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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
3章 勇者と聖女

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006 人形

 勇者(フェリクス)は赤子ほどの大きさがある羽虫を剣圧で切り裂いた。虫は魔石だった赤いものを撒き散らしながら、壁にぶつかって動かなくなる。

 体が軽い。魔法の威力は変わっていないが、効率が良くなって消費魔力が格段に減っている。


 ――異界の魔法のせいか。


 メニューなどという異世界の機能を知ったとき、なんてふざけた力だと感じたが、試しに使ってみると便利さに驚いた。世界や人の能力を数値化したり、見たこともない創作魔法と連携させて、地図を作りあげている。


 異空間に持ち物を収納させる案はどこから生まれたのか。人を検索して地図上に表示させるのは、どの範囲まで有効なのか。試してみたいことは山ほどある。とくにプログラムというもので魔法を作る機能は楽しそうだ。


 断片的に見えた記憶では、操り人形が派手な魔法を使っていたが、使い物になるか検証してみるのも悪くない。


「すいぶん動きが良くなったな」

「しっかり休めたお陰ですかねぇ」


 感心する由利に、腑抜けた仮面を貼り付けて返事をする。どうして異界の人間は、敵地でも平和呆けした顔を晒しているのだろうか。

 早く邪魔な聖女を斬り捨ててしまいたいが、フェリクスは逸る心を抑えるように、剣を持つ手に力を入れた。彼女の体が魔王の間へ到達しないと、上空に留まっている魔力の渦が城まで降りてこない。あの力を取り込んでから、世界を騙している教会の奴らを血祭りにあげよう。


「調子が良いうちに進みましょう。幸い、魔獣もあまり出ませんし」

「はいはい、無理すんなよ」


 そう言うと、由利は魔力の塊を前方へ撃ち出した。哀れなコウモリが下に落ちる時を見計らって、剣に魔力を込めて見えない刃を飛ばすと、床に赤い模様が散った。

 取るに足りない雑魚だ。弱すぎてレーダーに引っかからなかったらしい。

 複雑そうな顔でコウモリを見ている由利を促し、フェリクスは先を急いだ。


 城の中は一本道だ。そして道の終わり、長い階段の先に魔王の間と呼ばれている広間がある。荒廃した城の中で唯一、崩壊を免れている場所だ。

 繋ぎ目がない石の床。細い窓代わりの穴が並ぶ壁。天井を支える円柱の柱。それら全てが白い。


 まるで死そのものだとフェリクスは思う。幾人もの『勇者』の血を吸ってきた空間は、理不尽で冷たく、静寂に満ちている。ここだけは時間が流れていない。神話という戯言が流された時から、流れることを拒絶していた。


 広間の中央に佇む人影に、由利が息をのんだ。

 赤い人がいる。人の形をしているが、皮膚が血のように赤い。刺青のように書かれた文字は世界への恨み言が綴られている。顔は凹凸があるのみで表情は伺えず、性別すら定かではない。首から下は鈍く光る鎧に覆われ、抜き身の長剣をだらりと右手に下げている。

 赤い体から立ち上る黒い煙が、白い天井へと消えてゆく。ざわざわと世を呪う囁きが聞こえるようだ。


「通称、魔王の写し身。人工的な魔力の渦と、勇者の生体情報から生まれた人形です。渦を取り込んだ勇者を放置すると、ああなります」

「魔王とは違うのか」


 人形はまだ反応していない。フェリクスは由利の質問に答えてやることにした。きっと異界の女なら、こう喋るだろうと考えて。


「残念ながら。既に勇者の――魔王と同化する力がありません。取り込んだ渦の魔力が放出されてます。山の上空に集まっているのを見たでしょう? あれ全てを取り込まないとダメなんです」

「あの煙だな」

「まずは人形を倒さないと」

「倒せるのか、アレ」

「勇者の記憶と、渦に蓄積された感情で思考してますから、人としての死を与えれば死んだと錯覚します。それから核になっている勇者の魂を解放します」

「アレは死んでることに気付いてないんだな」

「気付いてても認めたくないのかもしれませんよ。勇者になるような人間は、プライドが高いから」


 由利の表情は変わらない。嫌いな亡霊を前にして怯えるかと思っていたのに。


「魔王が現れたと言われてから二十年。渦は蓄積され続けてますから、強くなってるでしょうねぇ」


 広間へ踏み出した。人形が目のない顔をこちらへ向ける。

 やれるだけやってみましょう――フェリクスはそう言って剣に魔力を込める。


 勇者の魂を取り込んだだけあって、人形の反応は速い。同じように魔力で剣を強化しながらフェリクスを迎え討つ。

 突き出された人形の剣先を弾き、鎧の隙間を狙って斬りつければ、分かっていたと言わんばかりに身を躱される。踏み込んできた人形の足を、すくい上げるように放った蹴りで体勢を崩させたものの、こちらが斬りかかる直前で反撃の構えを見せた。

 ここで追撃すれば怪我をするのは自分だ。フェリクスはそう判断して間合いを取った。


 ――さすがに簡単には殺せないか。


 城で暴走した魔獣と戦うことを想定してか、勇者は戦闘に特化している者ばかりが選ばれる。取り込まれた彼も、どこかの国で活躍していたのだろう。


「いや。彼ら、かな?」


 見覚えがある太刀筋がいくつか混ざっている。少なくとも三人は中にいるらしい。

 人形の長剣が唸りを上げて胴を狙う。避けきれないと判断して逆手に剣を持ち替え、剣先を下に向ける。盾代わりにした剣を衝撃が襲い、攻撃とは逆方向へ跳んで勢いを殺す。両腕に痺れるような痛みが走るが、腹部への致命傷は避けた。


 聖女はどうしたのかと素早く周囲を見れば、柱を利用して移動している最中だった。人形の背後でも取ろうとしているのだろうか。


 人形がようやく聖女に気付いた。天井へ剣を掲げ、何かを待つように動きを止める。

 世界が動いた。

 そうとしか表現できない感覚が全身に纏わり付く。

 ずるりと天井から夜が落ちてきた。

 魔力の渦だ。人形が聖女を認め、力を集めようとしている。

 人形の剣へ渦が降り、胸元へ吸収されてゆく。魔王降臨の儀式を再現して、渦の魔力で強化するつもりだ。

 白かったはずの天井が黒く霞んでいる。上空に溜まっていた渦が、全て城へ降りてきた。


 フェリクスは床を蹴って人形へ詰め寄った。無防備に見える胸へ刺突を見舞う。人形は吸収を中断して剣を振り下ろす。


 ――元が人間なら、そうするよね。


 胸への攻撃を避けるのは、それが致命傷になると知っているから。

 突き出した剣を体に引き寄せ、左へわずかに跳んで凶刃を避ける。横薙ぎで人形の腕を斬りつけ、止まることなく剣を叩き落とした。


 強化された人形には勝てない予感があった。フェリクスは剣の才能に恵まれていたが、圧倒的に経験が足りない。自分より強い相手との戦いは数えるほどしかなかった。模擬戦ならともかく、命のやり取りに手段は選んでいられない。

 人形は徒手格闘の構えをとったものの、フェリクスへ仕掛けることなく後方へ引いた。

 距離を取られると厄介だ。逃すものかと踏み込んで袈裟斬りにした剣は、硬質な金属音で阻まれた。人形が抜刀の構えをとった途端、手放した剣が黒い煙となって消え、人形の手の中に現れたのだ。


 振り抜かれた剣はフェリクスの攻撃を止めるだけでなく、体にも痛みを与えていた。強化された勇者といえど、生身であることに変わりはない。戦い続けてきた疲労と、体への負担を考慮して動きが鈍る。渦の魔力を治療に使える人形とは立ち位置がまるで違った。

 人形の剣がフェリクスの左足を捉えた。太腿に鮮血がにじむ。深くはないが、痛みを無視できるほど浅くもない。


 止まれば死ぬ。

 フェリクスは人形を壊す事だけを考えて剣を振るう。相手は傷付いても痛みを感じない。例え腕を切り落としても、トカゲの尻尾のように生えてくる。取り込んだ渦の力を使い果たせば弱くなっていくはずだが、それまでにフェリクスの体力が持つだろうか。


 首の右側を刃が通り過ぎる。皮膚を切り裂く感触がやけに鮮明だ。

 人形がニタリと笑う。錯覚だろう。顔が無いのだから。

 左へ倒れこむフェリクスの耳を、人形の剣がかする。突きから横薙ぎに繋げた剣は、叩き下ろす軌道でフェリクスを襲う。

 血煙が舞った。床を転がり、体を捻って逃れたつもりだったが、剣先はフェリクスの左肩を捉えていた。

 体が熱い。思考は冷えて、人形の動きを緩やかに見せる。


 ――そうだ。殺さないと。


 人形の間合いから抜け出し、剣に魔力を送り込む。刻まれた模様に光が走り、放電が始まった。


「行け」


 唱えた呪文はただ一言。

 振り下ろした剣から生まれた刃が、人形を襲う。胸に食い込み、右腕を肩ごと吹き飛ばしても勢いは衰えない。


 床に亀裂を生じさせながら進む刃は、その先にいた聖女へ吸い込まれるように襲いかかった。

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