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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
2章 消された記憶

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003 隠し部屋


 城の中は静かだった。魔力の渦が無くなり、狂わされる魔獣が居なくなったのが原因だ。城内のあちこちに力尽きた魔獣の死体が転がっている。中には異臭が漂う物もあり、完全に腐敗して消え去るまでは、地獄のような光景が広がったままだろう。


 一階の入り口と数箇所に狙いを定めて魔力を探り、流れてくる方向から怪しい場所を特定する作業から始めた。モニカが魔力を探り、東雲が用意した地図に記入してゆく。書き込んだ情報をもとに流れを推測し、捜索範囲を狭めてゆく。


 推測と捜索ポイントの指定以外にやる事がない由利は、教えてもらった照明の魔法を練習していた。なかなか光量を安定させられず、気を抜けば蛍のように点滅してしまう。そして最後には明るく輝いて弾け飛ぶという有様だ。


「初めてにしてはお上手だと思いますよ。照明の魔法は魔力の調節が難しいので、初心者の練習によく使われます」

「切れる前の電球って、こんな点き方しますよね」

「忘年会の一発芸に出来ねえかな」

「地味すぎて無理だと思いますけど」


 正直者の後輩は、容赦なく由利の呟きを攻撃してくれる。ここまではっきり言われると、いっそ清々しい。


 二階へ上がる階段の前で、モニカが立ち止まった。呪文を唱えてから杖を掲げ、魔力の流れを見ている。由利には見えないが、風とは違うものが肌を撫で、鳥肌が立った。これが魔力の流れなのだろう。


「魔力の流れって、みんなこう……薄寒いものなのか?」

「いいえ。魔力の種類によります」


 モニカが振り返らずに答えた。


「ここに流れている力は負の想念を多く含んでおります。ユリさんが薄寒いと感じるのも無理はありません。魔石を持たない人間にも、ここの魔力は良くない影響を与える可能性がありますから」

「東雲は大丈夫なのか?」


 勇者は体内に人工の核を入れられ、魔王化するという話だ。フェリクスの体を使っている東雲に、悪影響が出ると困る。

 東雲はもたれかかっていた壁から背中を離し、私ですかと呑気に問いかける。


「中継機になっていた聖剣はもう持ってませんし、ここに流れている魔力程度で我を失うような軟弱者じゃないですよ」

「あ、うん。お前の精神じゃなくて、体の話な」

「酷いなぁ。私自身もちゃんと心配して下さいよ」

「体に異変を感じたら、いつでも言って下さいね」

「モニカまで」


 拗ねて横を向いた東雲が恨みがましく見えないのは、本心ではないからだろう。すぐに機嫌を直してモニカの調査を見守っている。

 杖の光が収まると、モニカは息をついて振り返った。


「魔力はこの下から流れているようです」


 示されたのは何もない石の床だった。入り口に変化しそうな切れ目は全く見えない。


「仕掛けは無さそうだな」

「無いですねぇ。空間は広がっているように感じますけど」

「こういう謎空間へ転移は出来ないのか?」

「んー……」


 東雲は目を閉じてしばらく沈黙していたが、無理そうですと答えた。


「下の部屋自体に魔法で転移が出来ない仕掛けがあるみたいです。障壁とか壁の強化はされてないから、壊せば入れるのかな?」


 由利達は沈黙した。

 見た目は頑丈そうな石の床だ。踏まれることを想定してあるために、斧を振り下ろした程度では壊れないに違いない。現に巨大な魔獣が移動しても傷一つ付いていないのだ。人間の力で壊れるなら、とっくに床が抜けているだろう。


「……ユーグさん」

「東雲」

「まあ、そうなりますよねぇ……」


 最初から判っていたことだ。人の力で壊せなくても、勇者の力なら通用するかもしれない。


 東雲は由利達に下がっているように伝えると、煌びやかな細工が施された両刃の剣を出した。鞘から引き抜いてさっと刀身を撫でると、青白い光の文字が浮かび上がる。


「逆しまなる愚者は夢想する。灰は雫に、霧はガラスに。泥の沼に降り立つ使者へ、力の果実を捧げて踊る」


 初めて聞く長い詠唱だ。頑丈な床を壊すために、効率よく力を使おうと考えているのか。


「精強な騎馬は堕ち、怠惰な者が勝利する。(とき)の声は全てを覆し、偽られた道を歩け」


 モニカが杖を掲げると、天井や壁を白い膜が覆った。力の余波で城が崩壊しないよう補強されている。



「――偶像降ろし、屠龍(とりゅう)!」



 東雲が床へ向かって剣を振り、斬撃が石の表面を砕いた。破壊には程遠く、薄い欠片が辺りに飛び散る。


「やっぱり硬いなぁ!」


 同じ攻撃を続けるうちに亀裂が大きくなり、床が大きく凹む。止めとばかりに振り下ろした剣が床を叩くと、轟音と共に穴が空いた。

 見た目通りに頑丈だったのだろう。東雲は剣を鞘に納めると、座り込んで荒く息をしている。


「……壊した端から修復する床とか、反則だと思いませんか? さすがに魔力が空になりましたよ……」

「ありがとうございます。少し休んでいて下さい」


 モニカは液体が入った小瓶を東雲に差し出した。受け取った東雲が不味そうな顔で口に含んでいる。魔力の回復を早める薬らしく、特殊な木の樹液から製造されているそうだ。


 穴は人がやっと通れるほどの大きさだった。崩れたガレキが重なって斜面になっている。慎重に降りれば下まで辿り着けそうだ。

 東雲の回復を待って下へ降りると、誰かに見られている気味の悪さを感じた。これも魔力の影響だろうか。


 魔力で構成された光の球が前方を照らした。幅二メートルほどの通路が続いている。通路は下り坂になっていて、先は見通せない。


「進むしかないですね。先頭は私、次が由利さんで、最後はモニカの順でいいですか? 何かあったら由利さんが三人まとめて結界で包む作戦で」

「任せとけ」

「分かりました」


 光が前へ移動した。

 一歩進むごとに魔力が濃くなってゆく。足音だけが通路に響き、不気味さを引き立てているようだ。


 今更ながら由利が真ん中になった理由が分かった。結界がドーム型に展開するのもあるが、暗闇が迫ってくる最後尾は得体が知れない恐怖がある。

 どれほど進んだのか分からなくなった頃、通路の終わりが見えた。四角く開口した入り口が見える。光が移動すると、その先にある広い空間が照らし出される。


 先頭を行く東雲は、敵はいませんと言って入ってゆく。

 続いて中へ入ると、部屋の奥に天井まで延びる円筒の筒が見えた。一段高くなった場所に祭壇が設けられ、その上に安置されている。筒の直径は両手で掴めるほどで、中には黒く濁った液体が入っていた。

 由利達は無言で祭壇へと近づき、段差の手前で立ち止まる。


「これが、魔力を集めて渦にしている装置、か?」


 二人は何も答えない。じっと筒を見つめ、彼女達なりに正体を見極めようとしていた。


「魔力は、ここが中心になって流れているようです」


 息苦しいのかモニカが絞り出すような声で言う。由利ですら異常さを感じる場所だ。魔力に敏感な彼女には辛いだろう。


「じゃあ、これを壊せば城の上空に渦は出来なくなるのか」

「……あの筒が原動力かなぁ。下の台座は制御する機構みたいだから、まとめて壊した方がいい、と」

「よし、じゃあ東雲さん。やってしまいなさい」

「りょーかいです」


 東雲がモニカへ目配せすると、彼女は頷いて杖を掲げる。床を壊した時と同じように白い膜が周囲を覆う。


「障壁は無し。さっきより脆そうだから――飛燕!」


 剣が二度薙ぎ払われ、見えない刃が筒を襲う。耳障りな音と共に筒が割れて、中の黒い液体がどろりと溢れ出す。


「凍って」


 剣先が黒い液体へ向けられると、台座から凍って閉じ込められてゆく。氷が黒い液体まで達した時、由利の耳に声が届いた。


 ――また。


 ガラスを引っ掻くような不愉快さに耳を押さえるが、声はなおも続く。


 ――戦争なんてイヤ! みんな仲良くしようよ! そうだ、共通の敵がいたらみんな団結するよね。だって映画でよくやってるし。ファンタジーの世界だし魔王とかどうかなぁ?


「イド……?」

「ユリさん、悪霊の精神攻撃です! 声を聞かないで下さい!」


 遠くでモニカの声がする。由利は両手で耳を塞いだが、直接脳に流し込まれているかのように止まらない。


 ――私は聖剣を持っていて、勇者に渡す役がいいなぁ。

 ――どうして私を攻撃するの? もしかして操られてる?

 ――止めて! ずっと言う通りにしてたのに、どうして私に剣を向けるの?


 由利は結界で身を守った。誰かの声がうるさく喚き、由利の心を乱してゆく。聞いてはいけないことは分かっていた。


 ――怖い。助けて。


 声と感情が重なる。

 集中が途切れ、結界が音を立てて砕けた。


 ――殺さないで。


「大丈夫です、由利さん。大丈夫」


 由利の両手に温かい手が重ねられた。

 あんなにはっきりと聞こえていた声が遠くなってゆく。

 目を開けると額が触れそうなほど近くに東雲の顔があった。


「由利さんは、ちゃんと生きてるから。誰も貴方を攻撃してません」

「さっきの声は……」

「ユリさん!」


 東雲が離れると、今度はモニカに両手を掴まれた。泣きそうな顔で由利の様子を確かめる。


「大丈夫ですか!? すいません。私が近くにいたのに、霊障を防げないなんて」

「だ、大丈夫。慣れない空気に飲まれてただけだから。頼むから泣かないで」


 助けを求めて東雲を見上げれば、薄情にも黒い氷へと歩いて行くところだった。どうにかモニカを落ち着かせて後を追う。


「これはイドだったものです。魂はずっとここにいたようですね」


 片膝をつき、黒い氷を手に東雲が呟く。

 モニカを振り返ると、鎮痛な表情で肯定した。


「少しだけ、私にも見えました。彼女は人を信じられなくなって、魔獣を操って身を守ろうとした。黒い渦に含まれた感情が彼女に届いて、恐怖を感じる度に周囲にいる魔獣に助けを求めていました」

「イドは魔獣をペットにしていたんでしたっけ? じゃあ魔石に介入する魔法は、その時点からあった。ここに閉じ込められて……魔法を制御しなくなったことが魔獣の暴走に繋がったと」


 立ち上がった東雲は、割れた筒を見上げる。


「やっぱり違う。こいつじゃない」

「違う?」

「魔王復活の仕組みを作ったのはイドじゃない。イドは場当たり的な対応と、年相応の精神構造だった。でも魔王システムはもっと整然としていて、何かの理論に基づいてる。アレに感情はない。まるで機械みたい」


 しばらく考え込んでいた東雲は、やがて一つの結論にたどり着く。


「そう。イドは誰かに利用された。それだけは事実だね」

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