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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
3章 勇者と聖女

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002 山の怪と門前の悪霊

 光の消滅と共に体の感覚が戻ってきた。元は聖女の体なのだから、彼女が眠りについたと言うのが正しいのか。聖女がこの先どうしたいのか、一度話し合っておきたいが、なかなか機会に恵まれない。


 改めて手にした杖を見てみると、細かい傷が付いていることに気がついた。聖女はずっと杖を手に歩いてきたのだろう。


 全体的に鈍い銀色の杖は、身の丈ほどの長さがあるにも関わらず軽い。複雑な形をした花弁の土台に、青が混ざる透明な石がはめられている。石には蔦を模した細工が絡みついていた。


 繊細なようで強靭に作られたそれは、初めて聖女の声を聞いた時の印象と似ていた。これは由利が持っていていい物ではない。自分にはこれを持つ技能も、覚悟も無い。


「……まずいな」


 聖女が必要とするまで預かってもらおうと顔を上げたとき、東雲が緊張した面持ちでそう呟いた。


 何がと聞く間も無く、肩に担ぎ上げられる。東雲が前へ大きく跳ぶと、由利がいた場所の地面が爆ぜた。


「他の霊に気付かれました!」

「他って――うわあぁっ!? うし、後ろ!?」


 白く淡い塊から、はっきり人と分かるものまで、様々な形の霊がそこにいた。あり得ない角度で手を伸ばす者や、地面から頭だけを出している者、空を浮かびながらニタニタと笑う者。全てに共通しているのは、恨みがましい目で由利達を睨んで追いかけてくることだ。


「由利さん、巫女はみな悪霊を消滅させる術が使えます! 聖女に頼んで消してもらって下さい!」


 由利を抱えて斜面を駆け上がりながら、東雲が叫んだ。


「む、無理! さっきから呼んでるけど返事がないんだよ!」


 女の霊を成仏させたことで力を使い果たしてしまったのか、どれだけ助けてと願っても聖女が現れることは無かった。


「じゃあ何でもいいから、由利さんが何とかして下さい!」

「もっと無理!」


 むしろ悪霊を見たくない。ホラーが嫌いなのに、幽霊に追いかけられるなんて悪夢だ。


 由利は誰でもいいから助けてと、杖に魔力を込めて願った。すると杖の先端に光がともり、悪霊へ向かって放出された。悪霊へ近づくにつれ、それは人の形へと変形してゆく。


「あれは……」


 蛍光ピンクのレオタードが目に痛い、小太りの中年男。背中にトンボのような羽を生やし、遭遇する者にレアアイテムを差し出す人徳者。いつだったか東雲に見せてドン引きされた妖精の幻だ。


 妖精は由利へ向かって、先へ行きなと合図をした。そして悪霊へ向き直ると、ここは通さないと言わんばかりに仁王立ちをする。


 その姿は由利にとって英雄に見えた。少しくらい見た目がアレでも、この状況を打ち砕いてくれるなら間違いなく英雄だ。


 見慣れぬ姿に悪霊は怯んだ。わずかに知能が残っているのか、妖精の出方を伺っている。


 妖精は手のひらを上に向けて手招きした。挑発している。自信満々に笑みを浮かべ、強者の態度を崩さない。


 触発されて一体の悪霊が動いた。風の唸りに似た雄叫びをあげ、捻れた腕で妖精に殴りかかる。


 妖精は一撃で霧散した。


「役立たず!」


 由利は己のことを棚上げして罵った。消える瞬間に恍惚の表情を浮かべていたことも腹立たしい。所詮は幻か。


「ちょっと由利さん、何を出したんですか!? 悪霊が怒り狂ってる気配がしますよ!」

「俺が知りたいわ! 何でもいいから足止めする魔法よこせ!」


 再び杖に魔力を込めて集団へ向けると、視線の先にいた悪霊達が動きを止めた。目から恨みがましい光が消え、近くにいた悪霊へと襲いかかる。悪霊は由利達の存在を忘れたのか、互いを攻撃しては消滅してゆく。しばらく夢でうなされそうな光景だ。


「うわぁ……同士討ちさせるとかエゲツない……」


 振り返った東雲がうすら寒そうに言った。他にどうしろと言うのか。


「何でもいいって言っただろ」

「言いましたけど。ホラー嫌いな人が地獄絵図を作り出すなんて思いませんよ」

「たまたま出来たんだから仕方ないだろ。とにかく、今のうちに逃げるぞ」


 東雲の肩を叩いて促し、術が効いている間に離れた。


 抱えられたまま山を登り、体を隠せそうな岩場を見つけた。さすがに疲れたらしい東雲は、由利を下ろすと岩の上に座り込む。


 また悪霊が襲って来ないか不安になり、二人で入れる結界を試作してみた。東雲の横に座ると、大きなシャボン玉に包まれるように、半球の形を想像する。なるべく大きくなるようにしたつもりだったが、くっついて座らないと入れないほど狭いものが出来上がった。


「これ、他人も入れるようになったんですね」

「島で嫌ってほど使ったからな。レベルアップしたんじゃね?」


 そういえば床ドンして出てきた食事は、どこから来たのだろうか。何の疑問も持たずに食べていたけれど、毒が入っていなくて良かった。


「ちょっと狭いですね」

「じゃあ縮んでくれ」

「それこそ無理です」


 東雲は由利の肩に頭を預けた。


「少しずつ霊が近づいてきてます。もう少し休憩したら先へ進みましょう」

「俺はいいけど、大丈夫か?」


 人間を抱えて走り回ったのだ。時間が許す限り休憩していてほしい。


「包囲される前に魔王の城へ乗り込みましょう。走れますよね?」

「当然だ。杖は預かっててくれ」


 東雲が杖に触れると光の粒子を残して消えた。


「由利さん。何も言わずについて来てくれましたけど、良かったんですか?」


 沈黙をそっと破るように、東雲は消え入りそうな声で言った。


「魔王のことか? だいたいお前と同じ結論だよ。俺が戦う理由はないけど、体を借りてる聖女にはある。短時間しか表に出て来られないなら、魔王の近くへ連れて行く役ぐらいはしようかと思ってな」

「それだけですか? 死ぬかもしれないのに?」

「後輩が頑張ってるのに、俺だけ逃げるわけにはいかないだろ。ここで自分だけ逃げたら、きっと一生後悔する。それに死ぬかもしれないのは、お前も一緒だろ?」

「そうですけど」


「だったら二人で足掻くほうがいい。東雲は一人で抱えすぎなんだよ。周りを頼れって、ずっと言われてただろ」

「……このタイミングでそれを言いますか」

「今言わずにいつ言うんだよ」


 肩の重みが消えた。


 どうやら時間切れらしい。困ったように微笑む東雲に促され、結界を消した。


 手を引かれて斜面を登り、すっかり息が上がる頃になると、草木に埋もれた石が多いことに気づいた。進むにつれて多くなり、傾斜が緩やかになってくると、石造りの階段へと変わった。


「もう少しで門が見えてきます」


 返事をする余裕は無かった。背後から悪霊が迫っている焦燥と、成人男性に合わせた速度のせいで、歩く以外に割ける力がない。東雲が十分に気遣ってくれていることが分かるからこそ、足手まといにならないようひたすら上を目指す。魔王の居城では休憩できる場所はあるだろうか。


 道に沿って石柱が立つようになった。縦に筋が入った円筒形をしている。大半は倒れていたり、何かの衝撃で砕けていた。ほぼ完全に残っているものは、両側に立つ柱の上部に梁のように石柱が乗っている。まるで不完全な石の鳥居だ。


 階段を登りきると、ようやく城らしきものが現れた。


 遠目に見るそれは、歪としか形容できなかった。世界中にある全ての城を混ぜたような、ブロック化されたものを目隠しで組み立てたような異様さ。地階は狭く、上階へゆくほど肥大している様は、山に根を張る花を思わせる。重力など完全に無視している。夢の中に出てくる城のほうが、まだ建築物としての姿を保っているのではないだろうか。


 門扉はすでに朽ち果てていた。残骸すら見当たらない。


 ――これが魔王の城?


 異世界を荒廃させる元凶がいるならと、勝手に想像していた光景とは違い過ぎる。まるで廃墟だ。


 門まで数メートルの位置で由利達は立ち止まった。完全に膝が笑っている。


 横を向いた東雲につられて視線を追うと、壊された杖が転がっていた。聖女が持っているものに似ている。


「ここで絶えたのか……」


 東雲が呟いた。その一言で、これが討伐に失敗した他の聖女のものだと悟る。


 辺りを見回せば、杖の他に剣も落ちていた。


「ここで何があったんだ……」


 無言で聖女の杖を渡された。由利はいつでも魔力を込められるよう、しっかりと握る。


 正面から、ざくりと土を踏む音がした。耳障りな金属音を伴い、ざくざくと近づいてくる。


 最初に足が見えた。ありふれた革のブーツ。厚手のズボン。腰にさげた長剣の鞘。お守りらしい黄色い石がついた細工物が、腰のベルトに結ばれている。大きく裂けた革の鎧に、赤黒い血が滴る。その上に頭は無く、左手に抱えられていた。若い男だ。本来なら目がある場所には、眼球の代わりに黒い石がはまっている。右手の剣は半ばで折れていた。


「……あれ、霊の集合体ですね。同じ思考の霊で構成されています。下手に手を出すと、複数から攻撃されます」

「もしかして、ここに落ちてる杖や剣は……」

「正体に気付かず、ただの悪霊と思って消そうとしたんでしょう。強化されているはずの勇者が負けるほどですから、よほど強い思念なのかな。由利さん、結界は?」

「いつでも出せるぞ」


 霊は由利達の手前で止まった。大きく踏み込めば剣で斬りつけられる距離だ。


「聖女。また勇者を殺しに来たのか」


 複数の人間が同時に喋っているような声だった。


 黒い石の眼は、まっすぐ由利を捉えている。身に覚えのない悪意に晒されて、体が震えだす。


「また?」


 気づけば勝手に言葉が出ていた。聖女が勇者を殺すとは、どういうことだ。


「裏切られた」

「騙された」

「魔王なんていなかった」

「聖女を殺せ」

「殺せ」


 次々と異なる声が同じ生首から発せられる。


 東雲が剣を抜いて、切っ先を霊に向けた。


「この子は聖女なの?」

「そうだ」

「違う」

「どっち?」


 生首は沈黙した。小さく口が動いていたが、由利の耳には聞こえてこない。


「聖女じゃ……ない……」

「杖は本物……」

「滅びの力を感じない」

「聖女じゃないよ。僕達には聖女の記憶はない」

「……記憶」


 霊の姿が少し薄くなり、向こう側が透けて見えた。


 集合体という特異な存在は、思考の波に飲まれると行動を止めてしまうようだ。意識の一つ一つが対等であり、どの意識が優位か定まっていないのだろう。だからそれぞれが勝手に語りかけ、統一されていない思考が体の動きを阻害する。ここで攻撃をすれば、意識の全てが由利達を敵と判断するだろう。


「記憶……城で崩落があった」


 からりと剣が落ちた。


「私達は幼馴染だった。友が勇者に選ばれ、私はあいつの旅に同行した」


 両手がゆっくりと動き、首が正しい位置へと戻される。


「離れ離れになった。瓦礫を越えて、急いであいつを追った」

「俺は聖女に殺された」

「魔王がいる広間へたどり着いたときには、全てが終わっていた。いいや、もっと前から」

「あれは魔王だった。そう呼ぶしかないものだった」

「黒い何かが体へ入るのを見た」

「あれこそ魔王だ。魔王は世界中にいた」

「信じられなかった。聖女へ問い詰めると、最初から知っていたと」

「聖剣を手に旅立つ友は」

「私達の誇り」


 由利は東雲の背中を軽く叩き、門を指し示した。彼女ははっとしたように頷き、音を立てないよう霊から離れる。霊の言葉に耳を傾けるのは危険だ。他の勇者と同じことを繰り返す必要はない。


「誰が魔王を殺した?」

「誰が勇者を殺した?」


 門を潜る直前に、そんな呟きが風に乗って流れてきた。

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