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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
1章 歪む世界と魔王の影
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005 チートな後輩とヒキコモリの先輩


「今日から由利さんのことを人前ではリリィと呼ぶことにします。異論は受け付けません」

「お、おう」


 おはようと言うよりも早く、隣のベッドから爽やかな顔で言われた由利は、曖昧な返事しかできなかった。

 もしかしたら日本に戻っているかも、なんて微粒子レベルの期待を打ち砕かれた上に、無駄にキラキラした男の笑顔に見惚れたのがショックだった。朝っぱらからそんなもん見せんなと枕を投げて八つ当たりしたくなったが、東雲だって好きでイケメンの体にいるわけじゃないと思い直す。


「一応、その名前の由来を聞いていいか?」


 靴を履きながら由利が聞くと、東雲は理由ですかぁとのんびりした声で言った。


「由利さんの名字って、平仮名にすると花の名前と一緒になるでしょう? リリィって百合の花のことなんですよね」

「なるほどなぁ」

「この世界の人って平民でも名字を持ってるので、ロシニョールとでも名乗ってて下さい。ナイチンゲールのことですよ」

「巫女だから?」

「正解です」


 回復要員として期待されているのだろう。近代看護教育の母として名高いフローレンス・ナイチンゲールほどの働きはできないが、なるべく早く回復魔法あたりを覚えたい。


 東雲の偽名を聞いてみると、ユーグ・ルナールと名乗るそうだ。どちらもありふれた姓名らしく、目立ちたくないという希望に沿った結果だ。


「朝食は朝市で何か買いませんか? リズベルまでの食料品も買わないといけませんし」

「宿の姉ちゃん達と顔合わせたら、過剰なサービスされたりキャットファイト見せられそうだしな」

「……心を読まないでくれませんか」


 うすら寒そうに東雲が言う。女心なんて由利には分からないが、同性に色目を使われても困る気持ちは分かる。それに一緒にいる由利にも被害が及ぶかもしれないと思うと、早く宿を出てしまいたかった。


 意見が一致した二人は半ば逃げるように宿を出ると、朝市が開かれているという町の中心部へ来た。売り子はそれぞれ敷物の上に新鮮そうな野菜や薫製肉などの商品を並べ、旅人だけでなく住民と思われる人にも声をかけている。中には工芸品を並べる者もいて、規模は小さいものの種類が豊富で見ていて飽きない。


 買った荷物は時間が経過しない異次元ポケットに入れられるのをいいことに、二人は旅の間に必要な食品を買っていった。日持ちしない果物まで買えるのは有難い。


 朝食用に焼きたてのパンにチーズやハムを挟んだものを買っていると、周囲がにわかに騒がしくなった。釣られて皆と同じほうを見てみると、昨日会った自警団が歩いてくるのが見えた。彼らに挟まれるようにして、薄汚い格好をした男達が縄をかけられて歩いている。あちこちに怪我をしているらしく、歩くのも辛そうだった。


「あれ、もしかして昨日教えた山賊ですかね」


 さっそくパンにかじりつきながら東雲が言った。仕事が早いなぁなんて呑気に感心している。


 由利も同じように食べながら見学していると、団員の一人と目が合った。途端に破顔して手を振ってくるので、無視するのも気まずくなって振り返す。すると周囲の団員も気がついて、由利にコンタクトを試みようとする。


「モテモテですねぇ」

「うるせえ」


 収拾がつきそうにないと思って東雲の背後に隠れると、ニヤニヤと笑いながらからかわれた。


「みんな聞いてくれ!」


 団長と思しき男が見物客に語りかけた。


「みんなを苦しめていた山賊はオレ達が捕まえた! 約束していた通り、街道は平和になった! どうか安心して旅をしてほしい!」


 わっと歓声があがり、自警団への賞賛があちこちから聞こえてきた。旅人だけでなくロルカにとっても彼らは厄介な略奪者でしかなく、中には殺せと叫ぶ声もある。


 自警団が山賊と共に移動すると、大半の人間が同じ方向へとついて行った。由利達が昨日入って来た東門へと向かうようだ。


「今のうちに町から出ましょう」


 東雲の提案で、二人は反対の西門へ向かった。町を出る商人に紛れるようにして外へ出るころに、先程よりも大きな歓声が聞こえてきた。


「祭でもやってんのかってくらい賑わってんな」

「まあ、ある意味、娯楽のようなものでしょうね」


 複雑そうな顔をして東雲が答える。


「まさかと思うんだけど、あの捕まった山賊達ってさ……」

「間違いなく町で処刑されるんでしょうね」

「裁判……なんてあるわけないか」

「どこかの海賊映画みたいに、町の入り口にぶら下げておくところもあるみたいですよ。犯罪者はこうなるぞって意味で」


 江戸時代は処刑にも見物客が集まる娯楽になったそうだ。似たような文化レベルの異世界も同じらしい。うっかり死刑にならないよう気を引き締めないといけない。


 リズベルへ向かうのは行商人がほとんどだった。出稼ぎに行くという者は、商人にお金を出して馬車に乗せてもらっているようだ。


 門を出たころは一塊の集団だったが、次第に馬車を使う商人達と徒歩の由利達の間に差が出てきた。興味本位で話しかけてくる者もいたが、東雲が当たり障りなく返答していたことと、彼らも先を急ぐのかキリが良いところで会話を終わらせていた。徒歩の行商人もいたが、いずれも体格のいい男ばかりで足早に去ってゆく。歩幅が小さい由利はあっという間に引き離され、二度目の休憩をする頃には彼らの背中は完全に見えなくなった。


「そろそろ昼休憩にするか」


 太陽が真上にきた頃を見計らって、由利はそう提案した。前方はなだらかな山道へと続いている。本格的に山を越える前に、長めに休憩しておきたかった。


「由利さん、疲れてませんか?」


 東雲が気を使って聞いてきたが、見た目に反してこの体は体力があるらしい。疲労は溜まってきているが、まだ歩けるだけの力はある。


「まだ大丈夫そうだな。荷物を持たなくていいのも楽だし」


 見せかけの荷物は、他の旅人が見えなくなった時点で収納してある。手にしているのは長い巫女の杖だけで、これは山道を登る時に役に立ちそうだ。


「それは良かった。ところで昼なんですけど、私キャンプしたことないので……」

「そっちは任せとけ」


 由利は東雲に説明しながら簡単な竃を作ることにした。地面を掘ったり石を使うことや形を教えると、東雲はなるほどと何かを納得した。


「つまりこういう事ですよね」


 東雲が手を地面にかざすと、土が円形に隆起した。上部は直接鍋を置けるように小さく、正面は火を調節するために一部が欠けている。魔法って便利だなと改めて思う。誰が本格的な竃を作れと言った。


「……もう驚かないからな」

「残念です。もっと小出しにすれば良かった」


 東雲に枯れた枝を集めさせている間に、切り分けた食材を鍋に放り込む。帰ってきた東雲に枝の組み方を見せ、魔法で火をつけて鍋を乗せた。作っているのは鶏肉と野菜のスープで味付けは塩とハーブしかない。粉末のコンソメや胡椒があれば美味しくなるが、そんな便利なものは異世界にはない。ハーブの匂いや市場で聞いた説明を思い出しながら味を整えていくと、それらしいものが出来上がった。火で炙ったパンにチーズを乗せて東雲に差し出すと、嬉しそうに受け取って皿に盛りつけてくれた。


「美味しそうですね」

「期待すんなよ? 調味料がいつもと違うからな」

「醤油も味噌もありませんからねー」


 いただきまーすと言って一口食べた東雲は、美味しいですよと笑った。由利も食べてみると、意外と悪くない。ただ胡椒があればもっと良くなっただろう。


「こっちの世界でも胡椒みたいな香辛料は貴重なのか?」

「昔のヨーロッパほどじゃないですよ。ただこっちの胡椒は植物型の魔獣が繁殖期に落とす種なんです。トゲがついた蔓に守られているから収穫が難しいだけで」

「難しいの基準がおかしくね?」

「種の一つが襲われると他の種が参戦してくるので、広範囲魔法で一網打尽にするか、何人かで一斉に攻撃しないと袋叩きになります」

「こっちの収穫は命がけだな」


「蔓が枯れれば普通に拾えるんですけど、種を食べる豚みたいな魔獣がいて。食い意地が張っているから、鉢合わせるとどこまでも追ってきます。でもその魔獣の肉が美味しいから、胡椒の収拾と魔獣の捕獲はセットで行われるみたいですね」

「食い意地が張っているのは人間のほうだろ。何だよそのカモネギ」

「人はね、生きるためなら貪欲になれるんですよ……」

「何しんみりとこの世の真理みたいに言ってんだよ。食ったら出発するぞ」


 火の始末をするために焚き火を崩した由利を見て、東雲はハーイと子供のように素直に言った。竃は東雲が手を追い払うように振ったら、跡形もなく消えて無くなった。魔法と東雲、理不尽なのはどっちだろうか。





 軽い登山を終えて平野部に出ると、由利は使えそうな魔法がないか東雲に尋ねた。山道で猿に似た魔獣に襲撃された時は、全て東雲が倒してしまい、何もすることが無かったからだ。そろそろ自分にできることを増やしていきたい。


「じゃあ怪我を治す魔法を使ってみますか? ちょうど腕に擦り傷が」


 そう言って東雲は袖をめくって左腕を見せた。白い腕にうっすらと血がにじんでいる。


「お前な、怪我したなら早く言えよ」

「ただのかすり傷ですよ?」

「それでも何かあったら報告!」

「ハーイ」


 東雲の能力がないと、日本へ帰る前に異世界で行き倒れになる。それだけは避けたい由利は、改めて東雲に約束させた。


「魔法の使い方なんですけど、まず怪我してるところに手のひらを近づけて──」


 東雲に指導されながら魔法を使うことを意識すると、手の先に温かいものを感じた。教えられた呪文をかみそうになりながら唱えると、更に力が集まってくるようだ。淡い光が東雲の腕を包み、やがて霧散すると呪文を唱える前と変わらない傷があった。


「失敗か?」

「いえ……二枚爪が治りました」

「ショボいな! あのエフェクトでそれだけかよ!?」


 どんな切り傷でも治しますと言わんばかりの光景で、効果があったのは爪の先のみ。あまりにも残念な結果に、東雲もおかしいなと首をかしげる。


「初魔法だったから、かも? 練習したら上手くいくかもしれませんよ」

「そ、そうだよな! もう一回やってみてもいいか?」

「次は結果を想像しながらかけてみて下さい」

「よし!」


 それから五回ほど試してみたが、東雲の怪我が治ることはなかった。さすがに由利も自己嫌悪で落ち込みそうになる。


「期待しすぎた俺が馬鹿だったんだけどさ……少しぐらい使えてもいいと思わね?」


 先輩として、男としてのプライドで我慢してきたが、今なら泣いても許される気がしてきた。ここには東雲しかいない。彼女なら日本へ帰っても言いふらしたりはしないだろう。


 ふわりと体が温かくなった。ぎゅっと杖を握ると、血液の流れが速くなる感覚がした。


「由利さん?」


 日本でもどこでもいいから、しばらく引きこもりたい──由利は目を閉じた。気持ちに整理がつくまで、誰にも会いたくない。


「由利さん!」


 軽い倦怠感がしたと同時に、東雲が叫んだ。はっと目を開けると、自分の周りをシャボン玉のような薄い膜が覆っている。


「由利さん! 結界が発動してます! 魔法が成功してますよ!」

「え……これ、俺がやったのか?」

「そうですよ。ちゃんと見てましたから」


 半球状の膜に遮られて東雲は近づけないようだ。結界である証拠に、東雲が数回ナイフで膜を斬りつけたが全て弾き返されていた。


「詠唱なしで作った割にはよくできてますね。 どうやって展開させたんですか?」

「その……ヤケになって、いっそ引きこもりたいなって思ったら……できた」


 大爆笑された。





「由利さん、そろそろ機嫌を直してもらえませんか?」

「うるせえな。イケメンチート野郎は黙ってろ。また酸欠になるまでくすぐるぞ」

「すいません。それはナシの方向で」


 きっちり謝罪の角度で頭をさげた東雲を見て、由利はようやく機嫌を直した。


 結界の解き方は外に出たいと強く願うことだった。笑う東雲の姿にいらついて、殴ってやりたいと思った途端に弾けて消えたのだ。後は失礼な後輩を全力でくすぐって制裁し、再び街道を進んでいる。


 よほど苦しかったのか、東雲は距離を置いて触れられるのを警戒している。さすが拷問にも使われるだけあって、笑わせる効果はてきめんだ。


「でも由利さんが使える魔法があって良かったですね。もし魔獣が出たら結界を張って避難してて下さい。いい練習になると思いますし、私も安心して前線に出られます」


 魔獣が出る度に、ホームシックになるレベルで自分を追い込まなければいけないらしい。はっきり言って嫌だが、自分のせいで東雲が満足に戦えなくなるほうが損失が大きい。それに繰り返し使ってコツを掴めば、いちいち暗い気持ちにならずに済むかもしれない。


「分かった、そうする。それから、他の魔法の練習も付き合えよ」

「おおせのままに、お嬢様」

「お前ね……」


 執事のように優雅に一礼した東雲を呆れた目で見ると、彼女は忘れたんですかと言って微笑んだ。


「リズベルに到着するまで、その言動を矯正して下さい。こっちの世界の男女観は、日本に比べるとかなり保守的ですよ。男らしい女性は間違いなく目立ちます」


 忘れていたわけではない。ただ切り替える切っ掛けと、女性らしい行動が分からなかっただけだ。そう主張したかったが、子供のような言い訳にしかならないので黙るしかなかった。


 言葉に詰まった由利を見て、東雲は忘れていたと誤解したようだ。大丈夫ですよと言って由利の肩に手を置く。


「不服かもしれませんが、由利さんが一日でも長く異世界で生き延びられるよう、全力でサポートします。まずは歩き方と言葉遣いから直しましょうね、リリィちゃん」


 効果音が聞こえてきそうなほどの輝く笑顔──あらゆる女性を魅了するかのようなそれは、由利には苦行の始まりにしか見えなかった。

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