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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
2章 消された記憶

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002 死者の眠り


 鳥の声に混ざって、懐かしい童謡が聞こえる。森で迷ってクマに遭遇する歌だ。歌声の主は家の外にいるらしい。


 最低限の身支度を整えて外に出ると、予想した通り東雲が角材を振り回していた。ご機嫌な歌声と共に、人間離れした速さで風を切る音がしている。


「毎朝毎朝、歌いながらじゃないと朝練できない呪いにでもかかってんのか」

「あ。由利さん、おはようございます。由利さんもどうですか?」


 手渡された角材は、どこかの廃材を削ったものらしい。持ち手になる部分だけ握りやすいように加工されていた。


「長さはバットに丁度いいな」

「……由利さんの装備欄にバットが追加されましたよ。気に入ったならあげます」

「どう見ても角材だろ。気に入ってないけど、もらおうかな」


 何度か振ってみると意外にも扱いやすい。先端が重くなっていて、武器にもなりそうだ。

 東雲が投げる小石を打って遊んでいると、廃坑町の周辺を巡察していた四人の騎士が近づいてきた。


「お嬢さん、剣の練習?」

「フェリクスに教わっちゃダメだよ、こいつ教えるのは下手だからさ」

「よーし、お兄さんが教えてあげよう!」

「誰がお兄さんだよ。お前はどう見ても山賊だってば」


 あっという間に由利は囲まれ、角材の持ち方から矯正された。抜身の剣で見本まで見せられては、違うと訂正することも出来ない。

 どうにか構え方に合格が出ると、今度は振り下ろす動作に移った。剣道でもよく見る、上段からの攻撃だ。最初は冗談交じりに一緒に素振りをしていた騎士達は、由利が角材を振る度に視線が生暖かくなってゆく。完全に微笑ましい子供を見守る親の表情だ。


 息が上がってきた由利が素振りを止めると、騎士は口々に健闘を称えて拍手をした。彼らの態度で分かる。由利には隠された剣の才能というものは存在しなかったようだ。最前線で命のやり取りをしている彼らに、無言で駄目出しをされてトラウマになりそうだ。


 表面上はにこやかに礼を言って別れ、家の中へと退散した。笑いを堪えながらついてくる東雲に角材を預けると、暖炉に火を入れて湯を沸かしていたモニカと協力をして朝食作りに取り掛かった。


 今日は特別メニューだ。溶き卵にミルクと砂糖を入れ、厚切りにしたパンを浸す。十分に浸透したところでフライパンにバターを入れて溶かし、焼き目がつくまでパンを焼いてゆく。

 出来上がったフレンチトーストに蜂蜜をかけて無言で東雲の前に出すと、泣きそうな顔で謝ってきた。


「あまりにも由利さんが可愛くて笑ってしまいました。すいません……」

「一言多いわ」


 甘い物が嫌いな彼女に、甘ったるいフレンチトーストはいい罰になったようだ。用意していた卵サンドに差し替えると、幸せそうに食べ始めた。

 フレンチトーストはモニカに好評だった。教会では食事の時に甘味を食べることは無く、クッキーなどの嗜好品も滅多に食べられないらしい。

 美味しそうに食べる二人を見ているうちに、由利の心も晴れてきた。今回も大人しくサポート役に徹する方が向いているようだ。


 食事を終えて家の中を片付けると、バシュレに挨拶をしてから廃坑町を旅立った。町の入り口で残留していた騎士達に見送られ、山道を下ってゆく。彼らから姿が見えない場所まで降りてくると、東雲に掴まって魔王の城がある方向へと転移した。

 慣れない浮遊間と共に視界が移り変わり、円柱が倒れている山道が目に入る。ここを登れば魔王の城だ。


「ユーグさん。魔力の残量は大丈夫ですか?」

「少し休んだら、近くの温泉町までならギリギリ転移できるかな」


 二人の会話を聞きながら山道を登ると、目的地が見えてきた。

 魔王の城は、やはり陰鬱で歪んでいた。上階へいくほど肥大し、最も高い尖塔が斜めに立っている。城の上空に魔力の渦は無かったが、わずかに霞んでいるようだ。免罪符から抜き出された魔力が集まっているのだろう。


「由利さん。何で私の腕を掴んでるんですか」


 理由は分かっているくせに、東雲が尋ねる。


「生首抱えた怖い人がいるんだけど」


 由利が指差した先には、前回のように霊の集合体が立っていた。己の生首を脇に抱え、ぼんやりとこちらを見ている。


「前回もいたでしょ。あそこを通らないと中へ入れないんですから、頑張って」


 苦笑されて手を引かれるものの、まず近寄りたくないのだ。今の由利には心を落ち着ける時間が必要だった。


「ユリさん。私が除霊をしている間に、城へ入って下さい」


 そっと由利の手に触れ、モニカが優しく微笑んだ。


「彼らも、あのままでは苦しいでしょう。安らかに眠れるよう、少し時間をくださいね」


 モニカは背負っていた小さな鞄の中から、鎖がついた香炉と瓶を二つ取り出した。慣れた手つきで瓶の中に入っていた灰を香炉へ入れ、もう一つの瓶から小さな欠片を乗せる。火をつけて蓋を閉めると、香炉に空いた穴から煙が出てきた。


「ユーグさん。預かって頂いた杖を出してもらえますか?」

「どうぞ、聖女様」


 東雲が聖女の杖を取り出し、恭しく両手でモニカに差し出す。モニカはそれを受け取り、香炉を振りながら霊へと歩いていった。


「本職に言うのも何だけど……大丈夫かな」

「いざとなったら、モニカを連れて城の中へ逃げましょう」


 モニカから離れた場所に移動し、由利達は彼女の除霊を見守った。


「哀れな魂に安らぎを」


 霊がモニカを認識した。剣を抜き、振り下ろす構えを見せる。


「聞きなさい。この煙は道標、辿る先にあなた方が還る天があります。ここはあなた方が住む場所ではありません」


 霊から黒い煙が出てきた。煙にまとわりつきながら、青空へと登ってゆく。


「聖女?」

「滅びの力」

「殺せ」


 斬撃がモニカに放たれる。モニカは焦った様子もなく杖を差し出し、障壁で霊の攻撃を受け止める。

 香炉に付けられた鈴が鳴り、霊が持つ剣が錆びてゆく。


「苦しみを終わらせるのは、あなた自身。迷い、壊れてゆくことを望むなら、存分に動きなさい。その一撃が、あなたを醜い獣へと変えるでしょう」


 霊は攻撃を止めない。左腕に抱えられた生首の表情には、憎しみが浮かんでいる。


「殺せ」

「聖女は敵」

「騙された」

「殺してやる」


 剣の動きは、黒い煙が出ていく度に鈍ってゆく。あれが取り込まれた霊の一つなのだろう。


「選びなさい! 人の心のまま還るか、獣と成り果てて彷徨うか」


 モニカが杖を地面に立てると、魔法陣が浮かび上がった。巻き込まれた霊は魔法陣へ向かって剣を突き立てようとするが、見えない力に跳ね返される。檻に閉じ込められた獣のように、霊は魔法陣の中を歩き回る。


「なぜ」


 あらゆる行動を制限された霊は、モニカへ困惑した声を上げる。


「あなたの安らかな眠りが、残された者の願いです」


 諭されるような言葉に、剣が落ちた。霊は支えを無くしたように膝をつき、モニカへ向かって手を伸ばす。


「……苦しい」

「眠らせて」

「帰りたい」

「帰して」


 魔法陣の光が強くなった。モニカはその中心で霊を見下ろしている。優しい微笑を浮かべる様子は、絵画でしか見たことがない聖母のように穏やかだった。


「あなたが望むなら、道はすぐ近くにあります」


 モニカが歌に似た呪文を唱える。

 生首は目を閉じ、聞き入っているように見えた。黒かった煙はいつしか香炉と同じ色になり、霊の姿が見えなくなるまで続いていた。

 魔法陣の光が消えると、モニカの前には錆びた剣と鎧が落ちていた。彼女はそれに小瓶の液体をかけると、小さな声で呪文を唱える。


「……終わりました」

「ご苦労様。見事だな」

「私には、これしか出来ないので」


 由利が正直な感想を述べると、モニカは顔を赤らめて俯く。


「そう謙遜することもないと思うけどねぇ」


 香炉を片付け終わるのを待ってから、由利達は魔王の城へと入っていった。

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