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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
4章 偽りの代償

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002 日本


 目に光が沁みた。


 体は重く、締め付けるような痛みが全身を支配している。聞こえてくる日本語が懐かしい。呼吸をする度に、消毒液と何かが混ざった臭いがする。

 手が動いた。すっかり筋力が落ちたのか、わずかに持ち上げるだけでも疲れる。

 視界に知らない顔が映りこむ。気が強そうな顔立ちの看護師だ。由利の名前を呼びかけて、意識があることを確認しようとしている。由利が返事をすると、優しい声で先生を呼んで来ますねと言い残して去っていった。


 胸元に異物があることを感じて探ってみると、紙に包まれた小瓶が出てきた。紙には東雲の字で、お見舞いと書かれている。瓶の中に入っている粉を、一日三回耳かき一杯分ずつ飲むようにと続いていた。

 小瓶を振ると、桜色の粉末がきらめいた。温泉郷でもらった亀の爪だろう。角ほどではないが、十分に薬になると言っていたはず。亀に出会ったことは偶然だったが、由利に渡すために加工して持たせてくれたのか。


「あ……」


 呟きは声にならなかった。

 言葉にできない感情が湧き、整理できないまま消えていった。


 医者が到着してからは、忙しさで日々が過ぎていった。異世界にいた日数と同じ時間が経過していて、その間ずっと昏睡状態だったらしい。見舞いに来た両親には泣かれ、兄には心配させやがってと理不尽に怒られた。とどめに会社の同僚には、転職先が倒産したことを告げられる。散々だった。

 幸運だったのは、一緒に来ていた社長が辞表を握りつぶしてくれたことだ。入院中の給料は出せないが、退院したらまたうちに出社しなさいと慰めてくれた。異世界に神はいなかったが、地球にはいたようだ。


 東雲のことを聞いてみると、即死だったらしいと教えてくれた。ただ遺族の反応は冷たいもので、葬儀に参加したい旨を伝えると迷惑そうにしていたそうだ。

 異世界で実家のことを聞いていなければ、理解できなかっただろう。彼らにとって東雲美月は落ちこぼれであり、最後まで迷惑な存在だったのだ。

 東雲が言っていた通り、異世界へ行かなければ彼女のことを知ることはなかった。そして知ってしまえば、何とも言えない虚しさが由利の心を占めた。


 病院には事故を担当している警察も来た。由利が話せることなど、ほとんど無い。雨の日に車で右折待ちをしていた。気がついたら病院にいた。たったこれだけだ。それでも彼らは由利を気遣って接してくれた。事故に関して様々なことを教えてくれたが、何一つ頭に残らないまま彼らとの面会は終わった。


 気が抜けている由利に代わって、交通事故や病院の手続きをしてくれたのは兄だった。子供の頃は喧嘩ばかりしていたのに、いつの間にか頼れる存在になっている。取り残されているのは由利だけだ。


 誰にも言えないことを抱えたまま、黙々とリハビリを続けた。

 痛む体に回復魔法を唱えてみても、何も起きない。だろうなと苦笑して小瓶の粉末を薬に混ぜると、少しだけ痛みが和らぐ。日本に帰ってきてからも、後輩に助けられてばかりだ。

 異世界の薬のお陰で、医者が驚くスピードで回復した由利は、二ヶ月ぶりに自宅に帰ってきた。一人暮らしのワンルームマンションは、入院中の世話を担当していた母親が、宿泊ついでに片付けてくれていた。あんたの家はゲームだらけねという小言すら懐かしい。


 梅雨はすっかり明け、夏の蒸し暑い空気が辺りを溶かしている。


 出社は怪我を考慮して十月からになった。社会人には長い夏休みだ。通院とリハビリ代わりの運動以外にやる気が起きず、だらだらと毎日を過ごしている。


 退院した日から、由利は缶コーヒーを持ち歩くようになった。ブラックとカフェオレの二種類だ。

 もし再び転移させられることがあったら、缶ごと投げつけてやると思いながら、由利は甘ったるいカフェオレを飲んだ。

魔王編終了です


短編を挟んでから続編になります

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