004 判断材料が足りません
音声メモを再生しますか?
「実行」
――魔力の残滓の鑑定結果は、両者が別人であることを示している。
――システムの性質は『定められた条件が満たされた時に、あらかじめ入力された命令を実行する受け身型』の特徴をしている。
――城に蓄積されたデータは何処かへ送信されており、現在も受信者がいると推測する。
――送信先の追跡を推奨する。
音声メモを終了します。
*
温かいハーブティーを飲むと、疲れが流れていく気がした。お茶の清涼感なのか、少しだけ入れた蜂蜜のお陰なのかは分からないが、頭の中に溜まった情報が整理されてゆく。
「……ユリさんが飲まれそうになったのは、イドが作った身体だからかもしれませんね」
向かいの床に座ったモニカが、同じくお茶を飲んでから言った。
「彼女の魔力を使って作られた身体だから、彼女の思考が容易に流れ込んでしまったのでしょう。体調はいかがですか?」
「今は何ともないな。そういえば廃坑で身体を作る場面が流れてたっけ」
「イドの魔力の癖は覚えました。後は身体の構成を解析して……」
「明日からでいいよ。モニカに無理させてまで帰りたくないからさ」
「そうですか……」
一日に二度も死者を葬送する魔法を行使したモニカは、疲労の色が濃い。それなのに真面目な性格なのか、引き受けた仕事を中断する素振りは無かった。
祭壇を見上げると、東雲が手製の画板を手に、設置されていた機材をスケッチしている最中だった。言葉では説明しにくいことを絵にして、法国にいるアウレリオへ送るそうだ。近くには湯気を上げるカップが置かれているが、飲んだ様子は無い。こちらも負けず劣らず仕事の鬼だ。
東雲は由利と目が合うと、満面の笑みで言い放つ。
「由利さん、お腹空きました! あっさりした物が食べたいです!」
「キリがいい所で降りてこいよ」
立ち上がろうとしたモニカを制して、由利は置かれた荷物の中から調理道具と食材を取り出した。
鳥のもも肉に塩と胡椒を振り、乾燥させたハーブと植物油をまぶして置いておく。平らな鍋に切った野菜を並べ、仕込んだ鳥肉と薄切りにした柑橘を入れる。少量の水とバターを入れてから蓋をして、火にかけて蒸し焼きにした。火にかければ出来上がりまで放置できるため、よく平日の夕食に作っていたメニューだ。
由利が料理をしている間、モニカもアウレリオへ向けて報告書を書き始めた。こちらは文字のみで、魔法式を交えながら書いているようだ。
料理が出来上がった頃に、東雲が筆記用具を片付けて祭壇から降りてきた。モニカが書いた報告書と併せて鳩の形に変化させると、出口へ向かって解き放つ。白い鳩は真っ直ぐ飛び、通路の闇へと消えていった。
「今日はもう働きません」
「そう言いつつ頭脳労働はするんだろ?」
真剣な顔で宣言した東雲に、料理を入れた皿を手渡す。行動を読まないで下さいとむくれる東雲は珍しかった。一緒にいる間に、段々と東雲の行動が読めるようになってきたようだ。
食事中の話題は、自然とイドのことになっていた。
「魔力の渦を利用して人を生き返らせようとした国は、結果的にイドを召喚したということでいいのか?」
「召喚時の光景で判断するなら、そうでしょうねぇ。そそのかした国がハイデリオンだから……死んだ王族とそっくりな子供がいるから、一時的に保護をしたのかな? 一緒に住んでいた時には、魔法の才能は現れなかったのかもしれませんね」
ハイデリオンと聞いたときに、モニカの表情がわずかに曇った。
「モニカ?」
「ハイデリオンは、ザイン教を手厚く保護をしていた国です。かつて王城があった場所は、現在では聖都になりました」
「なぜハイデリオンから法国になったんだ?」
「当時のザイン教は、権力者からは体制の崩壊に繋がるという理由で敵視されておりました。排斥の動きが大きくなると、ザイン教を国教としていた国々へと矛先が向けられて、小さな国から侵略されるようになったのです」
「ザイン教徒の最後の砦がハイデリオンだったんですよ。当時は魔法で発展していた国だったそうですから、ある程度は外敵にも持ち堪えられたでしょうし。イドを捕獲したのがこの国なら、彼女が作った魔法をどんどん投入してたのかもしれませんねぇ」
「ハイデリオンからザイン神聖法国へ変わったのは?」
「人知れず魔王の城が出来上がり、更に大規模な魔獣の暴走が起こったのです。それがハイデリオンにまで及んだと教わりました。王都を含む都市が壊滅して、ハイデリオンは国としての形を保てなくなりました。その後、生き残った人々がザイン教を支えに建国して今に至ると」
由利は明らかになった情報を繋ぎ合わせてみた。
魔法によって発展してきたハイデリオンは外国を使って実験し、日本から中学生――イドを召喚してしまう。存在に気付かれなかったのか、それとも様子を見ていただけなのか、彼女が非凡な魔法の使い手だと判明してから、言葉巧みに保護をして国内に匿う。
時を同じくしてザイン教による戦火が広がってくると、イドが作り出した魔法で国を守る。しかし戦争に嫌気がさしたイドが魔王を作り出し、ハイデリオンは壊滅的な状況へと追い込まれてしまう。
生き残った国民とザイン教は一から建国し、現在ではザイン神聖法国として世界に影響を及ぼすほどになる。
人形を作っていたのは、イドの成長した姿から判断をして、魔王を作り出す直前と思われる。
「イドに転生用の身体を作らせようとしていた奴は、転生したと思うか?」
由利が問いかけると、二人は考え込む。
「あり得ないとは言えませんね」
空になった皿を膝の上に置き、東雲が答えた。
「由利さんがその身体に入ったということは、転生用の身体作りは成功したんでしょうね。二人は見ていませんが、別の部屋にも同型の棺が置いてあったんです。中身は空だったようですけど」
「俺が呼ばれた時点では、イドの魂はこの城にあったんだよな。東雲が魔法を使って俺が入り込んだのは、ここに囚われてたせいか」
「体に入れる条件が似ていたのかもしれません。ユリさんとイドは同じ国に住んでいて、こちらへ転移してきた経験があります。それに反魂の術を使うのが近しい人なら、細かい情報を省くことはよくあります」
それにしても省きすぎではないだろうか。せめて名前や性別を設定していてくれたら、由利が召喚されることもなかっただろう。
「転生用の身体を作らせた人は、何がしたかったんだろう。死んだ時のスペア? 長生きしたかった?」
「長生きしても、寿命が延びるだけだろ。イドが何体も作ってるならともかく」
「いえ、イドの魔法の多くは再現不可能と言われてますけど、魔術式が理解できないから再現できないんですよ。ただ理解できないなりに記載することはできますし、時間が経ってから解析されるものもあります」
「そう都合よく人体錬成だけ解析されるか?」
「本人から概要を聞いていたのかもしれませんよ」
「お二人は、イドは利用されていたと考えておられるんですか?」
「……ハイデリオンは利用してただろうな。イド本人に攻撃用の魔法を作っている自覚は無くても、使い道によっては脅威になる魔法があるだろ? 魔獣を操る魔法とかさ。周辺国から戦争をふっかけられてる時なんだから、使えるものは何でも使うだろうよ」
「……そうですよね」
表情が沈むモニカに罪悪感を感じるが、取り繕っても仕方がないことだ。
食器と調理道具は翌日にまとめて洗うことにした。ここには汚れ物を洗える水も、排水できるような場所も無い。一階へ上がれば可能だろうが、魔獣の死体があふれる場所で洗い物はしたくない。
常夜灯代わりに魔獣避けのランプに火をつけ、東雲とモニカが魔法の光を消した。明かりの位置が低くなったことで、心が落ち着いてきたのか眠くなってくる。話し声が少しづつ小さくなってゆくと、東雲が荷物の中から毛布を取り出した。
「由利さんが真ん中で」
「それがいいですね」
「え?」
由利が口を挟む間もなく、眠る配置が決まった。特に異論があったわけでもないので、素直に毛布を受け取って横になった。
弱々しいランプの明かりは天井まで届かない。絵具で塗り潰したような暗闇を眺めているうちに、疲れていた由利は眠りに落ちていった。




