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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
2章 消された記憶

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001 証拠隠滅


「出来ましたよ……自分史上最高に頑張りました。こんなにフルで頭を使ったのは久しぶりで熱出そうです由利さん」


 両手で顔を覆った東雲が、ふらりと振り返った。肩を落とし、俯いている姿からは疲労が色濃く現れている。


「うん、お疲れ様。東雲ならやってくれるって信じてたよ」


 由利は東雲の頭を撫でて労った。いつもは届かない後輩の頭が、今なら由利にも触れられるほど低い。薄暗い廃坑の中にあってもなお輝いて見える金髪は、柔らかくて触り心地が良かった。


「……最近の由利さんは生かさず殺さず酷使してくるなぁ」

「俺に魔法作成の機能が使えるなら、自分でやってるよ。無いんだからしっかり働け」

「頭を撫でられながら言われると、物凄く葛藤するんですが」

「何の葛藤だよ。モニカ、どうだ?」


 手を離してモニカに聞くと、魔法式を点検していた彼女は問題なさそうですと答える。


「教会の魔法とは構成が大きく違っています。少なくとも教会関係者とは思われないでしょう」

「ありがとう。ここにあった物は作成年代、使用目的共に不明で、製作者は探られることを異常に嫌っていた。だから取り扱いには十分に注意して欲しい、と。こう伝えておけばいいか。逃げた奴らがどこまで知ってるか分からんから、詳しく考えると破綻する可能性が高い」

「どうとでも解釈出来るようにするんですね。由利さん、預言者か詐欺師の才能がありますよ」

「嬉しくないな、それ。魔法の発動条件はどうなってる?」

「近くで魔法が使われたら、無条件に消滅。あとは時間の経過と、振動で急速に劣化するよう設定してます」


 ここから持ち出せば塵になる仕様らしい。研究者を呼んできても、帝都から廃坑に到着する頃には跡形なく消え去っている。騎士団に精密検査が出来る人材が含まれていないことは、入り口での会話で判明していた。


「状態保存の魔法が消えた物は、どう劣化していくんだ?」


 魔法をかけていない物と同じだとモニカが答えた。


「機密文書によっては、わざと劣化させて破棄の手間を省くこともあるそうです」

「シュレッダーが要らない世界か。なんて羨ましい」

「顧客情報が入ってるメモ如きに、いちいち魔法使うのも疲れますよ?」


 復活してきた東雲が、いつもの調子で皮肉げに言う。それでも羨ましくなるのが魔法なのだ。

 バシュレを探して捏造した設定を伝えると、残念そうにしながらも違法に集められた魔石が回収できただけでも良かったと言った。帝国側は、廃坑を占拠しているのは魔石の密輸入のためと判断しているようだ。劣化し始めていることも伝えたが、対処法がないというのが彼の感想だった。


「そもそも、研究施設(こんなもの)が見つかるとは思っていなかったのだ。帝都へ連絡を送ったが、正式な命令なり人員が来るまでは、手出しせずに放置するしかない。上もそれを承知で我々だけを派遣しておる」


 ウザがられて放り出されたんじゃなかったのか――由利は心の中で思うだけに留めた。今の自分は侍女のごとく聖女の背後に控えているのだ。決して出しゃばらず、目立たないように存在感を消すことに集中する。


「外ではもう日が暮れ始めておりますが、今宵の宿泊場所をご用意致しましょうか? ここを占拠していた連中が使っていた家屋になりますが」


 バシュレがそう提案すると、東雲が同意した。


「ここはお言葉に甘えておきましょう、聖女様。夜道は危険ですから。白狼団は女性に狼藉を働く者はおりませんので、安心して下さい」

「何かあればお申し付け下さい。そいつの首を刎ねますので」

「い、いえ、刎ねるのはちょっと……その、宿泊場所は使わせていただきます」


 発言が物騒なのは騎士団故なのか。

 モニカが礼を言うと、バシュレは申し訳なさそうにする。


「なにぶん男所帯なもので、満足なおもてなしは出来ませんが……」

「こちらのことはお気になさらず、皆様は普段通りお過ごし下さい。各地の訪問は慰霊を兼ねておりますし、手伝ってくれる者もおりますから」


 由利は黙ってバシュレに礼をした。モニカがやっていた、巫女が使う挨拶だ。


「そう言っていただけるとありがたい。早速、案内いたしましょう」


 廃坑の警備のために残った騎士団の一部は、残っている家屋に寝泊りしているそうだ。出入り口で作業をしていた騎士に、建物の一つを空けるよう伝えられると、数人が早足で去ってゆく。特に誰が行けと言われたわけでもないのに、自発的に動けるのは団として統制がとれているからだろう。


 案内された建物は、鉱山町では標準的な大きさのものだった。木造の平屋建ての中は仕切りが無く、暖炉の前に椅子と机が置かれている。入り口から最も遠い場所に、ベッドが二つ並んでいた。壁際には衝立が畳んで立てかけてある。ここは寝泊りするだけのために利用していたのか、他に調度品は無い。床も地面が剥き出しになったままだった。

 他の荒屋に比べれば、格段にまともな方だ。ここを明け渡してくれた騎士には申し訳なくなってくる。


 案内をしてくれたバシュレに礼を言って別れ、暖炉に火を入れた。暖炉には鍋が掛けられるようになっていて、ここで調理が出来るようだ。


「とりあえず、食事を作りながら情報交換しようか。法国の資料のこととか、まだ聞いてないし」



 *



 食事が終わる頃には、法国での出来事を全て聞き終えた。モニカが入れてくれたお茶を飲みつつ、由利は本を開いた。


「イドが作ったらしい魔法は他にもあるんだが」


 開いたページを東雲とモニカが覗き込み、それぞれ感想を口にする。


「何かを取り寄せる式に見えます。それと……引き寄せる物を探す?」

「そうだね。取り寄せる、お取り寄せ、検索、通販。これは名前かな? ああ、そういうこと」

「おい、一人で納得するな」


 東雲は腕を組んで背もたれに上体を預ける。


「これ、音楽の配信サイトにつながりそうです。この文字列はこちらの言葉で書いてありますけど、サイトのアドレスですね」

「音楽、サイト?」

「こういう魔法の使い方もあるんですねぇ。これを応用したらネットサーフィン、は無理か。魔法使いのイドは、日本から転移した中学生の井土キアラで決定でしょう」


 モニカは東雲から配信サイトのことを聞き、凄い魔法があるんですねと素直に驚いている。


「後世に残った魔法式が音楽の配信か……」

「由利さんがこっちの世界に残した魔法は、引きこもった挙句にどこかからご飯を取り寄せる魔法ですけどね」

「そうだけど。そのお陰で生き延びたんだから、いいじゃねえか」


 由利は本を閉じた。


「日本人が作った魔法が解析できないことはよく分かった。モニカは魔法式があっても、イドの魔法は使えないんだよな?」

「はい。魔法式だけではなく、その式を理解していなければ成功しません」

「じゃあ、何で俺達は魔法が使えたんだ?」

「ああ、それですか」


 空になったカップを弄びながら、東雲は斜め上を見上げている。


「由利さんの場合は、転移先が聖女の体だったからでしょうねぇ。モニカが持っている知識と魔力でゴリ押ししていただけじゃないかと。由利さんには言いましたっけ? 魔法には適性があって、人それぞれ使える魔法が違うんです」

「つまりモニカが結界を使えるから、俺も使えたと? 結界、あるの?」


 モニカは頷いた。


「私が使えるものは悪霊から身を守るためのものですが、教会には何種類か伝わっています」

「じゃあ、回復魔法が使えなかったのは?」

「すいません……私には適性がなくて……」

「攻撃魔法も」

「……はい」


 申し訳なさそうにするモニカだったが、彼女は悪くない。適性が無かっただけと分かり、由利は安堵した。


「同じ魔法が使えるってことは、この体が使える適性も似てると?」

「んー……」


 東雲がじっと由利を見つめた後、分かりませんと素直に言った。


「何度も結界を使っていたから、魔法を使うという感覚を覚えていたからかもしれません。歩くときに足を出すタイミングをいちいち意識しないようなものです。前回使った魔法は使えると思いますよ」

「前回使った魔法以外は?」

「試してみます? 絶望的ですけど」


 更に東雲とイドが、タブレットやスマホの演算能力を取り込んで、魔法を使っているかもしれないという仮説を聞いて落ち込んだ。どうして二回とも情報端末を持っていなかったのだろうか。


「まぁ由利さんが魔法を使えるかどうかは、後々検証するとして。明日はどうしますか?」

「あの、可能なら魔王の城を捜索してみませんか? あの城の中では魔力が常に一定方向に流れていました。きっとどこかに魔力の流れを作り出している物があると思われます」


 モニカの提案に異論は無かった。

 食器を片付け、ベッドの前に目隠し用の衝立を置く。ベッドは二つしか無かったが、由利とモニカで使うよう東雲に言われた。


「ちょっと騎士団に顔を出してきますから、先に寝ていて下さい」

「ユーグさんのベッドはどうしましょうか?」

「慣れてるから平気。由利さんは気を使って地面で寝たらダメですよ。そんな事してたら、お姫様抱っこでベッドに戻して、起きるまで添い寝しますからね!」

「先輩の気遣いを粉々に砕いてくれてありがとうな。さっさと行け」


 楽しそうに由利をからかう東雲を見送り、由利はベッドに腰掛けた。

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