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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
3章 踊る亡霊

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002 武器を手に入れた!


 船酔いに似た不快感が胸の辺りにまとわりついている。冷たく硬い地面の上に横たわっていたようだ。体を起こすために手をつくと、小さな痛みがあった。手と地面の間に尖った物がある。


 目を開けても暗闇は晴れない。遠くで獣の唸り声を聞いたような気がして、由利は体を竦ませた。音の聞こえ方が森の中とは異なっている。あちらこちらで反響して由利がいる場所まで届いているようで、トンネルの中とよく似ていた。


 ――嵐に巻き込まれて、どこかへ飛ばされたのか。


 吸い込まれて景色が消えてゆく光景を思い出すと、胸の不快感が強くなった。平衡感覚が無くなるほど振り回されて、流されてきたような気もするが、途中からの記憶は全く無い。


「どうしようかな……」


 地形が分からない場所を手探りで歩くのは危険だ。魔獣が徘徊している可能性もある。不用意に動いて怪我をすることは避けたかった。治療のための魔法はおろか、道具も無いのだ。


 体を触って怪我を確かめていると、腰に巻いた布に長い棒が挟まっていることに気付いた。引き抜いて手の感触だけで調べた由利は、廃坑で東雲にもらった角材ではないかと思い至る。


「……装備欄に追加されたとか言ってたっけ?」


 東雲に返却したまま忘れていた。後輩がとっさに持たせてくれたのだろうか。武器になりそうな物を見つけたことで、心が落ち着いてきた。


 周囲の音で魔獣がいないことを判断し、照明の魔法を使ってみた。切れかけた電球並の不安定さだろうが、見えないままでは今後の方針も立てられない。

 魔力が角材を持つ右手に集まったかと思えば、角材の先端が光った。目が痛くなるような白い光が岩肌の天井を照らしている。


「いや、お前が光るのかよ」


 まるで柄が長い懐中電灯だ。ドラマで観たFBIのように、照明兼武器として使えと言いたいのか。


 ――待てよ。


 由利は更に魔力を込めて角材を振ってみた。光る先端が長く伸び、鞭のように地面を叩く。弾かれた小石が前に転がり、カラカラと乾いた音を立てた。

 続いて足元の石をボール代わりに打ってみると、軽く当てただけなのに岩の壁に亀裂が生じる。見た目はただの角材のくせに、やけに威力が高い。やはり東雲が加工しただけあって、無駄に高性能だ。


 光は先端を向けた方向へ撃ち出すことも出来たが、結界との併用は不可能なようだ。結界に包まれた途端、光が消えてしまう。石を打っても威力が半分以下に落ちる。

 安全地帯から敵を攻撃する案は早々に(つい)えた。魔獣は逃げ回りながら攻撃するか、見つかる前に逃げようと決めた。


 改めて周囲を見回すと、岩肌の通路にいることが分かった。天然の洞窟の中に飛ばされたらしい。片方は急激に狭くなっていて、とても通れそうにない。反対側へ進むしかないようだ。


 安全な場所へ繋がっていることを願って、由利は歩き始めた。一番望ましいのは滞在していたエルフの里だ。他の里も同じく人間を受け入れてくれるとは限らない。せめて敵ではないと弁明出来ればいいが、彼らの矢は物陰に隠れても飛んでくるから油断できない。


 人間の町に出られた時も注意が必要になる。換金するための物を貰っているから金の心配は無いが、女の一人旅は危険だと聞いている。東雲という護衛がいたから安全だったものの、言いようのない不穏な視線は時折感じていた。監禁が目的だった島の修道院の方が、ある意味では安全だったと言える。


 由利は暗い気持ちを振り払った。とりあえず怪我一つなく嵐を抜けられたのだ。魔獣の他にも水や食糧などの問題はあるが、考えて立ち止まっても仕方ない。まずは洞窟内を探索して出口を探す。行き止まりだったら、その時に悩めばいい。


 ――そう思わないと、やってられんな。


 洞窟探検は子供の頃に憧れた。まさか大人になってから実現するとは。


 周囲に気をつけながら進んで行くと、自分の足音に紛れて生き物が動き回る音がした。壁に背中をつけて音がする方向を照らす。


 のそりと暗がりから姿を現したのは、猫ほどの大きさのネズミだった。耳が大きく、目は退化したのか薄い膜に覆われている。額には黒い点が四つ、茶色の毛皮から見えていた。緩慢に歩いていた魔獣は、由利を見つけた途端に走り寄ってくる。


 出会った時の動きが嘘のように速い。襲われると判断した由利は、光の鞭で大きなネズミをなぎ払う。ネズミは立ち止まることで鞭をかわし、再び走り出した。撃ち出した光の弾も俊敏な動きで避けられ、腹に食いつかれる直前で結界を展開した。ギュッと鳴いてネズミが弾き返される。


 結界を使ったことで光源が消えた。転がった音を頼りに光弾を撃ち込み、二発目で位置が見えた。三発目は当たったらしい。肉の塊を落としたような音を最後に、辺りが静かになる。


 息をすることも忘れていた。

 手が震えてくる。


「……魔獣って血の臭いに寄ってくるんだっけ?」


 情けなく座りこんだ己を叱咤して明かりをつけ、ネズミの死体を確認した。頭部が焦げている。動き出す様子はなさそうだ。

 ナイフがあれば魔石を取り出せるが、周囲には刃物になりそうな物は無い。由利は諦めて先を急いだ。


 音がする度に立ち止まって確認する作業が続き、時にはあのネズミのような魔獣と遭遇した。いずれも由利を見るなり襲いかかってくる。どうやら額の点が周囲の障害物を感知しているらしく、光弾が当たるとその場でぐるぐると回りだす。


 由利はネズミの毛並みが見えると、躊躇なく光弾を撃って倒すことにした。少ない手数で始末するには、見つかる前に始末するのが最適なようだ。


 魔力が尽きたら由利は死ぬのだ。ネズミは口から見える歯が人間そっくりで気味が悪い。負ければ、あの口で喰われるのかと思うと恐ろしい。群で行動する魔獣だったら、勝ち目はなかっただろう。

 慎重に進んでゆくと、由利にも通れそうな分岐を見つけた。


「どっちだ?」


 左からはわずかに風が吹いてくるが、耳障りな鳴き声も聞こえてくるようだ。ネズミとは違う鳴き声で、どこかで聞いたことがあるものの思い出せない。

 魔獣がいると思われる方向は行きたくない。しかし空気が流れていることは気になる。偵察するだけだからと誰かに言い訳をして、左の道を選んだ。


 通路の先で動くものがあった。足元の石を先へ投げると、音に釣られてネズミが寄ってくる。由利はネズミの動きを読んで光弾を撃った。弾は腹部に当たり、毛皮を焦がす。動かないネズミには、もう一発当てて念入りに始末した。魔力の残量は気になるが、死んだフリをした敵に襲われるよりはいい。


 何度も戦っているうちに、ネズミの行動には慣れてきた。音によく反応するので、小石で注意を逸らしてやると倒しやすい。


「ここで油断すると死ぬんだろ? 死因がネズミって嫌だなぁ。笑えないって」


 つい孤独を紛らわせるためか、独り言が出てくる。もちろんネズミを刺激しないように小声だ。


 先から水が滴る音がする。

 意識した途端、喉が渇いてきた。水源を見つけても、飲料用か判別できないのが辛い。


 足元が次第に柔らかい感触に変わってきた。土だろうか。焦げ茶色のものが地面を覆っている。

 キィキィというガラスを引っ掻くような鳴き声も大きくなってくる。


 通路の先は巨大な空洞の底に繋がっていた。洞窟の天井が高くなり、照明の光が届きにくい。反響した音が降り注いでくる。


「あれ、出口か?」


 上部に小さな光が見える。風はそこから吹いてくるようだ。堆積した土が斜面になっているが、あの光までは届いていない。途中から崖を登るしかなさそうだった。

 そっと空洞を観察していた由利へ向かって、パタパタと軽い音がいくつも近づいてきた。嫌な予感がして光を向けると、天井からコウモリが降りてくる。


 ――見つかった!?


 この世界で近づいてくる生き物は魔獣が大半だ。慌てて逃げ出した由利は、足元の土に滑りそうになりながらも来た道を引き返す。


 ――この土みたいなものは、コウモリの糞か。堆積量からすると、あの空洞にはもっと沢山いるはず。


 追いかけてくるコウモリへ向かって光弾を撃ち出す。弾に当たった個体が下へ落ちると、仲間のコウモリは一斉に飛びついて捕食し始めた。


「共食いかよ!」


 餌にあぶれた一部のコウモリが距離を詰めてくる。走る由利の視界に、先ほど倒したネズミが入ってきた。由利はコウモリへ向き直ると、ネズミの死体を蹴り飛ばす。


「これでも食ってろ」


 下に落ちたネズミへと、残りのコウモリが群がる。異世界のコウモリは随分と獰猛だ。

 脇目もふらず分岐へ戻ってきた由利は、追いかけてこないことを確認してから座り込む。あんな凶暴なコウモリがいたら、崖を登って外へ出ることなど出来ない。一匹でも撃ち落とせばコウモリ達はそちらへ向かうが、全てのコウモリを誘導できるほど有効な手段ではないだろう。


「あと少しで外だったのにな……」


 由利はもう一つの分岐を眺めてため息をついた。脱出はまだ時間がかかりそうだ。

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