれた。さあ、こちらへ」


 村の奥へと導かれ、玄関の前にアーモンド型の盾が掲げられた家へと到着した。

 男は扉代わりの布を持ち上げ、中へ入るよう促す。入り口からは目隠しの衝立が置かれているので、内部がよく見えない。物珍しげに辺りを見回していたクァンドラの手を引き薄暗い中へ入ると、中央の囲炉裏の前に老人が座って待っていた。


「ああ、良かった。無事にたどり着いたか」


 入ってきたのが年若い女だと知り、老人は意外そうな顔をする。だがすぐに囲炉裏の前に座るよう声をかけてきた。


「クァンドラ、俺を抱えて逃げられる準備はしておいてくれ」


 小声で話しかけると、素直な魔族はにっこり笑って頷いた。彼女がいるなら荒事に巻き込まれても大丈夫だろう。そこらの人間では到底勝てない護衛がいるというのは、本当に心強い。


「その前に、皆さんは私達を誰かと勘違いされてませんか?」


 立ったまま由利がそう切り出すと、老人だけでなく後から入ってきた男の動きが止まった。


「なんと……吸血鬼を退治しに来られたのではない?」

「生憎と。こちらへ立ち寄ったのは、不幸な事故に巻き込まれたためです」


 由利はエルフや精霊嵐といった言葉は隠しつつ、不思議な力のせいで荒野へ放り出されたのだと説明した。水と食料を求めて来たと言うと、彼らの間に困惑が生まれる。


「不思議な嵐のことは儂らも知識としては知っておる。お嬢さん方のことは可哀想だと思うが、吸血鬼に大量の食料を奪われてしまってな……その上、生贄として生娘を要求してきおった」

「吸血鬼ねえ……」


 彼らに由利を騙そうとする気配はない。村の入り口から老爺に会うまでの態度からすると、心から吸血鬼を退治する者を待っていたのだろう。


 ――交渉に使えるか?


 由利は聞くべきことを整理してから話しかけた。


「その吸血鬼に襲われた人はいますか?」

「ああ。夜に魔獣の警戒をしていた村人が襲われた。一人は背後から殴られて、もう一人に要求を突きつけてきたんだ」


 答えたのは、ここへ案内してきた壮年の男だった。


「食料を根こそぎ寄越せなんて、到底飲めない。最初はふざけた盗賊だと思って、俺達が退治しようとしたんだが……あの動きは人間じゃなかった。気がついたら全員がやられてたんだ」

「吸血鬼、というのは討伐対象がそう名乗った?」

「そうだ。こちらが用意した食料や水を持って行ったら、吸血鬼だから娘を寄越せと」

「それでどこかへ討伐を依頼したと」


 由利は囲炉裏の側に座った。


「その人は今日到着する予定だったんですか?」


 そう尋ねると、二人は曖昧な顔をしただけだった。考えられるとするなら状況を察知した吸血鬼にやられたか、依頼金を持ち逃げされたのだろう。村へ来る予定だった人物の人相すら分からないのだ。


「依頼金は前払いで?」

「それは……」

「払ったんですね」

「やはり己の村のことは己で解決すべきだったのかのう」


 老爺が寂しげに呟き、彼らがなけなしの金を失ったことが分かった。


「クァンドラ。お前の力を借りてもいいか?」


 由利の隣に座っていたクァンドラに囁くと、いいよと小さな声だが明確な答えが返ってきた。


「その吸血鬼っていう盗賊を殴りに行くんだね?」

「そうそう。出来れば生捕りな」

「任せて」


 しっかりと請け負ってくれたクァンドラを頼もしく感じながら、由利は次の手に出る事にした。

 村人の間に騙されたという情報が広まる前に、目の前の老人を味方につけておきたい。要求された生贄として由利達を拘束して差し出すことも考えられる。クァンドラがいるなら最悪の結果にはならないが、食料調達が難しくなる。


「貴方が村の代表ということでお聞きしますが、その吸血鬼、私達で退治しましょうか?」

「お嬢さん方が?」

「こう見えて多少の心得はあるので」


 由利が角材に明かりを灯すと、老爺の顔に期待と驚愕が入り混じる。照明程度では自慢にもならないのだが、それは魔法が使える者の間だけだ。魔法を使える者がことごとく権力者に抱え込まれているだけあって、自信ありげに光を見せるだけでも効果があった。


「ただ先程も話した通り、こちらには無償で討伐をする余裕はありません。成功報酬として水と食料、前払いとして……そうですね、飲み物ぐらいは出してもらえるなら、引き受けましょう」

「お嬢さんが魔法を使えるなら、儂らから強引に物資を奪うことも出来ると思うがの」

「理由は簡単です。私はこの辺りの地理に詳しくない。近隣の村や町までの距離、徘徊する魔獣など、命に関わる情報も知りたいのです。貴方達を脅して偽の情報を掴まされるぐらいなら、最初から恩を売って利益を得る方がいい」

「損をして徳を取るか。お嬢さんは商人かね?」

「ええ、まあ。雇われている身ですが」

「なるほど、なるほど。おおい、ミーザとケファを出しておやり」


 老爺が男に合図をすると、彼は家から出て行った。しばらくすると数人の女を伴って戻ってくる。彼女達は手に籠や茶器を持っている。目元しか露出していない服装のために見分けがつきにくいが、全員が中年に差し掛かっているようだ。


 女達は持っていた物を老爺と由利の間に置くと、一人を除いて家を出て行った。彼女達を呼びに行った男は老爺の隣に腰を下ろす。


「儂らは己の状況を悲観するあまり、旅人のもてなしかたを忘れていたようだ。大した物は出せんが、まずは渇きを潤しておくれ」


 女の給仕で茶器に入った飲み物を手渡された。獣の角を加工した器には、クリーム色の液体が湯気を立てている。


 これが毒だったら運が悪かったと諦めるしかない。一口飲んでみると、少し青臭い味がするミルクティーだった。癖はあるがしっかり甘みがついているので飲みやすい。村人がミーザと呼ぶ、伝統的な飲み物だという。村で栽培している茶を家畜の乳で割り、煮詰めた樹液を入れている。独特な青臭さは家畜の乳だろう。


 洞窟で目覚めてから、どれくらいの時間が経ったのか。久しぶりに喉を通る液体の味に、由利はようやく安堵した。気を抜いている場合ではないと分かっているものの、ついため息が溢れた。


 続いて平らな籠に盛られた菓子、ケファを薦められた。細かく刻んだ果実を挟んだ生地を焼き、チーズ風味のクリームをのせてある。こちらも強い甘さがある。この村の人々は全体的に甘い物が好みなのだろうか。


「甘いなー。幸せの味だな!」


 クァンドラがとろけた笑顔で菓子を頬張っていた。能天気としか言いようのない姿に、給仕をしてくれている女の目元が優しくなる。提供したものを美味しそうに食べる客人の姿は、どの世界でも好意的に受け入れられるようだ。


 ――魔族も食事は出来るのか。


 魔石で補給できる以外は、人間とそう変わらないのかもしれない。


「気に入ってくれたようで何よりだ」


 老爺もまた可愛い孫が来たかのように微笑んでいるが、男だけは複雑そうに見守っていた。

 茶を飲み終わってから吸血鬼の住処を聞いてみると、老爺の隣にいる男が案内役をかって出た。彼は老爺の孫で、サンジェと名乗った。吸血鬼を討伐しようとして、返り討ちにあった一人だという。


 サンジェに続いて家を出ると、村は閑散としていた。村の周囲を警戒する男達の他は、誰も出歩いていない。


「人間いないねー。みんな家にいる気配」

「吸血鬼を警戒して、若い娘は特に外へ出ないようにしているんだ」


 観光客のように村を見回すクァンドラに、サンジェが小声で教えてくれた。茶や菓子を振る舞ってくれた女達は、老爺やサンジェの一族だそうだ。みな結婚しており、吸血鬼が求める女には当てはまらない。


 サンジェが村の入り口で見張りに吸血鬼を退治しに行くことを告げると、心配そうに頼んだよと声をかけられた。屈強な男でないことに不安を感じるのも無理はない。由利だってクァンドラが魔族と知らなければ、こんなことを頼もうとはしなかった。


「吸血鬼は砦跡を根城にしている」

「砦跡?」

「この上だよ」


 そう言うとサンジェは村の隣にある岩山を指した。かつては辺り一帯を支配する蛮族が、天然の岩を組んで築いた砦があったらしい。その堅牢な石垣や砦は、現在では見る影もなく崩れてしまっている。ただ上へと続く道が辛うじて残っているだけで、言われなければ気付かなかっただろう。


 吸血鬼が来るまでは、この砦跡も村人の大切な見張り台として利用していた。高台にあるので周囲が見渡しやすく、下への連絡には角笛を使う。最初にやられた村人も、この砦跡を巡回していた一人だった。


「……あんた達に謝っておかなきゃいけない事がある」


 岩山の半ばまで登ってきたとき、サンジェがポツリと言った。


「二人が依頼していた退治屋じゃないと知って、代わりの生贄にすればいいと思っちまった。生贄候補の一人は、俺の娘だったんだ。あんた達にも家族がいるのにな」

「状況が状況ですから仕方ありません」


 彼の娘は十二歳になったばかりだそうだ。大切な家族を殺すより、見ず知らずの旅人を犠牲にする。被害者にはどちらも同じだが、家族を守るという点では真っ当な判断でもある。


「それに私達も身の危険がありそうなら、皆さんを殴ってでも逃げようと打ち合わせてましたから」

「そ、そうか。勇ましいな……」


 攻撃魔法が使えれば、非力な子供でも大人と対等に戦える。辺境の村でも、噂ぐらいは知っているのだろう。顔を引きつらせて二人から距離を置く。


「あんた達に問題を押し付けていることに変わりはないんだが、騙して連れて行くことにならずに済んで良かった。申し訳ないが、あの吸血鬼を倒してくれ」

「出来る限りのことはしましょう」


 岩山の頂上に到着した。砦は円形の塔を残して崩れてしまっている。その塔も上部に大穴が空いていた。


「俺が案内できるのはここまでだ。女を要求してからは、なぜか男は砦に近づけなくなっている。あの塔の中に地下への階段があるから、そこから吸血鬼の所へ向かってくれ」

「分かりました。案内ありがとうございます」


 男を近付けさせない結界でもあるのだろうか。残っている塔へ歩いて行くと、ふわりと頬に触れる何かがあった。


「楽しみだね、吸血鬼退治!」

「遠足じゃないんだけどな」


 鼻歌を歌いながら階段を探す魔族を見て、由利は己の判断が正しかったのか自信が無くなってきた。

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