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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
2章 消された記憶

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005 襲撃


 夜中に何かが動く気配を感じて、由利は目を覚ました。色々と刺激的なことがあったせいか、神経が昂っているのかもしれない。


 右を見るとモニカが毛布に包まって眠っている。左で眠っていたはずの東雲は、毛布を肩にかけて座っていた。緩く片手を宙に挙げると、暗闇の中から白い鳩が飛んでくる。

 鳩はモニカの近くに降りようとしていたが、東雲が手招きをすると方向を変えた。差し出された手の中に収まると、小さな紙へと姿を変える。


「何かあったのか?」

「……すいません、起こしましたか」


 東雲は手紙に目を落とし、問題が起きたようですと日本語で告げる。


「ルドヴィカが……えっと、モニカの恩師が何者かに襲われて、意識が無いから戻ってこいと書いてありますね」


 由利もネックレスを外し、小声で聞き返す。


「それ、本物か?」


 アウレリオ含むクリモンテ派は、密かに彼女の身辺を警護していたと聞いている。ダミー情報で何者かがモニカを誘い出している可能性は高い。


「まずアウレリオ神父に連絡を――いえ、私が法国へ潜入する方が早いですね。フェイクならこのまま握り潰すだけですし」

「そうだな……って、まさか今から行く気か?」


 立ち上がって剣を手にした東雲に聞くと、無事を確認してくるだけですと言った。


「ルドヴィカの無事を確認したら、すぐに戻ります」


 東雲の姿が闇に溶けるように消えた。

 体調は大丈夫なのかとか、睡眠はしっかりとれとか、言いたいことがあっても一言も言う隙を与えてくれない。何かを急いでいるような振る舞いは、きっとまた一人で抱え込んでいる証拠だろう。


 東雲は生まれ育った環境のせいで、他人を頼らないところがある。他人のことは信用するし信頼もしているが、何でも一人で解決してきたために、誰かを頼るという選択肢が最初から存在していない。


 ――頃合いを見て聞き出すか?


 こちらが望む答を引き出すのは難しい。無理に問い質して心の中に踏み込もうとすれば、頑なに閉じこもってしまう。踏み込んではいけない境界線を知っているならいいが、職場以外で関わりがなかったために手探りで進めることから始めなければいけない。


「あら……どうしたんですか?」


 モニカが眠い目を擦りながら起き上がった。由利はネックレスをつけてから、何でもないよと言った。


「東雲がトイレに行ってくるってさ。気にせず寝てくれって」

「はぁい。おやすみなさい……」

「うん、おやすみ」


 無防備に眠りにつくモニカは、年相応の少女にしか見えなかった。世間では聖女だと言われていることを、負担に思っているように感じる。だが注目されて生きることを望んでいなくても、彼女が持つ力と功績がそれを許さない。


 ――東雲もモニカも平穏の反対側で生きてんな。


 夢と現実を行ったり来たりしながら横になっていると、帰ってきた東雲が静かに剣を置いた。由利が眠っていると思ったのか、何も言わずに荷物に背中を預けて目を閉じる。

 ちゃんと帰ってきて眠ったことに安心し、由利も眠ることにした。






 次に目が覚めたのは、照明魔法の光に照らされた時だった。恐らく朝になったので東雲が使ったのだろう。淡い光から始まり、覚醒に合わせて明るくなってゆく。


 手が込んだ魔法を披露した東雲が褒めてほしそうに由利を見ていたので、拍手をしながら凄いね頑張ったねと言ったら、残念そうな顔をされた。何が不満だったのだろう。凄いですねと似たような反応だったモニカには、ほっこりした顔をしていたのに何が違うのか。


 簡単な朝食と荷造りを済ませて地上へ出ると、昨日よりも城の壁が崩れている気がした。イドを解放して魔力が集まることがなくなったため、城を維持する効果が薄れてきているのだろう。


 城の外へ出たところで、由利は東雲に止められた。麓へ降りる道を見下ろし、耳をすませている。


「どうかなさったんですか?」


 不審に思ったモニカが問いかけると、東雲は城の右側を指して、回り道をしましょうと提案した。


「……こちらを囲むように山を登ってくる者達がいます」


 聖女へ放たれた刺客だろうか。自分が狙われていることを知っているモニカの顔色が変わる。


「大丈夫。由利さんが守ってくれるから」

「心配すんなって。東雲が片付けてくるから」


 お互いに仕事を押し付け合うと、モニカを挟んで小走りに進む。

 斜面が緩やかな場所を選び、木々に隠れるように降りてゆく。だが捻れた木や隆起した根が行手を阻み、進む速度は遅い。転ばないよう歩くだけで精一杯だった。


「あそこの岩肌が見えますか?」


 東雲が指したのは、大きな岩が重なって洞窟のようになっている場所だった。


「完全に囲まれました。あそこで迎え撃ちます」

「分かった。気を付けろよ」


 青ざめた顔で東雲を見上げたモニカの手を取り、由利達は岩を目掛けて走り出した。幸いにも周辺の地面に起伏は少ない。


 刺客の姿は見えない。

 岩場までが遠い。襲撃される前にたどり着けるだろうか。

 埋まらない距離に焦りが生まれる。


「由利さん、結界!」


 とっさに展開した結界に、氷の矢が降り注いだ。ガラスが割れるように結界にヒビが入り、砕けた氷が地面に刺さる。見えない場所から放たれた悪意に恐怖を感じると、結界は元通りに修復されていった。


「――見つけた」


 結界の端で外を見回していた東雲が、不敵な笑みを浮かべて言った。ポケットから小さな魔石をいくつか取り出し、前方へ投げつける。


「行け、桜花!」


 短い呪文と共に魔石が四方へ飛んでゆく。肉眼では見えない速さで、死角になっている木や斜面の裏側へ着弾して爆ぜた。


「今のうちに!」


 結界を消して岩陰へと逃げ込んだ由利は、追手が入って来られないように、もう一度展開した。


「逃げ込んだのはいいけど、どうすんだ」

「んー……もっと遠くへ逃げるのはどうでしょう?」

「ですが、外には『彼ら』がいます」


 モニカが息を整えながら言った。狙われているショックからは、徐々に立ち直りつつあるらしい。


「転移に関する魔法には色々あって、人間がよく使うのは、自身の魔力で移動する魔法。これは場所を選ばない代わりに、魔力量で移動できる距離が制限されてる」


 空中に文字を書きながら、東雲は解説してゆく。


「これから使うのは、場所が限定されている代わりに、移動距離の制限が少ない魔法」


 書き終えた文字を見直し、今度は長い黒髪の束がどこかから出てきた。


「それ、ユリさんの髪ですか?」

「そう。魔力が含まれてるから、保管しておいたんだよ」

「せっせと集めてると思ったら、そんなことしてたのか」


 結界に再び氷の矢が突き立った。あの変則的な魔法の衝撃から立ち直ったらしい。先程より数は少ないが、結界を壊すほどの殺意は増している。


「……もっと強めに設定しておくべきだったね。仏心が仇になったなぁ」

「反省は後にしてくれ」


 由利が促すと、東雲は呪文の詠唱に入った。翻訳されない不思議な響きの言葉は、歌のようにも聞こえた。


 気がつけば周囲を光る文字が囲んでいる。光は黒髪が変化したもので、束から軽やかに浮かび、空中を泳いでいる。幻想的な光を眺めていた由利は、辺りが岩場から深い森の中へ変化したことに気付かず、光が消えるまでずっと眺めていた。

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