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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
1章 すれ違う記録

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001 再会


 忘れたくても忘れられない顔がそこにあった。

 光を象徴するような金の髪。非の打ち所がない顔に新緑色の瞳。疲れきった表情でこちらを見つめているのは、間違いなく異世界に置き去りにしてしまった後輩だ。


「東雲……だよな? 何でここにいるんだよ」


 由利は周囲が薄暗いことに気付いた。上体を起こして見回せば、レンガの壁と太い梁の間から岩肌が見える。自分が寝かされているのは、細長い箱のようだ。遠くから聞こえてくる機械音が、虫の羽音のようで不快だった。


「……どこだ、ここ」


 東雲はそれに答えず腕を組んで考え込んでいたが、ふと何かに気付いたように由利を見た。


「由利さん。また向こうで死にかけてるんですか?」

「またって何だよ」

「今度は何をやらかしたんです?」

「前回も俺のせいじゃないだろ。何もしてねえよ。実家で小次郎と遊んで、昼メシの準備してた辺りから覚えてないな」

「小次郎? 犬でしたっけ。トラックは出てこないんですね」

「勝手に事故を起こすな。暑かったから庭にしか出てない」

「向こうも夏なんですか。ずっと家にいたんですよね? ちゃんと水分補給してましたか?」


 由利は混乱しながらも己の行動を振り返ってみた。


「そういえば、起きた時に麦茶を飲んだだけだったな」

「ロクに水分を摂らずに炎天下で運動。熱中症じゃないですかね、それ」

 生温かい目で、同情するように東雲が微笑む。

「じゃあまた死にかけてんの? まずい。夕方まで誰も帰ってこないぞ!?」

「私に言われても、何も出来ませんよ」


 差し出された手に掴まって箱の縁に足をかけると、ごろりと重い物が転がり出た。箱の中に横たわるそれは、黒い筒型をしている。異世界に存在しないペットボトルだ。表面には日本語で醤油と書かれたラベルが貼られている。


「醤油だ!」

「醤油だぁ!」


 由利の体がふわりと浮かび上がった。両脇の下を支えられ、勢いよく東雲の頭上に掲げられる。そのまま一回転して降ろされると、ダンスでもするかのように腰を引き寄せられた。


「私が欲しい物を持ってきてくれるなんて! 由利さん大好きです! 結婚してください!」

「待て。醤油を持ってるだけで結婚を申し込むな」


 とろけるような満面の笑みに目眩がした。動悸もするが病気だろうかと由利は思った。


「だって、こっちの世界に和食がないんですよ! それとも由利さん、醤油の作り方知ってるんですか?」


 由利の悩みには一切気付かず、東雲が不満を捲し立てている。醤油でもかけてやれば落ち着くだろうか。それとももったいないと発狂するだろうか。


「大豆が原材料ってことしか知らない」

「でしょ!?」


 醤油のボトルを渡してやると、東雲は嬉しそうに受け取って、大事そうにどこかへ収納した。あとは生魚があれば完璧などと歌っているが、まともに料理できない後輩が魚を捌けるとは思えない。それ以前に、この世界の魚は生で食べても大丈夫なのだろうか。


「輝かしい未来に想いを馳せてるところ悪いんだけど、ここはどこなんだよ」

「あ、そうだ。忘れるところでした」


 東雲は布製の手袋を出すと、器用に結び合わせて人形を作った。それから勝手に由利の髪を数本切り取り、人形に結びつける。最後に中へ魔石の欠片を中へ入れて箱に寝かせると、手をかざして短く呪文を唱えた。



「――夢は幻。蝶の夢」



 人形は黒髪の少女に変形した。驚く由利をよそに、東雲は満足そうに人形の髪を撫でる。


「見つかる前に外へ出ましょう」


 再び東雲に抱き寄せられると、視界が暗くなった。一瞬の浮遊感が消えると、うるさいほどの虫の音に包まれる。月明かりではよく見えないが、山道の途中にいるようだ。


 東雲は板の上に紙を乗せ、手紙のようなものを書いている。手元を照らす光が蛍のように漂い、声をかけることを忘れさせた。書き終えた東雲は紙を折って鳥の形にすると、手の上で白い鳩に変えた。そして口に大粒の魔石を咥えさせると、夜空へ向かって開放した。

 鳩はまっすぐ夜空へ飛び上がり、旋回してから右手の方角へと飛び去っていった。


「あれは?」

「使い魔みたいなものです。犯罪が絡んでそうな場所を見つけたんで、一応タルブ帝国に報告しておこうかと」

「……経緯はよく分からんが、その非合法な場所にいた体に俺が入ってるみたいだけど、いいのか? 証拠品じゃないのか、これ。いや人だから参考人?」

「いやぁ……多分きっと良くないんでしょうけど、どう説明するんですか。まず異世界があることから言わなきゃいけませんよ?」

「そもそも何で俺がまた異世界に来たんだよ。反魂でも使ったのか?」


 東雲は何も答えずに、気まずそうに視線を逸らす。


「何かしただろ」

「嫌だなぁ。どうして疑うんですか」


 こいつが犯人か――由利はそう確信した。


「お前以外に考えられん」


 非難を込めて東雲を見上げると、怒らないで下さいねと落ち込んだ様子で言った。


「捕まって眠らされてる人を見つけたから、起こそうとしたんです。誘拐されて来たなら、家に帰してあげたくて。でも意識に呼びかけていたら、何かの魔法が発動して由利さんが来たんです」

「何か?」

「前回の転移の時に、交通事故の直前に見慣れないアプリがあるって言ったの覚えてますか? それと同じ魔法陣だったんです」


 あの時は聖女が反魂の魔法を使ったことで転移してきた。今回も同じ魔法だろうかと聞くと、そうかもしれませんと返ってきた。


「陣形は覚えたんで、聖女に見てもらおうかな。どっちにしろ会いに行く予定だったんです」

「そうか、聖女に会えばまた日本へ帰れる!」


 魂と肉体は切っても切れない関係だという。引っ張られている感覚はないが、魂は元の身体に戻ろうとしているはずだ。そこに聖女の補助があれば日本へ帰ることが出来る。


 また道中は淑女教育ですねぇと不穏なことを言われ、由利は己の手をじっと見つめた。明らかに小さい。長い髪が鬱陶しい。腰骨の辺りを撫でて、男ではあり得ない丸みに手が止まった。


「薄々気付いてたけど、やっぱりか!?」

「人前で胸を触らない辺り、女の子として成長しましたねぇ」

「嬉しくないわ!」

「今度はその言葉遣いも何とかしましょうか、リリィちゃん」


 初夏のような爽やかな笑顔を向けられて、由利は絶望を感じていた。転移したのはまだ許せる。どうしてまた性別が違うのか。由利は女性として生きる気など全くないのに。


 すっかり黙ってしまった由利に、質素な指輪が差し出された。


「一度だけ身代わりになってくれるアイテムです。何があるか分かりませんから、お守り代わりに着けてもらえますか?」

「……分かった。魔獣に喰われて死ぬのは嫌だもんな」


 受け取ろうとした手を掴まれ、左の薬指に優しくはめられた。自然な動作で行われたために、はめられた指輪を見るまで由利は何の疑問も湧かなかった。

 東雲は両手で由利の左手を包み込み、満足そうに微笑んだ。


「結婚式みたいですね!」

「クーリングオフだ。今すぐ」


 指輪は抜こうとしても抜けなかった。呪いでもかかっているのだろうか。


「冗談ですよ。こっちの世界に結婚指輪なんてありませんから。シンプルな見た目の指輪ですし、誰も気にしませんよ」

「俺が気にするって」

「頬を赤らめた美少女が言っても説得力ないですねぇ。まずは一人称の変更から始めましょうか」


 由利は諦めてため息をついた。東雲に再会して心につかえていたものは少しだけ晴れたが、また別の問題が浮上してきた。


 ――聖女に会うまで、どこまで妥協させられるか勝負だな。


 前回のように事情を知っている人の前では見逃して欲しい。だいたい由利を女性らしく振る舞わせて誰が得するのか。

 楽しそうに野宿の準備を始めた東雲を見て、由利は不安しか感じなかった。

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