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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
3章 踊る亡霊

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001 亡霊達の会議


 伸ばした手が空を切る。

 空間の揺らぎが急速に収まり、道が閉ざされてゆく。


 ――まだ。


 完全には消えていない。東雲は残っている揺らぎに、魔力の波長を合わせて行き先を追った。内部は暴力的な魔力の流れで満たされ、分岐と合流を繰り返している。荒れ狂う魔力の中に、微量な痕跡を探してさまよっていると、強烈な目眩がした。


「その辺りにしておきなさい」


 肩に手を置かれただけで集中が途切れ、意識は道から弾き出された。

 東雲を止めたのはシュクリエルだった。亀を後ろに従え、家から出てきたらしい。


「でも」

「追跡なら、既にやっておる。精霊の道ならば我々が最も詳しいのだ」


 改めて周囲を見れば、数人のエルフが揺らぎへ向かって文字を踊らせていた。その一つ一つが流れを辿って、由利を探している。


「嵐は通常の道とは違う。巻き込まれたものは出てくるまで時間がかかる。後を追って飛び込むよりも、出てきたところを捕まえなさい」

「あの人は魔力の流れが見えない、ただの人間ですよ」


 泳げない者を嵐の海に放り込むようなものだと、内部の魔力に翻弄された東雲は言った。結界を使えば幾分かは軽減されるだろうが、あの流れの中で冷静な判断が出来るだろうか。


「どこにいても無事でいられるよう、彼女に呪物を与えたのだろう?」


 由利が身につけている指輪のことだ。何かあった時のためにと渡しているが、あれは一度きりしか使えない。やはり無理をしてでも由利を捕まえに行けば良かったと後悔した。


「君は今、不安定な状態だということを忘れたのかね?」


 心を見透かしたようにシュクリエルは言う。


 ――現在の状態での大規模な術の行使は魂の損傷を伴う。修復にかかる時間については周知の通り。推奨、援助の要請。


 頭の中で機械的な声が響く。


「……分かったよ」


 東雲は揺らぎに介入させていた魔力を断ち切った。行き場を失った魔力が肌を刺す。喪失感に比べれば、体の痛みなど些末なことだ。


 嵐で現れた魔獣は、既に全滅させられていた。別の場所で精霊の道に吸い込まれた魔獣が吐き出されたらしく、人間の支配地域で見かけた個体もいる。エルフ達は手分けをして魔獣を集め、職人の指示の下で解体を始めた。素材になる部位を切り分けているようだ。


 東雲は皮剥ぎ用のナイフを取り出すと、彼らに混ざって作業に没頭した。



 *



 ウィンダルム王国の王都ローズタークには、国内最大の大聖堂がある。ザイン神聖法国に次ぐ歴史を誇り、石造りの壮麗な建物は宝石に喩えられるほど美しい。聖典派の信徒が多い王国では中心的な役割を果たし、国内のみならず外国からの情報が集まる場所でもあった。


 新月の夜、ただ執務棟と呼ばれている建物に明かりが灯る部屋があった。一般の信者に開かれた大聖堂とは違い、出入りを許されているのは許可を得た聖職者のみだ。


 庶民には貴重な魔石の照明を惜しみなく使う室内には、枢機卿アウグスト・マリウス・ギーセンを筆頭にある役職を持つ聖職者が集まっていた。


「聖女の足取りが完全に途絶えました。周辺国はおろか、クリモンテ派の教会にも連絡をとっている様子はありません」


 情報収集を主に担当しているジョフロワは、表情が変わらない参加者の前で報告を読み上げた。


「魔王の山で遭遇した者達によりますと、系統が異なる魔法を使用して離脱をしたようです。勇者には転移能力が確認されておりますが、帝国の魔法系統とは似ても似つかない術式です」

「エルフの術式に酷似しているようだな」

「聖女には勇者の他に一名の同行者がいると報告にあるが、身元は判明しているのかね?」


 貴重な紙に記した、魔法の分析結果を読んでいた参加者の間から、少しづつ声があがる。緩やかに喋る態度とは裏腹に、緊張した空気が流れている。


「申し訳ございません。詳細は未だ掴めず……」

「帝国の人間やも知れませんな。エルフは我々の社会への介入を嫌う。彼らの魔法を帝国が模倣したのだろう」


 南方教区を束ねるフレデリク・エナン大司教がジョフロワに続いた。


 異なる系統の魔法を模倣することは、珍しいことではない。強力な魔法には価値があり、解析と模倣を繰り返して洗練されてきた歴史があるからだ。教会内で使われている魔法も、元を辿れば他国で生み出されたものへ行き着くことが多い。それぞれの系統で習得しやすいよう整理され、世界へ広がってゆく。エルフが使う魔法を解析して、人間が使えるようにしていても何ら疑問はない。


「可能性は高いでしょう。この同行者は未知の結界で我々の魔法を防いでおりました。聖女に結界の魔法を教えたのも同一人物と推測されます」


 ジョフロワは島の修道院で起きた事を簡潔に説明した。解析の一部を手元の紙に記したと述べると、それぞれが思案し沈黙する。


「黎明期によく見られた形態だ。在野の魔法使いの入れ知恵だろう」


 会議が始まってから一度も言葉を発していなかったアウグストが口を開いた。


「この同行者は秩序を乱している」

「早急に聖女をお守りせねばなるまい。聖女は常に模範を示さねばならんのだ」


 アウグストの発言を受けて参加者の一人が提唱すると、同意の声が広がる。


「同行者を庇うようであれば、現在の地位のまま退場していただくべきだろう」

「しかし説得は失敗したようだが」

「なに、時間はまだある」


 参加者の静かな目線がジョフロワを捕らえる。背中にヒヤリとしたものを感じつつ、彼は報告を再開した。


「次に、この大聖堂へ侵入した者の、魔力残滓を分析した結果が出ました。法国に記録されている勇者のものと一部が一致。当時は聖女を島へお招きしていた頃です。聖女の行方を探るために侵入したのでしょう。その後、こちらで保護をしていた竜人を連れ去り、空から島へと渡っております」

「また勇者か」

「本人によれば、魔王を討ったことで勇者としての力は失われてゆくということであったが、はて」


 二人は法国で急遽行われた議会の場で、魔王の正体について報告している。彼らによれば魔王とは、魔力によって変化させられた人間だ。自分たちが討伐したのは変化させられた先代勇者だったという。そして人間を作り替えるほどの魔力は、世界中から集まってくる負の想念を孕んだ、歪んだ魔力なのだと。


 この循環を止めない限り、魔王は再び現れる――まさに神話が警告する通りだった。二人は歪んだ魔力について、詳しいことは分からないと言葉を濁していた。クリモンテ派と組んで動いているところをみると、何かしらの見当はついているのだろう。


 勇者の報告は上層部の胸の内に納められ、世間へ公表されることはなかった。混乱を配慮してのことだ。民衆は魔王が討伐された事を喜び、経済活動を活発化させている。長く苦しめられた彼らに、教会が水を差してはならないとの判断だった。


 法王の指示の下で調査団が結成されたとの噂も聞くが、人員は行政府にいる使徒で固められているために、ジョフロワのような部外者には手が出せない。あくまで表向きは一介の神父なのだ。


「勇者の力は未だ衰えず。聖女に近付こうとするなら、必ず壁となるでしょう」

「勇者の力は聖剣によって与えられたもの。件の聖剣は返納されて、行政府で保管されていると公式記録に記載されたようだ」

「法王猊下は新たに鍵を設けるよう下命なさった。複製が困難なラスル鍵と、わざわざ猊下の血を用いた魔法鍵を組み合わせて作ったようですな」


「猊下は行政府に勇者を招いて面会なさったそうだが、何を吹き込まれたのやら」

「やれやれ、法王こそ正しい教えを守っていただきたいというのに……」

「やはりこれ以上の歪みを生み出さぬために、聖女には大人しくしていてもらおう」


 静かに聞いていたアウグストが、小さな皮袋を机に置いた。すっと話し声が止み、再び沈黙が訪れる。

 アウグストは参加者を見渡し、冷酷さすら感じる声音で断言する。


「魔力によって勇者が魔王へと変化するなら、現在の勇者も例外ではあるまい。秩序を取り戻すために勇者に刻まれた印を無効にし、彼の命を救うことは使命である」

「然り」


 示し合わせたわけでもなく、参加者は席を立って部屋を出て行く。残されたジョフロワはアウグストに近くへ来るよう招かれる。


「これは君に預けよう。勇者を見つけたら使うとよい」

「かしこまりました」


 恭しく受け取ったジョフロワは静かに部屋を出た。参加者の姿はすでに無い。それぞれ転移の魔法で帰るなり、与えられた宿泊所へと引き上げたのだろう。


 青白い照明に照らされた廊下を歩きながら、ジョフロワは底冷えするような恐怖を感じた。

 長く聖典派の工作機関にいるが、ここ数年は特にある種の狂気を感じる。聖女の存在は教会にとって扱いが難しいが、モニカ個人はただの純朴な巫女だ。聖女にならなければジョフロワも存在を知らなかった。その目立たなかった巫女が、信仰の妨げになるという一言で排除されようとしている。


 聖女だけでなく勇者も同じだ。命を救うなどと言っているが、あの参加者には勇者の生死のことなど眼中にない。教えのために殺すことになっても、全く心を動かされないのだ。その静かな狂気が恐ろしい。


 初めて会った時からアウグストが苦手だと感じていたのは、この狂気を嗅ぎ取っていたせいなのか。ただ一つの思想に殉じ、それ以外はいらないと言わんばかりに削ぎ落とす。


 ――厳格な信者としては正しいのだろうが。


 人は信仰のためなら、残酷になれるのか。それとも残酷だからこそ、信仰という建前を必要とするのか。

 胸元に入れた皮袋が重い。

 己が信じることのために他者を害することが、今更ながらジョフロワには重くのしかかってくる。


 もう逃げるには遅すぎる。首元まで宗教という泥沼に浸かってしまった。

 今のジョフロワに出来ることは、沼底に救いがあると信じて沈むことだけだ。



 *



 男は首から下げた印に触れる。


 ただ一つの目的のために、こんな物を作ってまで生きてきた。宗教を使った実験は佳境にきた。火種はあちらこちらにある。免罪符による罪の意識の軽減。魔石技術の発展による資源確保。密貿易。ほんの少し後押しするだけで延焼してゆく争い。


「全ては根源へ至るために」


 ただ一つの疑問のために、ずいぶんと長く生きたものだ。

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