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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
3章 踊る亡霊

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004 海蛇が現れた!


 海面から滑らかに鎌首を持ち上げたのは、双頭の海蛇だった。長く生きてきた証に、体には銀色の藻が付着している。蛇よりもワニに近い頭部と相まって、角がない東洋の龍という印象を受けた。


 クァンドラは岩場から飛び立つと、真っ直ぐに海蛇へと突っ込んでゆく。素手で殴るつもりなのか、両手には紫色の光が宿っている。飛び立つ前に見えた横顔は、己の勝利を確信している表情そのものだった。


「やああああっ!」


 振りかぶったクァンドラを、真横から来た海蛇の尾が叩き落とした。直撃した魔族が奇声をあげて海へと落ちる。


「ま、まだ負けてないもん!」


 そのまま沈むかと思われたが、クァンドラは水しぶきを上げて復活し、再び海蛇へと飛んでゆく。


 海蛇の四つの目に浮かんでいるのは、うんざりとした色だ。面倒くさそうに尾を振り、正面から突っ込むだけの魔族を叩き落としている。


「これ、放っておいたらダメなやつだ……」


 ハエとハエ叩きの攻防のような戦いだった。まるで捻りがない。クァンドラのスタミナが尽きれば終わりのゲームだ。


「クァンドラ!」

「海に引き摺り込まれた恨み、忘れてないからな!」


 派手な水しぶきと共に魔族が落とされた。


「クァンドラ、ちょっと話が──」

「今日は大量の魔力を回復できたからね。まだまだやれるよ!」


 海蛇の掬い上げる一撃が命中した。空洞の天井近くまで飛ばされたクァンドラが体制を立て直すが、続いて飛来した尾に横殴りにされ、洞窟の壁に叩きつけられる。


「おい」

「くっ……相変わらず邪魔な尻尾め。こっちは一発も殴ってないのに!」

「人の話を聞け」

「ふぎゃああああっ!?」


 由利はクァンドラに渡された欠片に魔力を流し込んだ。尾を踏まれた猫のような叫びをあげ、クァンドラが岩場に倒れる。


「な、何してんの!?」

「何してんのはこっちの台詞だよ。馬鹿みたいに正面から突撃しやがって。イノシシか」


 抗議するために飛んできたクァンドラは、由利が結界を使えることを忘れていたらしい。派手にぶつかって下へ落ちる。由利はクァンドラの頬を角材で押しながら、一つ一つ言い聞かせていった。


「あのな、一騎打ちじゃないんだから、正面以外からも攻撃しろよ。何のために羽が付いてんだよ。飾りか? 後ろに回って魔法使うとか、弱点を狙うとかあるだろ」

「うぅっ……弱点は喉にある逆鱗なの。後ろから行っても殴れないよ?」

「だったら弱点を狙えるように気を逸らすとかあるだろ」

「そういう作戦は苦手なんだよね!」

「威張るな脳筋」


 ひりつく程度に魔力を流して大人しくさせると、由利は手頃な石を拾った。


「手伝ってやるから、クァンドラはもう何も考えずに弱点を狙え」

「いいの? 後から報酬を要求しない? あっ! まさかあたしを隷属させようと──」

「んなわけあるか。さっさと行けよ。欠片に全力で魔力流し込むぞ」

「ひぁっ!? 行ってきまーす!」


 手に乗せた欠片を見せると、クァンドラは慌てて飛び立った。欠片に魔力を流されると、かなり痛いらしい。


 海中へ潜っていた海蛇が再び現れた。また来たのかと言わんばかりに尾をしならせ、迎撃態勢に入る。


 由利は角材をバット代わりにして石を打った。直撃はしなかったものの、近くの海面へ音を立てて落ちる。海蛇の注意がわずかに逸れ、その隙にクァンドラの拳が右の頭を捉えた。


「やっと殴れたよ!」

「おい、よそ見すんな!」


 由利が放った光弾が海蛇の胴体に当たって砕けた。クァンドラに噛みつこうとした海蛇は身をよじり、牙が黒い羽をかすめる。空中で素早く旋回したクァンドラは閉じた左の顎を蹴り、流れる動きで喉を手刀で貫いた。


「もう一個!」


 また素直に真正面から突っ込もうとしているところを、欠片を使って引き留めた。失速して尾に叩き落とされてしまったが、己の胴体より太い牙に噛みつかれるよりはいいだろう。


 光弾で牽制してクァンドラへの攻撃が届かないように邪魔をしていると、海蛇の瞳が由利を見つけた。苛立たしげに尾を海面に叩きつけ、長い体をくねらせて由利へと肉薄する。


 大きく開いた口が岩場ごと由利に覆い被さった。一時的に結界を消していた由利は、海蛇が食らいついてくる時を見計らって再展開。内側から急速に口腔を広げられた海蛇は、鈍い音と共に顎を砕けさせた。


「そのまま引き付けてて!」


 海蛇の頭が揺れた。飛来したクァンドラが動けなくなった海蛇の喉を穿つ。顎の隙間から見える胴体が力を失い、岩場で静止した。

 結界の大きさを調節しつつ口の中から這い出てくると、晴れ晴れとした表情のクァンドラと目が合った。


「ありがとね! やっと倒せたよ」

「良かったな」


 悪意のない純粋な笑顔に釣られて、自然と口角が上がる。考えなしに敵へ突っ込む困った魔族だが、陽気な性格は嫌いではない。薄暗い洞窟の中で沈みがちになりそうな心が、彼女の振る舞いで救われていると実感できる。ただ何となく、本人には伝えたくなかった。


 クァンドラは岩場を駆け下りて海蛇の腹部を探ると、手を突っ込んで引き裂いた。由利はさっと目を逸らす。やがて目当てのものが見つかったのか、鼻歌交じりに戻ってきた。


「見て見て! おっきな魔石!」


 全身血塗れだ。ホラー映画でもここまで血を被ることはないだろう。

 由利は角材の先をクァンドラへ向けて牽制し、浄化の魔法を使ってみた。淡い光と共に血は消え去り、鮮やかな赤い魔石を抱えたクァンドラが首を傾げる。


「あれ? 血が消えたよ?」

「選ばれた人間にのみ伝わる、清掃の魔法だ。どんな汚れでも確実に落とす」

「すごーい!」

「門外不出だから、秘密だぞ」

「分かった。魔石にかけて秘密は守るよ」


 こんなに騙されやすくて大丈夫かと由利は心配になった。どこかの口先が達者な奴に、不条理な契約を結ばされるのではないだろうか。契約時には保護者を間に挟んでチェックしてもらえと教えるべきだろうか。


 クァンドラは足元に魔石を置くと、再び海蛇へと走り寄る。今度は頭だ。額の辺りに生えた藻をかき分け、虹色に光る鱗を剥ぎ取った。もう一つの頭からも剥ぎ取ると、由利へ二枚とも差し出す。


「魔石はもらっていい? ユーリにはコレあげるから」


 直径五十センチはありそうな鱗だった。厚みもあり、多少の力では曲げられないほど硬い。


「エルフと知り合いなら、コレを加工してもらいなよ。あの人たち、魔獣の一部を使って武器とか防具を作ってるからさ」

「じゃあもらっておくよ」


 由利が受け取ると、クァンドラはほっとした表情で魔石を抱えた。消費した魔力を取り戻すためか、早速口をつけて食べ始める。


 鱗は軽いが大きいため、持ち運ぶのは苦労しそうだ。由利は海蛇に生えている藻のうち、長くて丈夫な物を選んでヒモの代わりに結ぶ。肩からかけられるように工夫していると、クァンドラが満足そうにため息をついた。


「あー……やっぱり取れたての魔石は新鮮だよね! 熟成されたのもいいけど、あたしは新鮮なのが一番好きだなぁ」

「だよねって言われても、人間は魔石なんて食わないからな」

「人間には魔石が無いんだっけ? どこに魔力を貯めてるの?」

「どこって……どこだろうな。全身?」


 魔法を使うと腹部から温かさを感じるが、その辺りに地球の人間には無い器官でもあるのかもしれない。後で東雲に聞いてみるかと由利は心に留め置いた。


「宿敵は倒したし、このままこのまま海を潜って行く?」


 バリバリと魔石を噛みながらクァンドラが尋ねた。


「外まで、どれくらいの距離なんだ?」

「けっこう入り組んでるから、海の中を泳いで半日ぐらいかな」

「却下。人間には無理だ」

「えっダメ?」

「人間は半日も息を止められないんだよ。反対側に外の光が見える場所があるから、そっちへ行ってみないか? 空を飛べるなら、そこから出られるはずだ」


 クァンドラは、人間って貧弱なんだねとしみじみ言った。由利の提案には快く賛成し、魔石を頬張りながら来た道を戻ることにした。


 途中で遭遇したネズミはクァンドラが素早く倒し、しっかりと魔石を取り出してから進む。そのままポケットに仕舞おうとしたところを止め、浄化で綺麗にしてやると感謝された。出会った時は洗い流せる水が無かったため、仕方なく血がついたまま食べていたらしい。


 分岐を戻ってコウモリがいる空洞が見えてきた。クァンドラは海蛇の魔石を食べ終わり、通路から空洞を覗く。


「本当だ。外が見えるね。洞窟が広いから、この辺りはまだ探検してなかったなー」

「コウモリは死体に群がっていくから、何匹か落とせば大丈夫だろう。あそこまで抱えて飛べるか?」

「余裕余裕。じゃあ行くよ」


 由利を背負ったクァンドラは羽を広げる。


 音に反応したコウモリが騒ぎ出した。由利は群へ向かって光弾を飛ばし、コウモリを撃ち落とす。直撃したコウモリが下へ落ちてゆくと、無事だった個体が先を争って襲い掛かる。

 近寄ってきたコウモリを片っ端から迎撃し、無傷のまま出口に到着した。


「魔法は苦手だけど、今なら使える!」


 出口は小さかった。頭が辛うじて通るほどの大きさしかない。

 クァンドラは右手を出口へ向け、魔族のものらしい言語で呪文を唱える。右手に生まれた光が放たれ、洞窟の壁を粉砕しながら出口を押し広げた。


「もう一回!」


 全く同じ呪文と共に出口は更に広がった。外から新鮮な空気が入ってくる。照明の人工的な光ではない。抜けた先には雲一つない青空が広がっていた。


「久しぶりの外だ!」

「やっと出られるな」


 喜ぶクァンドラの背中で、由利はようやく深呼吸をした。洞窟探検は一度きりで十分だ。

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