悩みの行方
訪れた温泉郷で、東雲が真剣な顔をして土産物を見ていた。一つ手にして眺めては違うと言いたげに棚へ戻し、悩ましげに溜息をつく。美化された神話の一幕のように近寄りがたい光景に、偶然通りがかった宿泊客や売り子の店員が目を奪われ、人だかりが出来つつある。
亀の爪を手に入れた後、食事の時間まで自由行動にしようと提案した結果がこれだ。やはり東雲には鉄仮面でも付けさせるべきだろうか。それとも人が寄り付かないように、一目で変人と分かる仮面にするべきか。
由利はひとまず営業妨害の原因を排除することにした。
「何を悩んでるんだよ」
「あ。由利さん!」
声に喜色を浮かべて、東雲が勢いよく振り向いた。これが犬ならピンと立った耳と、千切れんばかりに振りたくった尻尾が見えるなと、由利は勝手なことを想像した。
――いっそ今すぐ犬にならねえかな。
美形と行動するのは疲れてきた。隣にいると事情を知らない女性から、何であんたが隣にいるのとよく睨まれる。嫌がらせこそされないものの、女性から嫉妬の感情など向けられたことがない由利には堪えた。
それに東雲の仕草一つ一つが魅力的に映るから困る。日本にいた時にイケメンと評価されている人と一緒にいても、何も思わなかったのに。
――体の性別に心が引きずられてる? いや、まさかな。
思い浮かんだ言葉に、由利は全力で否定した。中身が東雲だから、余計に意識しているだけだ。由利は深く考えないようにして、心の奥に仕舞い込んだ。どうせ日本へ帰れば関係なくなるのだ。
「情報提供してくれたカモ――じゃなくて、知り合いにお礼の品を送ろうと思うんですけど、どれがいいのか迷ってて」
「カモってお前……そこは上手く隠せよ」
営業職なら覚えておけと言って、由利は商品を見ていった。
何のためにあるのか分からない旗。触手が生えた魔獣を模したぬいぐるみ。蛇が浸かっている酒瓶が並んでいる。古い雑貨屋にありがちな謎商品だ。
「これは、キアライドの名物なのか?」
「名物はこっちのクッキーですね」
東雲が見せてきたのは、鳥の形に整形されたクッキーだった。見た目は美味しそうだが、ここは異世界だ。どんな地雷が埋まっているか分からない。
「ムラサキオナガドリの卵と、ナマケガエルの背中に生える植物から作るクッキーです」
「カエルの背中に?」
「この近くに生息する大人しい魔獣です。あまり動かないので、背中にタマナスという植物が生えるんですよ。その種を粉にして使ってるみたいですね。ちょっと楽しい気分になるって評判で」
「それ使ったらダメな粉だろ。却下」
「ダメですか。レイモン君、ストレスが溜まってそうだから」
「酒よりもタチが悪そうなもん送るなよ……」
「じゃあこっちはどうですか?」
続いて見せられたのは、木彫りの置物だった。やたらと目が大きい人の顔に、青く着色された髪が螺旋を描きながら逆立っている。体は完全な樽体系で、短い手足が付いていた。見開いた目と縦に開いた口は、得体が知れないおぞましさすら伝わってくる。
「何これ」
「ウナドラ族の英雄、ンダニャフ・ソダクローデ・セサイウェです。クィウルフェ民話によく出てくる、大蛇ベーと一ヶ月にもわたるガボジェでヴォキートして」
「いきなり異次元の話をするのは止めろ」
何一つ頭に入ってこない。だいたい呪いの人形と見紛う物体を前に、民話を聞いたところで購買意欲が湧くわけがない。
ちゃんと返してこいと諭すと、東雲はしぶしぶそれを棚に戻す。由利がついていないと、レイモンには嫌がらせとしか思えない品々が届きそうだ。会ったことはないが、流石に可哀想になってきた。
「何でそんなに謎な物ばかり選ぶんだよ」
「いやぁ、同世代の人にお土産とか選んだことなくて」
「土産なんて深く考えずに、迷ったら消耗品にしておけばいいんだよ。会話のきっかけみたいな物なんだから。それに出張に行った奴が買ってくるのも、名産の菓子ばっかりだろ?」
「そういえばそうですねぇ。じゃあやっぱり、このタマナス入りのクッキーを――」
「それは止めろって言っただろうが!」
東雲の土産探しは難航しそうだ。
まずは店を変えるぞと無理矢理連れ出し、由利は再び温泉町を巡ることにした。
*
疲れた体を引きずるようにして、レイモンは自宅に帰ってきた。
狭くて古いアパートだが、まともな職について得た収入で借りたというだけで満足だった。どうせ食事は外で済ませてくるのだ。ここには最低限の家具と身の回りの物しか置いていない。
鍵を開けて中へ入る前に、扉の下から差し込まれた大家からの手紙を拾い上げた。家賃の催促だ。どうやら家を空けている間に回収に来たらしい。
今日はもう遅い。明日の朝にしようと、レイモンは忘れないように玄関扉の内側にそれを貼り付けた。
昨今の魔石需要のせいで、レイモン達の仕事は増えるばかりだ。その上、密輸入する側の手口も巧妙になり、摘発が難しくなってきている。今追いかけている商人も密輸の疑いがあるものの、決定的な証拠を掴めないでいる。
同僚と交代で見張っているが、このまま空振りで終わるのではないかと薄々感じていた。
朝まで休憩したら、また交代だ。レイモンは食事よりも睡眠を優先しようと靴を脱ぎかけて、小さな食卓の上に置かれた箱に気がついた。
全く身に覚えがない。鍵は大家も持っているが、勝手に入るような性格ではない。
仕事柄恨みを買いやすいために、ついに自宅を突き止められたのかと警戒したレイモンは、箱に描かれた模様と署名に脱力した。
――これ、デュラン家の紋章じゃねえか。
交易都市で仕事をしているレイモンは、余計な波風を立てないよう、諸国の貴族についても学ばなければいけない。平民が貴族へ直接意見すれば、不敬として罰せられることもある。例え目に余る行為を目撃しても、まずは上司へ報告するしかないのだ。そこから先がどうなるかは、平民であるレイモンに知る権利がない。
そんな事情から、当然ながらタルブ帝国貴族、デュラン侯爵家の家紋も知っていた。
勇者フェリクス・ド・デュランの生家でもあるこの家は、青と銀の菱形模様の上に、鍵を咥えた狼が描かれている。その下に、二度と関わりたくなかったフェリクスの名前が、堂々と記載してあるのだ。
「このまま捨てたい……」
見なかったことにして眠ってしまいたい。レイモンはしばらく葛藤していたものの、好奇心には勝てずに箱を開けた。
中には手紙と瓶が二つ入っていた。一つは木の実と液体が入っていて、もう一つは肉が詰まっている。
手紙を開くと、流麗な筆跡のウィンダルム語が目に入った。
「……あの温泉郷の土産ねぇ。いい身分だな」
完全に逆恨みだが、あの勇者なら仕方ないかと溜息をついた。
払い忘れた情報料と書かれているし、遠慮なくもらっておく。瓶の中身は温泉地で栽培している木の実の果実酒で、肉はムラサキオナガドリの肉を塩と香草に漬け込んだものらしい。
ツマミ付きとは気が利くじゃないかと機嫌を良くしたレイモンは、手紙に追伸があることに気付く。
――君が追ってる商人は、港の貸し倉庫に地下室を作ってるよ。隣の空き倉庫からも出入りできるからね。
「何で知ってんだよ!?」
仕事のことは関係者以外と話したことはない。それに勇者が町を去った後に持ち込まれた仕事を、なぜ知ることができたのか。
――あと大家さんの一人娘は君に気があるみたいだから、こまめに声かけるといいんじゃない?
「だから何で分かるんだよ!? いや、待て」
大家の娘は笑顔が可愛い、純朴そうな子だ。仕事に集中するあまり、無害そうだからと特に気にしていなかった。女性に好意を寄せられて、悪い気はしない。
「くそっ。あいつと連絡が取れたら、詳しく聞き出してやるのに!」
消化しきれない思いを抱えたまま、レイモンは箱を開けたことを激しく後悔した。やはり勇者に関わるとロクなことがない。
手紙を握りつぶして部屋の鍵を手に取ると、上司に空き倉庫捜索の許可を得るために慌ただしく出て行った。
次から本編を再開します




