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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
1章 すれ違う記録

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007 そうだ、髪を切ろう


 豪華な装丁の本は、大きさに反して文字情報が少なかった。専門書や文庫に慣れた由利には、紙面に描かれた装飾は過剰に見える。色彩豊かに描かれた絵に押されて、空白に文字が添えられているページが多い。紙が貴重な世界故に、本を所有できるのは富裕層だけだ。知識の保存もあるだろうが、見栄で所有している者に合わせて豪奢になるのも、時代の流れなのかもしれない。


 東雲をザイン神聖法国へ送り出した後、由利は宿に篭って文献を調べていた。東雲の交渉能力には不安が残るが、考えられる対処法は残らず教えたから、あとは彼女が上手くやってくれることを祈るばかりだ。

 遅くとも夕方には戻ると言っていたので、軽食と水で薄めたワインを摘みながら気楽に読み進めてゆく。


「やっぱり慣れねーな、コレ」


 由利は眼鏡を外してため息をついた。文字が読めない由利のために、わざわざ東雲が作ってくれた道具だ。これをかけると文字の大部分が日本語に見えるのだが、裸眼で過ごしてきた由利には、休憩を挟みながらでないと重さが気になる。


 眼鏡を開いた本の上に置いて、イスから立ち上がる。固まった体をほぐすように背伸びをすると、開けた窓から爽やかな風が入ってきた。

 法国との国境に近い町は、もとは巡礼者のために作られた場所だった。二階の窓から見下ろせば、巡礼者を表す白い襷をつけた一団が見える。


 魔王が討伐された報せは、すぐさま世界を駆け巡った。魔王の城上空から渦が消えたこともあるが、勇者と聖女が生還したことが大きい。巡礼者の大半は聖女に会えることを期待して旅をしてきたそうだ。


 聖女を利用しようとする勢力も増えるだろう。モニカに身を守る術はあるのだろうかと由利は心配になる。所属しているクリモンテ派が防波堤になってくれればいいが、完全な一枚岩の集団など滅多にない。あの優しい聖女が教会の都合で酷使されるところは見たくなかった。


 窓から離れてまたイスへ座る時に、部屋の四隅に置かれた円錐形の物が見えた。過去に東雲がいない間に誘拐されたことから、防犯対策として設置された道具だ。ドラゴンの咆哮すらも完璧に防ぎますよと自信満々に言っていたが、東雲は何と戦うつもりなのだろうか。


 再び眼鏡をかけ、別の本を手にとった。タルブ帝国から勝手に借りてきたという本は、どうやらイドについて面白おかしく書いているようだ。


 魔王を生み出したとされている魔法使いイドが、行く先々で問題を起こしては住民に追い出されるという物語だ。役に立つ魔法を使うこともあったが、住民に称賛されて暴走し、損害を出してしまう。

 大量の湯を出して家の中を水浸しにすることが多く、食べ物を凍らせたり、小さな魔獣を飼い慣らすこともあった。特に髪の色を変える魔法を気に入り、他人に勧めることもあったとか。

 やがてイドは権力者の目に留まり、城へと連行されてゆく。懲罰としてそこで魔法を作るところで物語は終わる。


 別の書物には黎明期の魔法について書かれていた。この時代に生み出された魔法は効率が悪く、何度も改良を重ねて現代のものへと発展してきた。イドが作ったとされる魔法は現代でも使える者がいない。魔法式にしようにも原理が理解できなかったことが原因だそうだ。

 続く魔法式についての解説を適当に流し読みしていた由利は、そのうちの一つが記載されているページで手を止めた。


 ――イド曰く、神の食べ物。白く甘い。雪のように冷たく、口の中で溶ける。銀の容器に魔獣の乳、卵黄、ユファの実、少量のリータンを入れて魔法を唱える。


「神の食べ物ねぇ。ヨーロッパにそんなことを言う不老不死の伯爵がいたっけ」


 使った食材と思われるものの正体を後で聞こうと、目的のページに短く切ったリボンを挟む。翻訳されなかった単語のうち、予想ができなかったものにも目印をつけているので、本によっては色とりどりなリボンがのぞいていた。


 室内に風が巻き起こり、リボンの切れ端が天井近くに舞い上がった。


「お帰り。思ったより早かったな」

「話が分かる相手だったので助かりました」


 落ちてきたリボンを掌で受け止め、転移してきた東雲が答える。後ろには驚いた表情のモニカが立っていた。


「ここは……リンブルクですか?」


 リンブルクはこの宿がある町の名前だ。窓から見える風景を知っているらしい。


「うん。とりあえず部外者には知られたくない話があってね」


 久しぶりに会ったモニカは変わりがないように見えた。

 艶やかな長い黒髪とは対照的な白い肌。ともすれば幼く見られがちな可愛らしい顔立ち。潤んだ琥珀色の瞳には穏やかな光が浮かんでいて、見る者に安らぎを与えている。白地に青い刺繍が入った巫女の正装が、清らかな空気によく合っていた。

 モニカは由利を見ると、すぐに気付いて声をあげる。


「ユリ、さん?」

「やっぱり気付いたか。法国へ連れて行かなくて正解でしたね」


 由利は久しぶりと声をかけて、イスに座るよう勧めた。


「いきなり呼び出してゴメンな。他に相談できる人がいなくて」

「い、いえ。私は平気です。ですが、どうしてユリさんがここに? まさか術に不具合が……」

「術は完璧だった! ちゃんと日本に帰ったから大丈夫!」

「ゴメンね。多分きっと僕のせい」


 気の毒なほど落ち込みだしたモニカに、由利は慌てて説明した。机の上を片付けていた東雲も加わる。

 時系列に沿って説明しているうちに落ち着きを取り戻したモニカは、廃坑に現れた魔法陣の写しを注意深く観察して言った。


「よく似ていますが、私が使ったものとは少し違うようです」

「陣は人によって違うのか?」

「対象となる人物によって変化します。術者が読み取った肉体、魂の情報。術者本人の魔力量、使用する日時や時間帯でも変わってきます。ある程度の情報は魔力を大量に消費して押し通すこともできますが、魔法陣を使用する規模の魔法は、元から使用量が多いので……」

「無駄に消費するぐらいなら、ちゃんと組み立てて使うほうがいい、と。当然だな。失敗できない魔法なら、不安要素は一つでも潰しておきたいだろうし。それで、その」


 由利はどう言おうか迷ったが、結局は飾らない言葉を選んだ。


「勝手なお願いだって分かってるんだが、もう一度日本へ送ってもらえないか?」

「分かりました。やってみます。今は杖が無いので、術の構成に必要な情報を読み取って、それから魔法を構築します」


 素朴な、ほっとする微笑みを浮かべてモニカは立ち上がった。由利へ向かって両手をかざし短く呪文を唱えると、淡い光に包まれる。その光が形成する文字を読んでいたモニカの表情が、わずかに曇った。


「あの……その体は、ユリさんのものではない、ですよね?」

「ああ。俺の体は日本にあるはず。廃坑で東雲が見つけたものなんだが」


 光が弾けるように消えた。モニカは戸惑って首を傾げる。


「すいません。今の状態ではユリさんの故郷へ送れません」

「杖が無いからってこと?」

「いえ。例え杖の補助があっても、失敗するでしょう。肉体側が魂を抱え込んでしまったみたいで、分離に時間がかかりそうです」

「魂が閉じ込められたってことか?」

「はい。それも通常の『生きている人間』と同じ状態にまで同化しているようです」


 憑依している状態との違いは、互いの拒絶があるかどうからしい。肉体と魂はそれぞれが適合するように構成されている。他人の体に無理やり入ろうとすれば、どこかで拒絶反応が起こり、教会では悪霊憑きと呼ばれる状態になる。


「魔法で生きている人間の魂と肉体を引き剥がすのは、下準備が必要です。無理に行えば、故郷へ戻ってからのユリさんに変調があるかもしれません」

「これ、俺の体じゃ無いんだけどな……」

「不思議ですね。まるで魂に合わせて体が変化したような感じがします。暗示で一時的に体を変化させる人もいますが、そういう魔法は全くかかっていません」

「転生するために作った体、ってことかな?」


 腕を組んでじっと考え込んでいた東雲が言った。


「体の出所が普通じゃないし、そういうこともあり得ると。暗示の類がかかっていないなら、盗聴を警戒することもないか……モニカ、由利さんの魂を分離することは可能なの?」

「時間はかかりますが、可能です。必ずお送りしますから、待っていて下さい」


 それを聞いて由利は安心した。


「引き受けてくれてありがとう。それで、東雲。診断が終わったから髪切ってもいいよな?」

「いいですけど、まさか自分で適当に切るつもりですか?」

「そうだけど。駄目か?」

「えっ」


 驚いたのはモニカだった。


「そんな。ちゃんと切らないと駄目ですよ。私で良ければ切りましょうか?」

「ほら、モニカもこう言ってますし」


 二人がかりで説得された由利は、大人しく座って待つ以外の選択肢がなかった。

 解かれた髪を丁寧に梳かれ、まずは髪の状態を観察される。


「だいぶ傷んでますね。思い切って短くした方が良さそうです」

「この長さなら、だいぶ頭が軽くなったと感じますよ。由利さん」

「手入れが楽になるなら、何でもいいよ」


 髪を濡らされてハサミが入れられると、東雲が言う通り少しづつ軽くなっていくようだ。視界の端に見える髪は、顎の辺りで切りそろえられている。


「結構上手いね。よく切ってるの?」


 背後で暇そうに見学していた東雲が尋ねる。


「私が育った孤児院では、よくお互いに切ってましたから。巫女になることが決定してからは、そういったことも無くなりましたが、案外覚えているものですね」


 訥々(とつとつ)と話してくれた孤児院での暮らしは、彼女にとって楽しい思い出でもあるようだ。聖女という記号でしか知らなかった彼女が、急に生き生きとした人間に感じられる。


「由利さんの髪を切り終わったら、私とモニカはクリモンテ派の資料を見に戻ります」


 切り落とした髪を集めては、どこかへ消していた東雲が言った。


 閲覧許可をもらうまでの経緯を聞くかぎり、アウレリオと名乗った神父は、目的が一致している間は敵対することはないだろう。聖典派の動向が聞こえてこないのは不気味だったが、あえて聖女の耳に入らないようにしているのかもしれない。

 東雲に情報は集めても手を出すなと言い含めておくために、ネックレスを外した。

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