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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
2章 消された記憶

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009 穏やかな夜


 呪品工房を見学した後、カウンターにいたエルフの質問攻めから解放されたのは、夕方になった頃だった。夕日の赤い光が目に優しい。


 あの女エルフはウィランサールのひ孫で、工房で修行をしつつ注文などの受付業務もしているらしい。とにかくよく喋る性格のため、こちらが質問をすると何倍もの答が返ってくる。エルフについて色々と知ることが出来たのは良かったが、一度に知識を詰め込みすぎて熱が出そうだった。


 職業柄、相手に好きなだけ喋らせて情報を集めている由利には、天敵のような相手だった。出来ることなら二度と近づきたくない。情報の波に溺れそうになったのは初めてだ。


「エルフの女性は放っておくと、いつまでも喋るからね。彼女は……初対面だったから、まだ大人しい方だよ」

「更に上があるのか……」


 由利は、エルフ女性の井戸端会議には絶対に交わらないようにしようと決心した。一人でも苦しいのに複数ともなれば、どんな戦場が広がっているのか考えるだけで恐ろしい。


 夕方の里は家路につくエルフばかりだった。家族連れや友人同士で帰ってゆく姿は、世界が変わっても同じらしい。穏やかでのんびりとした生活が広がっている。この平和な環境なら、一つのことに没頭して練度を高めてゆくには最適だろう。


 アマニエルにエルフの建築について解説されながら歩いてゆくと、階段の上でモニカが手を振っていた。長い黒髪が編み込まれ、生花の髪飾りが付けられている。


「子供達に作ってもらったのか?」

「はい。子供といっても、私よりも年上なんですけどね。エルフの皆さんは四十歳で成人を迎えるそうですよ」

「僕達は寿命が人間よりも遥かに長いからね。心身の成熟にも時間がかかるんだよ」


 シュクリエルの家に到着すると、由利とモニカは玄関扉の前で待っているよう告げられた。


「父さんが、人前に出られる格好をしているか確認してくる。ちょっと待ってて」

「お願いします」


 由利は男の裸など平気なのだが、外見に合わせて淑女らしく答えておいた。絶えず演技力を磨いておかなければ、また東雲の教育が始まってしまう。


 アマニエルは中へ入っていったものの、すぐに出てきて扉を大きく開けた。驚愕と怯えが入り混じった表情を浮かべ、かすれた声で告げる。


「父さんが、言われなくても服を着ていた……今夜は何かが起きるかもしれないっ……!」

「お前もその反応すんのか」


 シュクリエルは厄災予報装置か何かなのか。

 ふらつきながらも使命感から里へ告げに行こうとするアマニエルを、引きずるようにして家の中へと入った。食卓には東雲とシュクリエルが向かい合って席についている。


「お帰りなさい。エルフの里はいかがでしたか?」

「ただいま。情報という名の洗濯機に放り込まれてきたよ」

「意味が分からないんですが。新しいネット用語ですか?」

「情報も多すぎると毒なんだなって思っただけだ。それより何かあったのか?」


 穏やかとは言い難い空気を察して東雲に尋ねると、そっと首を横に振ってから答えた。


「特に何も。シュクリエル氏と公共マナーについてオハナシしていただけです」

「おっさんが性懲りもなく脱いでたから、言葉の暴力で解決したってことでいいのか?」

「身も蓋もない言い方をすると、そうなりますね」

「うちの父親が迷惑をかけてごめんね……」

「いえ。押しかけてきた上に滞在させてもらっていますから、それは構いません」


 構わないと言う割には、能面のように顔の変化が無い。


「息子よ。帰ってきたばかりですまないが、これを長へ届けてもらえないか」


 シュクリエルは緑色の筒をアマニエルに渡した。植物の茎を加工して入れ物にしてあるようだ。関係者以外は見られないようになっているのか、栓は文字が書いてある紙で封印されている。


「外の情勢をまとめてあると伝えておくれ」

「分かった。すぐ戻るよ」


 出かけてゆくアマニエルを見送り、シュクリエルは大したことではないと言った。


「我々エルフは、気まぐれに人間の里へ行くことがある。我々は工芸品を売り、人間の珍しい品を買う。向こうで人間に混ざって生活している者もいるのだ。だが我々は人間の争いに介入する気などない。戦火が起きればすぐに引き上げられるよう、情報を集めているのだよ」

「しばらく平和が続きそうですって情報だけでも貴重みたいだからね。薬代にはなるかと思って提供していただけだよ」


 東雲の言葉は、主にモニカへ向けたものだった。


「息子が帰ってきたら夕飯にしようか。近所に住んでいる姉が気を利かせてくれてね。腕は保証しよう」


 普段は父子二人ということもあり、簡素な料理で済ませているらしい。由利達は手分けをして台所に置かれた料理や食器を運んだ。食卓の準備が終わったころ、アマニエルが帰ってきた。


「お客さんに準備をさせて悪かったね。長がリシェイの実のジュースをくれたから、さっそく開けよう」


 アマニエルがヒョウタンのような形をした容器を見せた。カップに傾けると、さらりとした透明な液体が出てきた。味は甘さを抑えた蜂蜜レモンのような清涼感がある。夏の暑い日に氷を入れて飲むと、さぞ美味しいだろう。


 食卓には里で飼育している鳥に香辛料や野菜を詰めて焼いたものや、栽培した野菜を蒸してソースを絡めた料理が並んでいる。見たことがない果物も何種類か籠に盛り付けられていた。


 人間の料理とは違い、エルフの料理は香辛料の種類が豊富だった。由利が普段、日本で食べている味に近い。香辛料は他の里で栽培しているものと交換したり、樹海で自生しているものを採取しているそうだ。質素な食事で育ってきたモニカには刺激が強すぎたが、果物は気に入ったらしい。


「東雲、調子はどうだ?」


 眠そうに鳥肉を頬張っていた東雲は、口元をハンカチで拭ってから答えた。


「寝過ぎて眠いような……もう一日ぐらい休んでもいいですか?」

「魔力の枯渇を癒すには数日かかる。重要な要件があるのなら、なおさら体を癒しておくべきだろう」

「そうですよ。一日と言わず、回復するまで休んで下さい」

「これからの対策も立てないといけないしな」


 モニカが襲われたことは、まだアウレリオへ報告できていない。向こうではモニカの恩師を襲撃した犯人を調査していることだろう。聖女への攻撃が想定内であったとはいえ、次に襲われた時のために準備が必要だ。できれば、そろそろ由利にも攻撃手段が欲しい。


「明日は休養日にしようか。まだ見学してない場所もあるんだよ」

「由利さん、そっちが本音でしょ」


 東雲は薬草茶を飲んで顔をしかめた。



 *



 客間はモニカと同室だった。外見は同性だからだろう。


「由利さん、分かっているとは思いますが」

「最後まで言うな。節度ある行動するから。むしろ何かあったら殴ってくれ」

「その時は記憶を抹消する魔法をかけますよ。まだ人に使ったことがないので、安全性は未知数ですけど」

「……うん。頼む」


 どうしてそんな魔法を知っているのかとか、それとも作ったのかといった疑問を飲み込み、由利は短く答えた。後輩の心の闇が深すぎて、踏み込むには勇気が足りない。一体誰に使おうとしていたのか。


 由利とモニカの為に用意された客間は、二人分の小さなベッドとサイドテーブルが並んでいるだけだった。明かりはサイドテーブルの上に置かれた、大きな石が発する光のみだ。昼間のうちに太陽の光に晒しておくと、暗闇で光るという。

 東雲に預けていた荷物は既に足元に置いてある。ベッドに使われているマットレスは柔らかく、適度な弾力があった。シーツの上から触ってみると、綿のような繊維の下にジェルマットに似た感触がある。


「柔らかいですね」


 同じようにマットの感触を確かめていたモニカは、驚いて手を離した。そっと横から覗いている様子は好奇心に満ちている。


「住んでいる場所が違えば、寝具も変わるんだな」


 藁のベッドよりは寝心地が良さそうだ。由利は上着を脱いでベッドに腰かけた。今日は神経が昂っているのか、目が冴えている。


 モニカが巫女服の襟元を緩めたのを見て、由利はサイドテーブルへと視線を逸らす。こちらの風習では眠る為に薄着になった女性は、よその男性に見られてはいけないらしい。薄着と言っても真夏の日本人女性に比べれば、肌など見えていないに等しいのだが。


「子供達の相手は大変じゃなかったか?」


 石に薄い紙を貼った筒を被せ、由利は尋ねた。白い光が橙色に変わり、部屋全体が暖かい色に包まれる。


「……久しぶりに童心に帰ったようでした」


 モニカは髪を解いて生花を一つ一つ丁寧に外していった。ベッドに腰かけ、膝の上に置いた花を愛おしげに撫でる。


「聖女に選ばれた時に、今までの生活が一変してしまいました。聖女としての在り方は巫女とは違っていて。気軽に誰かに話しかけることすら出来なくなっていたんです。どこへ行っても聖女のことを知っている人がいて、ずっと皆が思い描いている聖女を演じていました。ここは私を知らない人ばかりだから、すごく楽です」


 生花の一つを手のひらに乗せ、モニカがそっと息を吹きかけると、花は燐光になって天井まで舞い上がる。エルフの子供に教えてもらった遊びらしい。天井にぶつかった燐光は、粉雪のようにひらひらと落ちて消えていった。


「法国で私が狙われていると知って、漠然と感じていた不安がようやく言葉になりました。聖女の生没年を調べてみると、長くても魔王を討伐した一年以内に亡くなっているんです。だから、私もそうなるんだろうなって覚悟はしていました。なのに、こんなに動揺するなんて……」

「死ぬ覚悟なんていらない」


 由利は断言した。


「誰かの思惑通りに死ぬのは馬鹿げてる。せっかく魔王復活の循環を止めたんだから、聖女の殉職も無くしていいはずだ。法国へ戻るのが辛いなら、このままエルフのところに居られるよう交渉するよ」

「ここに……?」

「生き残ったとしても、聖女の肩書は一生ついて回るんだ。ただの巫女には戻れない。聖女として教会の政治に巻き込まれるだろうな。そうなると、強力な後ろ盾を得て保護してもらうか、自分で身の振り方を考えなきゃいけない」

「私は……」


 無理だと表情が物語っている。いきなり政治の世界に放り込まれても生き残れるなら、由利の言葉に戸惑ったりはしない。


「モニカは、もう少しわがままでもいいと思う」

「わがまま、ですか?」

「自分の感情を殺しすぎて、道を見失ってるから。聖女の肩書に振り回されて、自分が一人の人間だってことを忘れてる。他人に理想を見せることも大切だろうけど、それで自分の心が潰れたら駄目だろ。誰かを救いたいなら、まず己が健康でいないとな」


 由利は石にもう一つ筒を被せた。自分の手がようやく見える程度の明るさになる。


「ここにいる間は聖女の仮面を被らなくていいんだからさ、この先どうしたいのか考えてみるといい。東雲があんな調子だから、最低でも二日はゆっくりできるだろうし」

 靴を脱いで夜着に着替えた由利は、柔らかいベッドの上で横になった。

「私も、時には休んでもいいのでしょうか」

「当然。モニカに必要なのは心の休養だ」


 まだ眠くないと思っていたのに、薄暗い部屋で天井を眺めていると、次第に睡魔が襲ってきた。モニカに礼を言われたような気がしたが、眠りに落ちる前の現実なのか、夢の中での出来事なのか由利には分からなかった。

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