006 東雲、悩む
ジリジリと虫が鳴いている。
日が落ちた林の中は、わずかな月明かりと魔獣避けのランタン以外に光はない。脳内に映し出されたマップを見る限り、周囲に大型の獣はいないようだ。東雲達の他にも野宿をしている者がいたが、彼らは街道のすぐ側にいる。わざと林の中を選んだ東雲達には気づいていないようだった。
木立の間から空を見上げると、大きな赤い月に小さな青い月が半分隠れていた。
二つの月は大きな悪い魔法使いと小さな姫。
又は傾国の美女と彼女を護る赤い騎士。
星や惑星を人になぞらえて物語を作るのは、こちらの世界でも同じらしい。
ランタンを挟んだ向かいに、由利が毛布にくるまって眠っている。交代で見張をしようと言っていたが、東雲は由利を起こすかどうか迷っていた。
ここ数日でマップの索敵能力が実用的だということは証明できた。敵が近づいてきた時のアラームも確実に作動する。範囲を指定すれば敵でなくても、接近してきたものがあれば教えてくれるらしい。
視界の端にあるインストールを見てみると、十八パーセントに増えていた。どうやら東雲が異世界で得た力を使うと増えていくようだ。
――相変わらず、何をインストールしているか説明はなし、か。
いくつか仮説を立てて調べてみたけれど、情報の偏りと文字化けに邪魔をされて少しも進まない。ただ分かったことは、インストールが進むほど戦うときの負担が軽くなるということだった。
初めて異世界で戦ったときは、全ての行動を指定しないと満足に動けなかった。剣を振る軌道ですら、コントローラーで入力するようなもどかしさがあった。出会ったのが弱い魔獣でなければ殺されていただろう。それが無意識でできる範囲が増え、剣を振っている最中に魔法を使えるようになった。
全く知らない西洋剣術のはずなのに、時が経つほど手に馴染んでくる。
自分の中が書き換えられていくような気味の悪さだ。だが力を使わなければ、この世界で生き残れない。キャンセルが見当たらないなら、内容が判明するまで遅らせるのが最適だろうか。
由利の第一目標が帰還することなら、東雲の目標は自分の身に起きていることの調査だ。
東雲はアイテム欄を開いて売却できそうな素材を選別していった。アイテムには簡単な説明の他に、おおよその売値も表示されている。町によって売値も変わってくるが、街道で回収した素材の中に高額商品は見当たらなかった。
狼や猿の毛皮に牙、植物の茎に種――町の周辺を徘徊する魔獣の素材は、工夫すれば屈強な兵士でなくても採取できる。紙や薬の原料になることから、ある一定の需要はあるものの、買取単価が低いために少数での取引はしてくれない。
こういった品は平民が暇を見つけては採取し、まとめて売り払って家計の足しにしている。特に農家は害獣の毛皮を売ることが多く、買い取る側も得体の知れない旅人よりも身元が判明している農家から買っているようだ。
高値で売れる可能性があるのは魔石のほうだった。魔石が動力として注目されていることから、年々需要が高まってきている。魔石が採掘できるという鉱脈はそれぞれの国や支配者が管理しているが、魔獣の体内にある石は倒した者に所有権がある。その魔獣は魔力溜まりから発生すると言われており、人にとって脅威となることから、どの国でも討伐が推奨されている。
ウィンダルム王国では魔獣を討伐する人材を登録し、倒した魔獣によって報奨金を渡している。商人としての許可証がなくても、売買許可を得た店なら魔石を売れるらしく、腕に覚えがある者が国の内外を問わず集まってきているそうだ。
邪魔な魔獣を駆除しつつ、魔石を国内で回収するシステムが出来上がりつつある。もともと採掘された魔石は国が管理しているし、許可なく国外へ持ち出すことは禁止されている。それを魔獣から取れる石にも応用したのだろう。国民の反発を抑えるために報奨金を出しているが、商人への許可証を発行しているのは国だ。さらに平民が勝手に魔獣を退治してくれるため、討伐のために軍を派遣したり、早期発見のために巡回する頻度が低くなる。最終的には国が得をするための制度だ。
――魔獣と戦って強くなった国民に反乱を起こされても、抑え込める国じゃないと広まらない制度だろうけど。
もっとも反乱を起こされそうな国では、魔獣は軍が退治するし魔石の売買も厳しいようだが。
もうすぐ到着するリズベルでは、異世界ファンタジーらしいことをしようと東雲は思った。ゲームの嗜みがある由利なら、きっと喜んでくれる。
東雲が日々、戦闘技術を磨いているように、由利もだいぶ女性らしく振る舞えるようになってきた。負けず嫌いな性格を利用して教えているとはいえ、予想以上の出来栄えだった。
問題は女の子が一人で出歩いても大丈夫かどうかだ。
転移した体が男だったら、ここまで心配しなかっただろう。由利の見た目は良家の子女。筋力や歩幅も落ちて、身を守る術は結界のみ。町の中で魔法を使えば嫌でも目立つ。たとえ相手が悪くても、後ろ盾も何もない状態で迂闊なことはできない。
嫌がられるかもしれないが、手を繋いで歩くか宿に引きこもってもらうか、どちらか選んでもらおう。マップにマーカーを付ければ迷子になっても合流できるだろうが、再会するまでに事件に巻き込まれないとは言い切れない。
――今の由利さん、守ってあげたくなるタイプの女の子だもんなぁ。
言い換えれば、女に飢えている連中が手篭めにしたくなるタイプだ。
やっぱり問答無用で手を繋ごうと勝手なことを考えながら、東雲は世界の情報を集めるべく検索欄に適当な単語を入力した。