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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
1章 すれ違う記録

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009 聖剣と聖女の杖


 盗難を警戒して地下に作られたクリモンテ派の資料室は、どこかに通気口があるのか常に空気が流れていた。気温、湿度共に集められた資料の長期保存に合わせてあるようだ。

 天井まで届く書架には紙の本だけでなく、布や木片に書きつけられたものまで収められている。近くの机で作業をしている聖職者は、割れた粘土板を並べて書かれた模様をスケッチしている最中だ。東雲にはそれが甲骨文字のように見えた。


「この聖剣には三つの機能が付与されている」


 広い机に聖剣リジルを置き、アウレリオが言った。


「一つは君達も知っているように、魔王城の上空に集めた魔力を勇者へ送ること。二つ目は目的を達成――つまり魔王が死ぬと、法国の保管庫へ戻ってくること。そして最後に勇者の捜索。これはシスター・モニカが知っているだろう? どうやって勇者の位置を知った?」

「聖剣を手にすると、デュラン卿がおられる方角が分かりました。帝国でお会いして聖剣をお渡しすると、伝承通りに剣が光ったのです」


 机に視線を落としてモニカが答えた。


「剣が勇者を選ぶ条件は、戦う能力と改造しやすいかどうかで選んでいるようだ」

「改造?」


 東雲は思わず口を挟んだ。


「それが勇者の強さの秘密かな?」

「話が早くて結構」


 鷹揚にアウレリオが頷き、話が見えず戸惑うモニカへ向き直る。


「どうやら聖剣は勇者の体内に擬似的な魔石を作っているようだ。それが核になり、魔力を取り込んで魔王へと変化する」

「人間の中に魔石を……?」

「魔獣のような結晶ではないがね。勇者が人並外れた力を発揮できるのは、送り込まれた魔力を核に蓄えているからだ。魔族のように魔力で身体を強化することで、彼らは強くなる。身体能力の向上は魔王化の副作用だろうが、戦闘能力が無ければ魔王の城へ到達することは難しいだろう」

「改造して核を埋め込んだ勇者が城へ到着してくれないと、魔王討伐の目的が達成できないからね。最終的に魔王化への後押しをする聖女も守らないといけないから、勇者に強さを求めるのも納得できるけどさ」


 最初の討伐が行われた頃は、戦乱と魔獣の暴走で荒廃していた時代だ。勇者が保護されている現代とは違い、気が抜けない旅だっただろう。


「魔王の城を捜索して見つかるのは、ある種の魔力を集める機構だろう。それを見つけて破壊できれば、ひとまず君に大量の魔力が供給されることもないはずだ」


 アウレリオは続ける。


「ただ魔王城周辺にいる魔獣が暴走していることを考慮すると、探索は容易ではないがね。魔力は今も集められているのだ」

「魔力を集めている何かを壊せば、魔獣の暴走も無くなるのでしょうか?」

「大幅に減ると予測している。魔力の吹き溜りにある山だ。魔獣が狂いやすい場所であることは変わらん」

「そうですか……」


 モニカは残念そうに俯く。


「たとえ魔獣が暴走しても、被害の範囲はずっと減ると思うよ」


 東雲はアウレリオの返答を補足した。


「魔王の城付近で暴走した魔獣は、魔石が消滅するまで動いていた。魔獣も生存本能は持っているから、死ぬまで暴走するということは滅多にないんだ。せいぜい余剰に取り込んだ魔力の分だけ暴走して、それが尽きれば元の状態に戻る」


 魔王がいると言われていた期間でも、魔獣の暴走は城の周辺が多かった。遠く離れた場所まで到達していたのは、魔石に保有する魔力が多い個体ばかりだ。


「城に集まる魔力には、理性を壊す働きがあるのかもね」


 推測ではなく経験で、あの魔力には怨嗟が込められていると知っていたが、ここで明かすことは避けた。アウレリオ達には魔王として死んだのは先代勇者達と伝えている。


「本来であれば君達だけに任せることではないが、魔王城を捜索できる人員が確保できなくてな。クリモンテ派の僧兵は現在、巡礼路や要人警護に充てられている。並の実力では通用しない場所なのだろう?」

「残念ながら厳しいだろうね」


 東雲は城で対峙した魔族を思い出し、寒気を感じた。由利の手助けが無ければ、死んでいたのは東雲のほうだった。


「地道に捜索してみるよ。特定の魔力を観察していれば、場所が特定できるだろうし」

「……そうか」


 アウレリオは布袋を机の上に置いた。音から判断すると、硬貨が入っているようだ。


「少ないが捜索に必要な資金が入っている。それから魔王に関する研究資料は後ろの棚にまとめて置いているから、好きに閲覧するといい」


 聖剣に布を巻いたアウレリオは、箱に入れて鍵をかけた。箱を抱えて部屋を出ていく彼を見送ると、東雲はモニカと手分けをして研究資料を机に広げる。


 記録によると、調査を開始したのは三度目の魔王復活以降になっている。

 クリモンテ派は聖典派の教義に疑問を持ったジョルジュ・クリモンテが、複数の聖職者と共に離反し設立した宗派だ。そこへ魔王について研究することを禁じられた者達が合流した。絶対的な悪について知ることは、悪になることと同じと信じられていた時代だ。破門同然に追い出された者達の受け皿になることで、クリモンテ派は信者を増やしていった。聖典派との確執はここにある。


 魔王について研究する者は時代と共に増え、ついに城の上空に留まる魔力の渦が原因だと突き止めた。復活の前に城の上空には必ず黒い渦が現れる。そして勇者に同行していた者が命からがら生還し、クリモンテ派に保護されたことで研究は加速する。


 上空に留まっていた雲が聖女の祈りで勇者と同化。理性を無くして襲いかかってきたという。当時のクリモンテ派の研究者達は、これこそが魔王の正体ではないかと考えた。聖典派に独占されていた聖女の地位は、勇者という名の若者を犠牲にすることを隠すためではないだろうかと。


 それからのクリモンテ派は魔王研究を隠そうとはせず、聖女の選抜にも積極的に関わるようになった。


「聖典派以外の聖女といっても、全く関わりがないわけじゃないんだね。巫女の中にも派閥があるの?」

「はい。巫女はザイン教が土着信仰を取り込んだことから始まったと言われております。ザイン教は聖典派が起源ですので、どの宗派も少なからず聖典派の影響下にあります。影響をうけていないのは、クリモンテ派以外には二つほどかと」

「やろうと思えば、他派に巫女を送り込んで選抜対象にすることも可能か。又は選抜された後で思い通りに動くよう強制する、かな。先代勇者達が失敗していたのは、免罪符の影響じゃないかって書かれてるね」

「そうなんですか?」


 東雲は該当する書き込みを指差した。


「免罪符が現れた辺りから、蓄積する魔力量が増えた。例年通りなら魔王復活までまだ期間はあったらしい。勇者が旅立ったあとも、ずっと免罪符は発行されているから、勇者が魔力を吸収しきれずに人形化してしまった。次に到着した勇者も同じ目に遭ったか、人形に負けたのかもね」


 あの人形の中には三人の犠牲者の魂があった。彼らの魂に魔力を取り込ませてモニカが強制的に消滅させなければ、東雲も犠牲者の一人になっていただろう。


 別の資料を見ると、モニカが持っていた杖について記載されていた。

 膨れ上がった魔力は自然消滅させることは不可能だった。あれの扱いを誤れば、魔力の暴走によって消滅した王国以上の被害がもたらされる。だから今代では伝承通りにことを運び、聖女に情報を持ち帰ってもらうようにした。


 ――あれ? この式って。


 杖に込められた魔法式を読んでみると、対象者の魂を保護する記述がある。一見すると魔王化した者を葬る式と読めるが、余分と思われる記述を繋ぐと別の式が現れる。関係者以外に見られることを意識して隠していたのか。


 ――モニカが勇者の身代わりになることを読んでたのかな。それとも。


 対立する聖典派と同じことを繰り返すことを嫌って、彼らとは違う方法で救おうとしたのか。

 モニカに見つけた記述を教えて魔術式を解説すると、読み解けないながらも式を目で追っている。


「……良かった」


 ほとんど聞こえない呟きは、安堵に満ちていた。勇者を犠牲にすることに、ずっと負い目を感じていたのだろう。己が所属する場所が犠牲を強いる方針ではないことに気付き、少しは負担が減ったようだ。


「あ……その、フェリクスさんに役目を押し付けた私が安心するのも変ですけど……」

「大丈夫。ちゃんと分かってるから」


 由利にも見せるために資料をコピーして、元通りに棚へと片付けた。

 二人は資料室を出ると、モニカの上司にあたるルドヴィカを尋ねた。法国を出る許可を申し出ると、呆気ないほど簡単に許可が降りた。アウレリオから話が伝わり、必要な手続きをしてくれていたようだ。


「もともと貴女には、傷付いた方々を慰問する役目が与えられる予定でした」


 ルドヴィカはモニカの手を取り、愛おしげに告げる。


「魔王の復活を阻止することも大切な役目ですが、己を大切にしなければいけませんよ。健全な心を保たなければ、等しく愛することもできません。貴女はすぐ自分を犠牲にしますからね」

「はい、気をつけます」


 旅立つモニカが心配なのか、ルドヴィカは手を離そうとしない。モニカもそんな彼女を迷惑に思うどころか、一つ一つをしっかりと聞いて頷いている。


 ――世間の母親って、こんな感じなのかな。


 興味津々で見ていた東雲に、ルドヴィカの視線が移った。


「デュラン卿……貴方を犠牲にしようとした私達が言うことではありませんが、どうかこの子を守ってあげて下さい」

「お任せ下さい」


 東雲は短く答えた。居心地が悪いと感じるのは部外者だからなのか、育った環境が歪んでいたせいなのか分からなくなる。

 ひとしきり心配をして満足したのか、ルドヴィカは文字が刻まれた金属片をモニカに手渡した。


「これは貴女の身分を証明するものです。建前では聖女として各地を慰問をすることになっていますから、何かあれば使いなさい」


 続いて東雲にも金属片が差し出された。


「聖女の側で護衛をする者が外国人では怪しまれるでしょう。これを使う間は、クリモンテ派の僧兵として行動して下さい」


 金属片にはザイン神聖法国の印が刻まれている。金属にシデラチア銀が含まれているのは、偽造防止のためだろう。

 東雲は礼を言って受け取ると、服の内側に隠した。幸いなことにこの身分証には性別が記載されていない。偽名も男女共に使えるものだった。これを由利の身分証にしてしまおうと企んでいた。


 ルドヴィカと別れて旅支度をするというモニカを、宿舎の前まで送った。男子禁制のため近くで待っていると、空から白い鳩が飛んでくる。東雲目掛けて降りてくるので腕を差し出すと、器用にとまってクルクルと鳴いた。

 背中を撫でた感触が鳥とは違う。少しだけ魔力を流すと、鳩は一枚の紙に変化した。東雲が出した手紙の裏に、返事が書かれている。


 ふと視線を感じて顔を上げると、建物の角から修道女が数人でこちらを伺っていた。微笑んで手を振ると、彼女達は顔を赤らめて逃げていった。動物園の珍獣になった気分だ。


 からかうのは楽しいが、やりすぎて入国禁止になっても困る。

 人の視線が無くなったところで、東雲は届いた手紙に目を落とした。

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