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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
1章 すれ違う記録

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008 考察


「由利さんは……やっぱり法国には行かない方がいいよね」


 由利の肩から切った髪を払いながら東雲が言った。


「止めておいたほうがいいと思います。巫女か霊感が強い方にしか分かりませんが、やはり現在のユリさんは他の方とは違いますから」

「妥当だな。身分証もないし、引き続きイドのことでも調べておくよ」


 差し出された鏡にはボブカットの少女が映っていた。この長さなら由利にも扱いやすそうだ。


「眼鏡の翻訳精度も上げておきました。何か気になることはありましたか?」

「それなら……」


 由利はイドの魔法が記載されている本を開いた。


「ユファの実とリータンって何だ?」

「リータンは甘い香りがする種です。お菓子の香り付けに使うらしいですよ。ユファの実は……何だっけ」

「ユファの実は、百年ほど前まで砂糖を作るために栽培されていた作物です。南方で別の作物と精製法が見つかるまでは、各地の修道院が主流になって作っていました」


 東雲に代わって答えてくれたモニカに、引き続き尋ねた。


「魔獣の乳を料理に使うことはあるか?」

「富裕層の方々には、そういった食材も出回っていると聞いたことがあります。家畜に比べて癖が強いそうですが、上質なバターが作れると」

「料理でもするんですか?」


 横から本をのぞき込んだ東雲が聞く。料理をしない彼女には気付けなかったようだ。


「これ、バニラアイスの作り方に似てるんだよ」

「アイス」

「あいす?」


 可愛らしく首を傾げたモニカにアイスを教えたが、教会では該当する食べ物はないらしい。東雲にフェリクスの記憶を探ってもらっても、帝国貴族にも出回っていない料理だ。


「まさかイドが地球から来たと言うんですか?」

「地球とは断言できなくても、違う文化圏から来た可能性はあるだろ? イドはトラブルメーカーとして書かれてるけど、これがただの悪戯じゃなくて、文化の違いによる衝突だったら?」

「そう読めなくもないですけど……」


 東雲は納得できないようだ。


「聖典派に捕まった時に言われたことがある。俺が使う結界は、解析ができないって。この世界の奴らとは、根本的な考え方が違うんだろう」


 由利は魔法のことを、魔力を使って想像を形にする力としか考えていなかった。けれど、この世界の人々にとって魔法とは、魔法式を使って目的を果たす力だ。式を使えば魔力の効率は良くなるが、式に当てはまらない概念への柔軟性は失ってしまった。

 二人から距離をとると、久しぶりに結界を展開した。体の内側に血液とは違う流れを感じ、半透明の膜に覆われる。


「モニカ? この結界、どう見える?」

「……常に、式が動いているような……いえ、式ではないようです。魔力の循環までは見えますが、なぜそうなるのかが掴めません」

「こっちの世界に引きこもりという概念はないようですねぇ。あえて当てはめるなら隠者が違いかな? それに貴族のダメなところを足した感じ?」

「少し見やすくなりましたが……それでも完全には分かりません……」


 魔力の流れを遮断すると、結界は呆気なく消え去った。

 目的は聖女に引きこもりを教えることではない。


「魔法の黎明期には、それぞれの概念で使っていたと思う。それを研究してシステム化されると、魔法を使える人口が増えた。その結果、戦争に持ち込まれる回数が増えて乱世の時代になる」

「魔法式が急速に発展して洗練されていったのは、その時代ですね。教会に伝わる癒しの魔法も、この時代に出てきたんだっけ?」

「はい。魔法自体は以前からありましたが、魔法式という形に当てはめられたのは戦乱の時代と言われております」

「イドの登場は?」

「戦乱末期です。イドが作り出した魔王によって、各国は魔獣の対応に追われて戦争をする余裕がなくなりました」


 魔王に関する知識は教会でしっかり教えられているのか、淀みなくモニカが答える。


「魔法式が生み出されてから、イドが出てくるまでおよそ百五十年。黎明期の概念が消えるには十分じゃないか?」

「だとすればイドは……」


 東雲が口元に手をあてて考え込んだ。視線は開いた本に落とされ、わずかに目をすがめる。


「……もし魔法が使えると気付いたら、そうなるかもしれない。だってイドは独り。受け入れたのは誰? 誰が呼んだ? 時期が重なるのはハイ──いや、結論を出すのは早いですね」

「俺も調べ始めたばかりだからな。まだ読んでない本もあるし」

「イドに関する書籍でしたら、教会にもいくつか置いてあります。研究資料の閲覧と併せて、そちらも調べてみましょうか?」

「ああ、頼んだ」


 当面の目的は決まった。魔王復活の循環には、間違いなくイドが関わっている。魔王の城も調べたいが、闇雲に探して見つかるなら、過去の人間がとっくにやっているだろう。


「話が纏まったところで、由利さん、これ持ってて下さい」


 そう言うと東雲は魔石を差し出した。ウズラの卵大の一般によく流通している大きさだ。


「多分大丈夫だと思うんですけど、万が一はぐれた時のために、換金できるものを隠し持っていてほしいんです。手数料は取られるでしょうけど、三日ぐらいの生活費にはなるはずです」

「分かった。はぐれたら全力で探しに来てくれ。たぶんそこから動かずに、結界張って待ってるから」


 神妙な顔で受け取ると、東雲とモニカが笑い出した。

 プライドの欠片もない発言だったが、異世界にいる由利は迷子の子供のようなものだ。下手に動き回って泥沼にはまるより、さっさと東雲(おとな)に回収される方がいい。


「東雲、笑いすぎ」

「だって予想通りの答ですから。ちょっと、頬を引っ張ろうとしないで下さい」

「うるせえな。先輩の照れ隠しに付き合えよ」

「嫌ですよ面倒な」


 体格差が憎い。手を伸ばしても簡単に動きを封じられてしまう。

 モニカが優しく見守る中、虚しくなった由利が諦めるまで攻防は続いた。

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