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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
4章 偽りの代償

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001 送還


 静まり返った広間に、最後の光の粒子が落ちた。力を使い果たした聖女は、杖にすがるように崩折れ溜息をつく。頰には涙の跡が残っていた。


「……大丈夫か?」


 痛ましい姿に耐えられなくなった由利は、聖女にそっと声をかける。彼女は由利を見上げ、はいと弱々しく頷く。


「ありがとうございました。こんな形にはなりましたが、魔王を消滅させられました」

「うん」


 かける言葉がない。勇者と聖女の間にあったことは憶測するしかなく、無遠慮に聞き出すにはためらいがあった。

 聖女が光の消えた魔法陣へと視線を移す。中央には金髪の男が倒れている。その肩がわずかに震え、ゆっくりと上体が起き上がった。


「うぅ……二日酔い並に頭が痛い……」

「……東雲?」


 頭を押さえ、男が由利を見る。病んでいても理想的な顔立ちに崩れなどない。現実離れした広間と組み合わさり、いっそ芸術的とも言えた。


「由利さん。頭痛薬ください。あと思いっきり褒めて甘やかしてください」

「分かった。とりあえずお前、土下座な」


 ふわりと東雲の側に移動し床を指差すと、東雲は絶望して由利の魂にすがりつこうとした。


「扱いが酷いですよ! あんなに頑張ったのに!?」

「当たり前だ。俺が聖女と交渉してなきゃ、二人とも勇者に消されてたんだぞ。だいたい俺が手紙を読む前提で話を進めるな。勇者にコーヒーを飲ませる、なんて重要な役目を人に押し付けんな。あと情報は小出しにするな。俺は交渉相手じゃないんだぞ」

「いやぁ……由利さんならやってくれるかと思って。それに、勇者に気づかれないようにしなきゃいけなかったし」

「分かった分かった。じゃあ土下座して補足な」

「正座は変わらないんですねぇ……補足といっても、新情報は特に持ってなくて……時系列に並べてみますか」


 東雲が聖女の側に移動した。由利の無言の圧力に負けて、硬い床に正座をする。見た目だけは反省している態度だ。


「まず、貴女は魔王や勇者の関係を知ってたんですよね?」

「……はい。クリモンテ派では長年、魔王の存在に疑問を抱いていました」


 魔王の元へ旅立った二人は、誰も帰還したことがない。生贄のように差し出される命を救おうとしたかは定かではないが、クリモンテ派は魔王の復活自体を阻止すべく研究を重ねた。そうして城の上空に留まる魔力の渦が原因だとつき止め、消滅させるよう動いていたのだという。


「この石には、魔力の渦を取り込んだ者の魂を、葬送する術式が封じられています」


 聖女が手に持つ杖を示した。よく見れば、先端の石の中には金色の文字が入っている。


「あそこまで大きく膨れ上がった渦を消す方法は、従来のように誰かを犠牲にしなければいけませんでした」

「さっき、聖女が死ぬ予定だって言ってたが」

「旅立つ前に、勇者を人柱にしなさいと教えられました。そして情報を持ち帰りなさいと。私には出来ませんでした。家族に愛されて、皆の期待を背負っている彼を、私達の都合で犠牲にする決心なんて……」

「勇者……フェリクスはどこまで知ってたんだ?」

「アレは勇者になる前から、魔王を倒せるのは勇者だけという事実を疑ってましたよ。一定以上の教養がある人は、大なり小なり持っている疑問ですから、彼が特別というわけではありませんけど」


 東雲は落ち込む聖女から目をそらして言った。


「順当に城まで来て、人形と戦って負けた。で、人形に取り込まれていく時に、渦が保有する記憶に触れて真相を知ったみたいです」


 聖女はそれぞれの魂を操ってフェリクスと人形を分離したが、彼の魂は消滅しかかっていた。そこで禁呪の反魂の術を使ったそうだ。


「魂を肉体に繫ぎ止める術だと思っていました。私だけではありません。恐らく術を使った者以外は、そう認識しているでしょう。実際は、手頃な魂を肉体に定着させる術だったんです。例え別人だったとしても、術の求めに応じて入ってきてしまう」


 禁呪に指定されていた理由がよく分かりました――聖女は後悔を滲ませる。

 反魂の術の成功例がないのは、それが原因だったのかと由利は思い至った。入ってきた魂が別人なのだから、術者にとっては失敗だ。悪霊憑きとして処置された者の中には、反魂の術によって呼ばれた魂が入っていたのかもしれない。


「肉体に入れる魂には、相性も関係してるんですよ。フェリクスの体に定着させやすい魂がこっちの世界になくて、異世界まで検索して呼ばれたのが私達だったわけです。だから、魂を送る術で日本へ帰れるはずです」


 肉体と魂の結びつきは強く、無理やり引き離された魂はもとの体へ帰ろうとするそうだ。そういえば首の後ろを引っ張られているような感覚がある。


 聖女は東雲に、よろしいのですかと聞いた。

 ええ、始めて下さいと東雲は答えて、聖女から離れる。

 聖女が清らかな声で呪文を唱えると、なぜか由利だけが光に包まれている。


「なんで俺だけなんだ。東雲は」

「だって、無理なんです」


 少し困ったような、見慣れた表情で東雲は微笑む。


「私は由利さんにたくさん嘘をつきました。本当は交差点で何があったのか覚えてます。左から暴走車が突っ込んできて、かなり弾き飛ばされましたよ」

「……おい」

「生きたまま体が千切れるって怖いですねぇ。もう痛みとか感じなくて、死ぬんだなってことだけは、はっきり分かってるんですよ。でも死ぬまでが長くて」


 あの傷ついた缶コーヒーの意味を、今更ながら思い知らされる。


「柄にもなく誰か助けてと思ってたら、光に包まれて異世界へ来てました。聖女の反魂の術が、心が壊れた勇者の中に、身体が再生不可能なほど失われた自分が入ることで完成されたんです。お互いの壊れたものを補って、一人の人間として誕生したんでしょう。私は異世界への転移じゃなくて、転生。日本へ送り返されたところで、生きるための器がないんです」


「お前が転生なら、俺は何なんだよ! お前と同じ車に乗ってたんだぞ!?」

「体を離れる時に、由利さんが無事だったのは確認してます。体は意識不明の状態でしょうけど。由利さんまでこっちに来たのは、聖女の防衛本能かな。高難易度の術を使った影響で、心が深い眠りについたんでしょう。そうすると体を維持できないから、死なないために近くにいた手頃な魂が引っ張られて、聖女が目覚めるまで生命活動をしていたと」

「つまり俺はVRで異世界ゲームをしていたようなものか。用が済んだから、さっさとこの世界から出て行けって?」

「すいません……」


 聖女は悲しげに目を伏せる。


「一つの体に二つの魂は、長期間は存在できないのです。もともと無理に呼び出してしまったので、このまま滞在し続けると、魂が傷ついてしまいます」

「東雲は、それでいいのか?」

「もう未練はありませんよ」


 実家は割と古い家なんですけど――東雲は続けた。


「日本にいたときは、自分の意思で決めたことが少なかった。東雲家の恥になることはするなって言い聞かせられて、家名に恥じない進路、生活態度、友好関係に口を出されることもありましたね。就職活動で家が満足する結果が得られなくなったときに失望されて、あからさまに期待されることはなくなりました。優秀な子に家督を継がせる、なんて方針のせいで、兄弟間でのレースからも脱落して」


 今まで重石のようにのしかかっていたものが無くなった瞬間、何をしていいのか分からなくなったという。


「一人暮らしをしたいと言ったら、あんなに反対していた親が、あっさりと許可を出しました。相応しくない就職先にいる娘の顔は見たくなかったんでしょうね。初めて自由になって、まずは周りの人がやっていることをやろうと思いました。流行りのものに手を出したり、遅くまでテレビをみたり。ゲームやインターネットなんてそれまでやったことがなかった。最初は充実していると思っていた。けれど虚しいと思うのは、誰かの行動をなぞっているだけだったから。心からやりたいことが分からなかった」

「そう感じてるのはお前だけじゃない。社会人になれば、他人に深入りすることもないから、知らないだけだ」

「そうですねぇ。異世界に来なければ、由利さんとここまで親しくなることもなかったでしょうね」


 由利の足元に魔法陣が現れた。光が温かい。急に帰りたいと思う気持ちが湧き上がってくる。

 東雲は由利に両手を伸ばして顔に触れる。感触はないが、優しく触れているのだろう。


「異世界に来て、やっと自分がやりたいことが見つかったんです。親の言いなりだった東雲美月は、あの日、あの交差点で生涯を終えました。同じ日に、勇者は世界の裏側を知って、絶望したまま魔王に飲み込まれてしまいました。ここにいるのは勇者のフェリクス・ド・デュランでも東雲美月でもなく、ユーグ・ルナールです」

「東雲!」

「さようなら、由利さん。あなたの鈍いところが嫌いでした」


 ユーグは東雲美月の表情で笑った。


 ふざけんなと言おうとしたが、光の洪水に飲まれて声はかき消された。体が引っ張られる。暗闇の中へと放り込まれ、方角も分からないまま移動してゆく。どれほどの時間、距離を移動したのか知ることもなく、再び光の中へとねじ込まれた由利は気を失った。

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