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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
2章 消された記憶

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006 樹海


 延々と森が続いていた。


 大小様々な木が立ち並び、少しでも光を求めて上へ伸びている。影になった樹皮には苔が生え、小さなキノコまで見えていた。木に絡みついているのはヤドリギの一種なのだろう。斑点のある白い大輪の花を咲かせ、甘い香りを漂わせている。


 耳をすませるまでもなく、鳥や獣の鳴き声がひっきりなしに聞こえてくる。転移前とは真逆の光景だ。ここには生が満ち溢れている。


「どこ、ここ」


 東雲を見上げると、気まずそうにさっと顔を背けられた。


「……どこでしょうね。地図にない地域です。人類未踏の地かなぁ」

「あんな自信満々に魔法使ってたのに?」

「逃げることしか考えてなかったので。精霊魔法って制御できないんですねぇ。入り口と出口が最初から設定されてるみたいです。魔力が節約できること以外は使いにくいなぁ」

「……無傷で離脱できただけでも良いよ。ありがとな」


 東雲だけを責めても仕方がない。戦闘中の行動を一任しているのだ。東雲が離脱を選んだのは、あの場で排除できないと判断したためだろう。戦う手段がない二人を守りながら、暗殺者と渡り合うのは悪手だ。


 由利が礼を言うと東雲は、礼を言われることはしてませんと言って、後ろを向いてしまった。言われ慣れていないのだろうか。耳が赤くなっている。


「あの、少しよろしいでしょうか?」


 会話が途切れるタイミングを見計らって、モニカが言った。


「ここから南の方向に、集落があるそうです。姿は人に似ているとか」

「あるそうですって、何で分かるんだ?」

「声が……木の、声が聞こえるので……」


 モニカの声は次第に小さくなってゆく。他人に知られて傷つけられた過去があるのか、自信の無さと若干の怯えが現れている。


「魂に語りかけたってことでいいのか?」

「はい」


 巫女は魂に関する魔法が使えると聞いたことがある。モニカが使ったのもそのうちの一つだろう。巫女という職業は尊敬されると同時に、その能力から忌避されるものでもあるようだ。


「ここにいても出来ることもないし、とりあえず行ってみようか」

「信じて下さるんですか?」

「だって疑う理由が無いだろ」


 こちらの価値観に合わせることは大切だが、悪い部分まで擦り寄る必要はないと由利は思っている。人を傷つけるものなら尚更だ。


「由利さんの人たらし」

「何でだよ。早く行くぞ」


 理不尽に非難してきた後輩を急かし、教えられた方角へと向かった。

 森の中は比較的歩きやすかった。木の根が隆起しているところは同じだが、まともな生き物がいなかった魔王の城周辺とは違う。豊かな自然に囲まれているという、精神的な安堵感が両者を分けているのだろう。


 時折、モニカが立ち止まって方角を確認し、ズレを修正して進んでゆく。植物にも意識があるとはよく聞くが、木の声とはどのように聞こえるのだろうか。

 気になった由利が聞くよりも早く、東雲が停止するよう言った。


「魔獣が近づいてきます」


 剣を抜いて構えるが、その姿は気怠げで覇気がない。


「もう逃げるのは無理か」

「無理ですね。真っ直ぐこっちへ向かってきてます」

「魔獣が諦めるまで結界張ろうか?」

「……お願いします」


 東雲は迷っていたが、やがて剣を収めて寄ってくる。

 三人まとめて結界で包んで待っていると、木の間から大きな蛇がにじり寄ってきた。豹のような模様がある、緑色の大蛇だ。苔が多い場所でじっとしていれば、遠目には分からないだろう。小柄な由利など楽に丸呑みできそうなほど大きい。


 蛇は金色の目で由利達を視界に入れると、結界に巻きついて巨体で締め上げてくる。結界にはヒビが入ったものの、由利が恐怖を感じるほど修復されて強固になってゆく。


「ユリさん。魔力が枯渇すると命に関わります。倦怠感を感じたら、使用を停止しなければいけません」

「分かった」

「その頃には復活しますから」


 座り込んで待っていたが、蛇はなかなか諦めようとしない。ふと暗くなった頭上を見上げると、金色の瞳と目が合った。蛇の口が開き、覆い被さるように牙が突き立てられる。真っ赤な口腔から結界に液体が降り注ぎ、煙を上げて流れ落ちてゆく。


 ――これ、大丈夫だよな?


 じわじわと結界が溶かされる様子を見て、モニカが由利の袖を掴む。東雲は剣の柄に手をかけ、いつでも抜けるようにしていた。


 気を抜けば捕食されるという緊張感に耐えていると、短い風切り音の後に蛇の左目に矢が刺さった。蛇は結界から口を離し、警告音を放つ。続けて残った目にも矢が当たり、結界の拘束が緩む。両目を潰された蛇が痛みから身をよじり、森の奥へ逃げようと頭を低くして移動の体制に入った。


「せいっ!」


 傍から飛び出してきた人影が肉厚の刀を振るい、蛇の首に斬りつける。赤黒い鮮血を撒き散らし、蛇は首を落とされて地面に転がった。神経はまだ生きているのか、巨体が暴れる度に結界の表面に血が飛んでくる。


「大丈夫?」


 矢を放った人物が結界に近づいてきた。

 ストレートの金髪をさらりと伸ばした美女だった。日焼けした肌には色気があったが、露出度が高い服から覗く筋肉がたくましい。リンゴなど指先で潰せそうな屈強さは、異性でありながら頼りたくなるほどの覇気に満ちている。髪の間から見えている耳は尖っていて、一目で人間とは別の種族だと分かった。


「ありがとうございます。お陰で助かりました」


 モニカが丁寧に礼を言うと、美女は気にするなと豪快に笑った。


「精霊達が騒いでいたから誰かと思えば、まさか人間だったとはね」


 肉厚の刀で蛇を切り落とした銀髪の女性も歩いてきた。こちらも顔立ちは整っている。筋肉は一人目の美女ほどではないが、均整が取れていて魅力的だ。


「由利さん。あれ、エルフです」

「アマゾネス……ッ!?」


 東雲の言葉で由利は膝からくずおれた。

 やはり異世界のエルフはクセが強いのか。細身で清楚なエルフなど、理想の中にしか存在しないらしい。


「こっちの子は大丈夫なのかい?」

「結界の使いすぎで疲れてるだけです。お気になさらず」


 東雲の声が冷たい。見上げると感情を喪失させた顔が見下ろしていた。まだ罵倒された方がましと思えるほど怖い。


「エルフといえば、シュクリエル氏とは同じ里なのかな?」

「貴方、叔父を知ってるの?」


 刀を持っている方のエルフが反応した。


「ええ。人間が住んでいる森で遭遇して、精霊について少し話しただけです」

「じゃあ、貴方が世話になった人間なのね。叔父に会いにきたの?」

「いえ実は」


 東雲が事情を話し終わると、二人は里で休んでいけばいいと誘ってくれた。


「ここは人間の領域からは離れてるし、森の中を歩き続けるなら魔力は回復させた方がいいわよ」


 その通りだろう。東雲以外は戦闘能力が低い。結界があれば死ぬことはないが、その場から動けなくなるという欠点がある。


「折角だから世話にならないか?」

「そうですね。休ませていただきましょう」


 東雲は頷いただけだった。

 エルフは弓を持っている方はトーシャリール、刀を持っている方はフィーキュリアと名乗った。二人は里に魔獣が入らないよう、周囲を巡回している最中だったという。


「騒いでいたのは木の精霊だけだったんだが、とにかく急げってうるさくてね。初対面でよく手懐けたな」

「人間にも精霊の声が聞こえる人がいるのね。聞こえるのは木だけ? 風は?」

「木、だけです。他はよく聞こえなくて」

「あいつらは我がままだからね。一つだけでも味方になってくれるなら上出来さ」


 先導するエルフの二人組は、モニカの能力に興味があるようだ。しきりに話しかけて三人で盛り上がっている。

 出てくる魔獣は全て二人が倒していた。手慣れた様子で魔獣へと近づき、魔石や体の一部を切り取って戻ってくる。切り取った部位は、生活に必要なものに加工しているらしい。


 歩きやすい場所を選んで移動するうちに、太い木の根が目立つようになってきた。先へ進むほど太くなり、別の根と合流している。進行方向に大きな木があるのだろう。


「ほら、あれがハイセレスの里だよ」


 トーシャリールが指し示す方向に、巨大な広葉樹があった。地球ではまずお目にかかれないほど大きく、幹の周囲を回るだけでも時間がかかりそうだ。その木にくっつくようにして家や橋がかかっている。あれがエルフが住む集落の一つ、ハイセレスなのだろう。


 木の上に作られた秘密基地のような集落に、由利は早く散策したいと心が躍った。

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