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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
2章 消された記憶

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007 ……エルフ?


 エルフの里に一歩入った途端、由利は帰りたくなった。


 どこを見ても褐色肌の鍛え上げられたエルフがいる。男は皆、上半身裸で互いの筋肉を褒め称え、女は肌に塗るオイルについて話し合っている。弓の練習場へ目を移せば、盛り上がる肩の筋肉や背筋でクルミを割れそうな、屈強すぎる肉体美が嫌でも映る。


「ここがエルフの里とか嘘だろ。絶対、アマゾンの奥地かボディビル会場だって」

「気持ちは分からなくもないですけど、そろそろ現実を受け入れてくれませんかね」


 呆れたようにため息をつく東雲の奥に、顔を真っ赤にして俯くモニカが見えた。教会育ちで異性の裸に免疫がない彼女には、かなり刺激的だったようだ。


「お嬢さん方には目の毒だったわね」


 フィーキュリアが苦笑した。


「私達は最初からこんな格好だったわけじゃないのよ。寿命が長いせいか、一つのことに長く没頭する人が多くてね。だいたい二百年ほど前に、日焼けした(たくま)しい体を目指したエルフがいたの」

「最初は気にも留めてなかったんだけどねぇ。仕上がっていく体を見ているうちに、捨てたもんじゃないと思ったのさ。ゆっくり流行して今ではみんなご覧の通り」


 トーシャリールはそう言って上腕二頭筋を見せつけてくる。

 由利の心は悲しみに染まった。二百年以上前に転移していれば、ここには理想郷が広がっていたのだ。今なら自力で幽体離脱できるかもしれない。


 トーシャリールとは入り口で別れ、半ば放心状態で里の中を歩いた。何度も階段と吊り橋を渡り、シュクリエルがいるという家へ案内される。木を組み合わせて建てられた家は、柱に白い塗料で模様が描かれていた。屋根は樹皮を何枚も重ねてあり、リスのような小動物が陽だまりでまどろんでいる。


「叔父さん、お客様よ」


 扉をノックしてフィーキュリアが声をかけると、家の裏手から返事があった。迂回してみると、虹色の甲羅を持つ亀と全裸の紳士、シュクリエルが立っていた。


「やっぱり変態だ!」

「相変わらず変態だぁ!」


 由利はシュクリエルを指差し、東雲は神速でモニカの目を塞ぐ。幸いにもモニカは変態紳士を目撃する前だった。戸惑いながらも、見てはいけないものがあると感じているらしく、大人しく目隠しされている。


「ちょっと叔父さん、服はちゃんと着てって言っているでしょ!」


 フィーキュリアが放った矢がシュクリエルの足元に突き刺さった。彼は足の指すれすれに刺さる矢に、びくりと体を震わせる。


「そう言うがね、長年裸で過ごしていると、服を着る行為が疎ましくなるのだ。だからこうして時々は裸になって――分かった、今から服を探してくるから、その物騒な物をしまいなさい」


 言い訳を始めたシュクリエルは、再び弓を構えたフィーキュリアを見ると、慌てて家の中へと入っていった。残された亀は我関せずといった態度で、黄色い綿毛が付いた果物を食べている。


「ごめんなさいね。いつもなら従兄弟が監視しているけれど、目を盗んで裸になりたがるのよ」

「何となくそんな気はしてたよ」


 今回は股間の葉も無かった。モニカを解放した東雲は、死んだ魚のような目で下界を見下ろしている。己を犠牲にして聖女を守る姿には涙が出そうだ。ここから飛び降りはしないだろうが、後で東雲のためにカウンセリングの時間を設けるべきかもしれない。


 フィーキュリアが服を着たかどうか確認してから、由利達は家へと招き入れられた。ゆったりした草木染めの服を着たシュクリエルは、先ほどの行いが無ければ思慮深く知的なエルフに見える。

 疲れに効くという薬草茶を出し、シュクリエルは由利達に礼を言った。


「この間は世話になった。教えてもらった場所は里のすぐ近くに通じていてな。友と無事に帰ることができた。まあ、里に入ったとたん、息子に投げ飛ばされたがね」


 長年、行方不明になっていた父親が、全裸で帰ってきたのだから当然だろう。由利が同じ立場なら、きっと同じことをする。


「さて、君達はどうやってここへ辿り着いたのだ。場所は教えていなかったはずだが」


 由利は暗殺者から逃れるために、精霊の道を利用したことを説明した。森で東雲がフィーキュリア達に言ったことと同じ内容だ。シュクリエルは話を聞き終えると、無理もないと唸る。


「精霊の道は、味方となる精霊の数が多いほど消費される魔力が少なくなる。君が道を開いた場所は、極端に精霊が少ない。私も近づかなかった場所でな。枯渇するのも当然だ」


 薄々感じていたが、東雲の不調は魔力を使いすぎたのが原因だったらしい。普段通りに振る舞っているものの、どこか動きが緩慢だ。


「人間の事情は預かり知らぬが、君達には助けてもらった恩がある。しばらく我が家に泊まってゆくと良い。ユーグ、君には――の薬を出してあげよう。それを飲んだら横になって休みなさい」

「……ありがとうございます」


 薬の名前はエルフ特有の発音だったために聞き取れなかった。魔力の枯渇で弱った体に効果があるそうで、魔力の加減が分からない子供が服用することが多い。薬師の所へ行けば、常備してある薬をすぐに譲ってもらえるそうだ。


 体調不良の東雲と監視役のモニカを家に残し、由利はシュクリエルに同行した。エルフの里は、住人はともかく珍しい樹上建築は一通り見ておきたい。


 家を出て数歩も歩かないうちに、シュクリエルの姿を見た他のエルフがざわつく。


「シュクリエルが上着まで着ているぞ!?」

「本当だわ! あのシュクリエルさんが普通の服を着るなんて!」

「大変だ! 今夜はきっと嵐が来るに違いない!」

「おじちゃん、どうして服を着てるのー?」

「しっ! 目を合わせちゃいけません!」


 慌ただしく走り去ってゆくエルフ達。騒動は伝言ゲームのように里全体へと伝播してゆく。ある者は武器を手に里の周囲を警戒し、またある者は子供達を家へと返す。まるで敵が攻めてきたような有様だ。

 瞬く間に辺りには誰もいなくなってしまった。


「……私が里を離れている間に、随分と騒がしい場所へ変わってしまったものだ。これも時代の流れ、か」

「どう考えても普段の態度が原因だろ」


 嘆かわしいと首を振るシュクリエルに、由利は敬語を忘れてツッコミを入れる。服を着ただけで里全体が騒ぐとは、どういう事なのか。

 エルフの日常を見てみたかった由利は、落胆してシュクリエルの後ろをついて行った。



 *



 薬師から受け取った薬は二種類あった。

 客間で談笑していたモニカと交代し、ベッド脇のイスに座る。それぞれ色が違う包みを見せ、東雲にどちらがいいか尋ねた。


「こっちが子供用に甘くした物。こっちは飲んだことを後悔するほど苦い物。どっちがいい?」

「何なんですか、その究極の選択は。エルフが後悔するような薬とか怖いんですけど」

「じゃあ甘い方飲むか?」

「……苦い方で」


 しばらく悩んでいた東雲は、覚悟を決めて一つを手に取る。包みを丁寧に開いて三角に折ると、粉薬を口に含んだ。表情を全く変えずに用意された水を飲み、空になったカップを由利に渡す。


「そんなに苦くないのか?」

「苦くて少し酸っぱくて……コーヒーの粉末を舐めているような?」

「最悪の味ってことは分かったよ」

「久しぶりのコーヒー味でテンション上がりそうです。今なら徹夜で仕事が出来そうな気がしますね!」

「どう見ても徹夜明けの危険なテンションだよ。大人しく寝てなさい」


 枕を軽く叩いて横になるよう促すと、渋々といった様子で東雲は寝転がった。態度がまだ眠りたくない子供そのものだ。


「昼間から寝るって贅沢ですね。眠れないので子守唄でも歌って下さい」

「断る」


 立ち上がろうとした由利の上着が引っ張られた。

 物言いたげな新緑色の瞳が見上げている。

 由利はイスに座り直し、東雲の金色の髪を手荒に撫でた。


「法国の件はどうなった?」

「ルドヴィカが襲われたことは本当でした。かすり傷で済んだので命に別状はありません」

「犯人は?」

「逃げられたそうです。ルドヴィカ本人から、モニカには知らせないよう頼まれました。手紙を出した人物のことを聞いてみましたが、心当たりは無いと」


 聖女が狙われたのは魔王の情報を隠蔽するためだろうか。人間を魔王という架空の存在に変えて葬ってきたのだ。もし世間に知られたら、宗教から離反する運動が起きることは容易に想像できる。


「……やっぱり面倒臭いな」

「そうですねぇ」


 なるべく異世界に関わらず、日本へ帰ろうと話し合っていた頃が懐かしい。気が付けば世界の根幹にしっかり浸かっている。


「由利さん」

「ん?」

「この先、私は以前のような力が出せないと思います」

「力の供給源を絶ったからな。そうなるだろうと思ってたよ」

「危ない時は逃げて下さいね。由利さんの結界だって、以前よりはずっと弱くなっているんですから」

「東雲が他人に頼ることを覚えたら、安心して逃げ帰る」

「その言い方は卑怯じゃないですかね」


 髪から離した手の向こう側から、拗ねた声が掛けられる。


「東雲にしか出来なくて、話せない事情があるのは理解してる。俺の我がままだよ。何も知らされないまま向こうへ帰されてから、ずっと引きずって、何で生きてるのか分からなくなった。自分が出来ないことばかり考えてて、お前に全部押し付けてたんじゃないかって」


 何かを言いかけた東雲は薄く口を開いたが、出てきたのはため息のような吐息だけたった。


「……そういう所だよ。心配になったのは」

「可愛くない性格でしょ?」

「そういう言い方もあるな」


 由利はもう一度、休むように言い含めてから立ち上がった。


「由利さん」


 引き戸に手をかけた時、東雲に呼び止められる。


「私は、行動で嘘をついたことはありません」

「そっか。ちゃんと覚えておく」


 お互い顔は見なかった。それでも気持ちが伝わる程度には、心は通じていた。

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