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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
1章 すれ違う記録

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011 イドの真実


 バシュレの姿が見えなくなると、東雲に防音の結界を使うよう頼んだ。モニカへの態度から盗み聞きはされないだろうが、声が届かないとも限らない。


 モニカが棚に置かれていた冊子を手に取った。表紙を開いてしばらく眺めていたが、全く読めなかったらしく由利に手渡す。


「私が知っている文字ではないようです」


 赤い表紙はざらりとした手触りだった。ビニール素材の上に文字と模様が箔押しされている。


「これ、生徒手帳か」

「本当だ。中学校って書いてありますね」


 横から覗き込んだ東雲が言う。


「状態を保存する魔法がかかってます。いつからこの世界にあったのかは特定出来ませんねぇ」


 表紙を開くと手書きで名前が書いてあった。


「井土……キアラ?」

「姫亜羅と書いてキアラですか。随分とキラキラした名前ですね」


 ローマ字表記がなければ由利には読めなかっただろう。

 他に置いてあったのは折り紙のように様々な形に折られた手紙と、テーマパークのキャラクターがプリントされたスマホケースだった。手紙を開いた由利は、女学生特有の文字や話題についていけずに、元通りに畳んで棚に置いた。あまり勝手に読むのも悪い。


「この子、スマホ本体は忘れてきたのか?」

「日本にってことですか?」

「これ、スマホの着せ替えカバーだろ?」

「……ああ、そう言えばそうですね」


 東雲は珍しそうに手紙を開いている最中だった。じっとケースを眺め、ふと気がついたように由利の顔を見る。


「……由利さん、一回目と二回目の転移の時に、スマホ持ってました?」

「いや。一回目は会社に置き忘れてたらしい。今回は……たぶんテーブルの上に置きっぱなしだな」

「なるほど」

「何か関係あるのか?」

「……まだ確信が持てませんが、この子がイドの正体かなと」


 由利とモニカは揃って東雲の顔を見つめた。


「こちらでは名前、姓の順に名乗ったり記載するんですよ。今までイドは名前かと思ってましたが……ほら、由利さんがイドは違う文化圏から来たかもしれないって予想してましたよね?」

「した。したけど、中学生が魔王を作れるか?」

「むしろ中学生だからこそ、じゃないですか?」


 最悪な筋書きが由利の頭に浮かんだが、結論は保留しておいた。


「あの、ひとまず残留思念を探ってみましょうか?」

「……そうだな。頼む」


 モニカからの提案に同意し、由利と東雲は後ろへ下がった。モニカは棚に置かれた品に手をかざし、意識を集中させる。柔らかい光が手元に灯り、通路を優しく照らす。


「あ。これなら同調出来そう。由利さんも見たいでしょ?」


 東雲も彼女に倣って左手をかざすと、光が強くなった。小物を中心に小さな魔法陣が浮かび、由利の頭の中に朧げな風景が浮かび上がる。


 ――あれは、荒野?


 目を閉じると映像が鮮明になる。

 大きく抉れた大地に立っていた。遠くに瓦礫が見える。雲一つない青空に、巨大な鳥が旋回していた。


 風景が森の中へ移った。誰かに手を引かれて歩いている。視点は低く、手を引く誰かの腰の辺りだ。見えている手も足も、中学生にしては小さい。由利達のように、誰かの体へ転移してきたのだろうか。

 手を引く人物が彼女に話しかける。由利が聞き取れる言葉は無いが、彼女がその人物のことを信頼していることは伝わってきた。


 しばらくはその人物との生活が続いた。魔法で火を起こして食事を作り、暗くなれば魔法の明かりを灯す。自分にもそんな力があると分かって、夢のようだと喜んでいた。

 ある日起きると、彼女は一人になっていた。あの人は置き手紙だけを残して、どこかへ行ってしまった。彼女はずっと待っていたけれど、帰ってこなかった。


 彼女が魔法を使うと、誰もが悲しい顔をする。何故と疑問が浮かんでは、消化されないまま蓄積してゆく。


 みんなのために使ったのに。どうして理解してくれないのか。

 魔獣を退治すれば怖がられ、生活を助けようとすれば迷惑がられる。

 自分は正しいことをしているはずなのに。


 ある日、彼女のところに鎧を身につけた集団がやって来た。誰もが喜んでいた。これで厄介者がいなくなると。悲しむ彼女は頑丈な馬車に乗せられ、どこかへ運ばれてゆく。

 抵抗する気持ちは起きなかった。逃げたところで、どこへ行けばいいのか。私はみんなの為に魔法を使っていたのに、誰も理解しようとしてくれない。異世界に飛ばされて、こんなにも頑張っているのに、誰もが彼女に冷たくする。


 連れてこられたのは、どこかの城だった。そこでは彼女は丁重に扱われ、魔法を使えば褒められた。そして彼女に魔法を作ってくれと依頼をする。

 認められたと思った。ようやく理解してくれる人達が現れたのだと。


 彼女が作る魔法は、強ければ強いほど喜ばれた。生活に関係するものは反応が薄かったけれど、それでも解析しようと書物に残されてゆく。

 彼女を保護している国は、外国に侵略されかけていた。だから強い魔法が欲しかったのだと彼女は気付いた。自分を認めてくれた国が無くなってほしくない。だから彼女は戦争を止める魔法を欲した。


 仲良く出来ないなら、一つにまとまる理由を作ればいい。共通の敵がいたら団結出来るよねと、故郷で観た映画を思い出す。

 作り出した力は強く、彼女の理想が詰まっていた。戦争が無くなれば、また誰かが褒めてくれる。そう期待して魔法を使って、視界が暗転した。


 ――彼女は、どうなったんだ?


「待って下さい。もう一つ辿れそうです」


 モニカの声が聞こえる。

 風景が廃坑へと変わる。由利が転移してきた、石棺がある部屋だ。

 少女が人形を作っている。人形の大きさは五十センチほど。顔は精巧さよりも可憐さを優先しているため、目が大きく作られている。


「何をしている?」


 男の声が聞こえた。


「友達を作ってるのよ」


 少女は人形から目を離さずに答えた。


「この前教えてくれた魔法? 儀式だっけ? 魂を器に入れるやつ。あれを使えば、この人形が動くでしょ?」

「入れたところで長持ちはしないが」

「今ね、長持ちするように作ってるの。魂に合わせて人形が変化すればいいでしょ?」

「それは俺にも解析できる理論になるのか?」

「どうして?」

「君に何かあっても転生させられる。どうせならもっと大きなものを作ろう。君と俺、どちらが死んでも一人にならないように」


 少女は男を見て、笑顔になった。

 その瞳に狂気じみた光が灯るのを見て、由利は目を開いた。魔法の光が消え去り、通路に元の静けさが戻ってくる。


「……想像以上の収穫、かな」


 長い沈黙の後に、戯けた声で東雲が言った。表情は真剣に手帳を見ている。


「最後の光景は、この廃坑のようですね。ではユリさんの体は、彼女が作ったということでしょうか?」

「だろうね。体が魂を抱え込んだ理由が、ソレだ。由利さんが転移してきて良かったのかもしれない。これは世間に公表しない方がいい」


 由利も東雲の意見には同意だった。

 魔王システムだけでも世界を混乱させるのに。そこに人の体を作ることができると知られれば、悪事に使おうとする者がいる。例えば暗殺された時のスペアとして。兵士を道具のように使うことも可能になる。


「この体には保存の魔法はかかってないのか?」

「かかってませんね。恐らく棺のほうにかけられていたのかもしれません」

「廃坑を使っていた奴らは、彼女の関係者……にしては時代が違いすぎるか」

「服装から判断すると、魔王が現れる前で間違いなさそうです」


 モニカはそう言うと、祈るように手を合わせて呪文を唱えた。


「廃坑内にわずかな魔力の残滓が見えます。廃坑内にいたのは、教会で魔法を習った者であることは間違いなさそうです」


 魔力は使われた魔法の種類――魔法式によって一部が残るそうだ。モニカが言うには、教会で使用されている魔法は各派によって違いがあるものの、元を辿れば聖典派に繋がる。詳しく解析すれば、どの宗派が使う魔法式か判明するため、モニカは法国にいるアウレリオへ連絡を取ると言った。


「彼女がイドだったと仮定して、この証拠品をどうするかな」

「団長と何人かはコレの存在を知ってますからねぇ……。日本語は読めないから内容は分からないけど、異世界の技術じゃ作れない物ばかりです」

「状態保存の魔法は解除出来ないのか?」

「出来ますけど、コレがあったという事実は変えられませんよ」

「調べようとすると対象物が壊れる魔法ってあるか?」


 モニカに尋ねると、記憶を探るように首を傾げる。


「見られては困る書物を破棄する魔法ならありますが、私は使う機会が無かったので、詳細はよく覚えておりません」

「帝国には?」

「ブラックボックス化させるってことですよね? もちろんありますけど、使ったら残滓でバレますよ」

「東雲。その二つを組み合わせてバレないようにすることと、一から魔法を作ること。どっちが早く出来る?」

「うっ……由利さんの無茶振りだぁ……」


 本気で頭を抱えた東雲だったが、結局は組み合わせる方を選んだ。棚に向かってイドに文句を言いながら、魔法式を組み立て始める。


「何で現代まで残る魔法を使うのかなぁ、キアラちゃんは。魔力量が多いって自慢してんの!?」


 苛立ちを原動力に仕事をする後輩を放置して、由利はモニカと待つことにした。


「この体が残ってるってことは、イドは転生させてもらえなかったんだな」

「相手の方にも何かあったのかもしれませんね」

「……どうかな」


 後半の彼女は明らかに利用されていた。彼女自身は理解者が現れたと喜んでいたが、長い孤独のせいで判断力が鈍っていたのか。


 ――いや。俺の半分しか生きていない子供に、外交官並みの判断をしろっていうのは酷か。


 東雲が言った、中学生だからこそという言葉が腑に落ちた。善悪の判断がつく年齢ではあるが、好意を持っている者の影響を受けやすい。イドの力に目をつけた大人が、寄ってたかって食い物にするには格好の相手だ。


「本に書いてある歴史が、為政者にとって都合がいい内容に書き換えられることは、俺達がいた世界でもよくあるんだが」

「……残念ながら、こちらの世界でも同じです」

「イドを利用していた国は、どうなったんだろうか」


 モニカは首から下げた教会の象徴を見せた。


「一瞬だけ、これに似たものが見えました。原型となった陣です。ザイン教は魔王出現の前には、迫害されて僻地へ追いやられていたそうです。現在とは別の場所で教えを守るために立ち上がって、賢者の力を借りて国を作っていったと」

「賢者の力か」


 それこそがイドが作り出した魔法ではないだろうか。功績は横取りして、失敗は押し付ける。世界への嘘はその時点から始まっていた。


「魔王システムを維持する理由が見えてこないんだよな。何のために繰り返してる? 便利な体を作らせた理由は?」


 由利は東雲を応援しながら、可哀想な中学生の記憶を思い出していた。

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