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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
2章 消された記憶

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013 分析と魔法


 早朝、身支度を終えて部屋から出てきた東雲は、どこか機嫌が良さそうだった。日課になっているらしい朝練を終え、居間で羊皮紙に魔法式を書き連ねている。エルフ文字が混ざる式はモニカにも読めなかったが、工房で出されたという課題をこなしていることは分かった。


「おはようございます。何か良いことがあったんですか?」

「おはよう。昨日の夜に、ちょっとね」


 モニカが話しかけると、東雲はいつも通り緩やかな笑顔で応じた。

 一見すると愛想が良いように思えるが、東雲のことを知るにつれて、笑顔は拒絶と同意語だと汲み取れるようになった。


 モニカを避けるのは仕方がないと思っていた。二人をこちらの都合で巻き込み、他人として生きるよう強制したのだから。しかし転移させられたことに恨みは無いようで、本人からはっきりと言われている。


 ――この方は、傷つきやすいのでしょうね。


 異世界に来て他人の体に押し込められているせいで、心が不安定になっているせいかと推測していたが、どうやらそれも違うらしい。些細なことで心を痛めてしまうから、最初から壁を作って守っている。それが普通になってしまったせいで、周囲から平等に距離を置いた付き合い方しかしないのだ。


「……由利さんのことですか?」

「知ってるの?」

「夜に部屋を出て行ったのは存じ上げております」

「モニカにカマをかけられるとはね……」

「お二人を見て勉強させていただきました」

「あれは……うん、あまり参考にしちゃダメな例だからね?」


 気恥ずかしそうに目を逸らし、東雲は羊皮紙を片付けて隣へ座るよう促す。詳細を打ち明ける程度には、心を開いてくれているようだ。モニカが素直に従うと、実はねと話を切り出される。


「由利さんに、近いうちに限界がくるってバレちゃった」

「言ってなかったんですか!?」


 モニカは驚くと同時に納得もしていた。彼女は巫女として人の死に関わってきた経験と、本人から打ち明けられて知っている。仲が良い由利にも当然話していると思い込んでいたが、東雲の性格からすると打ち明けないままでいても不思議ではない。


「うん。由利さんが向こうに帰るまでは保つかなと思ってさ。知らない方が良いかなぁって」

「由利さんは何と?」

「……泣かれた」

「その割には嬉しそうですね?」

「僕が死んでも、誰も悲しまないと思ってたんだ」


 おかしいのは分かってるよ――東雲はため息をつく。


「薄い人間関係しか築いてこなかったのに、自分勝手なことを言ってるよね。二十数年しか生きてないし、特に功績があったわけじゃない。僕を知ってる人なんて、ごくわずかだ。慣例として葬儀と埋葬が終わったら、もう思い出されることもない存在だったから」

「そんな……」

「卑下してるわけじゃなくて、本当にそんな人間だったんだよ、僕は。そう考えることが当たり前の家に生まれたから――いや、この言い方は卑怯だね。疑問を持つ機会はいくらでもあったから、僕の怠慢か。流されて嘆くことしかしなかった。やっぱり自業自得だ」


 モニカは東雲にかける言葉が見つからなかった。下手な慰めなど必要ないだろう。傷つくことが分かっていても、東雲という人は外側から己を分析することを止めない。他方面からの解釈なら助けになるが、心情を測って寄り添うことは最も嫌っている。


「こんな面倒な性格だから気がつかなかったけど、誰かに覚えていてもらえるのは悪くないなって思ったよ」

「それが、嬉しい理由だったんですね」

「そう。泣いたのは別の理由かもしれないけどね。向こうへ帰っても、数年は忘れないでいてくれるんじゃないかなぁ」


 東雲はモニカと由利が使っている客間を見た。

 数年と言い切ったところに弱さが現れている。由利なら数年と言わず、ずっと覚えているだろうとモニカは思うが、期待値を低くして裏切られる可能性を潰しているのが東雲らしい。


「僕のことはこれ位でいいとして、モニカはこの先どうする?」

「私は、魔王のことが一段落するまでは逃げるつもりはありません。身を守る手段を探さなければいけませんが、ユーグさんに押し付けて自分だけ安全地帯にいるなんて、無責任なことはしたくありません」

「この件が終われば、教会は聖女を利用しようとするよ。勇者の出身国では既に、貴族を中心に政教分離の運動が起きてる。他の国がそれに続くことを避けるために、聖女を表舞台に担ぎ出すことは平気でするだろうね。ただ」

「私か、クリモンテ派が力を付けることを牽制する動きもある、ですね」

「そう。それ」


 命を狙われていると意識させて行動を制限させ、聖女の影響力を削ってゆく。本当に命を狙っているのかは未知数だ。その疑惑こそ有効なのだと東雲は言う。


「疑心暗鬼に陥って、自爆してくれるのが都合がいいんだよ。自分の手を汚さなくて済むからね。人を消そうとすると何かしら証拠が残る。本気で命を狙うなら、魔王の山みたいに他人が来ない場所で済ませるしかない。それも政治に関わる前に」

「政治に関わる立場になれば、人の目が多くなりますからね」

「正式に護衛をつける根拠になるからね。聖女の自由は減るけど、敵対勢力は必ず監視対象になる。最大派閥とはいえ聖典派も例外じゃない。そう考えると、魔王の山は絶好の暗殺ポイントだったよ。聖女の扱いが正式に決まっていなくて、護衛は僕一人だけ。聖女が山で行方不明になったとしても、この世界の人なら魔王の影響と考えるだろうね」


 東雲の手に白い鳥が現れた。教会からの連絡用に使っている、飼い慣らされた魔獣だ。モニカがアウレリオへの報告に使っていたものとは違い、翼の先端が赤く染められている。通常の鳥よりも速く飛べる、緊急用に訓練された種類だ。


「襲われる前日に、モニカにこれと同じ種類のものが届いてた。嘘の報せで呼び出して襲う予定だったけど、僕達が逃げようとしたから向こうも変更したんだろうね。殺気と攻撃の軌道は本物だったから、あの時点では抹殺対象だった」


 鳥は東雲が手を振ると煙のようにかき消えた。魔力で作った幻だったようだ。


「法国の状況に詳しい人を味方に付けられたらいいんだけどねぇ。あのアウレリオ神父は研究以外は興味無さそうだったし、モニカの知り合いは巫女と修道女が多いよね?」

「はい。残念ですが法国の運営には携わっておりませんので……」

「適任。いないこともない、かな」

「どなたか知り合いが?」

「……やっぱり無理かもしれない」


 東雲はイスの背もたれに上体を預け、天井を見上げて黙ってしまった。憂鬱そうな表情は、体の持ち主であるフェリクスとは全く違っている。他人の魂が入っていると知った時こそ混乱したが、今では二人を混同することはない。

 ふとフェリクスのことを聞こうとした時、東雲がだらしなく座っていた姿勢を正して先に口を開く。


「モニカは回復魔法は使えないんだったっけ?」

「はい」

「魔法の系統は身体が保有する魔力の性質に依存する。この説が正しいなら、由利さんが回復を使えなかったのも無理はないと」


 会話の続きのような独り言だった。瞬きをする短い時間で、ごく自然に深い思考に入り込んでいる。


「魔王の山にいた悪霊を由利さんが操ったことがあるんだけど、モニカも似たようなことが出来るのかな?」

「恐らく出来ると思います。自分より弱い霊でしたら、強制的に天へ還す方法がありますから」


「巫女とはネクロマンサーに近いのか。精霊の声を聞き取れるならシャーマンにも似てる。いずれにせよ二人の魔法は共通してるから、由利さんが使う結界をモニカも使えるようになるかもしれない。魔法式に落とせば解析されるから、やっぱり概念を別の表現で理解してもらうしかないか……」

「ユーグさん?」

「モニカ。別の魔法を習得してみない?」


 願ってもないことだった。自分の身すら満足に守れないようでは、どんな志を掲げていても口先だけで終わってしまう。守られているだけの人間には、誰も耳を貸してくれないだろう。


「お願いします。今の私では役に立たないどころか、足手まといですから」

「さすがに役に立たないなんてことは無いんだけどね。使えそうな魔法を探しておくから試してみようか」


 後日に共に練習することを約束すると、東雲は席を立つ。聞きたいことがあったが、急ぐ用件でもないないかと思い直し、モニカは家を出ていく背中を見送った。

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