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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
短編

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夢香炉

海都リズベル到着後あたり


 買い出しに行くと言っていた東雲が、やけに晴れやかな顔で宿に戻ってきた。今日はリズベルの港で市が開かれると言っていたが、何か目ぼしいものでも見つけたのだろうか。

 魚を切り開いて一夜干しの仕込みをしていた由利は、嫌な予感がしつつも作業の手を止める。


「由利さん、掘り出し物ですよ」

「道具だけ見せられて、俺に価値が分かると思うのか」


 掌に乗る大きさの香炉に見えた。白い陶器に似た質感で、網目状の蓋がついている。中には魔石を入れると思われる窪みがあるだけだ。


「夢見の香炉っていう道具なんですけどね。これを使うと楽しい夢が見られるみたいですよ」

「楽しい夢」

「そう警戒しなくても、悪意あるものは含まれてませんよ」


 今夜さっそく試してみましょうと楽しげに話す東雲を見て、断ることが出来なかった。


 異世界に飛ばされて十日。不満を言うこともなく、己に起きた変化を淡々と受け止めている後輩に少しばかり不安になる。体の変化が精神面にも影響を与えているはずなのに、全く表に出てこない。

 ただ冷静な東雲がいるお陰で、由利の心が安定しているのも確かだ。最初の段階で、女性の体とはそういうものだから受け入れなさいと洗脳されていなかったら、まず日本へ帰ると思う前に気が狂っていたかもしれない。

 洗脳とはまず相手の精神を壊すことから始めますと種明かしされた時は、東雲が抱える『何か』の深さに恐ろしくもなったが。


 ――まあいいか。


 せっかく東雲から言い出したのだ。由利は誘いに乗ることにした。

 これが彼女なりの精神の安定化なのかもしれない。帰るまでは互いに依存してもいいだろう。故郷のことを話せる相手は一人しかいないのだから。

 そう由利は己を納得させ、数時間後に激しく後悔することになる。



 *



 暗闇が広がっていた。左右どころか上下すら定かではない。

 己の体すら見えない空間に、突如星が瞬いた。小さな星の集まりが増え、地上では見られない星座を作りだす。


 ――星間航行を可能にした人類は宇宙へと進出し、地球型惑星への移住のみならず、あらゆる資源を求めて宇宙(そら)を開拓していった。


「うわっ!?」


 突如、脳内に低く渋い声が響く。


「どうやらナレーションが始まったみたいですね」


 驚いている由利の横から東雲が出てきた。久しぶりに日本にいた頃の姿になっている。黙っていれば涼やかな表情の和風美人だ。


「ナレーション……?」

「忘れたんですか? 寝る前に夢見の香炉を使うって約束したじゃないですか」

「ああ……そうだったっけ」


 眠りに落ちる直前に、香炉を使いますよと聞こえた気がする。アジのような魚の一夜干しが上手くできるか心配で、すっかり忘れていた。

 由利が思い出している間にも、惚れ惚れするような声でナレーションは続く。


 ――宇宙歴1676年。地球の植民地から脱出した惑星ウサバルアは、地球への侵攻を開始。火星にあった中継基地を手中に収めることに成功する。これに対し地球連合軍は、火星の衛星フォボスとダイモスに拠点攻撃用ミサイル基地を建設してウサバルア軍を牽制。両者はにらみ合いの膠着状態に陥った。


 ――地球連合軍に所属するタロー・ウエマキ中尉は哨戒の任務についていた。愛機のコックピットの中でフォボス基地が敵の手に落ちたことを知る。


「えらく壮大なスタートだな」


 ただの夢のくせに広げた風呂敷が大きい。一晩で終わるのだろうかと由利は不思議に思った。


「使用者の記憶を読み取って物語を作るみたいですねぇ」


 東雲はパンフレットのような薄い本に目を通している。香炉の説明書だろうか。

 由利も横から見てみたが、異世界の言語だったために読むことを諦めた。暇を見つけて文字を教えてもらっていたが、流れるような書体に慣れず、なかなか習得できないでいる。


「SF映画は観たことがないんですが、由利さんの記憶ですか?」

「かもな。異世界に飛ばされる前日は戦闘機に乗るゲームしてたし」

「独身の男が一日の終わりにゲーム……寂しいですねぇ」


 本気で引いている視線だ。自分も似たような生活をしているくせに、棚上げして省みないとは嘆かわしい。

 言われっ放しは由利の性格に合わない。社会人になってだいぶ我慢するようになったが、たまには反撃してもいいだろう。


「やかましいわ。仕事終わりにコンビニ弁当買い漁ってる奴に言われたくねえよ」

「かっ……買い漁ってませんよ! スーパーもハシゴしてます!」

「一緒じゃねえか」


 ナレーションそっちのけで言い争っていると、再び視界が暗転した。心なしかナレーションの声に涙が滲んでいた気がする。概要は聞いていたのだから許してほしい。


「視界が晴れてきたな。って、コックピット?」


 由利はスクリーンと何かのコントロールパネルの前に座らされていた。戦闘機というよりはロボットアニメに似ている。表示されている文字が日本語だったことは幸いだった。


「ウエマキ中尉になりきって進むみたいですね。私は戦闘機のAIの役ですか。見て下さいこのうさ耳! 丸いメタルボディ! ようやく私の時代が来ましたね! マスコットになって関連商品ウハウハですよ!」


 視界の端で銀色のものが跳ねていたが、それどころではない。


「えっ俺がパイロットなの? 無理無理! 飛行機なんて操縦したことないぞ!? いやロボット?」

「無視しないで下さいよぉ」

「すまん。今それどころじゃないから」


 眼前に跳び上がってきた東雲らしき物体を叩き落とすと、乾いた笑い声が聞こえてきた。控え目に言って怖い。


「ふっ……仕事が佳境に入ると塩対応になる由利さんらしい反応です。ですが負けませんよ……サポートAIの名にかけて、由利さんをお助けします!」


 すちゃっと赤いフレームの眼鏡を装備する東雲ウサギ。どっから出したのとか、何でかけたのとか疑問が浮かぶが、夢だからいいかと受け流す。考えても分からないことは悩むだけ無駄なのだ。


「由利さん。操縦桿をよく見て下さい」


 ひょいと膝の上に乗った東雲ウサギは、コントロールパネルの前に置かれた物体を示した。

 黒いコードに繋がれた、両手で握れそうな形をしている。


「ゲーム、の、コントローラー……?」


 紛うことなきコントローラーだった。左は十字に見えるボタン、右に記号が描かれたボタンが並んでいる。由利がほぼ毎日見ているものだ。


「いけそうな気が?」

「してきたな」


 頷きあい、管制塔の合図で機体が強制出撃された。カタパルトで送り出され、目の前にあるスクリーンに映し出されるのは、漆黒に星を散りばめた空間だ。


 戦闘空域までは自動操縦で進むらしい。僚機から流れてくる無線は他愛もない冗談ばかりで、今から戦いに行く事実を忘れそうだ。

 しかしジョークのことごとくが魚に関するもので、新参者の由利にはついていけそうにない。


「もうすぐ戦闘空域に到着します。夢の中ですから、深く考えないで下さい」

「いやでも、相手も人間なんだろ?」


 深く考えるなと言われても、人を攻撃することにためらいがある。

 由利の苦悩をよそに、東雲はコントロールパネルを操作して、収められている情報にアクセスした。


「あっ。ウサバルア星人の画像がありますよ!」

「ちょっと待てよ! そんなもん見せられたら、余計に攻撃しにくいだろ!」

「これが国家元首の一人」


 スクリーンに映し出されたのは、それはそれは美味しそうなイカだった。


「国民」


 サバ。


「学校の様子」


 サンゴ礁に揺れる魚卵。


「……どう見ても魚介なんだが」

「どう見ても水槽の中ですねぇ」


 ――これならいける? いやいや、食うわけでもないのに殺生は。


 由利が迷っているうちに機体は戦闘空域へと到着した。スクリーンには敵が近づいていることを警告する表示が現れ、嫌でも戦いに放り込まれたことを理解した。

 次第に敵影が大きくなり、点にしか見えなかった姿が露わになる。


 由利達の前に現れたのは――イワシの群だった。イカもいる。


「由利さん、トライアングルのボタンで武器が選べますよ!」

「お、おう」


 反射的にボタンを押すと、スクリーンには使用可能な武器が表示された。


 投網。

 (もり)

 釣竿。


「漁業かな」

「由利さん、よそ見してる場合じゃないです! イカ墨が機体についたら、溶けちゃいますよ!」

「イカスミで溶ける機体ってなんだよ!? 紙か? 紙で出来てんの!?」


 迫るイカを発見した東雲が警告する。慌ててイカ墨をかわす由利は、選択した投網で生け捕りにした。捕獲したイカはどこかへ消え、投網が使用前の状態に戻る。


「さあさあ、その調子で敵をやっつけましょう。ウエマキ中尉はエースパイロットって設定なんですから」

「パイロットって何だっけ」


 少なくともイカを捕まえる職業ではないはずだ。


 状況に追いつけない由利をよそに、無線には仲間の陽気な通信が入ってくる。


「よぉウエマキ! 相変わらず調子いいな!」

「今日の漁獲高は譲らねえぞ!」

「お前ら大漁旗の用意しておけよ!」


 物言いたげに東雲を見れば、彼女は短い前足を由利の肩に乗せた。


「言いたいことは分かりますけど、とりあえず時間いっぱいまで頑張りましょう」


 慈愛に満ちた眼差しが鬱陶しい。

 由利は無心で投網を投げた。




 ――勇敢な飛行隊の活躍によってフォボス基地は奪還された。いよいよ火星へ侵攻かと思われたとき、脱出艇を拿捕したウエマキ中尉は、そこで運命の出会いをすることになる。


 心が死にかけた由利の脳内に、渋いナレーションが流れる。無視されたショックからは立ち直ったのか、ベテランらしい艶が復活していた。


「いいなあ。俺もこんな声になりたい」

「そろそろ現実逃避するのやめませんか」


 場面転換して連れて来られたのは、拿捕した脱出艇の中だ。護衛――マグロは既に排除され、無様に床ではねている。

 ナレーションによれば、ここには運命の相手がいるらしい。


「いや、どう見てもイカだし」

「由利さん、この物語のヒロインですよ」


 ソファには大王イカが横たわっている。ちょっとアンモニアの臭いがする。


「それも産卵期を控えたイカ姫さまですよ。人妻と火遊びだなんて、由利さんってばかなり大胆! あっ冗談ですよ! やめて縦に振らないで耳を掴まないでえええぇぇえ!」


 東雲ウサギを振り回してスッキリした由利は、ストレス発散の大切さを感じた。メタルボディって素晴らしい。どんなに雑に扱っても壊れない。


「イカと恋に落ちるとか頭おかしいだろ。誰だよこんなストーリー思いついた奴」

「題材は私達の脳内なんですが。遠回しに自分を批判してるって気づいてます?」


 東雲ウサギはパンフレットを広げた。


「あらすじによると、ウサバルアが地球に太陽光を使ったレーザー攻撃をしようとしてて、それを非人道的だとして反対する勢力がいます。イカ姫さまは反対する勢力で、攻撃をやめさせようと火星へ来ていたみたいです。いよいよ火星が攻撃されそうなんで、周りの者が無理矢理脱出艇に乗せたとか。で、ウエマキ中尉と親交を深めるうちに恋仲に……って展開が待ってるみたいですね」


「種族っつか相手は哺乳類ですらないんだが。せめてビジュアルを人に寄せるとかさぁ」

「人に近いならいいんですか? 夢の中ですからその辺りの融通は利くと思いますよ」

「ちょっと待て東雲。今、何を想像してる?」

「もちろんイカモチーフのキャラですよ。反対派の勢力トップに立つほどですから、ある程度の権力と戦闘力も兼ね備えて……」

「却下! どう考えてもロクなもんじゃないだろ!? どうせどっかの神話に出てくるようなグロテスクなもん想像してるはず!」

「決めつけないで下さいよ。ちょっと冒涜的なものがいる深淵を覗こうとしただけです」

「しなくていい! 俺のSAN値を下げようとすんな!」

「怖いの嫌いなくせに知ってるんですねぇ」


 ほとんど表情が変わらないメタルボディのくせに、ニヤリと笑う空気を醸し出している。そろそろ首を絞めてもいいだろうか。


「ほらほら早くしないと物語が進みませんよ。イカ姫さまはノリ気なんですから」


 ラブラブですねと喜ぶ東雲にチョークスリーパーをかけている間に、イカがにじり寄ってきた。表情が全く読み取れない。


「な、何でこっちに来るんだよ!」

「どうやら気に入られたみたいですねぇ」

「今までの展開のどこに好かれる要素が!?」


 由利の足をイカの触手が捕らえた。吸盤が肌に吸い付く感触がする。

 全身に鳥肌が立ち、そして。



 *



「――さん、由利さん!」


 己を呼ぶ声で目が覚めた。

 朝日が眩しい。眠ったはずなのに体が疲れている。


「うなされてましたけど、大丈夫ですか?」

「いや……」


 辺りを見回すとリズベルの宿屋だった。大王イカはいない。足を確認してみたが、掴まれた跡は無かった。汗で張り付く髪が鬱陶しい。

 由利に代わって干物を取り込んでいた東雲を見学しながら、正直な思いが口をついて出る。


「……しばらく海鮮は見たくないな」

「えっ! 折角の港町なのに!?」

「お前が買った道具のせいだよ! つか俺を見捨てて逃げただろ!」

「後はお若い方同士でっていう気遣いですよ!」

「いらんわ! どう見ても捕食されかけてただろうが!」

「性的な意味で?」

「そっちじゃねーよ!」


 投げつけた枕は難なく受け止められた。

 夢の中のように小さなウサギなら振り回せるのにと、ストレスを抱えながらベッドから降りる。

 慣れない身支度に苦労しながら、由利は今日の昼食は思いっきり辛くしてやろうと、密かに誓った。

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