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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
賢者編 序章

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陽炎と後悔


 残暑厳しい九月、由利一成は実家で堕落していた。


 誰もいないリビングでソファーに寝転び、学生時代に買った漫画を読んでいる。床には部屋から持ち出した漫画を積み上げ、スマホから音楽を流して一人の世界に入っていた。

 両親は仕事とパートで夕方以降にならないと帰ってこない。結婚して同居していた兄家族は、転勤が決まって夏の間に遠方へと引っ越していった。由利のだらしなさを叱る者は誰もいない。


 異世界へ旅立つきっかけとなった事故で、由利の体は麻痺が残ると診断されていた。しかし東雲がくれた薬のお陰で、日常生活なら問題ない程度にまで回復し、予定より早く退院した。医者は不思議がっていたものの、そんな人もいるんだよねと呑気に笑っていた。自然治癒でも全くあり得ない回復力ではなかったらしい。


 退院してしばらくは通院が続いたり、会社に顔を出したり忙しい日が続いた。しかし落ち着いてくるにつれ一人の時間が増え、異世界でのことを思い出すことが多くなった。


 本当のことを知らされると同時に日本へ送り返され、心の底に割り切れないものだけが残った。

 誰にも事情を話せないということが、いかに孤独なことか由利は思い知った。昏睡している間に異世界で冒険していたなど、誰も信じないだろう。由利が逆の立場なら、距離を置いて関わらないようにする。由利に出来ることは、これ以上心配させないように、外見だけでも元気に振る舞うことだった。


 一人きりになれば嫌でも思い出してしまう。そう考えて、通院の日を避けて実家に帰ることにした。一人暮らしで面倒を見るペットもいない。身軽だった。

 身の回りのものを小さなコンテナケースに詰め込み、バイクに固定して家を出た。下道と高速道路を通り、気まぐれに道の駅で名物料理を食べていると、少しだけ忘れることができた。


 突然帰ってきた由利を、両親は何も聞かずにいつも通り受け入れてくれた。とはいえよく喋る母親は、夕飯の準備があるんだから連絡ぐらいしなさいよと、一通り愚痴を言っていたが。


 あれで良かったのだろうかと、何度も考えた。


 東雲とは会社以外での接点は少なかった。お互いゲームが好きで、一度だけ店で出会ったことがある。それだけだ。

 異性として意識したことはなく、話しやすい後輩でしかない。そう思っていたのは由利だけだったのか。


 今にして思えば、当たり障りのない会話は彼女の過去に触れることなく、沈黙を埋めるためのものだった。東雲は他人のことを聞きたがる割に、己のことはほとんど話さなかった。由利がもう少し気を使っていれば、東雲が抱えるものに気づけただろうか。

 東雲が育った環境が、本音を隠して偽ることを教えてしまった。彼女が話していたこと全てが嘘に思えて、どれが真実だったのか確かめたくなる。


 由利は音楽を止めた。どうしても思考が異世界へ向かってしまう。


 クーラーが効いたリビングを出て縁側に出ると、生温い風が吹いていた。由利の足音を聞きつけて、庭で柴犬の小次郎がじっと見つめてくる。

 メスなのに男らしい名前をつけられた愛犬は、由利が就職で家を出ると同時に飼い始めた保護犬だった。なぜか由利を自分の子供と思っているらしく、帰省するたびに子犬のように舐め回され、自分のご飯を分け与えようとしてくる。


 庭に降りると、鎖を引きずって小次郎が近寄ってきた。どうしたのと首を傾げて見上げてくる。


「やっぱ似てるわ」


 小次郎の背中を撫で、ごわついた毛並みを堪能した。首に顔を埋め、獣臭いと呟くと、意味が伝わったのか冷ややかな表情で避けられた。


「ボールは?」


 そう聞くと小次郎はいそいそと犬小屋へ戻り、奥から古びたテニスボールを咥えてきた。

 何度か投げて小次郎と遊んでいると、だいぶ気分が紛れてきた。最後に餌皿に水を入れてやり、由利は家の中へと戻った。


 軽く汗を拭いて時計を見上げると、既に正午を過ぎている。冷蔵庫を覗いてみたが、惣菜類は入っていない。料理をする気にもなれず、豆腐を皿に入れて上からネギとおろし生姜をかけた。


「あれ? 醤油が無い……」


 小さな醤油差しは空になっていた。冷蔵庫の中にもない。確か買い置きがあったはずと床下収納を開けてみると、未開封の醤油ボトルがあった。


 由利はそれを取り出して立ち上がった途端、意識が闇に飲まれた。

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