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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
2章 消された記憶

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008 職人


 客間を出てシュクリエルがいる居間へ行くと、似たような顔をした男のエルフと話し合っていた。


「彼の調子はどうかね」

「薬は飲ませた。今は大人しく寝てるよ」

「それでいい。彼に必要なのは休養だ」


 シュクリエルは由利から空のカップを受け取り、向かいに座る男を紹介した。


「私の息子だ。細工師をしている」

「やあ。初めまして」


 男はアマニエルと名乗った。他のエルフほど日焼けしておらず、中肉中背でまともに服を着ている。プラチナブロンドは短く切られ、爽やかな好青年という印象を受けた。


「里のエルフが皆、筋肉を信仰しているわけじゃないよ」


 由利の反応を感じ取ったのか、アマニエルが苦笑しつつ言った。


「すいません。個性的な方々ばかりと出会ったので、つい」

「個性的な人ばかり表に出たがるからね……無理もない」


 アマニエルは里全体が騒がしくなったため、また父親が何かをしたのかと思い帰ってきたそうだ。ところが帰宅してみると、父親が見知らぬ人間と一緒にいる。何事かと問い質せば、人間が精霊の道を使って父親を訪ねてきたというから、大層驚いたとか。


「いきなり押しかけてすいません」

「構わないよ。木の精霊が受け入れたなら、僕達は歓迎しよう。ただ、外から人間が来ることなんて滅多にないから、家の外ではゆっくり休めないだろうね」


 人間が住む領域とエルフが住む樹海の間には、海と険しい山脈が横たわっている。エルフは精霊の道を使えばいいが、人間には自由に行き来できる魔法はないため、種族間の交流はほとんど行われていないという。


「そう言えばモニカがいませんが」

「彼女は亀を見に来た子供達に連れて行かれたよ。子供は里の外へ出られないから、里のどこかにいるんじゃないかな。子供の扱いも慣れているみたいだったから任せたけれど、良かったかな?」

「大丈夫だと思います。モニカなら無茶させることもないだろうし」


 孤児院で育ったと言っていたから、年少者へのためらいが無いのだろう。子供達もモニカが構ってくれると見抜いて、連れ出したに違いない。


「父さんに問題がないと分かったから、そろそろ仕事に戻るよ」

「細工師でしたっけ。良ければ作業を見学させてもらえませんか?」

「いいよ。一緒においで」


 せっかくエルフの里へ来たのだから、彼らの文化に触れてみたい。由利の希望はあっさり通り、彼の工房へ連れて行ってもらえることになった。


「では私は(とも)の所へ行くとしようか」

「それはいいけど、服は脱がないように」

「モニカが見たら卒倒するから脱ぐなよ」


 由利とアマニエルが矢継ぎ早に言うと、シュクリエルは胸元のボタンにかけた手を引っ込めた。


「人を信用しないとは、心が貧しいものよ」

「そりゃ前科があったら信用されないだろ」

「だいたい、未婚の女性の前で脱がないでくれる? エルフ全体の品位に関わるんだけど」


 憮然とした顔のシュクリエルを放置して家を出た。


 里は落ち着きを取り戻し、臨戦態勢に入っていたエルフ達も武器を手に談笑している。彼らの装備は刀と弓が必ず揃っていた。樹海の敵に対抗するには、どちらも必要なのだろう。思い返せばフィーキュリアも両方の武器を使いこなしていた。


 工房は地上に近い層にあった。細工師だけでなく、鍛治や機織りなどの工房も集められているそうだ。素材の多くは樹海で手に入れるため、里の入り口近くに加工場を設けて、運搬の手間を極力省いている。

 細工師の工房前には、鈍色の金属を加工した飾りが吊り下げられていた。アマニエルによると、これは工房の看板になっているという。


「扱っている品を、素材と文字で表しているんだよ」


 他の工房には、装飾入りの刀や緻密な模様の織物が下がっている。そこまでは由利にも何の工房か判別できた。


「文字はどこに書いてあるんですか?」

「うちの工房なら、この看板の中央に『ウィランサールの呪品工房』と書いてある。僕達が使う文字だよ」

「これがエルフの文字……」


 由利が模様だと思っていたのは、彼らの文字だったらしい。つる草に蕾や花がついた模様によく似ている。


「これが基本の形ね。品物に精霊の加護を付与するときは、上から別の文字を加えるよ」


 ――属性付与みたいなものか。


 すぐにゲームの知識へと変換してしまうのは良くないと思うが、予想は外れていないだろう。


 工房の中は二つに区切られていた。入って手前に完成した品を陳列する場所があり、カウンターを挟んで作業場が設けられている。カウンターには癖毛の金髪を一つに結んだ女エルフが座っていた。


「お帰りなさい、アマニエル。お父さんは、その、大丈夫だった?」


 青い瞳に好奇心をのぞかせ、彼女は立ち上がって出迎えた。背が低いのか座っていた時よりも頭の位置が低くなる。


「大丈夫も何も、いつも通りだよ」

「大変ねぇ。ところで、そっちの子は?」


 由利が紹介されると、彼女は丸い目を大きく見開き、両手で口を覆う。


「ウソ! 人間!? 初めて見た!」


 出会ったことに感激されるのは嬉しいが、まるで珍獣を見たような反応だ。


「本当に耳が短いのね! それに髪が真っ黒! ねえ、精霊の声が聞こえないって不便じゃないの?」


 悪気は無いのだろう。次々に投げ掛けられる言葉は早口で、由利が答える隙がない。


「こら。そんなに一度に質問してはいけないよ。気持ちは分かるけど、少し落ち着きなさい」


 アマニエルが間に入り、何とか質問攻めから逃れられた。たしなめられたエルフは相手をしてほしそうに由利を見ている。


「また後でね」


 時間をおけば興奮も冷めるだろうかと思って優しく声をかけると、エルフの表情が途端に明るくなった。彼女の疑問に答えるまでは、この工房からは出られそうにない。


 アマニエルの案内で奥へ入ると、雑多な素材で溢れる作業場があった。壁際の棚に入りきらない物が、中央の作業台の上にまで置いてある。作業場の隅では一人の老エルフが腕輪を手に目を閉じて立っていた。


「丁度、精霊の加護をかけている最中だよ」


 アマニエルが囁いた。

 老エルフの周囲に金色の光が漂っている。光の粒子が集まって一つの文字を形作り、ひらひらと舞いながら正しい位置へと組み合わされてゆく。加護を得るために必要な言葉が出来上がると、朗々と紡がれる低い声に輝きを増し、腕輪へと収束していった。

 全ての文字が腕輪に刻み込まれると、金の光は呆気なく消えていった。


「戻ったかね」

「お騒がせしました」

「よい。あれもまた若さ故の特権だろうて」


 老エルフの目が由利を見た。


「そちらが噂の客人か。儂らの術は珍しかろう?」

「はい。魔法も生活も、全て珍しいですね」

「入り口では見えにくかろう。こっちへおいで」


 穏やかな物腰の老エルフに招かれて、作業場の奥へと入った。積み上がった箱や木の皮に引っかからないよう、ゆっくりと進む。


 老エルフは工房長のウィランサールと名乗った。アマニエルによると、この里では最年長のエルフであり、優れた職人でもあるそうだ。シワだらけの顔には柔和な表情が浮かんでいて、耳が長いこと以外は日本の老人とそう変わらないように見えた。


 この工房ではアマニエルが装飾品を作り、ウィランサールが加護を与えて完成させている。付与される加護は戦いに関するものだけでなく、子供の成長を祈願したり健康を願うといったものまであるそうだ。


 出来上がった装飾品をいくつか見せてもらったが、アクセサリーに興味がない由利にもため息が出るほど美しいと思わせるほどだった。寿命が長いために技術を磨く時間もまた、人間よりもずっと長いのだろう。


「お嬢さん、面白い物をつけているね。その指輪を見せてもらえるかい?」

「ああ、これですか? どうぞ――って、抜けないな」


 由利は左手の指輪を取ろうとしたが、全く動かなかった。指に食い込んでいる様子はないのに、糊でも使ったかのように皮膚に張り付いている。

 ウィランサールはシワに埋れかけた目を更に細め、そのままでよいと微笑んだ。


「無くさないように保護がかかっているようだ。ふむ、荒削りだけど着眼点はいい。偽りを真にするか。これを作った者は里に来ているのかい?」

「はい。アマニエルの家で休ませてもらってます」

「動けるようになったら、ここへ連れておいで。彼が望むなら里の技術を教えてあげよう」

「よろしいのですか!?」


 驚いて声をあげたのはアマニエルだった。


「構わないよ。儂らの技術は継承されることに意味がある。それがエルフであるか人間であるかは些細なことよ」

「しかし……」

「この指輪を作れる人間は技術の悪用などせんよ。それだけの想いが入っておる」


 意味ありげな視線を由利に寄越し、ウィランサールは新たな装飾品に精霊の加護を与えるべく言葉を紡ぐ。


 ――今、東雲のことを『彼』って言ったよな?


 名前も性別も話していないのに、どうして男だと思ったのか。

 質問しようにもウィランサールは作業に没頭している。由利が抱いた疑問は、解消されないまま放置するしかなかった。

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