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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
3章 踊る亡霊

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007 村を見つけた!


 荒野が広がっていた。


 乾いた暑い空気の中を、クァンドラの背中に乗って飛んでいる。竜のアクロバット飛行に比べると格段に快適だったが、クァンドラの魔力を補給するために度々地上へ降りる必要があった。


 魔族は一時的に空を飛べるだけで、飛行を補助するために魔力を消費しているらしい。体調が万全なら頻繁な補給は要らないが、彼女は長い間ろくに補給できないまま洞窟をさ迷っていた。外傷を癒すことを優先していたため、魔力は常に枯渇していた。


「ユーリ、下に降りていい?」

「いいよ。疲れた?」


 クァンドラは高度を下げつつ首を横に振った。


「んーん。大きな魔獣がいる」


 余力があるうちに魔石を確保しておきたいらしい。大きく旋回しながら目的の場所へと降りてゆく。


 洞窟から抜け出した当初は急降下で降りようとしていたクァンドラも、欠片を用いた教育の結果、緩やかに降下するということを覚えた。彼女一人だけなら急降下でも構わない。魔獣を見つける度に絶叫マシンのような動きをされるのは堪えると、丁寧に教えた甲斐があった。


 クァンドラが地面に降り立った後に背中から降りると、足元の感触がおかしい。ふわふわと頼りなく、網の上を歩いているようだ。


「魔獣は?」

「地面の中!」

「隠れてるのか――待て、走るな!」


 止める間も無くクァンドラが駆け出すと、地面が陥没して体が流される。巧妙に隠されていたすり鉢状の穴は、砂地に作られていた。中央には大きなハサミ状の顎を持つ虫が見える。


 もがくほど落ちてゆく蟻地獄だと分かった由利は、無駄かもしれないと思いつつ角材を砂に突き刺して滑落を食い止めようとした。落ちる速さは次第に緩やかになり、斜面の中ほどで止まる。


「ユーリぃ助けてぇ」


 魔獣の狙い通りに落ちていったクァンドラが、顎に挟まれて振り回されている。抵抗しているクァンドラを弱らせてから巣へ引き込もうとしていた。

 由利は角材を引き抜き、砂の斜面を滑り落ちながら光弾を撃つ。弾は魔獣の柔らかそうな腹や顎に当たり、体の表面に体液が滲む。


「にゃふっ」


 一発だけクァンドラに当たってしまったが、あの程度で傷つく彼女ではない。魔獣が体を捩った隙に逃げ出し、複眼を蹴り飛ばす。ふらついた魔獣へクァンドラが踵落としを浴びせると、卵が割れるような音と共に、砂の上へ倒れた。


「虫って近くで見るもんじゃないな……」


 由利が滑り落ちた先は魔獣の顎の先だった。並んだ複眼や触覚を見て、食われなくて良かったと心から思う。熊に襲われるよりも精神的なショックが大きいと断言できる。


「ユーリ。この魔獣の魔石、小さい……」


 小指の先ほどしかない魔石を掌に乗せ、クァンドラが沈んだ顔で帰ってくる。魔獣の大きさと魔石の大きさは比例しないようだ。


「それは残念だったな」


 浄化の魔法で綺麗にしてやり、穴の淵まで運び上げてもらう。辺りはまだ荒野が続いている。空気が乾燥していることもあり、喉の渇きを強く感じていた。


「クァンドラ。高い位置から周りを見てくれないか? なるべく人間がいる所へ行きたいんだ」

「分かった。ユーリも魔石が食べられたら楽なのにな!」


 クァンドラはそう言ってから、羽を広げて飛び上がった。みるみる上昇して空中で一回転すると、すぐに急降下してくる。


「向こうに家が立ってるよー。行く?」

「荒野に家? 他にあてもないし行ってみるか」


 集落かと聞き返せば、一軒家が建っているだけという。不思議に思いつつもクァンドラの背中に乗って飛んでいくと、確かに日干しレンガの家があった。家の周りには申し訳程度の畑がある。魔獣が行き来している地帯のはずだが、どう対策しているのだろうか。


「たのもー!」


 由利が家を観察している間に、クァンドラは粗末な扉をノックもなしに開けた。


「勝手に入るなよ。どこの道場破りだ」


 捜索という名の破壊行為をするのではないかと危惧して後を追うと、中にいた男と目が合った。食事中だったようで、フォークに刺した果物が皿に落ちる。


「あはっ。変な気配がしてると思ったら、やっぱりここにいたんだ!」

「ま、魔族だー!?」


 男は機敏な動きで席を立つと、座っていた椅子をクァンドラへと投げつけた。難なく受け止めたクァンドラは、危ないねと言って下に降ろす。


「ユーリ、これが人間のフリしてるエルフだよ!」

「何しに現れた、悪魔め!」

「これで仲間の所へ帰れるね」

「いや、どう見てもお断りの態度だよ」


 壁に立てかけられていた杖を手に、男は早口で呪文を唱え始める。

 完成するまでに彼を落ち着かせなければいけない。由利はクァンドラのポケットに手を突っ込むと、ネズミの魔石を奪い取った。落ち着けと念じながら魔石へ少しだけ魔力を流し、男に向かって振りかぶる。手加減しながら投げた魔石は男の杖に当たり、光の粒子になって周囲に飛び散った。


 男の杖は力を失い、光るエルフ文字が床へと落ちてゆく。男は愕然とした顔で由利達を見た。男の周囲に漂っていた文字から判断すると、やはりエルフなのだろう。視覚を誤魔化す魔法を使っているのか、由利には人間にしか見えない。


「いきなり押しかけて申し訳ありません。まずは話だけでも聞いてもらえませんか?」

「断る。今すぐその悪魔を連れて出て行ってくれ」


 丁寧に話しかけたところで、第一印象が最悪だったために即答で断られた。


「ええっ。苦労してここまで来たのに! ユーリ、無理矢理言うこと聞かせちゃう?」

「ややこしくなるから黙ってなさい」


 物騒な魔族は欠片で黙らせ、由利はエルフへ訴える。


魔族(こいつ)のことはひとまず無視して下さい。危害を加えに来たわけではありませんので」

「……確かにあんたは人間みたいだが、どうして魔族と一緒にいる?」


 男は急に使えなくなった杖を、苛立たしげに由利へと向けたままだ。


「少し前までエルフの里におりましたが、精霊嵐に巻き込まれて近くの洞窟へ飛ばされてしまったんです。もしエルフの里へ戻れる方法があったら教えてもらえませんか?」

「あんたが侵略者じゃないと、どうして言い切れる? 魔族は我々の神木に手を出したのだ。信じられるわけがないだろう」

「里へ行くのは私だけです。この魔族は護衛として契約しただけで、連れて行くことはありません」

「嵐に巻き込まれたのは気の毒だと思うが……」


 男は一瞬だけ同情するような眼差しを向けたものの、すぐに元の排他的な態度に戻る。


「いや、やはり駄目だ。あんたのことは連絡が来ていない。他の里に来た訪問者かもしれんが、素性の分からない奴を森へ送るわけにはいかん。何より魔族は信用できない」


 杖の先に光が戻った。由利が思いつきで使った魔石の効果が切れたのだろう。


「昔、約束を破った魔族がいた。我々が魔族を警戒する理由だ。だが人間とは確執がない。森へは送れないが、近くの人里へは案内しよう」


 憎々しげに言われ、由利には交渉が終わったことを感じた。エルフと魔族は由利が思っていた以上に軋轢があるようだ。ただ人がいる場所を教えてくれるのは、彼らなりの最大の譲歩だろう。


「ユーリ。なんで我慢するの?」

「お前な、そういう所がエルフに嫌われる理由だぞ」


 クァンドラには理解できないのは、人間やエルフとは価値観が違うのか。不思議そうに首を傾げるクァンドラとは対照的に、男は嫌々ながら呪文を唱える。


「あんたが彼らに受け入れられなくても、もうここには来ないでくれ」


 道に飲み込まれる直前、男が言った。


「分かりました。送っていただけるだけでも、十分ありがたいです」


 由利の言葉が聞こえたかどうかは分からない。ただ引っ張られながら荒っぽく転移した先で優しく地面に降ろされたのは、ちゃんと届いたのだと確信するには十分だった。

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