010 廃坑へ
体の力を抜いて目を閉じると、内側を循環する魔力を感じた。その力を外側へ押し流すように意識すると、体の周りに薄い膜が現れる。何度も繰り返して使った結界だ。
由利は二人を待っている時間を使って、魔法が使えるかどうか試していた。魔力を撃ち出すことは出来なくなっていたが、結界と幻は出せるようだ。足止めとして使っていた、地面から生える手は一本だけ出てくる。前回に比べて戦力は落ちていたものの、防御力は健在だ。
「……いざとなったら石でも投げるか」
タオルの端を握り投球の練習をしていると、部屋に柔らかい風が吹いた。淡い光が弾けて東雲とモニカが室内に現れる。
「戻りましたーって、何してるんですか?」
「お帰り。モニカもご苦労様。何って、投球練習だよ。今から魔法の腕を磨くより、物を投げる感覚を取り戻す方が早そうだからな」
「野球とかやってたんですか? まさか甲子園出場経験アリとか」
「残念ながら地区予選敗退の弱小高校だよ」
「へー……」
東雲は感情がこもらない声で返事をした。
「何で前回は魔法に拘ってたんですか? 投石って割と殺傷力高いのに」
「それは……ほら、ゲーマーの性ってやつだよ。自分に使える力があると分かったら、使ってみたくなるの!」
「はぁ、そうですか。まぁ由利さんが満足するなら、どっちでもいいや」
あっさりと切り捨てた後輩とは違い、モニカは純粋に応援してくれた。社交辞令かもしれないが、荒みかけた由利の心が癒されてゆく。
「そうそう、こんな手紙が届いたんですけど」
東雲は由利に手紙を見せた。
「由利さんを見つけた廃坑に、帝国騎士団が派遣されました。あそこで作業をしていた者は一部を除いて捕まったそうです。廃坑に残されていた物の中に、用途が分からないものがあったとか」
手紙の右下には薄い紙が貼られていた。眼鏡をかけなくても読める文字は、由利が日本でよく見ていたものだ。
「コンビニのレシート?」
購入した商品も菓子メーカーのありふれた品とジュースだけ。コンビニへ立ち寄ったついでに、こちらの世界へ迷い込んだような印象だ。
「現場にいる騎士には分からなかったようですけど、他にも見つかったみたいですよ。これから見に行きませんか?」
「見に行きませんかって……」
由利はベッドの側に荷物を置いていたモニカの方を見た。彼女は由利と目が合うと、柔らかい笑みを浮かべる。
「ユーグさんから事情はお聞きしました。私にもお手伝いさせて下さいね」
「巫女は魂に魔法を使う前に、情報を読み取って魔法式を組み立てるんですけど、職業柄なのか残留思念を読み取れる人が多いんですよ。だからコレの持ち主について調べてもらおうかな、と」
「古くなるほど読めなくなるので、ご期待に添えないかもしれませんが……」
由利はレシートの日付を見た。およそ二年半ほど前だ。
「ここで悩んでも仕方ないな。魔王とは関係ないかもしれんが、とりあえず行ってみるか」
「じゃあ決定ですね。騎士団が廃坑から帰る前に合流しましょう」
ポイント設定したので簡単に移動できますよと言う東雲に掴まって、元鉱山町近くの荒れた山道へ移動した。町が見えるまでに騎士団に聞かれることを想定して、由利が同行している理由を作る。
「聖女の従者? 侍女あたりが違和感ないか?」
「いいと思いますよ。身の回りの世話をするとでも言っておけば、一緒にいても不思議じゃないですし」
「巫女は世話役を雇えるような身分ではありませんが、大丈夫でしょうか」
「世界に一人しかいない聖女なんだから、特例で押し通せるんじゃね? 有名になれば変な奴らも寄ってくるから、壁役が必要だしな。帝国の騎士団はその辺りは理解してくれそうなのか?」
そう聞くと東雲は眉根を寄せて考え込んだ。
「全ての団を知っているわけではありませんが、フェリクスが所属している団は、その、体育会系と言うか。隊長クラスはともかく、大半が脳筋です」
「上さえ騙せたら下は黙って従う集団か。楽勝だな」
「手紙を寄越したのもフェリクスがいた団ですから、門前払いはされないと思いますけどね。堂々としていれば、顔見知りの言葉を真っ向から疑うことはしないかと」
モニカは心配そうにしているが、聖女の扱いに関してザイン教が公布していないのだから、目に余る行動をしなければ乗り切れると由利は考えていた。それに勇者と聖女とはいえ男女二人きりで行動させるより、雑用係をつけている方が慰問中の要人らしく見える。
廃墟となった鉱山町では捜索が終わったらしく、騎士の姿は無かった。誰もいない広場を通り抜けて奥へ進むと、廃坑の前に貧相な馬車が停まっている。廃坑を不法に占拠していた者が使っていたものだった。荷台には皮の鎧をつけた騎士達が、押収したと思われる証拠品を積み込んでいる。
「おい、あれフェリクスじゃねーか」
「えっ? 本物?」
「バカ、あんな顔した奴が何人もいてたまるかよ。惨めになるだろうが。お前、女連れて何やってんだよ」
「何って、隊長に呼び出されたんだけど。奥にいるの?」
わらわらと集まってきた騎士達から、東雲はモニカを隠すように前に出た。
「仕事で出国したとか言ってたくせに彼女連れて戻ってくるとか、俺への当て付けか!?」
「違うから。寄るな暑苦しい」
野良犬を追い払うように手を振った東雲は、馬車に積み込まれた木箱を見て言った。
「ところで、何でうちの団がここにいるの。警備の範囲からは離れてるでしょ」
「あー、それなぁ」
東雲が聞くと、全員が苦笑する。
「魔王の影響で満足に訓練が出来ていないって叫んだ団長が、上層部に殴り込んでいったらしいんだよ。丁度その時に、怪しい集団が廃坑を占拠してるって情報が来たらしくてさ。訓練がてら行ってこいって押しつけられたらしいぞ」
「ま、程よく帝都から追い出されたんだろうな。罪人を残らず捕まえるまでは帰ってくるなって、ありがたいお言葉までもらったからよ」
「……脳筋め」
うんざりした表情でため息をついたのは、演技だけではない気がした。
「ここにいた奴らのほとんどは捕まえて帝都へ送ったよ。すれ違わなかったか? 団の大半は山へ逃げた奴を追いかけて行ったから、全部捕まるのも時間の問題じゃないかな」
「じゃあ団長はいない?」
「いや、奥にいるぞ。内部が研究施設みたいになってて、危険がないか調べてるはずだ。帝都から調査員が来るまでは、俺達もここで待機だろうなぁ」
「山の中を走り回るよりはマシじゃね? ところでそっちの二人は……?」
モニカと由利については法国からの客人だと説明すると、興味がありつつも無遠慮にからかうことはしなくなった。礼儀についてはしっかりと教育されているのだろうか。
東雲と騎士は他にも言葉を交わし、積荷の中身を聞いてから廃坑へと向かう。光る苔に照らされた内部を進むと、見覚えのある棺が見えた。傍らにいる年嵩の騎士が団長だろうか。他の騎士と同じく皮の鎧を身につけていたが、その上から白いサーコートを着ていた。
彼は部屋に入ってきた東雲に気づくと、こっちへ来いと手招きをする。
「意外と早かったな。近くまで来ていたのか」
「はい。こちらの方が捜査に協力してくれるそうなので」
「初めまして。モニカ・ラポルトと申します」
モニカが団長の前に歩み出た。
「聖女様? なぜこのような所に……」
「私が無理を言って連れてきていただいたのです。どうか気を使わないで下さい」
右手を胸にあて貴人への礼をした団長を、モニカがやんわりと止める。
「そう仰られても……おい、フェリクス。どういうことだ?」
「どうもこうも、教会が各地の慰問に聖女様を派遣すると決めて、その護衛を依頼してきただけです。僕に手紙を出したから、てっきり知っていると思ってたんですが」
「知っていたら出さん。お前は陛下の密命で旅に出たとしか聞いておらんし、廃坑で奇妙なものを見つけたら、お前に連絡を取れと指示が出ていた。本当に聖女様の護衛だけか?」
「僕の口からは言えませんね。詳細は陛下までお願いします」
無理なことを分かっていて、東雲はそう言い逃れた。団長は諦めた表情で首を横に振り、モニカへ向き直る。
「……申し遅れました。白狼団をまとめているマルタン・ド・バシュレと申します。ここは聖女様のような方がご覧になるものはないと存じますが」
「由来が分からないものが見つかったと伺いました。私の力が捜査の一助になればと思い参じましたが、ご迷惑だったでしょうか?」
「とんでもない。お心遣い、痛み入ります」
バシュレは迷っていたようだったが、結局はモニカの申し出を受け入れた。巫女に残留思念を読み取ってもらえば、報告が楽になると考えたらしい。部屋の中央に置かれた石棺を指し、説明を始める。
「我が団が突入するまで施設は稼働していたようです。あの棺桶のような場所にも何かが置かれていたようですが、逃げた者が持ち出したのか空になっておりました」
あれは由利が寝かされていた棺だったはずだ。東雲は初めて見るもののように、興味深そうに観察している。よくここまでシラを切れるなと由利は感心した。
「あとは奴らが使っていたと思しき物が数点、隠し通路の中に残されておりました。一部の奴らはそこから逃げ出したのですが、我らが捕縛致しますのでご安心を」
「頼もしいですね。どうか怪我にはお気をつけ下さい」
和やかな雰囲気のまま部屋の外へ案内された。狭い通路に誘導され、木箱で見えにくくなっている入り口を潜る。ここが隠し通路の入り口だとバシュレは言った。
内部は小部屋になっており、壁の一部がくり抜かれていた。棚として使っていたのだろうか。その上に小物が幾つか置いてある。入り口とは反対側にも空間が続いていた。
「これらが布に包まれて隠してありました。フェリクスへ送ったものは、その一部です」
バシュレは少し間をおき、モニカに尋ねる。
「術の行使に障りがあるなら、席を外しますが」
「そうですね……ええ、お願い致します。少し時間はかかりますが、試してみます」
「かしこまりました。何かあればお呼び下さい」
物言いたげな視線を東雲に寄越し、バシュレは去って行った。




