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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
2章 消された記憶

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010 弓と賢者


 久しぶりに寝坊をした。由利が起きて部屋を出ると、モニカとシュクリエルが食卓で食後のお茶を飲んでいた。アマニエルは既に家を出て、工房へ仕事をしに行ったらしい。


「よく眠れたかね」

「寝心地が良すぎて、起きたくなかったよ」


 あのベッドを日本へ持って帰って末長く使いたいが、そう都合よく異世界の品は運べない。

 シュクリエルは鷹揚に頷き、それは何よりと誇らしげに言った。エルフの寝具を褒められて悪い気はしないらしい。


「こちらのベッドに慣れてしまうと、他の場所では眠れないかもしれません」

「ならばベッドに精霊を宿らせるといい。良好な関係を築けば安眠をもたらしてくれる。朝、君の所へ来なかったかね?」

「はい。彼らに起こしてもらいました」


 モニカが寝坊しなかったのは、精霊の目覚ましのお陰だったようだ。由利の所にも来てくれたかもしれないが、声が聞こえず残念だ。モニカには聞こえるらしいが、霊と近い存在なのかもしれない。


 朝食は薄く焼いたパンに、生野菜と焼いた肉を巻いて食べる料理だった。胡椒が効いたソースがよく合っている。温かい薬草茶は紅茶に似た味で、家畜の乳と樹液を精製した蜜を入れるのが一般的らしい。

 食べ始めると東雲が起きてきた。格段に顔色が良くなって、回復したように見える。


「おはようございます。お陰様でだいぶ良くなりました。そろそろ散歩がしたいです」

「分かったから、まずは座れ」


 巻いたばかりのパンを東雲の席に置いてやると、素直に座って食べ始めた。聞き分けが良い子供のようだった。


「モニカ! 遊ぼー!」

「遊ぼ!」

「違うよ、今日は勉強の日だよ!」


 勢いよく玄関扉が開かれ、元気な子供達が入ってきた。外見だけなら小学生に見えるが、みな二十歳前後だ。さすがに子供は筋肉教に感化されておらず、揃いも揃って天使のような綺麗で愛くるしい姿をしている。


「あっ! おじさんが服着てる!?」

「精霊嵐が来るの!」

「こわーい」


 怖いと言いつつもモニカの近くに集まって騒いでいるので、本気ではないのだろう。シュクリエルも全く意に介さず、元気が良くて結構と一人一人に挨拶をしていた。


「あの、ユリさん……」

「モニカが構わないなら行ってくるといいよ。こっちはこっちで適当に過ごすから」

「ありがとうございます。みんな、準備してくるから待っててね」

「はーい!」

「早く来ないと置いてくぞ!」

「先生が待ってるよ」


 子供達は口々に言いながら家を出ていく。ちゃんと家主であるシュクリエルに、お邪魔しましたと挨拶をしていくのだから、きちんと教育がされているのだろう。


「先生?」

「精霊使いが里を巡回して精霊術を教えておる」


 由利の疑問にシュクリエルが答えた。

 エルフの里は樹海の中に点在しており、連絡を取り合って共存しているという。人間のような貨幣制度は無いが、加工品を交換して生活を助けたり、精霊術や武術を教えあっているそうだ。


 エルフの子供達は教育係のエルフが巡回してくると、一ヶ所に集まって教えを受ける。他にも文字の読み書きや計算、樹海での過ごし方まで生活に必要なことを成人までに身につけていく。学校そのものだと由利は思った。


「そうやって教養を磨いた末が、筋肉信仰か。誰だよ広めた奴は」

「由利さん。本音が漏れてますよ」


 朗らかに外出するモニカを見送り、東雲が首を横に振った。



 *



 エルフの術者が東雲手製の指輪に興味を持ったことを伝えると、ぜひ会ってみたいと懇願されたので、ウィランサールの店へと連れて行った。二人はすぐさま意気投合して専門的な話を始めてしまったため、暇になった由利は里の中を散歩することにした。


 エルフの里では、大まかに三種類の職業に分かれて働いている。一つ目がウィランサールなどの職人で、生活に必要な物品を作っている。二つ目が里を巡回する教育者や、人間の町に出入りして交易をしている者。最後は外敵から里を守ったり、樹海で素材を集める戦士だった。戦士は当番で森へ入る以外は、里の練習場で武術を磨いている。


 弓の練習場へたどり着いた由利が隅で見学をしていると、目ざとく見つけたエルフによって射場に引き込まれた。見ているだけで良かったのだが、これも経験だよと子供用の弓を持たされる。


「弓を引くことだけを考えちゃ駄目よ。ちゃんと的を狙うの」


 由利の左手が弦から離れ、矢が的の遥か上を飛んで行った。姿勢を維持することが予想以上に難しい。的どころかその付近にすら当たらない。


「的に対して弓は真っ直ぐ押すのよ。あと、視線は矢を放った後も的を見ないとね。的まで飛ばす筋力はあるから、ちゃんと練習すれば使えるようになるわよ」


 個別指導をしてくれているのは、由利達を里へ案内してくれたフィーキュリアだった。物言いは優しいが、指導は厳しい。ただ上手く出来ている点をしっかり褒めてくれるので、由利は落ち込むことなく教えられるままに矢を消費していった。


「だいぶ練習させてもらったけど、部外者がこんなに矢を使ってもいいの?」


 休憩を告げられた時に気になったことを聞いてみると、練習場にいたエルフは口々に大丈夫だと言った。


「これは武器職人の見習いが作った物でね。よほどの不良品以外は練習用に使っているんだよ」

「使った感想も伝えないと、彼らの腕も上がらないからねー」

「いい循環が出来てるんですね」


 更に練習するかと聞かれたが、丁重に断っておいた。慣れない動きをしたせいか、腕と背中が痛い。射場の隅に設けられた休憩所に座ると、全身が重く感じた。


 他のエルフは易々と的を射抜いているが、どれほどの長い年月を費やしたのだろうか。放たれた矢が弧を描いて、隠れた的に吸い込まれていく。又は上へ向かって射られた矢が、的の中央へと落ちてくる。障害物が多い樹海では必須の技だそうだ。


「外から人間が来るのは久しぶりだねぇ」


 エルフの技に感動していると、ゆっくり歩いてきた老婆が話しかけてきた。腰が曲がり、杖をついている。彼女を誘導してベンチに座らせてあげると、シワだらけの顔を綻ばせて、ありがとうねぇと礼を言った。


「懐かしいね。私がまだ成人したばかりの頃にも、人間が来たことがあるのよ。そうそう、確か里の近くで精霊嵐が過ぎ去った後だったわねぇ」


 ――あ。これ長くなるヤツだ。


 由利は老人特有の長い昔話に備えて、少しでも疲れにくいように座り直した。案の定、話は幾度も脱線をしたり冒頭に戻る。適度に口を挟んでループしないよう導いていると、ようやく本題へと到達した。


「不思議なことばかり聞く人だったのよ。きっと知識に飢えていたのね」

「知識に飢えていた?」

「ええ、あの目はそうとしか言えないわね」


 老婆は由利から遠くの空へと視線を移す。


「肉体が死んだら、魂はどこへ行くのか。生まれ変わるなら、これまでの生で蓄えた知識はどこへ行くのか。生まれ変わる種族は変わらないのか――私達だって知り得ないことよ」

「その人は、他にも何か聞いてきましたか?」

「そうねぇ……」


 老婆の目がシワの中に埋もれる。まぶたを閉じたらしい。


「ここ以外にも世界があるのかなんて言っていたわ。別の世界から来たエルフはいないのか、ですって」

「それはまた」

「可笑しいわねぇ」


 彼女の笑顔に合わせて笑った由利だったが、心は言い知れぬ予感でざわめいていた。異世界の存在を疑い、かつエルフの里を訪問できる技量を持っているのだ。老婆が成人した年代を尋ねてみると、戦乱末期に該当することが判明した。イドの名前が現れ始めた頃だ。


「その人、どんな名前だったんですか?」

「人間にしては覚えやすい名前だったわ。エッカーレルク・フィレリオーノよ」


 エルフにとって覚えやすい名前とは、濁音が含まれていない名前だそうだ。何度か頭の中で復唱して覚えていると、射場に一人のエルフが駆け込んできた。


「精霊嵐が起きたぞ」

「場所は?」

「トライエラの花近くだ」

「近いな。しばらくは外に出ない方がいいだろう」


 エルフ達は由利に目を向けると、近日中に里を出る予定はあるかと聞いてきた。


「連れの体調が戻り次第ですね。何かあったんですか?」

「里の近くで精霊の道が開いているのよ。巻き込まれると、どこへ飛ばされるか分からないわ」


 複数の精霊の道が開いている状態を、精霊嵐と呼んでいるらしい。発生する場所に法則は無く、収束するまで放置するしかないそうだ。


「君の連れは?」

「一人はウィランサール氏の呪品工房。もう一人は子供達と一緒にいます」

「問題なさそうね。向こうで嵐のことを聞いているでしょう」

「今年は嵐が多いわねぇ」


 老婆は由利の手を掴んで忠告した。


「里の中で嵐が起きたら、家の中へ逃げなさい。誰の家でもいいわ。悪い精霊は家の中が嫌いなの」

「分かりました。言われた通りにします」


 そっと手を握り返すと、老婆はゆったりと微笑んだ。良い子ねと言われると気恥ずかしかったが、少し懐かしかった。


 老婆に付き合って休憩所で過ごした後、東雲の様子を見に呪品工房へ向かった。里の中は嵐に向けて備えるためか、どこか騒がしい。

 工房のカウンターには配達中の札が置かれ、よく喋る孫娘の姿は無かった。依頼された品を届けるのも、彼女の仕事なのだろう。


 奥から話し声がするので覗いてみると、まず小さな金属を磨いているアマニエルが見えた。細長い湾曲した金属片に細い鎖がついている。ブレスレットだろうか。柔らかそうな毛皮で擦り、窓の光にあてて磨き残しを確認しているようだ。


「いらっしゃい。二人なら奥にいるよ」


 二人で何かを作っては議論を始めてしまうため、工房の仕事は完全に止まっているという。


「すいません。仕事の邪魔でしたか?」

「いやいや。師匠は昔から熱中すると、周りの声なんて聞こえなくなるんだよ。久しぶりに教え甲斐がありそうな人が来たから、張り切ってるんだろうね」

「あ、由利さん。ちょうど良かった」


 由利の声を聞きつけて、東雲が作業台から顔を上げた。近くに来てくれと請われるままに奥へ進むと、作業台に置かれた刀を見せられる。


 刀身は日本刀によく似た形をしていたが、柄は西洋の剣のように平らな鍔と金属の握りで拵えられていた。側面にはエルフ語が刻まれているものの、途中で書くことを諦めたように途切れている。


「由利さんは剣に一つだけ能力を付けるなら、何にしますか?」

「そうだな……自動で敵を攻撃してくれるような能力かな」


 敵に近づくのは怖いが、オートモードがあるなら囲まれても切り抜けられそうだ。


「平凡ですねぇ」

「武芸の初心者にありがちな願いよな」


 東雲だけでなくウィランサールからも駄目出しをされる。楽して勝ちたいと欲を出したのがいけなかった。由利は再考して言った。


「じゃあ、敵から魔力を奪って自分のものにするような力」


 以前に消費した魔力が自然に回復するまで、時間がかかると聞いた。戦闘中に何処かから補給出来たら便利だろう。魔力を枯渇させた東雲を見ていると、ふとそんな考えが思い浮かんだ。


「あると便利ですね」

「悪くはない。これに収めることを課題にしよう」

「ちょっと厳しくないですかね。無理に流し込むと刀身が割れるし……」

「なに、難しいくらいが丁度良かろうて。幸か不幸か、嵐で里の外には出られん。柔軟に思考しなさい。決して無理ではないと気付くはずだ」


 ウィランサールは刀を鞘に納め、東雲に差し出す。両手で受け取った東雲は異空間へ収納せず、左手に持ったままだ。由利がいない間にウィランサールに教えを受け、課題まで出してもらったようだ。


「もう昼だね。また明日おいで」


 午後は働かないと弟子がうるさくての――ウィランサールが工房の入り口を気にかけると、聞きつけたアマニエルは肩を竦めた。


「僕は期限までに納品して下さるなら、どこで何をされようと構いませんよ」

「似たようなセリフをどこかで聞いたことがありますねぇ」


 苦笑した東雲が由利を見下ろしてくる。どこだろうなと適当に答え、由利は工房の出口へ向かった。

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